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カテゴリ:We Want Miles!( 3 )

帝王の涙、鬼の目にも涙

 
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事務作業中、BGMがわりにYouTubeでマイルス・デイヴィスのMix Listを流していた。マイルスの青の時代の『Blue Moods』のB面2曲目の『Easy Living』がかかった。不意と涙がぽろぽろこぼれた。そのような事態に立ち至ったことに驚いた。若き帝王に触れたからか、「泣きのマイルス」のせいか。いずれにしても、マイルスのトランペットの音がしみじみと心にしみた。マイルスのトランペットの音がそのように聴こえたのは初めてだった。

録音は1955年の7月、Englewood Cliffs, New JerseyのVan Gelder Studio. 63年前。モードでもフリーでもなく、クール・ジャズと言われていた頃のマイルス。マイルス29歳、帝王の青の時代。ベースはチャールズ・ミンガス、ドラムスにはエルビン・ジョーンズ。のちの大物がサポートしている。

『Easy Living』はジャズのスタンダード・ナンバーであって、ビリー・ホリデー、レスター・ヤング、ジョニー・ホッジス、クリフォード・ブラウン、スタン・ゲッツ、ポール・デスモンド、ビル・エバンスをはじめとする多くのジャズ・ミュージシャンのパフォーマンスがある。1937年、Ralph Rainger作曲。ジーン・アーサー主演の同名映画の主題曲として誕生した。

作業を中断し、YouTubeをとめて、iTunesでマイルスの『Easy Living』をリピートで繰り返し繰り返し聴いた。Empire State/夜のBig Apple/摩天楼/New York Cityが静かによみがえってきた。すると、初めとはちがった種類の涙がこぼれてきた。やはり、泣かないはずの自分が泣いていることに驚いた。ふと、帝王はいつどこでどんな理由でどれくらい涙を流したのかと考えた。当然、答えはみつからないが、これまでとはちがったマイルス・デイヴィスの聴き方ができると思い、少しうれしくなった。帝王はまちがっても「Stand by you」とは言ってくれないだろうが。「So What!?」と怒鳴られるのが関の山だろうが。
 

Easy Living - Miles Davis (1955)
 
by enzo_morinari | 2018-12-04 05:13 | We Want Miles! | Trackback | Comments(0)

イサクはクサイ草食って彼は笑い、枯葉のマイルス・デューイ・デイヴィス三世は遺作のDoo Bop Songを口ずさみ、与作は樹を伐り、アーチビショップ・ツツはつつがなく惜しみなく反アパルトヘイトする。

 
マイルス・デイヴィスの左手が今夜も「So What? So What?」と誘っている。


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The Doo Bop Song - Miles Davis
TUTU - Miles Davis
 
by enzo_morinari | 2018-10-18 04:24 | We Want Miles! | Trackback | Comments(0)

マイルス・デイヴィスの左手と泡とともに消えた夢

 
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MARTIN Committee Model ── マイルス・デイヴィスが愛用していたトランペットだ。1950~60年代、ハードバップ全盛期のトランペッターたちにもっとも多く使われていたモデルでもある。ファッツ・ナヴァロ、ディジー・ガレスピー、ケニー・ドーハム、リー・モーガン、ア-ト・ファーマー、チェット・ベイカーらも使用した。最近ではクリス・ボッティやウォレス・ルーニーらがMARTINユーザーである。「暗い音/Dark Sound」を好むミュージシャンはMARTINのトランペットを好む傾向がある。

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マイルス・デイビスは終生、MARTINのトランペットを愛用した。ギターのMARTINとはまったくの別会社である。現在はセルマー傘下にある。マイルスが愛用したMARTINのコミッティー・モデルは正確な音程を取るのが難しいとの評価があり、音程重視の古典楽曲の演奏家たちからは敬遠されている。それくらい繊細、センシティブな楽器であるからこそ「マイルスの泣き音」を表現することが可能であったとも言える。

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さて、吾輩はいまから20年以上も昔の「泡の時代」の真っ只中に、マイルス・デイヴィスが実際に使っていたトランペットを手に入れようという無謀きわまりない企みを実行に移したことがある。吾輩は30歳そこそこで、いまから思えば冷や汗が出るような怖いもの知らずの若造小僧っ子だった。

つてをたどって石岡瑛子や内山繁や金子國義ら、生前のマイルスと親交のあった人物たちを通じて先方の代理人に何度もオファーしたが答えはいずれも「NO!」「IMPOSSIBLE!」だった。無理もない。まだマイルスがBye Bye Black Birdして日も浅く、マイルスの遺品がどれほどの「市場価値」を持つのか未定の時期だったのだから。

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吾輩が入手を試みたのはマイルスが1970年代末から1980年代半ばくらいの時期に使用したマット・ブラックに金の彫刻が施されたものである。『DOO-BOP』のジャケットでマイルスが持っている赤いエナメル・コートのトランペットにも強く魅かれたが、吾輩はどうしてもBLACK&GOLDのものが欲しかった。できうれば、黒と青と赤のみっつすべてを。

しかし、吾輩の無謀無邪気馬鹿げた夢は泡の時代の終焉とともに泡沫と消えた。かわりに用意していた「資金」でKRELLのCDプレイヤーとMcIntosh MC275と木下モニターとマイクロ精機のターンテーブルを買った。もちろん、マイルス・デイヴィスのLPレコードのFirst IssueとCD音源のすべても。それでもまだかなりの額が手元に残っていたので、マイルスが好きだったフェラーリ、当時フラッグシップ・モデルだったテスタロッサを買ってやろうと思ったがそれには資金が足りなかった。

一連のことについては、いいかわるいかと言えばいい思い出ではある。もはやあの日々のような夢をみることはできない。やはり、夢は粉々に砕け散るものと相場は決まっている。だが、それでも、いまでも、吾輩は「We Want Miles!」であることに変わりはない。

何度でも言う。

We Want Miles! We Want Miles! We Want Miles!

御臨終の間際にも「We Want Miles!」と言えたなら、吾輩もいっぱしのマイルス・フリークだ。


マイルス・デイヴィスの左手が今夜も「So What? So What?」と誘っている。

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by enzo_morinari | 2013-02-09 00:30 | We Want Miles! | Trackback | Comments(1)