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カテゴリ:海辺のバルト、海辺の休暇( 1 )

海辺のバルト、海辺の休暇/1980年3月26日水曜日の零度のエクリチュールの作者の死あるいは1975年のドーナツ世界の歩き方と若干の準備運動

 
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零度のエクリチュールの快楽の海で耽溺死しろ。Enzo Molinari

Le Degré Zéro de l'Écriture * La mort de l’Auteur * Qu'est-ce qu'un Auteur? R-B * P-M-F

物語の作者は彼あるいは彼女の物語の解釈を決める最高権威=神ではない。R-B

村上春樹の作品は村上春樹ことウガンダ系日本人であるハルキンボ・ムラカーミの挫折のことであり、バンクシーの作品とはネズミ頭のバンクシーの狂気である。R-S

テクスト/作品とは様々なる意匠の縦糸横糸によって編まれた多元的文化的な織物であり、引用物である。それをときほぐし、解読するのは読者である。読者にはテクストの快楽を追求しつづける責務がある。R-B

トーキョーはつねに肥大しつづけ、発狂しつづけ、すべてを飲みこみつづけるメガ・ドーナツ・シティである。その中心は不変にして普遍の空虚で満たされている。R-B

ドーナツ屋は駅のそば屋の裏手にある。その事態を成り立たせているものこそが消費社会の神話と構造/La Société de Consommationである。J-B

ドーナツの中心の空虚はわが存在の多義性を象徴する。ある1975年世界的オールド・ファッションドのドーナツ


1980年3月26日水曜日に零度のエクリチュールの作者が頓死して以来、1975年のドーナツ世界を歩くための若干の準備運動はコレージュ・ド・フランス1971年のOpus Oneとエコール・ノルマル・シューペリウール1958年を惜しみなく痛飲してから幕をあける。シルトの岸辺/スミダの岸辺/夜の果ての旅を経て時間が失われても、海辺のバルトの愛と休暇は奪われない。ミシェル・ポルナレフは西アフリカの海で獲れたメルルーサの揚げ物のようにメルドーだ。

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われら、死の半ばにありて。
Media vita in morte sumus.


母なる海と死と。
La mer, une mère et la mort.


風がでてきたぞ! 疾風のように生きるぞ! P-V

死につづけるのは死んでからでいい。長く退屈な時間だ。E-M-M

死を考えるのは死んでからでいい。時間はたっぷりある。E-M-M

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こどもの頃から親しみを感じていた海辺の町の海辺の墓地が改葬されることを知り、失われる前に別れを告げることにした。深い闇に閉ざされた自分の部屋から出るのは4242日ぶりだった。

11年と227日。憤怒と憎悪と煉獄の日々。失われた時間を探し求める日々。耳元でクオーク鳥が絶えず鳴きつづけ、青山墓地B地区9696のユリシーズ部屋で行われた無限級数梯子から転落して死んだ運命大工のフィネガンの通夜の席で突如として姿を消したきり消息不明のFinnegans Wakeのアポストロフィ問題に苛立つ日々。

海辺の墓地は風が強かった。ふと「海辺の休暇」と思った。ひとしきり風に吹かれていた。風は泣いていた。ウォーンウォーンと。ゴーゴーゴーと。ゆあーん ゆよーん ゆやゆよんと。砂漠を吹きぬける風のようにエリ・エリ・レマ・サバクタニと。風は泣きながら叫びながら踊っていた。ならず者の南から来た男を乗せて。Ride like the wind. Le vent se lève, il faut tenter de vivre.


世界を計測するのに必要なのは方法である。P-V


100年前から細部に宿った神をどやしつけつづけた男は海辺の町の海辺の墓地の一番見晴らしのいい場所に立ちつくしている。

「風がでてきたぞ! 疾風のように生きるんだぞ!」

男は傲然と轟然たる咆哮を発した。男のかたわらには方法の学校の初代校長テスト氏が知性の偶像以外のすべてを拒否しながら立っている。

海辺の墓地の一番見晴らしのいい場所から海を臨むと、精神の島が仄あかるく揺れていた。精神の島はときどき有機的な点=尖光/ホワイトヘッド・フラッシュを放って私を威嚇した。

深い闇に閉ざされた自分の部屋/知の胎内に籠城するまで、私は動機の文法を確立するために前人未踏の思索に耽っていた。

私は主に社会や人間の可塑性、知のクーデタについて考えていた。そして、その方法のひとつとして無名会社/匿名会社/Société Anonymeという名の株式会社組織を設立し、世界の分裂生成を企図した。

その頃の私にとっては視えない自由を視えない銃で撃ちぬくことが大きな課題だった。そのような日々がもたらしたのは精神の均衡の崩壊だった。精神と精神のあいだに立ちはだかる永劫の壁が音もなく崩れていった。私の精神には精神の島が不吉で不道徳で不安定で不定形で不均衡な島影をみせていた。精神の島は銀河団を飲みこむほどの強度と明晰を持っているように思われた。

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風が泣いている - ザ・スパイダース (1967)
Ride Like The Wind - Christopher Cross
Les Vacances au Bord de La Mer (Raconte-moi) - Stacey Kent
 
by enzo_morinari | 2019-11-27 23:21 | 海辺のバルト、海辺の休暇 | Trackback | Comments(0)