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カテゴリ:思い出は琥珀色になってゆく。( 1 )

思い出は琥珀色に染まりゆく。/ずっと昔に忘れていた甘く切なくなつかしい痛みの記憶

 
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思い出は琥珀色に染まりゆく。森鳴燕蔵

なつかしい痛みだわ。ずっと前に忘れていた。Tacassy Mazzy

長い時間をかけて、おたがいが決して他人ではないのだという確認作業をつづける結婚生活はSweetなだけではうまくいかない。ときにはBitterが必要なときもある。つまり、Bitter&Sweet. Enzo Molinari

Jake H.Concepcionのシェイクするフローズン・ダイキリとシンガポール・スリングは彼のサキソフォーンの音色同様に絶品で、人生の日々のSweet Memoriesをよみがえらせる。もちろん、かすかな苦味も。つまり、Bitter&Sweet. ディズニーランドとスカイツリーとÉCHIRÉの無塩バターを練りこんだクロワッサンの朝食だけではいい人生は手に入れられないのだということも。JHCの古い友人


もう36年も経っていたか。Sweet Memories. SUNTORY Penguin's Bar CM. 1983年。

古い友人の結婚披露パーティーで「人生は、そして、長い時間をかけておたがいが決して他人ではないのだという確認作業をつづける結婚生活はSweetなだけではうまくいかない。ときにはBitterが必要なときもある。つまり、Bitter&Sweet. 人生の墓場に入定せんとする古い友人であるきみに捧げる。」と前置きしてAlto SaxphoneでSweet Memoriesを吹いた。ざわついていた会場は2小節が終わる頃には水を打ったように静まりかえり、ついにはあちらこちらからすすり泣きが聴こえた。

パーティー後、若いおねいちゃんたちに電話番号をきかれたが、「電話料金滞納中で電話は使えない」と言って教えなかった。教えなかったけれどもテイクアウトはした。据え膳食わぬは男のバツサンである。KALDIのHASSANは使いまわしがいいが、4度目の人生のセメタリー・ライフは細々とつづいている。おたがいが他人ではないのだという確認作業は最近完了した。いい人生だったと言えないこともない。後悔はないかと問われれば、あると思い、ないと答える。それが流儀あるいは遊戯乃至は矜恃である。

若かった。だれもが若かった。若く、恋をし、傷つき、なつかしい痛みをかかえていた。

失われた愛と時間と記憶。過ぎた日々、遠く去った季節をとりもどすことはできない。しかし、いくぶんかの痛みをともないはしても、胸の片隅に残っているSweet Memoriesは色あせることなく何度でもよみがえる。そのようにして、ひとは成熟していく。喪失と成熟はコインの裏表だ。

ただし、いくつの季節がめぐり、時間が経過してもしなくても、甘い記憶や苦い記憶や遠い記憶や痛みをともなう記憶がよみがえっても、SUNTORYのビールはいただけない。まちがっても、”泣かせる味”ではない。泣かせる味じゃん? 所ジョージはウソをついている。

村さ来で注文を取りにきたアルバイトの女の子に「ビール、ジャンジャン1本」と言ったら、その女の子は即座にゲラ子に変身し、短期間だが、私といくつかのSweet Memoriesをつくった。痛みをともなわない苦味もない他愛ないたいして甘くもない記憶だ。

女の子の名はヨネ子。そこかよっ! 松尾嘉代は好きだ。イロエロとお世話になった。お世話もした。彼女が2011年の春の悲劇以降、心身ともに困憊して現在に至っているいまこそは、物心ともに心をこめてお世話したい。それが一時期とはいえSweet Memoriesをともにつむいだ者の最低限の仁義である。


*asのソロはJake H.Concepcion. 2017年にマニラのSmoky Mountainの煙りとともに天に召された。心にしみるいい音色を出すサックス・プレイヤーだった。Jake H.Concepcionのシェイクするフローズン・ダイキリとシンガポール・スリングはサキソフォーンの音色同様に絶品で、人生の日々のSweet Memoriesをよみがえらせる。思い出は遠い日の花火ではない。


Sweet Memories - Lady X (Seiko Matsuda) (SUNTORY Penguin's Bar CM/1983)
 
by enzo_morinari | 2019-11-26 20:19 | 思い出は琥珀色になってゆく。 | Trackback | Comments(0)