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カテゴリ:あなたと夜と音楽と( 25 )

思い出の”Moonlight Serenade”と1958年式アトランティック・バード号の夜間飛行後の引退

 
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恋におちたのは2008年の夏の終わりだった。相手は私のゼミナールに所属していた教え子だ。6年ぶりの再会だった。学生時代はジーンズにTシャツというラフでざっかけないありふれた女子学生にすぎなかった彼女は、見ちがえるほど美しく、可憐で清楚で気品にあふれ、しかも華のある成熟したおとなの女性に変貌していた。いくぶんかの哀しみと愁いを含んだ表情も彼女の魅力をさらに引き立てているように感じられた。

私と彼女を引き寄せたものがなんだったのかはわからない。ただ、これだけは言える。私たちは魔法でもかけられたようにたちまちのうちに恋におち、笑い、泣き、たまに言い争い、そのたびに仲直りし、そして、砂時計が時を刻むように鋭く深く確実にいくつかの季節をともに生きたのだと。

あるパーティーの帰り道。グレン・ミラー楽団の演奏する"Moonlight Serenade"が流れるクルマの中で、親子ほども年齢の離れた若い恋の相手は私の肩に頭をもたせかけたまま何度もため息をついた。重ねた手の白い指先が小刻みにふるえているのがわかった。心の軋む音さえ聴こえた。そして言った。

「思い出せない。この曲の名前がどうしても思い出せないの。だれもが知っているはずのスタンダード・ナンバーなのに」
「”Moonlight Serenade” グレン・ミラー楽団だよ」
「今夜くらい月のきれいな夜、”Moonlight Serenade” を聴きながら夜間飛行できたら素敵ね」
「いつかやるさ。きみが本物のおとなのレディになったときにね」
「ずいぶんと先の話だわ。あなたはおじいちゃんになっちゃうし」

彼女は首をすくめ、脚をバタバタさせ、おどけた仕草をみせた。私は曲をリピート・セットした。夜の帳の降りた街を見おろす公園の駐車場にクルマを停め、私たちは繰りかえし”Moonlight Serenade” を聴き、みつめあい、手をにぎりあい、ときどき口づけを交わし、夜の静寂に包まれた街と14番目の月を交互に眺めた。

「どうしよう。こんなに恋しちゃって」
「だいじょうぶ。いつかさめるから。そして終わる」
「いじわる」
「先のない恋という覚悟をしておくのはおとなの男のたしなみさ。それに、飛行に乱気流はつきものだ。それどころか墜落だってありうる。操縦のむずかしいきみのような相手では特にね」
「でもいまだけは ── 」
「そう。いまだけはありったけ恋すればいい」
「そうね」
「初めて会ったときにわれわれの恋の終わらせ方について決めたのはおぼえてるね? 泣かない。怒らない。異議申し立てしない。そして、たがいに2度と電話もメールもしない。すべてなかったことにする。きみはそれに同意した。この恋から答えはなにひとつみつからないってことも含めてね。かけらさえも」
「ええ。覚悟はできています。それにしても、やっぱりあなたって本当にいじわるだわ」
「いまにはじまったことじゃない」

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彼女の言うとおり、私はいくぶんかいじわるだったかもしれない。彼女の大きな瞳に大粒の涙が光る。私は涙をぬぐうかわりに彼女の右瞼に唇を寄せた。彼女が愛しくてならなかった。このままだれも知らぬ土地へ連れ去ってしまいたいくらいに。

「おねがい。いつかわたしをダンスに誘って。この曲で。それと夜間飛行にも」
「いつかじゃない。いまだ」

私たちはクルマを降り、月あかりを浴びながら”Moonlight Serenade”にあわせて踊った。まるで夜間飛行をしているような気分だった。公園の片隅の自動販売機が喝采するようにまばゆく輝いていた。

軽やかなステップ、可憐なターン、清楚なスウェイの仕草、そして、気品にあふれたスクエア。私の無骨なリードにもかかわらず、彼女のダンスは完璧だった。私たちの恋のゆくえ、恋のライン・オブ・ダンスは不安定きわまりもなかったが。恋の夜間飛行はいつ乱気流に巻きこまれ、墜落してもおかしくなかったのだが。

「時間が止まってくれたらいいのに。これが夢ならさめなければいいのに」

“Moonlight Serenade”の演奏が終わりにさしかかろうとしたとき、彼女は私の胸に顔をうずめ、涙声でつぶやいた。私は彼女の顔を人差し指で上に向かせ、そっと口づけをし、つよく抱きしめ、言った。

「お嬢さん、それは無理な願いごとというもんだ。今夜の満天のお星様たちだって聞き届けてくれやしない。わかるね?」
「わかりました。先生」

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その後、私たちの恋物語は予想外の展開をみせて終演したが、”Moonlight Serenade”を聴くたびに彼女のことを思い出す。彼女の着ていたシルク・デシン地の黒いパーティー・ドレスの衣ずれの音はいまも耳に残る。彼女がまとうフレグランス、ゲランの『夜間飛行』の森の中をさまよっているような密やかで凛と背筋の伸びた香りも。そして、かすかに心の軋む音。機体のあちこちに厄介な問題を抱えた1958年式アトランティック・バード号にいよいよ引退の潮時がきたのだ。「老兵は死なず。ただ静かに消え去るのみ」と操縦席にも記してある。


Moonlight Serenade - Glenn Miller & His Orchestra
 
by enzo_morinari | 2019-05-19 06:36 | あなたと夜と音楽と | Trackback | Comments(0)

サーフ天国、スキー天国、AOR天国

 
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遠い昔に聴いた音楽は楽園の記憶をよみがえらせる。


20代前半、マットンヤー・ユミーンの『サーフ天国、スキー天国』で、先頃帰らぬ人となった須藤薫が歌う「SURF&SNOW」というバック・コーラス部分を聴くたび、オフショアに吹かれて波乗りをしたくなり、エッジに息を吹きかけて磨いてスキーをしたくなったものだ。実際に『サーフ天国、スキー天国』を聴いて思い立ち、稲村ケ崎や七里ガ浜や千葉や伊豆へ波乗りをしに行き、苗場や白馬や蓼科や志賀高原や天元台へスキーをしに行った。

波がないときは息の根を止める寸前、猛烈極悪の唸りをあげるクーラーをMAXにきかせたポンコツのカルマンギヤの中で音楽を聴いた。ジャズと古典楽曲が中心だったが、当時流行りのAORやフュージョンも聴いた。

ビル・ラバウンティ、ロビー・デューク、ポール・デイヴィス、マイケル・フランクス、ジョーイ・マキナニー、クリストファー・クロス、グレッグ・ギドリー、アール・クルー、ボビー・コールドウェル、ランディ・ヴァンウォーマー、10CC、エア・サプライ等々。

NIAGALA TRIANGLE一味のうち、山下達郎と大瀧詠一もよく聴いた。いまでは笑い話だが、当時はウエスト・コーストの上げ底たっぷりなイラストが描かれた大瀧詠一のアルバム・ジャケットを「王様のアイデア」あたりで仕込んだミント系、パステル系のチープきわまりもないプラスチック・フレームに入れて飾っていた。イラストは鈴木英人だったと記憶する。

部屋にはほかにデコイやパーム・ツリーのフェイクものがあった。だれにでも過去の恥、傷というのはあるものだ。そして、その恥と傷からなにごとかを学ぶのだ。

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マットンヤー・ユミーンと吉田美奈子は定番中の定番だった。2人のほかに種々雑多雑食な取り合わせの音楽を聴きながら、本を読むか考えごとをするか小説の構想を練るか勉強するかしていた。雪がないときや雨が降ってべた雪のときはロッジの脇にポンコツ・カルマンギヤを停めて音楽を聴いた。寝袋にくるまって。ロッヂで寝ないのかって? ロッヂは寝るところじゃない。クリスマスを待つところだ。

思えば、ターコイズ・ブルーの1955年式フォルクスワーゲン・カルマンギヤ/type14は私の書斎であり、リスニング・ルームであり、リビング・ルームであり、ベッド・ルームでもあったわけだな。清貧極まりもない居住空間だったことよ、わが友カルマンギヤは。最後は深夜の本牧D埠頭で脇腹から側壁に激突して大破し、ずいぶんとかわいそうなことをしてしまった。いつか手向けに行かなくては。

サーフボードはピュア・ブラックの地にピュア・ホワイトの稲妻が入ったライトニング・ボルトのワンメイクの特注品だったが、スキー板はSALOMONやらELANやらATOMICやらをゲレンデ、雪質によって使いわけていた。SALOMONもELANもATOMICもロゴがイカしていたからという理由だけで選んだにすぎなかったわけではあるが。

スキーブーツにはかなり贅沢をした。SALOMONがシェルとインナー別体成形の画期的なモデルを出して業界をあっと言わせた時代だ。どのスキー・ショップに行ってもSALOMONは別格扱いでプレゼンテーションされていた。もちろん、いい値段だった。大卒の初任給ひと月分が吹っ飛んでしまうようなフラッグシップ・モデルもあった。あの局面で我慢できたならば、私の人生ももっと別の様相を呈していたかもしれないが、もちろん、そうはならなかった。

SALOMONのフラッグシップ・モデル。フェラーリ・レッドの。買ってしまった。パラレル・クリスチャニア、ウェーデルンに毛の生えたような技術力しかない者がFISのW杯に出場するアスリートが使うレベルのギアとは恐れいった話だが、なにごとも大事なのはスタイル、かたちだ。手に入れてからしばらくは抱いているか触っているかつねに視界の中に置いた。

シーズン・オフにはサーフボードをリペアしたり、スキー板のエッジを研いだり、根岸競馬場近くにあるレストランとは名ばかりの、高いくせにくそまずい「ソーダ水の中を貨物船が通り、ナプキンにインクがにじむこと」で名高い『ドルフィン』の2階席のトイレに「ユーミンのうそつき!」と落書きしたり、港の見える丘公園の一番高い欅の樹に登って港を出入りする貨物船の数を数えたり、その形状や塗装、デザイン全般について大声で論評した。

ヤヴァ系? そうだ。私は天下御免のヤヴァ系だ。耶馬渓には3度行ったことがある。真梨邑ケイには短期間だが局地的局所的に世話になった。花形敬は鼻は高えが頬に疵のある伝説の愚連隊野郎だ。

TDKかMAXELLの120分のメタル・テープにチャンプルでお気に入りの曲を録音してMY FAVORITE SONGS BOOK TAPE、「お気に入り楽曲集」を何本もつくった。1曲3分から5分として30曲前後録音できた。携帯型のデジタル音楽視聴機器が主流である現代からすればお笑いぐさだが、120分テープには永遠の夏休みを閉じこめることさえ可能な時代がかつてあったということだ。

ただ曲を録音れるのではなくて、最初に立てたコンセプト、構想に基づいて曲順を決め、各曲名の1文字目をつなげると季節やシーンに合った意味のある単語、フレーズ、パラグラフになるように選曲した。超短編小説にしたこともある。

私のこのMY FAVORITE SONGS BOOK TAPEは仲間内でかなり評判がよくて、リクエストがけっこうあった。季節やシーンだけでなく、相手の好みや趣味やセンスも考慮に入れてMY FAVORITE SONGS BOOK TAPEをつくった。全部で300本くらいはつくったと思う。

録音のときはドルビーのノイズ・リダクション・システムが重宝した。1枚のアルバムからは1曲のみというしばりをかけていたので手間はかかる。しかも、まだCDなどこの世に存在しない時代だ。録音レベルの自動調整機能など夢のまた夢だ。長岡鉄男だって生きていて、元気でピンピンしていて、やれスワンだ、マスだ、やれカレント電源だ、やれ鉛インゴットだと各オーディオ誌でゴマ塩頭で御宣下あそばされていたオーディオ新石器時代だ。

テープデッキ側でアルバムごとにいちいち録音レベルをセットしなおさなければならない。フルオーケストラとアクースティック・ギターのソロとではダイナミック・レンジに雲泥の差があるからだ。録音のときとは別に録音レベルを知るために曲をかけなければならないのも時間がかかる理由だった。

120分のMY FAVORITE SONGS BOOK TAPEをつくるのに5時間はかかった。全体のおおまかな構成と曲順は決めてあるが、実際に聴いていると方針変更が生じてくる。アドリブと言えば言えないこともない。ある意味では観客なし舞台なしの即興演奏をやっているような気分だった。

他者の耳はごまかせても自分の耳をごまかすことはできない。心といっしょだ。一関ベイシーの菅原昭二は「おれは店のオーディオ・システムとレコードで演奏をしているんだ」と言っていたが、それと同じだ。その当時の私にとってはMY FAVORITE SONGS BOOK TAPEをつくるのは新しい作品をつくるのとおなじ意味を持っていたからだ。

言葉や文字の組み合わせ方、表意文字と表音文字の意外な組み合わせによる効果、指示と表出、リズム、ひっくり返し、落ち、意識と想像力の跳躍、シニフィアン/シニフィエの関係の明瞭化、文字や言葉のヒエラルキーの構造分析、名詞の力の新発見と再発見と再確認などについてのいいトレーニングにもなった。このトレーニングによって、少なくともさびれた観光地の廃業寸前の土産物屋で埃をかぶっている絵葉書のような言語表現をしないスキルを獲得できたのだといまにして思う。

MY FAVORITE SONGS BOOK TAPEづくりと「はみだしYouとPia」への投稿は私の言語表現修行の場、発想着想の跳躍のための修練場だった。いかにシャープに的確に明瞭明晰に意外性をもって表現するかに腐心する「されどわが日々」である。

私のMY FAVORITE SONGS BOOK TAPEはいつしか「M'S TAPE」「Mのテープ」と呼ばれるようになっていた。「M資金」みたいでカッチョよかった。

MY FAVORITE SONGS BOOK TAPEをつくるためにジャズや古典楽曲やポップスやAORやインストゥルメンタルなど、自分の手持ちの音源の中からメロディーや歌声や楽器の音やミュージシャンやテープの送り手の顔を思い浮かべながらの作業はとても楽しかった。

朝から作業を開始して、気づけばあたりが闇に沈んでいるというようなこともしばしばだった。おかげで、ともだちとガールフレンドを何人か失った。当然だ。作業に入ったら私はろくに返事もせず、彼あるいは彼女もしくは彼らのことはほったらかしなんだから。しかし、こればかりは致し方ない。なにかに集中したら最後、私は外部外界を一切合切遮断してしまうからだ。これはこどもの頃からずっと変わらない。いまもおなじだ。

私のそのような姿は他者からは虫の居所が悪く、すごく怒っていて、無視しているように映るんだろう。しかし、虫の居所が悪いのでもなく、怒っているのでもなく、無視しているのでもない。集中しているときの私には他者も外部も存在しないのだ。存在しないものに気を使うことはできない。そう考えるとひどいな。PassingでもBashingでもなく、Nothingなんだから。相手からしたらたまったもんじゃない。死ぬまで私のことを憎みつづけるだろう。まあ、すべては終わったことだ。

去る者がいて、理解を示す者がいた。多くの友だちと出会い、少しの友だちが残った。それでいい。それが人生という一筋縄ではいかないゲームのコンテンツであり、サブスタンスであり、マターであり、コンテクストであり、パースペクティヴだ。

自分の人生、日々を俯瞰的にクールに眺めながらすごすのが性に合うならそうすればいいし、私のように正面突破、My Way, My Own Styleでやりすごすのもまたひとつのゲームの進め方だ。他人がとやかく口をはさむべきことではない。

アルプスを迂回するルートも存在するし、マドレーヌ峠やラルプ・デュエズ峠に果敢にアタックするアルプス越えのルートだって存在する。両者のあいだにはなにひとつ善悪、価値の高低差などない。あるのは与えられた時間/残された時間の問題と燃費の問題と流儀、掟、スタイルのちがいとマルコ・パンターニ伝説に心を動かされるか否かのちがいだけである。坂口安吾だって言っている。人間を救う便利な近道はない。

そのような日々を送るうちにいくつもの季節がすぎてゆき、酒の味をおぼえ、酒の飲み方を学び、酒の苦さを知り、数えきれないほどの音楽と映画と書物とテクストと喰いものとガラクタのような快楽群と宝石のごとき愉悦と笑いと涙と不思議な出来事がいつも私といっしょだった。

いい青春? さあね。私にはわからない。もっと楽しくてハッピーで和気藹々で建設的で生産的で知的でお上品でリッチでセンスのいい青春はいくらでもあったろう。だが、少なくともそれらは私のスタイル、私の流儀、私の掟に則ったものではない。

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サーフ天国、スキー天国、そして、AOR天国。ビル・ラバウンティの”Livin' It Up”はすごくイカしてたな。デヴィッド・サンボーンのアルト・サックスもクールでソウルフルだった。ドラムスはスティーブ・ガッドだし、パティ・オースチンもバック・メンバーにいた。ほかにも超のつく豪華なスタジオ・ミュージシャンがビル・ラバウンティの脇を固めていた。”Slow Fade””Dream on””It used to be me””This Night Won't Last Forever”なんかもグッときた。

Livin' It Up - Bill LaBounty (1982)

さらに忘れられないのがロビー・デューク。ロビー・デュプリーではなく、ロビー・デューク。惜しいことに、本当に惜しいことに2007年のクリスマスの翌日に死んでしまった。

クリスマス・イヴのライヴの最中にステージ上で心臓麻痺を起こし、二日後に息を引き取った。51歳と20日。今夜はロビー・デュークの曲で一番好きだった”Rested in Your Love”と”Promised Land”を交互に繰り返し聴きながら夜の果ての旅をやりすごすことにしよう。魂に届き、心にしみ、約束の地へとつづくメロディと声だ。ひな祭りの朝に逝った須藤薫にも届けばいい。


「約束の地」へは涙のステップを踏みながら、少しだけゆっくりと歩みを進めることとする。急ぐ旅でもない。

Rested in Your Love → Promised Land

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My own epitaph for Roby Big-Boy.
Roby Ward Duke (Dec 6, 1956 - Dec 26, 2007)
Please rest and release your heart in peace. Roby Big-Boy, You've crossed the river into the Promised Land and you'll never have a broken heart again, Never. And I pray for your sister in GOD.
 
by enzo_morinari | 2019-04-30 12:13 | あなたと夜と音楽と | Trackback | Comments(0)

あなたと夜と音楽と/不眠症の夜の鳥たちは夜の光に魅入られて夜通し浮かれ騒ぐ。気がつけば、秋。

 
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Urban Melancholy. 不可視にして不可聴の夜の鳥たちはBright Lights/Big City Lightsを目指して、東京の夜空を滑るように翔んでゆく。


Night Lights - Gerry Mulligan (Night Lights/1963)

Night Birds - SHAKATAK (Night Birds/1982)

Early Autumn - Mezzoforte (Surprise Surprise/1982)
 
by enzo_morinari | 2019-04-29 08:28 | あなたと夜と音楽と | Trackback | Comments(0)

あなたと夜と音楽と/クリスマスのための無邪気な日々への挽歌

 
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世界中のだれの心にも冷たい土砂降りの雨が降る夜がある。

ヘッドライト、テールライト。旅はまだ終わらない。Mewcky Nacka Zimmer

配られたカードを交換することはできないし、どんな「最終解答」が待ち受けているとしても、このままゲームをつづけるしかない。ゲームからおりるほかに手はあるんだろうか?


雪の降るクリスマス・イヴのことだ。遠い昔、ずいぶんと悲しい思いをさせたかつての恋人と町外れの食料品店で出くわした。彼女は冷凍食品のコーナーの前に立ち、品定めに夢中で私に気づかなかった。

私はそっと彼女のうしろに近づいて彼女が着ている赤いマックのネルシャツの袖を引っ張った。初めのうち、彼女は私がだれかわからなかった。それでも、私が彼女と一緒だった頃にみせたおどけたいくつかの表情をすると彼女は目を大きく見開いて両腕をひろげ、とても強い力でハグしてくれた。勢いあまって彼女のポケットから財布が飛び出すほどだった。私と彼女は顔を見合わせ、涙が出るくらい大笑いした。

私と彼女は昔のように一緒に買い物をつづけた。買い物がすみ、やはり、昔のように二人並んでレジまで買ったものを運んだ。無愛想な若い店員によって品物はおなじ袋に詰めこまれた。私と彼女は立ちすくんでしまった。店員に「買ったものは別々にしてくれ」とはどうしても言えなかった。思いがけない事態に私も彼女も軽いジョークで切り抜けることさえできないくらい動揺した。

支払いをすませてから袋を1枚もらい、レジの横の台で品物をわけた。軽く飲みにいこうとしたがやっている飲み屋はみつからず、仕方なく酒屋で6本パックのバドワイザーを買い、彼女の白いカローラの中で飲んだ。私と彼女は互いにまだ無邪気だった日々と現在とに乾杯した。もちろん、思いがけない二人の再会にも。

乾杯はしたが気持ちはどこかうつろだった。そんな気持ちをなんとかしたかったがいい方法がどうしてもみつからなかった。それは彼女もおなじだったと思う。

「ひとまわり以上も年上の建築家と結婚したのよ」と彼女は突然言った。そして、「そのひと、わたしをすごく大事にしてくれるの」とつけ加えた。彼女はたぶん、その建築家を愛しているとも言いたかったのだろうけど、言わなかった。嘘をつきたくなかったのだと思う。大事なら冷たい雪の降るクリスマス・イヴに彼女をひとりで買い物になんか行かせるわけがない。しかも、夜ふけに。

「時間はきみにはやさしかったんだね」と私は言った。

「きみの青みがかった瞳の色はさらに深くなってる。すばらしい色だ」

しかし、本当のことを言えば私には彼女のことがほとんどわからなかった。幸せなのか信頼と慈しみに包まれているのか。彼女の心の中にあるものが感謝の念なのか猜疑心なのか。

「あなたのこと、たまにTower Recordsで見かけるわ。昔とおんなじ。お目当てのアルバムを探すのに夢中でまわりのことはなにひとつ目に入ってなかった。仕事はうまくいっているの?」

「音楽はいまでも大好きだし、素晴らしいけど、生きつづけることは地獄の責苦のように感じることもあるよ」

私と彼女は再びまだ無邪気だった日々と現在と再会に乾杯した。そして、われわれのあいだに横たわる途方もなく長い時間にも。おしゃべりに夢中になるあまり、私と彼女は決して取りもどすことのできない遠い日々を思いだし、過ぎ去ったいくつもの季節をなつかしんだ。

ビールがなくなり、しゃべりすぎたせいで口は疲れ果て、話すこともなくなって私は彼女に別れを告げた。彼女はとてもやさしい笑顔をみせ、ハグし、そっとキスしてくれた。彼女の車からおり、白いカローラのテールライトが見えなくなるまで見送った。ほんの一瞬、無邪気だった頃の気持ちがよみがえりかけた。そして、なつかしい痛みを感じた。いつしか、雪は雨にかわっていた。

Dan Fogelberg- Same Old Lang Syne (The Innocent Age/1980)

*Daniel Grayling "Dan" Fogelberg (August 13, 1951 – December 16, 2007)。彼が死んで世界からはいくぶんかの「やさしさ」が失われた。曲の最後にソプラノ・サックスで『Auld Lang Syne(蛍の光)』を演奏しているのはやはり2007年に死んだMichael Brecker(March 29, 1949 – January 13, 2007)だ。

無邪気だった頃の私になにかしらの力を与えてくれたふたつの魂は奇しくもおなじ年に死んだ。世界はそのようにしてますますつまらなくなっていくんだろう。仕方ない。そんなめぐり合わせなんだ。配られたカードを交換することはできないし、どんな「最終解答」が待ち受けているとしても、このままゲームをつづけるしかない。


ゲームからおりるほかに手はあるんだろうか?
 
by enzo_morinari | 2019-04-29 03:55 | あなたと夜と音楽と | Trackback | Comments(1)

あなたと夜と音楽と/愚かなりわが心。いつだって、心の中はMistyだ。思い出のサフラン・ライスとシスコのココナッツ・サブレ

 
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パリは華やかすぎる。ローマは古くさい。ロンドンは気分が滅入る。マンハッタンはそっけなくて、すぐに背をむける。サフランの咲き乱れる入江のあるあの街、サンフランシスコがいい。


お腹がすいたら、サフラン・ライスとチキンの煮込みのCheapでTake it easyなディナー。そして、シスコのココナッツ・サブレが食後のおたのしみ。それが、サンフランシスコの思い出。一人でもステディといっしょでも仲良しとワイワイガヤガヤでもおなじだ。

かかえきれない思い出をサンフランシスコに置き忘れたまま32年が経ってしまった。思い出のサンフランシスコを思い出のままにしておくわけにはいかない。霧の中にかくれたままにしておくわけには。


愚かなりわが心。いつだって、心の中はMistyだ ── 。


I Left My Heart in San Francisco - Julie London (The End Of The World/1963)

Misty - Julie London

My Foolish Heart - Bill Evans (Waltz for Debby/1961)
 
by enzo_morinari | 2019-04-28 20:57 | あなたと夜と音楽と | Trackback | Comments(0)

あなたと夜と音楽と/Wine Lightに照らされて。39分01秒の至福。あるいは、Urban Time 3901.

 
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1980年の春。オーディオ・チェック用に横浜元町のTower Recordsで手に入れたGrover Washington Jr.の”Winelight”がきっかけとなってFusion Music/Smooth Jazz Musicにのめりこんだ。Fusion Music/Smooth Jazz Musicは玉石混淆。そのほとんどは1度聴いただけでDisk Unionに叩き売った。フュージョンではなくフージョンと言ってバカにした。しかし、”Winelight”はちがった。録音もすばらしかった。フュージョン系の音源はそのほとんどがドンシャリ録音だったが、”Winelight”はちがった。中低域の厚みは文句のつけようがなかった。粒立ちと解像度と音場の広さも申し分なかった。

バックのミュージシャンの顔ぶれもすごかった。

Grover Washington Jr.(Saxophones), Ralph MacDonald(Percussion), Marcus Miller(Bass), Steve Gadd(Drums), Eric Gale(Guitar), Richard Tee(Electric Piano), Bill Withers(Vocals). etc, etc.

長いあいだ聴きつづけ、ビニルのLPは14枚、CDは8枚買った。PCのiTunesにおける再生回数は5478回におよぶ。

表題曲の”Winelight”と”Just the Two of Us”, “Make Me a Memory”は自室でクルマの中でひたすら聴いた。ガールフレンドの耳元で甘言を囁くときのBGMの定番だった。コロイチだった。だから、”Winelight”とGrover Washington Jr.には感謝の念が強い。

今宵、Wine Lightに照らされてどのようなStoryをつむぐとするか。とりあえず、あけるワインから決めることにする。極上のワインに匹敵する音楽はすでにあるから、飲むワインは300円のコンビニ・ワインで十分である。


Wine Light - Grover Washington Jr. (Winelight/1980)

Just the Two of Us - Grover Washington Jr. fet. Bill Withers (Winelight/1980)

Make Me a Memory - Grover Washington Jr. (Winelight/1980)

In the Name of Love - Grover Washington Jr. (Winelight/1980)

Take Me There - Grover Washington Jr. (Winelight/1980)
 
by enzo_morinari | 2019-04-28 15:47 | あなたと夜と音楽と | Trackback | Comments(0)

あなたと夜と音楽と/Café du Mondeの世界の朝の愛のカフェ・オ・レを飲みながら、リンゴが嫌いでカフェ・オ・レが好きな女の子に「ついてくるかい?」とたずねたら。

 
あなたと夜と音楽と/Café du Mondeの世界の朝の愛のカフェ・オ・レを飲みながら、リンゴが嫌いでカフェ・オ・レが好きな女の子に「ついてくるかい?」とたずねたら。_c0109850_11291699.jpg

オレンジ色でTurn Leftの文字がプリントされたカフェ・オ・レ・ボウルを両手で捧げるように持つ女の子に、ゴールデン・デリシャスをかじりながら「ついてくるかい?」とたずねた。女の子は薄桃色の頬を少しふくらませ、くちびるを尖らせて言った。

「リンゴはきらいよ。においも味も色もかたちも。わたしはカフェ・オ・レがいいわ。でも、あなたにはついていく。」

女の子がカフェ・オ・レを飲み終え、私がゴールデン・デリシャスを食べ終えてから私と女の子は手をつないで出発した。途中、バグダッド・カフェの前でプティ・デジュネ・ボル型円盤に乗って男性型単数形定冠詞と粉砂糖をかけた角型のドーナツとチコリ入りのフレンチ・ロースト・コーヒーが支配するクレーム・ブリュレ帝国を目指した。

女の子の名前はペリエ・エビアン・ボルビック・ソス=ベニエ・プティ・デジュネ。実に変わった名前だが、女の子に罪はない。名前がエキセントリックなのは私もだ。ポール・ガー・マッカーニ・ムケタニー。

こどもの頃からポール・マッカートニーに似ていると言われつづけた。名前も顔も声も。Dirty Macに似ているなんて御免蒙りたかったが、ひとの口に戸は立てられない。いまでは、似ても似つかない。殺し屋稼業をつづけて人相はすごく悪くなったが、もう後戻りはできない。私の心のかたちはハートではない。私の心のかたちはバート・レイノルズだ。バニシング in Trans Am 7000だ。アーメン。…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。アッハ! プフィ! 倍音が! ナンカナプッシッケ! 女の子はリナリア・プルプレアの鉢を大事そうに抱えている。Turn Left!


Are You Going With Me? - Pat Metheny (Offramp/1982)
 
by enzo_morinari | 2019-04-28 11:43 | あなたと夜と音楽と | Trackback | Comments(0)

あなたと夜と音楽と 酔いどれ詩人と飲んだくれ師匠

 
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前座
酔いどれ詩人、トマス アラン ウェイツのもっとも得意とする楽器はピアノでもギターでもない。ヴォキャブラリー、語彙である。トマス アラン ウェイツのステージをみた者であれば、例の嗄れ声とともに彼の軽妙洒脱な語り口に魅了されたことだろう。私もそのうちの1人である。トマス アラン ウェイツはピアノの上にジムビームの白ラベルを置き、というよりも居座らせ、ビンから直接飲んでいた。飲みつつ歌い、しゃべりつつ飲みの連続のうちにトマス アラン ウェイツは酔いどれてゆき、へべれけになり、そしてパフォーマンスは終わる。トマス アラン ウェイツが酒を飲む姿も酔いどれる姿もともに立派なパフォーマンスであった。

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ライヴハウスを出て、並びにある1杯飲み屋に駆けこんだ。カウンターの椅子に座り、ジムビームの白ラベルを注文した。

「きょうのトムはどうだった?」とトマス アラン ウェイツにすごくよく似たバーテンダーがたずねた。『薔薇の名前』に出ていた豚殺しの下男ともみえる。

「幸せそうだったよ。もちろん、ぼくもね」と私は答えた。
「そうか。そりゃ、よかった。やつが幸せなら世界は安泰だ。では、これはおれからのおごりだよ。さらにもうちょっとだけ幸せになってくれ」

そう言って豪快な笑顔をみせ、トマス アラン ウェイツ・バーテンダーは私のショット・グラスになみなみとジムビームをそそぎ、バケットにあふれそうなほどのポップコーンを私の前に無造作に置いた。

私はジムビームのダブル2杯分の酔いで幸福な気分にひたりながら、トマス アラン ウェイツとトマス アラン ウェイツの語彙とトマス アラン ウェイツの嗄れ声と世界中の酔いどれと、そしてもうひとつのことに乾杯した。すなわち、トマス アラン ウェイツと同時代に生きていることに。

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二ツ目
私が愛してやまぬ噺家、五代目古今亭志ん生。ある高座での出来事である。志ん生は楽屋入りと同時に差し入れの酒を飲みはじめ、出番のときにはすでに泥酔状態だった。老松の出囃子とともに高座に出てきた志ん生は「えー、毎度、ばかばかしいお笑いを一席」と口上を発したとたんに大鼾をかきはじめ、そのまま眠りこんでしまったのだ。客席の野暮天の一人が、「高いゼニ払って、遠くから足を運んでやってるんだぞ! ちゃんと落語やれ!」と怒鳴る。すると、常連の粋筋がひと言。

「うるせえ! スットコドッコイ! 志ん生の噺はいつでも聴けるが、高座で大鼾かいて眠りこける志ん生はめったにお目にかかれるもんじゃねえや! そのまま寝かしとけ!」

野暮天と粋筋の勝負は文句なしに粋筋の数寄者氏に軍配である。粋筋の粋な言葉にほかの客からはやんやの喝采が起こった。まったくもってこの国にもいい時代があったものである。トマス アラン ウェイツの「酔いどれパフォーマンス」を見ながら、私は志ん生のこの逸話を幸せな気分で思いだしていた。1997年の春のことである。

そろそろ、トマス アラン ウェイツに会いたくなってきた。近いうちに、森の漫才師サルーを道連れに会いに行こうと思う。もちろん、この道行きにかかる費用はすべて森の漫才師サルー持ちである。「持つべきものは金持ちの友だち」というのは本当だ。

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Grapefruit Moon/Thomas Alan Waits (1973)
Drunk on the Moon/Thomas Alan Waits (1974)
Tom Traubert's Blues (Four Sheets to the Wind in Copenhagen)/Thomas Alan Waits (1976)
San Diego Serenade/Thomas Alan Waits (1974)
Closing Time/Thomas Alan Waits (1973)
五代目古今亭志ん生

(「真打ち」につづかない)
 
by enzo_morinari | 2018-11-21 11:45 | あなたと夜と音楽と | Trackback | Comments(0)

トマス・アラン・ウェイツの百年の孤独な夜

 
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Swagmanよ、Waltzing Matildaよ。一緒に放浪するやつはみつかったのか? E-M-M

心もからだも冷える寒い夜にはトマス・アラン・ウェイツの『Closing Time』と『Small Change』と『The Heart of Saturday Night』を繰り返し聴く。そして、強い酒を飲む。E-M-M

くたばる前にトマス・アラン・ウェイツと一緒にJockey Full of Bourbonを飲みたいが、Jockey Full of Bourbonはないし、いくら呼んでもトマス・アラン・ウェイツは来ない。


ここのところ、1980年代のAORや初期中期のマットンヤー・ユミーンや山下達郎やHIP HOPやパット・メセニーやゴンチチや加古隆をヘビー・ローテーションで聴いていて、トム・ウェイツにはとんとごぶさただった。

現在、iTunesで聴取可能な手持ちのトム・ウェイツの音源は206曲、約12時間分。朝までかけて聴くことを決定。12時間におよぶ聴取によって、いくぶんかの事態の変更を余儀なくされるため、キャンセルできる仕事、些事雑事はことごとくキャンセルした。どうせ引退同然、隠遁生活のようなものであるからして大勢に影響はない。影響があったところで私の知ったことではない。私は誰憚ることなき自由放埒軒の主人でもあるからだ。文句は言わせぬ。楯はつかせぬ。文句を言う奴、楯つく輩は容赦なく踏みつぶす。踏みつぶしたあとにはぺんぺん草くらいは生えるであろうから風狂なことこのうえもない。

これより明日の夜明けまで、月で酔いどれながら、ときに乳房をまさぐり、ときにヴァガボンド・シューズを履き、ときに豊潤馥郁たるグレープフルーツ・ムーンを愛で、ひたすらトム・ウェイツを聴く。ずっと聴く。とことん聴く。長丁場だ。どんな順番で聴くかな。ここはやっぱり、『Grapefruit Moon』からか。『Drunk on the Moon』『Tom Traubert's Blues』『Ol' 55』とつづけて、最後は『Closing Time』で。

『Closing Time』がかかるころには夜も明けて、酔いも最高潮で、酔いどれの誇りは跡形もなく消え失せているだろう。グレープフルーツ・ムーンに向けて、酔いどれの月へ向けて漕ぎだすにはうってつけだ。

酒は山崎 SHERRY WOOD 1986百年の孤独野うさぎの走りを確保した。酒の肴はチーズのひと塊と炙った烏賊でもあればじゅうぶんだ。

友よ。今宵、酔いどれの誇り高きグレープフルーツ・ムーンで会おう。
 
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さて、『Closing Time』の『Grapefruit Moon』からだ。いきなり、名盤の中の名曲名演。名曲名演とくれば、あとは名酒である。といきたところだが、実は昨日から持病の痛風が悪化し、酒は御法度状態である。

だが、断る! 酒なくてなんの人生であるか! 飲むことに決め、虹子にさとられないように抜き足差し足で酒の保管場所までいき、百年の孤独をすみやかに持ち去る。秋霜烈日なるトム・ウェイツの百年の孤独な夜のはじまりだ。

 Grapefruit Moon - Tom Waits
 Drunk on the Moon - Tom Waits

 
by enzo_morinari | 2018-11-21 01:54 | あなたと夜と音楽と | Trackback | Comments(0)

「あなたを愛してしまいそう」とナスカ・エッグプラントは言って『Desafinado』を口ずさんだ。銚子の漁師が量子揺らぎで悪酔いしたように調子っぱずれだった。

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秋茄子は早酒の糟に漬けまぜて嫁にはくれじ棚に置くとも 夫木抄
夜遊びの猿真似コンペティション(Night Moves/Monkey See, Monkey Doo.)


「あなたを愛してしまいそう」と彼女は言って『Desafinado』を口ずさんだ。手のほどこしようのない音痴。銚子の漁師が量子揺らぎで悪酔いしたような調子っぱずれな『Desafinado』だった。1月の川が流れる街のコルコバードの丘のキリスト像が流した涙をボトリングしたおいしい水/Agua De Beber波/Waveが引くように消えてしまった。

ファントム・メナスのメセナ活動の一環としてベイナス・ブラック・ビューティーをマルナス・ホワイト・ベイティにしようという活動の過程でナスカ・エッグプラントと出会った。その日のうちに私とナスカ・エッグプラントは中酸実夏実奈須比茄子御用邸ホテルにナスシケこんだ。

セントエルモの火に焼かれてしぎ焼き/焼きなすになった奈須野町出身の看護婦のナスカ・エッグプラントの口ぐせは「よし茄子事はナスシング」だ。ナスカ・エッグプラントの体液の93%はアルカロイド(灰汁)で、残りは水分と糖質である。

焼きなす/しぎ焼き/味噌炒め/煮びたし/田楽/浅漬け/麻婆茄子/カポナータ/ムサカ/ババ・ガヌーシュ。これ以外の料理は作らない。作れない。玉子ぶっかけめしすらもだ。「玉子ぶっかけめしを食べたい」と言ったら、賀茂茄子をみじん切りにしてめしにぶっかけ、生醤油をたらしてから「はい。玉子植物のぶっかけめしかもかも。ちんちんかもかも。Chin Chin Come Come」と言って、とどまることなく腰をふりたてた。

茄子だ!
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ナスカ!
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NASCAR!
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NASAも?
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NASHIは?
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支那竹?
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竹島!
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午睡後、コルコバード星の散歩の途中、WAVEで三婆三番叟産婆ノートを買い、アイルトン・セナ・ダ・シルバが眠るアウトドローモ・インテルナツィオナーレ・エンツォ・エ・ディーノ・フェラーリのタンブレロ・コーナーにおいしい水を供えにイパネマの娘と思った矢先の出来事だった。

「あなたを愛してしまいそう」とナスカ・エッグプラントは言って『Desafinado』を口ずさんだ。銚子の漁師が量子揺らぎで悪酔いしたように調子っぱずれだった。_c0109850_12473934.jpg


夕暮れどき、秋の盛りなのに、まだ夏の盛りの余韻が残る神宮外苑の銀杏並木を鉄の馬で疾走中にとびきりの『Desafinado』は聴こえてきたのだった。愁いを含んでほのかに甘いアクースティック・ギターの調べに乗って。

ホブソン・コヘア・ド・アマラル。生粋のカリオカ、リオ・デ・ジャネイロっ子だ。1月の川はたいてい冷たいものだが、ホブソンは明るく暖かくやさしい。シンガーであり、ギタリストであり、パーカッショニスト。在日13年。カタコトの日本語とたどたどしい英語とファンキーなポルトガル語を織りまぜて一所懸命話す姿がキュートだ。

神宮外苑の銀杏並木でホブソンと初めて会ったとき、彼は間近に迫ったライヴのレッスン中だった。ホブソンはママチャリを脇にとめ、ベンチに座って一心にギターを弾き、歌っていた。私がホブソンの前を通りすぎようとしたとき、彼はスコアから眼を上げ、私にとびきりの笑顔を投げかけてきた。私も手持ちのうちの最高の笑顔をホブソンに投げ返した。

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神宮第二球場で草野球の試合をしばし観戦し、ピッチャーのションベン・カーブに舌打ちし、バッターの大根切りスウィングに野次を飛ばし、両チーム全員の刺すような視線を一斉に浴び、もと来た道を戻った。ホブソンは前と同じように一心不乱に練習をしていた。私は『青山通りから12本目の銀杏の木の下』に鉄の馬を停め、ホブソンに近づいた。近づくにつれて、『Desafinado』は輪郭がくっきりとしてきた。それは名演と言っていい演奏、歌唱だった。その『Desafinado』は私の知るかぎり、スタン・ゲッツ & ホアン・ジルベルトの名演にも引けをとらないように思われた。『Desafinado』はホブソンの十八番であり、スタン・ゲッツ & ホアン・ジルベルトの演奏を聴いて以来、私のフェイヴァリット・ソングでもあった。調子っぱずれな人生を生きる者にはうってつけの曲だ。

ボッサ・ノッバにほのかに薫る哀愁は、若く名もなく貧しき青春の日々と深くつながっている。ボッサ・ノッバは安アパートの一室で誕生した。まだ無名だった若かりしホアン・ジルベルトとアントニオ・カルロス・ジョビムが大きな音を出すことのゆるされない部屋で、ほかの住人たちに気づかって撫でるようにギターを弾き、小声でささやくように歌ったとき、ボッサ・ノッバは生まれたのだ。そのことをホブソンに言うと、「どうして知っているんだい?」と大きな眼をさらに大きくして言った。

「アントニオ・カルロス・ジョビム本人から聞いたのさ」
「ええええええっ!? ほんとに?」
「うそ。本で読んだのさ」
「うへぇ! 日本人はほんとに勉強好きなんだなぁ」とホブソンは言って、両手を天に向かって差し上げるような仕草をした。

ホブソンはそれから『黒いオルフェ』や『コルコバード』やボッサ・ノッバ風にアレンジした『上を向いて歩こう』を聴かせてくれた。私がお礼にビールをごちそうすると誘うと、ホブソンは「グーッド! グーッド!」を7回も連発した。

銀杏並木沿いのいい雰囲気のレストラン、「セラン」に行き、通りに面したテラスでビールを飲みながら、日本のことやブラジルのことや音楽のことやサッカーのことやアイルトン・セナ・ダ・シルバのことやエドソン・アランテス・ド・ナシメントのことやナナ・バスコンセロスのことやパット・メセニーのことやホアン・ジルベルトのことやアストラット・ジルベルトのことやアントニオ・カルロス・ジョビムのことを話しているうちに私たちはとてもインティメートな気分になっていった。

「弾いてもだいじょうぶかな?」と眼のまわりをうっすらと染めたホブソンが尋ねた。
「ノー・プロブレムだと思うよ」

ホブソンはとてもキュートな笑顔を見せ、ケースからギターを出した。内心、私はお店のひとからたしなめられるかなと思ったが、ホブソンの涼しげなギターの音色と哀愁をおびた歌声が秋の気配を漂わせはじめた夕暮れの銀杏並木に流れ出すと、まわりのだれもがしあわせそうな表情になった。曲が終わるたびにあちこちで拍手が起こったほどだ。「あちらのお客さまからです」と言って、若いギャルソンがビールを4杯持ってきた。私とホブソンはごちそうを山分けし、大ゴキゲンで飲み干した。

秋なのに蝉しぐれ、揺れる銀杏の葉陰、ボッサ・ノッバ ── 秋なのに、この夏の思い出にまたひとつ宝石が増えた気がした。
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Eu Sei Que Vou Te Amar - Vinicius de Moraes and Maria Creuza
Desafinado - Stan Getz & Joao Gilberto
Corcovado - Stan Getz/Astrud Gilberto
おいしい水/Agua De Beber - Antonio Carlos Jobim
波/Wave - Antonio Carlos Jobim
Eggplant - Michael Franks
星の散歩 - 小野リサ
三婆三番叟産婆ノート(One Note Samba) - Stan Getz & Charlie Byrd
 
by enzo_morinari | 2018-09-28 07:11 | あなたと夜と音楽と | Trackback | Comments(0)