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カテゴリ:メローで少しだけディープなヨコスカの週末( 1 )

フォルクスワーゲン・カルマンギヤ Type14から聴こえてきたメローなロスの週末

 
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「19歳の地図」を頼りに世界をうろつきまわっている最中だった。『なんとなく、クリスタル』はまだ世に出ていなかったが、ウェスト・コーストの薄っぺらで上げ底の波は確実に押し寄せていて、どいつもこいつもプルオーバーのBDシャツを着て、FARAHのホップサック・パンツを穿き、トップサイダーのデッキシューズを履いて浮かれ騒いでいた。

「ジョシダイセー」なる珍妙な生き物が「ウッソー」「ホントー」と雄叫びを上げながら我が物顔で街を闊歩しはじめたのもこの頃だ。今から思えば、あの頃から「終りの始まり」は始まっていたんだろう。「私のホテル・カリフォルニア問題」は2年目を迎えていた。うんざりした気分がずっとつづいていた。相変わらず七里ガ浜にはろくな波が立たず、強い南風が吹きつける七里ガ浜駐車場レフト・サイドだけが、唯一心の休まる場所だった。世界は心も魂も見失い、蝉の抜け殻のようにスカスカであるように思われた。あらゆることが腹立たしく、苛立たしく、だれかれかまわずに喧嘩をふっかけていた。多くの敗北と少しの勝利と戦略的撤退の日々。

そんな日々がつづいていたある春の盛りの日曜日の昼下がり。パウダーブルーの1955年式フォルクスワーゲン・カルマンギヤ Type14からジョージ・ベンソンの『Ode to a Kudu』が絶妙のタイミングと音量で聴こえてきた。

その『Ode to a Kudu』は聴き慣れた『Ode to a Kudu』ではなく、ライブ音源だった。ジョージ・ベンソンの代表作のうちの1枚である『Beyond The Blue Horizon』(1971)に収録されている『Ode to a Kudu』よりもはるかに成熟しているように感じられた。

しばらく聴き惚れているとフォルクスワーゲン・カルマンギヤ Type14の右のドアが開いて、目の玉が飛び出してしまいそうな美人が出てきた。のちに星と導きと夜との狭間にある大学通りを経て象牙海岸をいっしょにさまよい、『シャンペンと地動説』によって終りを告げた涙のワンサイデッド・ラヴの相手となる3歳年上の女の子だった。

いまでも『Weekend in L.A./メローなロスの週末』の『Ode to a Kudu』を聴くと胸のどこかしらが疼く。ライブ盤の『Ode to a Kudu』はまぎれもく名演だが、アルバム邦題の「メローなロスの週末」はあまりにもだ。いただけない。お粗末すぎる。いい週末も数少ないくすぐったいような恋の思い出も台無しである。

山下達郎のことやら吉田美奈子の心情やらソニー・ミュージックの三浦との混みいった顛末やらについても言いたいことは山ほどあるけれども、すべては時間の波間を漂う流れ木のように、あるいは岸辺で踏む足跡のつかない涙のステップのように跡形もなく消えた。それでいい。それでよかったんだ。

いまでは、当時の泥沼での肉弾戦のごときゴタゴタを知る者はいない。当事者ですらおぼえてはいないだろう。あるいは忘れたふりをしているかだ。そのことについてだれも文句は言えないし、だれも文句を言われる筋合いはない。すべてはなかったも同然だ。

時間というのはたいていの場合残酷だが、ある種の人々にとってはやさしくもある。救いでさえあることだってある。そんな風にしていろいろなことが過ぎていき、いろいろなことがなにもなかったように終わっていけばいい。ただし、「え? とっくに終わったことじゃなかったの?」と嘯く無神経な輩には口には出さないが猛烈な憤怒と憎悪と強蔑をおぼえていることをそこはかとなく表明しておくことにする。(この世界には都合よく THE END も FIN も用意されちゃいねえんだよ!)

カルマンギヤ・ガールとの別離の一件以来、正真正銘の金持ちも成り上がりの金持ちもきらいだ。「おまえたちが富を所有する分、おれの分け前が減るじゃねえか!」というのが言い分である。至極まっとうで的を射ていて健全で生産的でスピリチュアル・ユニティな考え方だ。そんなふうにしてきょうまで生きてきた。生きてきたことであった。ときに、だれにも気づかれないように涙のステップを踏んで。悔し涙やら嬉し涙やら悲し涙やら嘘涙やら強がり涙やらを2000トンくらい流して。おかげで、涙はいくら流してもいつか乾き、やがて涸れることを知った。

その後、カルマンギヤ・ガールからは一度だけ青いエアメールが届いた。雨で文字が滲んでいた。滲んでいたのは雨のせいだけではない。なんてマイ・フーリッシュハートな人生。私のかわりにだれか泣いてくれ。

いまではカルマンギヤ・ガールと足しげく通ったトップスのチョコレート・ケーキもカレーも食べない。彼女もそうだといい。そうあってほしい。

本当の気持ちを伝えても過ぎ去った季節や時間を取り戻せやしないことはわかってはいるが、彼女の住む街と私の住む街では冬はどちらが先に来るのかは毎年気になる。

彼女と最後に会ったときに着ていたオーバー・コートと彼女が誕生日にプレゼントしてくれたレジメンタル・タイはワードローブの奥深くで眠ったままだ。もはや目覚めることもあるまい。


Ode to a Kudu (Live) - George Benson


Weekend in L.A.
Released: April 29, 1978
Recorded: September 30-October 2, 1977
Genre: Jazz/Fusion-Guitar/R&B
Length: 67:36
Label: Warner Bros. Records
Producer: Tommy LiPuma

Track Listing
1. "Weekend in L.A." (George Benson)
2. "On Broadway" (Jerry Leiber, Barry Mann, Mike Stoller, Cynthia Weil)
3. "Down Here on the Ground" (Lalo Schifrin, Gale Garnett)
4. "California P. M." (George Benson)
5. "The Greatest Love of All" (Linda Creed, Michael Masser)
6. "It's All in the Game" (George Benson)
7. "Windsong" (George Benson)
8. "Ode to a Kudu" (George Benson)
9. "Lady Blue" (Leon Russell)
10. "We All Remember Wes" (Stevie Wonder)
11. "We As Love" (George Benson)

Personnel
George Benson - guitar, vocals
Jorge Dalto - piano
Ronnie Foster - synthesizer
Phil Upchurch - rhythm guitar
Ralph MacDonald - percussion
Stanley Banks - bass
Harvey Mason, Sr. - drums
Nick DeCaro - string synthesizer


附記
Beyond The Blue Horizon
Released: 1971
Recorded: February 2-3, 1971 (Van Gelder Studio, Englewood Cliffs)
Genre: Jazz/Fusion-Guitar
Label: CTI Records (CTI 6009)
Producer: Creed Taylor

Track listing
1. "So What" (Miles Davis)
2. "The Gentle Rain" (Luiz Bonfá, Matt Dubey)
3. "All Clear" (George Benson)
4. "Ode to a Kudu" (George Benson)
5. "Somewhere in the East" (George Benson)

Personnel
George Benson - guitar
Clarence Palmer - organ
Ron Carter - bass
Jack DeJohnette - drums
Michael Cameron, Albert Nicholson - percussion
Robert Honablue - engineering
 
by enzo_morinari | 2019-10-13 22:43 | メローで少しだけディープなヨコスカの週末 | Trackback | Comments(0)