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カテゴリ:超絶短編・集( 5 )

怨恨憾譚 ── しずやしず しずの苧環くりかえし 昔をいまに なすよしもがな(静御前)

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白肌に怨みは濃く、黒髪に恨みは深く、呪言に憾みは物しく、物の怪の気配は幽けく。森鳴燕蔵


遠い春の夜。鎌倉稲村ヶ崎の断崖から由比ヶ浜の海中に身を投げようとしたとき、うしろからきれいな声が聴こえた。
 
「ごいっしょしましょうか?」
 
ふりかえると艶やかな黒髪の美しい白肌の女がかすかに左右に揺れながら立っていた。女の手にはひとくれの苧環が握られ、小脇には濡れて動かぬ嬰児が抱かれていた。恐ろしい体験だった。以来、春の海には近づかない。

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「ごいっしょにいかがですか?」

うしろから声がした。妻がコーヒーカップをふたつ持ってかすかに左右に揺れながら立っている。ひと晩で腰のあたりまで伸びた艶やかな黒髪が春の生あたかい風を受けて揺れている。
 
もはや、どこにも逃げ場はない。
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憾 - 滝 廉太郎
鎌倉 - 鮫島有美子
もうひとつの鎌倉物語(鎌倉市PV)
夏をあきらめて

(補遺)
源九郎判官義經の愛妾・静御前の行状が唯一記された鎌倉幕府の公式歴史文書である『吾妻鏡』によれば、静御前は逃亡中である義經の子を宿していて、源頼朝は「女子なら助けるが男子なら殺せ」と家臣に命じる。文治2年7月29日(ユリウス暦1186年9月14日)、静御前は男子を出産。頼朝の家臣が赤子を引きとりにくるが、静御前は半狂乱で泣き叫び、わが子を引きわたすことを頑強に拒んだ。静御前の生母である磯禅師が静御前から赤子を取りあげて頼朝の家臣に引きわたし、赤子は由比ヶ浜の海中に沈められた。
 
by enzo_morinari | 2018-08-28 01:33 | 超絶短編・集 | Trackback | Comments(1)

屋根裏部屋の王が創造した「掌の中の宇宙」

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目の前の机の片隅で月あかりを浴びて1個の懐中時計が光っている。眼を凝らすと水晶でできた文字盤に月が映りこんでいる。

掌の中の宇宙に浮かぶ月。

その懐中時計の名は Marie Antoinette/BREGUET NO. 160. 数奇な運命をたどった伝説の時計である。

1783年、ルイ16世の妃、マリー・アントワネットは当代最高のキャビノチェ(時計職人)であるアブラアン・ルイ・ブレゲを直接呼びつけ、護衛官を通じて「すべての機構、装飾を盛りこんだ史上最高の時計」を作るよう命じた。あらゆる複雑機能と最新の装飾を要求し、費用無制限、納期無期限という破格の注文だった。

Marie Antoinette/BREGUET NO. 160 は完成した時点で時計技術の最先端そのものであることを運命づけられていた。アブラアン・ルイ・ブレゲ本人が時計技術を次々に革新していくのであるから、新しい技術、機構を発明するたびに、それらはMarie Antoinette/BREGUET NO. 160に投入されなければならなかった。

技術革新はブレゲにとっては自らを縛る頸であった。永遠に完結しない完全性を追い求めてブレゲは何度も設計をやり直し、落胆し、シシューポスの嘆きを味わったにちがいないことは容易に想像がつく。

発注から6年後の1789年に勃発したフランス革命によってマリー・アントワネットは断頭台の露と消えるが、何度かの中断を挟みながら、Marie Antoinette/BREGUET NO. 160の開発は密かにつづけられた。さらに、ブレゲの死後もMarie Antoinette/BREGUET NO. 160の製作はつづき、1827年、ブレゲの息子の代でついに完成した。マリー・アントワネットの希代の注文から実に44年の歳月が流れていた。

パーフェクト・パーペチュアル・カレンダー(永久暦)、暗闇でも打鐘音で時を知らせるミニッツ・リピーター、重力の影響による誤差を修正するトゥールビヨン機構、二重の耐衝撃機構、均時差表示、金属温度計、パワーリザーブ表示、インディヴィジュアル・バトンとスモール・セコンドなど、ブレゲ開発による最新の技術が盛りこまれた時計史に燦然と輝く最高傑作の誕生であった。
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私がMarie Antoinette/BREGUET NO. 160を手に入れたのは1983年の春のことである。エルサレムのL.A.メイヤー記念美術館に忍びこみ、厳重なセキュリティを破って盗みだした。私の掌の中で妖しく輝くMarie Antoinette/BREGUET NO. 160. 時を知らせる道具の範疇を遥かに超えて、それはまぎれもなく小さな宇宙である。

時計は視えない時間、存在しない時間を小さな歯車と螺子の集積によって視覚化する時の芸術品である。時の芸術品を生みだすキャビノチェは科学全般、哲学思想に秀でた大知識人でもある。彼らの社会的地位はたいへんに高く、人々の尊敬と羨望の眼差しを受ける存在だった。

キャビノチェの語源は「屋根裏部屋(キャビネット)」。薄暗い屋根裏部屋で哲学の深淵と科学の粋を小さな機械に注ぎこむ時計職人を当時の人々は敬意をこめて「屋根裏部屋の住人(キャビノチェ)」と呼んだ。キャビノチェの哲学、思想、天文学、冶金学、金属学、物理学、音響学等に関する知識と技術の結晶が時計なのだ。そのキャビノチェの王として君臨しつづけたのがアブラアン・ルイ・ブレゲである。時計の歴史を200年早めたと言われる、古今東西に比類なき孤高の天才だ。

ブレゲの顧客には王侯貴族、最高権力者、文学者、音楽家などが名を連ねる。かのナポレオン・ボナパルトやヴィクトール・ユゴー、バルザック、アレクサンドル・デュマもブレゲの時計を愛用した。フランク・ミューラー? ブレゲの前では赤児も同然である。

Marie Antoinette/BREGUET NO. 160を見ていると、ブレゲが「宇宙の運行」をそこに込めたのではないかとさえ思える瞬間がある。

時間を、宇宙をみつめなさい。

ブレゲのそんな声が聴こえるようだ。35年のあいだ、私は常にMarie Antoinette/BREGUET NO. 160ひいてはアブラアン・ルイ・ブレゲ本人に問われつづけてきた。「時間とはなにか? 宇宙とはなにか?」と。

私が機械式時計に魅入られ、ついにはその究極のかたち、最終解答であるMarie Antoinette/BREGUET NO. 160を我がものにしようと考えたのは「時間とはなにか? 宇宙とはなにか?」という問いへの解答を見つけたかったからにほかならない。

答えはみつかった。もはや、Marie Antoinette/BREGUET NO. 160が私の手元にある必要も理由もない。そろそろ、マリー・アントワネットの元にMarie Antoinette/BREGUET NO. 160を届けよう。彼女の墓に供え、両者を対面させるのだ。

マリー・アントワネットは今度は時間を浪費することもなく、無意味な豪奢にとらわれることもなく、ただ静かに時間を、宇宙をみつめることだろう。時の流れは死者の魂のありようさえ変貌させるのだ。

Time will tell
 
by enzo_morinari | 2018-08-27 19:21 | 超絶短編・集 | Trackback | Comments(0)

「抱擁。」とつぶやいたあと、サモトラケのニケは屋根裏部屋の王の耳元で異界の刻の到来を告げる。

 
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シシリアーノ第3主題【ルチアーノとカンノーリの半音階的転調および大フーガ〈そして衣裾をたくし上げ、城壁のカテリーナ・スフォルツァは叫ぶ〉】をリパッティ風に奏でながらサモトラケのニケは「抱擁。」とつぶやいた。


ふるえる翼。輝く眼差し。解法の微笑。そして、異界への誘い。異界の刻までいくばくもない。サモトラケのニケは告げる。

「Festina Lente!」

屋根裏部屋の王はMarie Antoinette/BREGUET NO.160の4番車を調整する手をとめ、断頭台に引きたてられる王妃の力ない笑みを思い浮かべた。晴れたパリの青い空に、刎ねられた王妃の血潮にまみれた首が舞う。5年も前のことだ。屋根裏部屋の王は作業に戻る。

「だめだ。雁木車がまだ完全ではない。だめだ。だめだ。これでは王妃様にお渡しできない。わたしは王妃様に”最終解答”をお見せしなければならない」

1番車を回転させる。短針の動きに問題はない。回転比を上げた2番車が長針を回転させる。これも問題なし。掌の中の宇宙は緩慢と敏捷の集積によって時を刻む。時は刻々と過ぎゆくかと思われた。いやちがう。時はない。「時は私がつくるのだ」と屋根裏部屋の王は思う。

「すべて過ぎゆく。変わる。変節する。裏切る。変わらず、裏切らないのは時間だけだ」

ロンドンのハノーヴァー・スクエア・ルームズで聴いたハイドンの『交響曲第101番ニ長調 第2楽章』がよぎり、屋根裏部屋の王を急かす。アンティキティラ島のアルキメデス・マシーンの呼び声が感音難聴の煩瑣をしばし消す。

「Festina Lente. 急ごう。解答はいまだ出ていない。契約はまだ終わってはいない」

屋根裏部屋の王はみずから頸いた群青色のコードバンのカラーをさらに引きしめる。
 
by enzo_morinari | 2018-03-03 05:38 | 超絶短編・集 | Trackback | Comments(0)

火処ばしる女

 
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その昔、横浜の保土ヶ谷駅にほど近い山側に「火戸」あるいは「含所」または「秀所」と呼ばれる集落があって、そこに住まう50がらみの女に逢いにちょくちょく出かけた。吾輩はまだ20代の前半であって精が漲り、迸り出ようとするのを抑えようがなかった。

吾輩は多いときには週に4度も5度も女のところに通い詰め、それこそ朝から晩までどころか翌日までひたすらに女と交わりつづけた。

女は吾輩と出会う1年ほども前に夫を亡くしていて、女盛りの身を持て余す日々を送っていた。女は吾輩を一目見るなり、生唾を飲み込んだ。そして、ただひと言、「したい」と言った。乾くことのない日々の始まりだった。水温む季節さえ炎熱のような乾ききった空気が吹きつけていた。

女があまりに気をやるのと、女の玉門の肥大した陰唇が吾輩の摩羅とともに中に巻きこまれて痛むのでほとほと困り果てた吾輩はいくたりかの「道具」を使う怠惰を犯すようになった。女は初めのうちは悦んでいたけれども、そのうちに吾輩の怠惰、不実を責め立てた。集落の後家のいくたりかと寝たことが女に露見したことで、女の怒りは爆発した。

そして、ついに女の火処が憤怒の炎を噴き出すときがきた。女の火処から熾火のような色をした火焔が噴き上がる態は地獄の業火もかくやとでもいうべきものであった。

女は火焔を吐き出すだけ吐き出すと、さざ波ひとつ立たぬ水面のような褥に長々と伸び、大鼾をかいて寝てしまった。それが生きている女を見た最後だ。そのときに灼けた左肩の焔痕はいまも消えずに残っている。

その後、女はブバカル・トラオレの『マリアマ』がエンドレス・リピートでかかる薄暗く湿った黴臭い部屋で首を吊った。春の盛りのことだ。なぜ女が最後にブバカル・トラオレの『マリアマ』を聴きながら果てたのかは、いまだにわかっていない。

生前、女の口から音楽の話が出たことはないし、女がブバカル・トラオレを知るはずもない。あるいは、ブバカル・トラオレの悲しげな歌声に魅入られでもしたか。謎が解けることは今後もあるまい。


ブバカル・トラオレが「ピエレット。ピエレット。道化。道化」と歌っている。道化た椿事でも起きて世界が一瞬にして滅ぶことを願う春の宵だ。


Mariama - Boubacar Traoré [1990]
 
by enzo_morinari | 2014-05-08 13:08 | 超絶短編・集 | Trackback | Comments(0)

水走る女

 
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水走る女は水の神、呪いの神、大蛇(オロチ)、蛟(みずち/みつち)の化身であって、精霊、物の怪、妖怪のたぐいである。水走る女は蜜迸り、滴る女でもある。古事記・日本書紀に弥都波能売神・罔象女神(ミツハノメノカミ)/水波能売命(ミヅハノメノミコト)とある。祖は水のマナの都、任那。

水走る女に名をたずねたら、四方に伸びた紙漉きの手をやすめて、「水沼」と答えたのには大層驚いた。驚いたついでに、刻みあげて水葉や鰆と一緒に鍋にして喰ってしまった。


春はいよいよ盛り、不吉な風がとるろとるろとろりとろりと吹きわたっていく。
 
by enzo_morinari | 2014-05-07 16:45 | 超絶短編・集 | Trackback | Comments(0)