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カテゴリ:星の流れに( 1 )

星の流れに/天の川を見たことのない女は「こんな女に誰がした」と歌って死んだ。グールド・ベルトを越え、オリオン腕を越え、おとめ座超銀河団を越え、28.5 Gpcの先まで届く塩味ダイヤモンドを流して。

 
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星の流れに身を占って
どこを寝ぐらの今日の宿
すさむ心でいるのじゃないが
泣けて涙も涸れ果てた
こんな女に誰がした

ルージュ哀しや唇かめば
闇の夜風も泣いて吹く
こんな女に誰がした



まだ夏の星座は見える。夏の大三角形をかたちづくる白鳥座のデネブ、鷲座のアルタイル、琴座のベガ。織姫と牽牛の逢瀬はまだしばらくはつづくだろう。

天空の東半分には秋の星座が遠慮がちにあがってきている。南の魚座のフォーマルハウトが少しさびしそうだが、暗い星が多い秋の星空は月明かりのない夜が星座探しにちょうどいい。

泡劇場開幕直前の秋の夜。星のきれいな夜だった。

「なんで七夕のときしか彦星と織姫は会えないの?」と天の川を見たことのない女がたずねた。
「北極星がそう決めたから」と私は答えた。
「毎日会えればいいのに。ずっと一緒にいられたらいいのに。天の川見たことないけど。天の川だけじゃなくて、こどもの頃から星空を見上げたことなんかない…」

天の川を見たことのない女はそう言うと秋の星空を見上げた。天の川を見たことのない女に星群からはじめて88星座すべての星座をひとつひとつ、それぞれの星座、星たちが持つ物語を交えて話した。見えている星座も見えていない星座も。私の心の中だけにある星々のことも。輝く星座も星屑も願いを聞き届けてくれる星のことも小さな星のことも。

天の川だけではない。天の川を見たことのない女はオリオン座も北斗七星も南十字星もプレアデス星団もアンドロメダもカシオペアも蠍座も射手座も知らなかった。

天の川を見たことのない女は食いいるように息もつかずに星空を見ていた。

「ねえ。空にはずっとこんなにたくさんお星さまがあったの?」
「そうだよ」
「なんだかすごく損した気分」
「これから毎日星空を見ればいいよ。見上げてごらん夜の星をってことだ。天体望遠鏡も買おう」
「そうね。約束よ。でも、雨の日は? 曇ってたら?」
「おれが星の話をする」
「うれしい! それと、あの歌も歌ってよ。お星さまにお願いをすればいつか願いはかなうって歌」
「『星に願いを』だな」
「それそれ! その歌! いま歌ってよ」
「ギャラ、高えぞ」
「わかってるって!」

私が『星に願いを』を歌うと、天の川を見たことのない女はグールド・ベルトを越え、オリオン腕を越え、おとめ座超銀河団を越え、28.5 Gpcの先まで届きそうな勢いで大粒の塩味ダイヤモンドを10億粒くらい流した。天の川が洪水を起こすかと思われた。あやうく、織姫と彦星の恋路の邪魔をするところだった。

「なんでそんなにお星さまのことや星座のことや宇宙のことを知ってるの?」
「それはだな。おれが星を継ぐ者だからだ」

それからほどなく。ジャコビニ流星群が降りしきる夜。天の川を見たことのない女は高熱を出し、肺炎を発症してひと晩であっけなく死んでしまった。

天の川を見たことのない女は最後に「星の流れに身を占って…こんな女に誰がした ...」と歌って死んだ。動かず、息もしない女の唇にルージュを引いた。ルージュ哀しや ── 。

いまでもこの季節になると天の川を見たことのない女のことを思いだす。幼な児のように星空を見上げていた天の川を見たことのない女のことを。


星の流れに
作詩 清水みのる
作曲 利根一郎
昭和22年10月(テイチク)

星の流れに身を占って
どこを寝ぐらの今日の宿
すさむ心でいるのじゃないが
泣けて涙も涸れ果てた
こんな女に誰がした

煙草ふかして口笛吹いて
あてもない夜のさすらいに
他人は見返るわが身は細る
街の灯影のわびしさよ
こんな女に誰がした

飢えて今頃妹はどこに
ひと目逢いたいお母さん
ルージュ哀しや唇かめば
闇の夜風も泣いて吹く
こんな女に誰がした


星の流れに/ちあきなおみ
見上げてごらん夜の星を 木村充揮+近藤房之助 (男唄 ~昭和讃歩~/2007)
 
by enzo_morinari | 2019-09-17 23:58 | 星の流れに | Trackback | Comments(0)