攻撃ハ特攻トス Fuckin’ Die Hong A
甘粕正彦ハ死ナズ Kwantung Army
1990年の秋の終わり。横浜野毛の飲み屋街。生物学上の父親行きつけの「小半」。客はほかにふた組だけだった。
小上がり。いつもは酒を飲んでも酔うことのない生物学上の父親がしたたかに酔った。生物学上の父親はもろ肌を脱いで言った。上半身は傷だらけだった。
「見てみろ。これが戦争だ」
右の肩口から二の腕、肘にかけてえぐられたようなケロイド状の大きな傷痕。背中には数百のケロイド。破裂した迫撃砲弾や手榴弾によってできた傷痕だ。生物学上の父親はズボンを脱ぎ、靴下を脱ぎ、ふんどし一丁になった。太ももには貫通した弾丸の痕がいくつもあった。生々しい傷痕だった。左右両方のふくらはぎの肉も削ぎとられていた。
「これが戦争だ。序の口だけどな」
そう言って生物学上の父親は深々と息を吐き出した。吐き出す息はふるえていた。身づくろいをととのえてから、生物学上の父親は持っていた高島屋の紙袋を無造作に卓袱台の上に置いた。
「おまえにやる。甘粕正彦の形見だ」
袋の中には小刀が入っていた。関孫六だった。はるかの高みから大日本帝國陸軍 四式重爆撃機 三菱 キ67(靖國)の乾いた爆音が確かに聴こえた。アダージョでアヴァンギャルドでアナーキーでアノニマスな夜のはじまりだった。