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昔々、横浜で。/1964年の秋の初めの日曜日の横浜の貧民窟の貧乏長屋の洗濯物干し場で「犬は屁をするか?」と演説をした。Life and Fart goes on. それでも、人生はつづく。orz〜

 
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だいじょうぶ、My Friend. 屁が出るうちは生きている。

Pass Gas, Break Wind, Cut the Cheese. But Life Goes On.


小学校1年。Olympic Year. 1964年の秋の初めの日曜日の無防備に欲情する横浜の貧民窟の貧乏長屋の洗濯物干し場で「犬は屁をするか?」と演説をした。

結論。犬は屁をする。ブーもフーもウーもスーもブリッもボンッもある。夜の街にガオーッ!やマッハGo Go Go!やオバケのQだってある。そして、クサい。鼻が130Rに曲がって0x0(0+0)÷(0÷0)=も解けないほどクサい。

私が演説をはじめたときは洗濯物干し中の長屋のお母ちゃんが数人いただけだったが、すぐに洗濯物干し場は長屋の住人どもでいっぱいになった。パン屋のカネキ屋の婆さんや角の加藤のタバコ屋のおやじやラーメン屋の珍萬の中国人や飲み屋の糸勝のエロエロ女までがいた。

私は演説をつづけた。

屁をする犬に罪はない。悪気もない。あるのはだれも口出し手出しできない物理法則だけである。だれも口出し手出しできないが、屁は出る。屁はところかまわずに出る。出物腫物ところかまわずだ。なぜなら、屁が出るのは物理法則だからだ。物理法則は神の意志であるとも言いうる。中国のえらい坊さんは言った。「屁なりとて仇と思うな諸人よ。ブッというのは仏なりせば」と。

私の演説は1時間ほどもつづいた。オーディエンスは満面の笑顔。拍手さえ起こった。みんなボロを着て、貧乏がしみついた顔をしていて、貧乏くさかったが、どいつもこいつもしあわせそうだった。

私は演説の最後に尻を右側にあげて超ドレッドノート級の屁をこいた。それを合図にあっちでもこっちでも、屁。屁。屁。屁。屁の大合唱、満艦飾、オンパレード。いつもはお上品ぶってる高橋んちのマリ子さえ。一番デカい屁をこいたのはとなりにいた私の母親だ。親子は臭い仲でもあるということだろう。

Life goes on. それでも、人生はつづくと思っていたら、母親は中学2年の秋に片手で持てるくらいに小さくなり、最後の最後にすごくクサい屁をこいて死んでしまった…。orz〜


Life Goes On - 2PAC (All Eyez On Me/1995)
 
by enzo_morinari | 2019-09-04 00:11 | 昔々、横浜で。 | Trackback | Comments(0)
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