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STREET4LIFE/Life goes on.

 
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人生は本当のことに気づくには短すぎ、本当のことを待つには長すぎる。それでも、人生はつづく。


火曜日。午後2時42分。青山通り青山1丁目交差点。青山ツインタワー脇の階段。ジノは通りを挟んで向かいにあるホンダ本社にドロップオフしたあと、つかの間の休息をとっていた。青山ツインタワー脇の階段はメッセンジャーたちの次の仕事の待機場所/休憩所だ。メッセンジャーのたまり場。大いびきをかいて寝る者さえいる。

無線のスウィッチを切る。無線を切れば仕事のコールはこない。休みたいときは休む。だれにもとやかくのことは言わせない。それがジノのスタイルだ。My own style.

7-Elevenで買ったスニッカーズとカロリーメイトのフルーツ味とキットカットを食べ、ウィダーインゼリーをひと絞りで口の中に流しこみおえたとき、ミツコがやってきた。Vol de Nuit/夜間飛行の香り。ミドルノートのジャスミン、水仙、インドネシアン・カーネーションのスパイス・ノートが香っているところからして、昼食後にシャワーを浴びて夜間飛行をつけたのだろう。

ジノは無線のスウィッチを入れ、ディスパッチャーに現金仕事である旨とドロップオフ先の住所を告げた。南青山1丁目から横須賀市役所まで。直線距離で43km/スーパーラッシュのスペシャル・デリバリー。しかし、実際にはデリバリーはしない。火曜日の午後はミツコとのデイドリーム・アヴァンチュールだからだ。料金はミツコが支払う。デリバリー料金とは別にスペシャルもある。

ミツコとの出会いは偶然だった。神宮外苑銀杏並木の青山通りから12本目の銀杏の樹の前のベンチで午睡しているときにミツコから声をかけてきた。ミツコのつけている夜間飛行の香りで目がさめた直後だった。そのとき、ジノはAutodromo Internazionale Enzo e Dino Ferrari(Imola Circuit)のTamburello CornerをMcLaren MP4/6で312km/hでアイルトン・セナとSide By Side/ランデブー・コーナリングしている夢をみていた。アイルトン・セナは2PACとともにジノのアイドルだった。Honda RA121-Eの甲高いV12サウンドがまだジノの頭の中に鳴り響いていた。

F1ドライバーになることがジノのこどもの頃からの夢だった。夢は粉々に砕け散ったが、捨ててはいない。粉々に砕け散った夢のかけらをひろいあつめ、つなぎあわせればいいだけの話だ。夢がこどもの頃に砕け散っていたとしてもだ。

ミツコは神宮前に豪邸を構える大金持ちの人妻だった。45歳。ジノより20歳年上だ。初めてミツコに会ったとき、ジノは18歳の誕生日を迎えたばかりだった。そのとき、ミツコは38歳。

青山通りから1本入った裏通り。神宮前2丁目の大豪邸。青山1丁目の交差点からジノとミツコは競争する。いつものことだ。当然、ジノの勝ち。都内の道路でバイシクル・メッセンジャーが乗る自転車より速い乗り物はない。路線バスより車よりオートバイより速い。渋滞の影響を受けないからだ。信号は完全無視。バイシクル・メッセンジャーにとって信号機はないも同然である。メッセンジャーが信号を守っていたら仕事にならない。いざとなったら、首都高を使う。入口も出口も料金所は突破する。

メッセンジャーにはある種の不良性と反権力/反骨の精神が必要である。メッセンジャーは現代のまつろわぬひとびとなのだ。純水ではなにものも生きることはできない。ドブさらいはだれかがやらねばならない。世界はそのようにできあがっている。

豪勢な正門の前でミツコが来るのを待つ。ミツコは15分遅れてやってきた。ミツコの操作で正門がゆっくりと開く。ジノは漆黒のカラヴィンカにまたがり、ウィリーで正面玄関に向かう。ミツコがエントランスにBentley Continental GTC Convertibleを停めると正面玄関が開けられた。

正面玄関を入ると年配の家政婦が満面の笑顔で迎える。

「シャワーはいつでもどうぞ。お召し物は洗濯しておきます。お着替えはパウダー・ルームにご用意してあります」

ジノはうながされるままにシャワーを浴び、用意されていたバスローブを羽織ってミツコの待つ寝室に向かった。

ジノは両腕を頭のうしろに組み、天井をじっと見ている。ミツコはジノの左腕に頭をのせている。ミツコが口をひらく。

「あなたを初めて見かけたのは ──」
「青山通りの外苑の銀杏並木の角」
「え?」
「あんたは白のAudi Quattroに乗ってた」
「気づいてたの?」
「うん。きれいなひとだなって思った」
「うふ」
「動体視力はだれにも負けない」
「すごいわ」
「青いラコステのポロシャツを着てただろ?」
「信じらんない」
「信じられなくても事実だ」
「赤坂方向から銀杏並木のとこをすごいスピードで右折してきた。急ブレーキ踏んだけどぶつかったと思った」
「危なかった。あと7cmでクラッシュだった」

「御両親のこと、きいてもいい?」
「だめ」
「そう」
「ふたりとも死んじゃったから」
「え?」
「おれが3歳の冬に。首吊った。そのあとはばあちゃんに育てられた」
「まあ」
「ばあちゃんが死んでからは中学を卒業するまで施設暮らし」
「そう」
「あんたはおれの母親とおない年だ」
「まあ」

「わたしたちどうなるのかしら? これから」
「どうにもならない。おれはメッセンジャーで、あんたは週に1度デリバリーをオーダーするお客さんだ。かたちがないもののデリバリーをね。メッセンジャーはなんでも運ぶ。それが仕事だから。確実に言えることは100年後にはおれもあんたも死んでいて、きれいさっぱり忘れられて、跡形もなくなってるってことだ。100年後の世界の住人はおれたちの名前を知らないだけじゃなくて、存在したことすら知らない。知ろうともしない。もちろん、おれが青山通りを疾走したことも赤坂見附のサントリー本社から外堀通りのセンターラインを17ヶ所ある信号をすべて無視して走りに走って汐留の電通まで3分で走りきったこともあんたがラコステの青いポロシャツを着てAudi Quattroを運転してたこともね」
「かなしいわね...。自分のことを知っているひとが1人もいない世界...。おそろしいくらい」
「おれたちだけじゃない。たかだか100年足らずしか生きない人間は次のたかだか100年しか生きない人間に知られもしない。例外なくね。人間だけじゃなくてすべての生き物はね。このたった今生まれた赤ん坊も100年後には死んでいる」
「...ねえ、愛してるとか言ったら?」
「わからない。好きなだけでいいじゃないか。おたがいに相手のことを好きだから会う。セックスもする。好きな相手とするセックスは気持ちがいい。だろ?」
「そうね」

ミツコの涙がジノの腕を濡らす。

「なんの涙?」とジノ。
「わからない」とミツコ。

Life goes on. それでも、人生はつづく。


Life goes on - 2PAC
 
by enzo_morinari | 2019-08-15 05:46 | STREET4LIFE | Trackback | Comments(0)
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