人気ブログランキング |

不合理ゆえに吾信ず/第1水曜日のレコンキスタとハナモクの木のフィロソフィーとアプリオリなスピナッチ・フィボナッチ数列ラビオリ

 
c0109850_13465814.jpg

宇宙にも世界にもこれっぽっちも意味はない。

覚悟せよ。アプリオリなスピナッチ・フィボナッチ数列ラビオリを食べると目がまわる。

現代世界において『トニオ・クレーゲル』を引き合いに出して自らを語る者は狂人である。

カビの生えたまやかしの教養主義者とドグマチール中毒の教条主義者と間抜けの山の住人はマラのツソフォ二5-4アダジェトを聴きながらペーニスを握りしめて尿道窒息死する。


白人による侵略開始の日を目前に、奴隷商人/略奪者/殺戮者/卵山師にして大悪党のコロンブスがヨーロッパ世界とアメリゴ・ヴェスプッチ大陸/新大陸/新世界を結ぶ大西洋航路を発見したことで受けたヨーロッパ世界の衝撃を考えながらタバコ&タバスコ味の出汁巻きタナゴを食す七転八倒にして静謐な朝。

アプリオリなスピナッチ・フィボナッチ数列ラビオリを前に私は問う。なぜなにもないのではなく、アプリオリなスピナッチ・フィボナッチ数列ラビオリはあるのかと。問う私の前には次々と厄介なものどもがやってくる。

アポステリオリなアポストロフィとカタストロフィ・アポストロフィ・ストロベリー・ストロガノフは中でもとりわけて鬱陶しい。しかし、私はきょうもまた必然的で普遍的な思考方法を獲得しなければならない。


Credo quia absurdum. 不合理ゆえに吾信ず。
 
by enzo_morinari | 2019-05-14 13:55 | Credo Quia Absurdum | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://enzogarden.exblog.jp/tb/30274370
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
<< スナドリネコさんとしまっちゃう... QUO VADIS? ラカンの鏡 >>