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北へ帰る旅人ひとり 涙流れてやまず/弓折れ矢尽き、尾羽打ち枯らして都落ちし、困窮困憊の果てに北の国の故郷に帰還する世界で一番憎んでいた男/生物学上の父親の心中をイマジナシオンする。

 
北へ帰る旅人ひとり 涙流れてやまず/弓折れ矢尽き、尾羽打ち枯らして都落ちし、困窮困憊の果てに北の国の故郷に帰還する世界で一番憎んでいた男/生物学上の父親の心中をイマジナシオンする。_c0109850_01385081.jpg

窓は夜露に濡れて 都すでに遠のく
北へ帰る旅人ひとり 涙流れてやまず
夢はむなしく消えて 今日も闇をさすらう
遠き想いはかなき希望 恩愛我を去りぬ
今は黙して行かん なにをまた語るべき
UDA-HIRO


月に数度やってくる冥い貌をした男。世界で一番憎んでいた男/生物学上の父親だ。そのたびに、百円札を1枚わたされて貧乏長屋を出た。夕方まで帰ることはできない。母親を抱きにきたことはわかっていた。公園や図書館や本屋や港で時間をつぶした。いつか殺してやろうと思っていた。思いつづけた。私に背を向けていたのはおなじ方向を見ていたからだとゆるしかけたこともあったが、元の木阿弥。怒りと憎しみは日を追うごとに強くなり、深まった。

生物学上の父親への憤怒と憎悪は自分のレーゾンデートルであるとさえ考えて生きてきたが、首吊りの足を引っ張るのは下衆外道のやることである。首吊りどころか、とうの昔に死んでいるのだから。葬送/野辺送りにも背を向け、墓参りさえ行っていない。だが、もうそろそろ手仕舞いの頃合いだ。生物学上の父親がもがき苦しみ、のたうちまわり、青春時代のすべてを捧げ、命を差しだし、血煙をあげて走り抜けた昭和はとっくの昔に終わっているのだ。

ついては、生物学上の父親が涙をぽろぽろこぼしながら歌っていた『北帰行』を小林旭の歌唱で繰り返し繰り返し聴きながら、弓折れ矢尽き、尾羽打ち枯らして都落ちし、困窮困憊の果てに北の国の故郷に帰還するときの生物学上の父親の心中をイマジナシオンすることにした。生物学上の父親が涙をぽろぽろこぼしながら『北帰行』を歌っていたシーンはたったひとつだけの生物学上の父親にかかる「いい思い出」でもあるから。さらには、若き生物学上の父親がほぼ同世代の宇田博が作詞作曲した『北帰行』の原曲である『旅順高等学校寮歌』を愛唱していたかもしれないと思うと胸に迫るものがある。

北の国の地方都市の旧制中学卒業後、かかえきれない夢や希望や野心を胸に上京して都の西北へ。そこまではいい。容易に想像がつく。戦争がすべてをかえた。繰り上げ卒業し、仙台で入隊。選抜され、梅機関の特務機関員となる。梅機関時代の数年については生物学上の父親は黙して語らず、墓場に持っていった。ただ、一度だけ、「戦争に青春を踏みにじりられ、めちゃくちゃにされた。戦争がおれのような化け物をつくった」と言ったことがある。一度きり。眼は憤怒と憎悪の焔でめらめらと燃えていた。どこかでみたことのある眼。鏡に映る私の眼とおなじだった。あとはたずねても黙して語らず。そのように訓練を受けたんだろう。

中国大陸で悪逆非道のかぎりをつくし、C級戦争犯罪人としてニューギニアのジョスンダで終戦。現地処刑のはずが、なんの因果か悪運か、虜囚の辱めを受けたのちに命からがら祖国に帰還。最終軍階級は大日本帝国陸軍大尉。以後、復員軍人の常どおり、「おあまりオマケの人生」を無頼に生きる。厚生省(現厚生労働省)に生物学上の父親の軍歴を問い合わせても「回答できない」の一点張り。隠蔽の意図はあきらかだった。特務機関員の戦歴軍歴を教えるわけがないのは当然のことだ。国家の安全保障に優先するものはなにひとつない。それが国家意思である。生物学上の父親が愛読していた改造社版のニーチェの『権力への意志』には端正な字で「国家意思はすべてに優先する」という生物学上の父親の書きこみがある。

おとなになってから、野毛の飲み屋で生物学上の父親と飲食しているときに「官僚は国家意思の体現者か?」と問うたら、「ちがう」と即答した。

「それなら、官僚をぶち殺しても国家意思に背くことにはならないな?」
「ならない。やるときはおれにも声をかけてくれ。まだ腕におぼえはあるから。」
「おれは仕事はすべてひとりでやるのが流儀なんだ。」
「ふん。よく似てる。似なくていいところまで。」

生物学上の父親はそう言って声を立てずに笑った。なんて親子だと思った。

大学の先輩筋にあたる河野一郎との出会いが「陽のあたる明るい表通り」を大股で大手を振って歩くきっかけとなる。「おあまりオマケの人生」に別れを告げて。河野一郎邸に出入りしていた当時書生の海部俊樹について、よく「痘痕づらの愚かな田舎者」と吐き捨てるように言っていた。

手がけた事業はことごとく成功する。高度経済成長の時流にうまうまと乗って巨万の富を手にいれる。しかし、あえなく、コケる。要因は山っ気と放蕩。つまりは、酒と女と博打。すべてを失う。そして、故郷の室蘭に帰還する。生物学上の父親は再起を期して捲土重来し、またもやビッグチャンスをものにするが、やはり、ついえる。強い希死念慮に苛まれ、実際に神楽坂の待合いで自殺未遂を起こしている。

夜行列車に揺られながら、生物学上の父親はなにを思っていたか。青函連絡船上で荒れる津軽海峡を目にしてなにを思ったか。青函連絡船もいまはない。

昭和が終わって30年余。昭和の次の平成も終わる。恩愛。そして、恩讐。『北帰行』をあと100回聴かなければその先はわからない。聴こう。酒も飲もう。酒ぐれ、酔いどれてしまおう。いっそのこと、あすあたり、神谷バーで電気ブランをかっくらうか。神谷バーにはいまもかわらずスローな時間が流れていればいいが。


明日はいずこの町か 明日は異郷の旅路か…


北帰行 小林旭 (1961)
 
by enzo_morinari | 2019-04-18 01:57 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(1)
Commented by SBM0007 at 2019-04-18 06:35
また、違った感じので、読みやすかったです。引き込まれました。
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