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Close to You/影よ。いつも、ずっと、そばにいる影よ。

 
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どんなに遠く離れていても、いつも、ずっと、きっと、そばにいる。遥かなる影からの約束だ。翳りゆく部屋の住人

影のないところに光はない。昼の光には夜の闇が孕む深淵、深さはわからない。ECHIRÉの無塩バターを練りこんだクロワッサンの朝食やらみんなが作っている車麩カツやらポットラック・パーティーやらで回収できるものなどなにひとつない。翳りゆく部屋の住人

1970年代初頭、若者たちは自分のゆく道が果てしなく遠いのか、未舗装の困難と苦悩と苦渋に満ちた道なのか皆目わからないまま、とにかく歩いていた。そして、たいていの若者はカレン・カーペンターの声に恋をした。スポットライトを浴び、称賛の笑顔と拍手の裏で彼女が長いあいだ深刻な拒食症/摂食障害に苦しみ、禁断の苦悩をかかえていたことも知らずに。1983年に32歳の若さで死ぬとも知らずに。E-M-M


(They Long to Be) Close to You (邦題『遥かなる影』)はHal Davidが作詞し、Burt Bacharachが作曲した。1970年にThe Carpentersが歌い、空前の大ヒットとなった。

Close to Youはディオンヌ・ワーウィック、ダイアナ・ロス、ジョニー・マティス、アンディ・ウィリアムス、フランク・シナトラなど多くの音楽表現者たちにカヴァーされているPops/Easy Listeningの定番曲だ。

The CarpentersのClose to Youが世に出た1970年の春の盛りから半年後。深まる秋。11月25日に三島由紀夫が自衛隊市ヶ谷駐屯地に立てこもり、自裁した。東京事変の勃発と終焉。

当時、小学校6年生だった私は東京事変の一報を知るや、ランドセルを放りだし、国鉄と地下鉄を無札(無賃乗車)で乗り継いで現場に向かった。そのさなかに、なぜかClose to Youを口ずさんでいた。頭の中でカレン・カーペンターが繰り返し繰り返し”Close to You”と歌う声が聴こえていた。

東京事変の現場の修羅は想像できたが、三島由紀夫が死んでこの世界からいなくなってしまうという現実は簡単には受けいれがたかった。

私は自分に、三島由紀夫は死ぬが、いつも、ずっと、そばにいるのだと言い聞かせ、無理矢理に納得させた。そうとでもしなければ私の自我は確実に崩壊していたように思われる。

2020年には三島由紀夫が身罷り、The CarpentersのClose to Youが世に出て50年になるが、この国の人々の貌に影は射していない。ついこのあいだ3.11と福島の原発事故があってさえ。陰険陰湿剣呑狷介臆病小心狡猾卑怯ではあるが影も翳もない。型も形も像もない。薄っぺらで上っ面。あるのは親和欲求と同調圧力への屈服となれあいとおべんちゃらときれいごとと要領と顔色うかがいと郵便局の定額貯金的庭付き一戸建て住宅的安定志向だけ。愚直さ一徹さひたむきさ厳密さはかけらもなく、愚鈍と安易と安直と軽薄にまみれている。当然、次の世代にみせられるような背中はない。

影のないところに光はない。昼の光には夜の闇が孕む深淵、深さはわからない。ECHIRÉの無塩バターを練りこんだクロワッサンの朝食やらみんなが作っている車麩カツやらポットラック・パーティーやらで回収できるものなどなにひとつない。ECHIRÉの無塩バターを練りこんだクロワッサンの朝食で満ち足りていながらのっぺりとした貌の亡霊たちが化け物のように肥大した自我をかかえ、LEDがもたらすあかるいだけで影も陰も翳もない街をさまよっている。ゾンビとゴーストはサム・ライミや血管だけではない。


(They Long to Be) Close to You/遥かなる影 The Carpenters/カーペンターズ (1970)
 
by enzo_morinari | 2019-04-13 02:51 | 不眠症のあけない夜明け | Trackback | Comments(2)
Commented by SBM0007 at 2019-04-13 10:33
カーペンターズを口ずさみ無賃乗車で三島由紀夫さんの地に向かって行かれたのが小学六年ということですか。好奇心、それとも。自分の六年生など、学校をさぼって山にこもってたことくらいしか思い出せないです。
Commented by enzo_morinari at 2019-04-14 13:43
>>SBM0007

小学6年生が三島由紀夫の東京事変にどのような態様であれ、コミットメントするわけがないということを言いたいのでしょうけれども、日本の教育制度のもとでは小学生、そして、法律上は未成年、しかも、少年法の適用対象外ですが、私はこのときすでにオトナなわけです。身体的には174cm/64kgでしたし、今の段階で客観的に計測分析しても、精神的知的には完全なるオトナ、それも高等教育を受けたレベルだったと思料します。それもこれも、IQ指数219の天然災害児だったからでしょう。幸福はこれっぽっちも感じなかったけれども、不幸悲劇はいやというほど感じていました。貴種流離譚を生きているのだと。そんなこんなの人生です。裏山ではいいこともわるいことも含めてヤリまくりましたよ。

それと、話は主題と離れますけども、『言の葉の優しさに・・・』やらその他の中身のない薄っぺら上っ面のテクスト群に「イイネ」を押しているのは本当に「いい」「good!」「nice!」と感じたからですか? 感じかたは人それぞれですからとやかくのことは申し上げませんが、特に『言の葉の優しさに・・・』はひどいとしか言いようのないものです。おぞましさすら感じています。それに、再三、記事にも記していますが、masasi9904が「ヨマズニイイネオシ」を1日に500回もやっているのは信じがたいことです。ひとはだれでもなにかしらの事情と問題をかかえているものですが、こればかりは到底理解の範囲を超えています。私には「イイネ返し」という仕組みがないのでなおさらです。

言葉と言語表現に誠実でナイーブでセンシティブであろうとするあなたのためにはならないと、あえて申し上げます。
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