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エリック・クラプトンの面影を持つ嗄れ声の男は赤いエナメル・シューズを履いて雨に煙る森を歩くことを夢みる。男はとうの昔に死んだが、下の畑で静かに笑っている。雨の日は泣き、雪の日は毛布をかぶっている。

 
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人間は死ぬ。しかし、死は敗北ではない。E-M-H

男の中の男。60年の人生でたった1度だけ会った。エリック・クラプトンの面影を持つ嗄れ声の男だ。

男はとうの昔に死んだが、下の畑で静かに笑っている。雨の日は泣き、風向きの悪い日や風の強い日は首をすくめて風が通りすぎるのを待ち、夏の炎天下にはたっぷり汗をかいて喉を鳴らしながらよく冷えたビールを飲み、雪の日は毛布をかぶって縮こまっている。「ジョーより力石が好きだ。」とひとり言を言いながら。

男の最高の武器はヴォイス・パフォーマンスでもギターのテクニックでもなく、”嗄れ声”だった。Silky Huskyと言ったら、男は顔をくしゃくしゃにしてよろこんだ。

エリック・クラプトンの面影を持つ嗄れ声の男は、人間であること。人間であろうとすること。男であること。男であろうとすること。女であること。女であろうとすること。それらのことに徹底的にこだわり抜いていた。悲しい酒も喜びの酒も怒りの酒も飲める人間だった。

還暦になった年に、なにを食べても、なにを飲んでも、CCのソーダ割りを飲んでさえ、Hi-Liteをいくら吸っても味がしないんだと言ってすごくさびしそうな顔をした。

3年後、男はBye Byeしてしまった。ほろ酔いの男がYAIRIのアコギでTennessee Waltzを弾き語りするのを聴けず、眼にできなくなって、世界は21%ほどつまらなくなった。たった1度だけ、男がYesterday once moreを弾き語りする場に居合わせることのできた幸福をかみしめることをせめてものよすがとすることで残り少なくなった手持ちの時間をやりすごすことにしよう。数知れぬ修羅場をくぐり抜けた修羅の男は、ついには菩薩/仏になった。男の瞳と嗄れ声に乾杯!



エリック・クラプトンの面影を持つ嗄れ声の男は照れ屋ではにかみ屋でたいへんな読書家で含羞のひとだった。横浜市内有数のワルの中学校だったマイ中(横浜市立蒔田中学)とポン高(日大藤沢)の伝説の番長。ケンカして負けなし。負けるわけがない。殺す気でやるのだから。

男はイキがることがなかった。カッコつけることも。「イキがってやるのは喧嘩じゃない。ケンカごっこだ。オママゴト、お医者さんごっこと大差ない。ケンカごっこでは喧嘩に勝てない。腹の底から怒って、相手に強い殺意をもってやるのが喧嘩だ。」とも。

相手は図体がデカかろうが、大人数だろうが男の気迫にひるみ、引いた。引かないときは、袋叩き、半殺し。相手がシカンボ(国士舘高校の不良)でもチョーコー生(朝鮮学校の不良)でも引かない。仲間を呼んだりしない。決して群れない。「ヤルなら殺す気でこいよ」「一番最初に死にたいのはどいつだ?」と。しかし、女に対してはロマンチストで、からきし弱かった。何度も「女に泣かされろ」と言われた。

エリック・クラプトンの面影を持つ嗄れ声の男は六本木のGeorgeで若い女の客からリクエストされたとき、微笑みを絶やさずに丁寧に断り、「Georgeの主役はジュークボックスだから。好きな曲、聴きたい曲があるならこれで」と一握りのコインを渡した。男のなにもかもがイカしていた。若い女がジュークボックスでかけたのはミニー・リパートンのLovin’ You. 男は涙ぐみ、「It’s just Half full…」と言い、静かに眼をとじた。ミニー・リパートンが乳がんで31歳の若さで死んだ年のクリスマス・ウィークのことだった。男とミニー・リパートンはひとつちがいの同世代だった。

人間であること。人間であろうとすること。男であること。男であろうとすること。女であること。女であろうとすること。それらのことに徹底的にこだわり抜いていた。悲しい酒も喜びの酒も怒りの酒も飲める人間だった。

還暦になった年に、なにを食べても、なにを飲んでも、CCのソーダ割りを飲んでさえ、Hi-Liteをいくら吸っても味がしないんだと言ってすごくさびしそうな顔をした。

3年後、男はBye Byeしてしまった。ほろ酔いの男がYAIRIのアコギでTennessee Waltzを弾き語りするのを聴けず、眼にできなくなって、世界は21%ほどつまらなくなった。たった1度だけ、男がYesterday once moreを弾き語りする場に居合わせることのできた幸福をかみしめることをせめてものよすがとすることで残り少なくなった手持ちの時間をやりすごすことにしよう。数知れぬ修羅場をくぐり抜けた修羅の男は、ついには菩薩/仏になった。男の瞳と嗄れ声に乾杯!

エリック・クラプトンの面影を持つ嗄れ声の男もいまはなく、雨に煙る森に一人たたずんでHi-Liteを燻らせ、CC(Canadian Club)のソーダ割りをグビグビグビ飲っているんだろう。ストラトから黒いレスポールに持ち替えて。Dave Masonが来るのを心待ちにして。Tennessee WaltzとGeorgia on my mindを口ずさみながら。Bay-Side on my mindともつぶやいて。フェンスの向こう側のアメリカに憧れともうらやみともつかない複雑な眼差しをそそいで。Y.O.K.O.H.A.M.Aを愛して。ときどきは江利チエミあるいはRay Charlesとデュエットして。赤いエナメル・シューズを履いて雨に煙る森を歩くことを夢みて。

死は決して敗北ではない。敗北ではないが、2011年10月10日月曜日の気持ちよく晴れた日にエリック・クラプトンの面影を持つ嗄れ声の男が死んだときは憂歌団の『You are my Angel』の中のサビの1節、「そりゃないぜ ないぜ」だけを繰り返し繰り返し繰り返し、夜があけるまで、いや、夜があけても歌っていた。そりゃないぜ ないぜ ジョーちゃん… CCが3本、空になった。


雨に煙る森を歩く嗄れ声の男のうた (1977)
You are my Angel 憂歌団 (1986)
 
by enzo_morinari | 2019-04-09 16:18 | 雨に煙る森 | Trackback | Comments(1)
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Commented by SBM0007 at 2019-04-13 10:45
エリッククラプトン、また聴いてみよと思いました。
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