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『前略 おふくろ様』を生き方のお手本にしていた頃/傷だらけのショーケンよ。酒神バッカスとともに逝け

 
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傷だらけのショーケンよ 酒神バッカスとともに逝け
不器用で無愛想であることはカッコイイと思った。
夢のような過去は消えてゆく 一人だけでただ歩く もう誰もいない D-H


GS時代はともかく、ショーケン/萩原健一がTVドラマで演じる主人公たちは十代のやみくもで赤剥けで無頼でたどり着いたらいつもどしゃ降りの日々のかけがえのない宝石だった。

『前略 おふくろ様』の三郎はもちろん、『傷だらけの天使』のオサムも『くるくるくるり』の辰夫も『祭りばやしが聞こえる』の直次郎も『太陽にほえろ!』のマカロニ刑事も。ショーケン/萩原健一が演じる主人公たちのように生き、話し、感じたいと思った。テキ屋の若者の物語である『祭りばやしが聞こえる』の影響を受けて、実際にテキ屋のアルバイトをやった。深川の富岡八幡宮のタカマチのときには『祭りばやしが聞こえる』のロケがあって、ショーケンが直次郎の衣装で射的をやりにきた。いい男だった。イカしていた。聴きとりにくくて低くて小さな声で話していた。柄にもなく緊張した。アガリさえした。

高校2年の秋。Hawaiian Boyzを一時ペンディングして分田上一家を名乗り、『前略 おふくろ様』の三郎風スポーツ刈り+ベージュのジャンパーorドカジャン+濃紺の足袋+雪駄で街をのし歩いた日々。全員、しゃべり方は『前略 おふくろ様』の三郎のように口下手で木訥。意味もなくはにかむ。ふだんはマシンガン・トーク+顔面ハニカム構造の私も。不器用で無愛想であることはカッコイイと思った。

モメごとのときは、ものも言わずに殴り倒すのが分田上一家構成員のケンカの流儀作法とし、実践した。

私はすでに母親を失っていたが、子分どもに「墓石にふとんをかけるバカもいる。ふとんならまだいいが、ふんどしをかける金魚すくいのような救いようのないバカさえいる。おまえらだ。親孝行したいときには親はなし。親思う心にまさる親心。おまえら、おふくろさんを大事にしろ。下にも置くな。毎日、肩もめ。」とことあるごとに教育的指導をした。予告なく家庭訪問し、子分の母親に様子をたずねて、指導にしたがっていないことが判明した不届き者は裏山か柔道場か体育館の裏に呼び出して袋叩き、足腰立たないくらいコテンパンにした。二度目以降は山下公園の氷川丸の舳先から海に叩きこんだ。当時は、いや今でも「氷川丸落とし」と言うと震えあがるやつが何人もいる。

言ってわからない者には手加減なし容赦なしで有形力物理力を行使する。話せばわかるなどという悠長能天気は経験のけの字も知らない甘ちゃん、世間知らず、極楽とんぼの寝言たわ言である。あやまって済むなら警察がいらないのと同様に、言葉で言ってわかるなら神様も仏様も苦労しない。

リアルな痛み、骨身にしみる痛みを経験することはまっとうな人間になるための通過儀礼だ。体罰などという腑抜けたものなど知ったことではない。体罰と称する段階でまやかしだ。人が人を罰することができるものか。

有形力物理力の行使は罰ではなく命の取りあい、命がけの戦いである。助かろう逃げきろう誤魔化そうほっかむりしようという魂胆でやったことはすべてまやかしの結果しか生まないし、そのようなやり口で生きた者は使いものにならない木偶の坊/半端人足となるのが関の山であり、卑怯者/臆病者/裏切り者のレッテルは死ぬまで剥がせないし、剥がれない。若造小僧のときの生き様、腹の決め方括り方で一生が決まるのだ。若造小僧のときに卑怯者/臆病者/裏切り者なら齢を重ねても卑怯者/臆病者/裏切り者のままである。誰もいない細く暗く曲がりくねった道を一人だけで歩いたか否か。炎の中心に立って尻ごみしない覚悟があるか、腹を括っているか。それですべては決まる。1度逃げた者は何度でも逃げる。逃げ場はないのに永遠に逃げつづける。


前略 おふくろ様。萩原健一 (1975)
”傷だらけの天使”(最終回) 夢の島シーン 一人/Stand Alone デイブ平尾 (1972)
 
by enzo_morinari | 2019-03-29 14:36 | 前略 おふくろ様。 | Trackback | Comments(0)
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