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死ぬには手頃な日にLevi's 501ZXX 1954 Zipper Modelを穿いてハックルベリー・フィンの冒険をなぞる謎の旅にでる。

 
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なにも思うまい? ただ風のことだけ思おう? それはできない相談だ。風呂の栓のサイズはどうする? 東京ガスの請求書は? 24人目の孫が生まれる件は? 13人いる愛人の月々の生活費は? ひとはだれもなにかしらの問題をかかえているんだ。なにも考えないわけにはいかないし、風のことだけ思っていた日にはタチの悪い風邪を引いちまう。


強い南風が吹きつける七里ガ浜駐車場レフトサイド。波の音だけ聴いている。風の歌は聴こえない。隣りではジュゴンとマナティの混血児のような悲しき熱帯の悲しみを漂わせながら、Cold Blood T-Cが“Think of Nothing Things, Think of Wind.”と呪言をつぶやいている。死ぬには手頃な日だ。

死ぬには手頃な日にはLevi's 501ZXX 1954 Zipper Modelを穿いてハックルベリー・フィンの冒険をなぞる謎の旅に出ると、わが町と彼女のオートバイ島とぼくを呼ぶ声とウゴウゴルーガと蝿の王であるウィリアム・ゴールディングと太平洋戦争が終結して3ヶ月後の秋の盛りに生まれたプライベート・ベンジャミンのほうのゴールディ・ジョーン・ホーンとティエラ・デル・フエゴ諸島オステ島の偽ホーン岬に誓ったのはジョン・レノンが死んだ1980年12月8日の昼下がりだった。

1980年12月8日の昼めしのためにつくったヒルデガルト・フォン・ビンゲンの貧者の一灯パスタはひどいできで、ペペロンチーノ・インディが傍若無人なふるまいをしたためにアルデンテ王国から訴えられ、宣戦布告されそうなくらい伸びて萎びていた。

できあがったペスト・アッラ・ジェノヴェーゼ/ジェノヴァ風のペストはあきらかにDOP議定書に反していた。そればかりか、黒死病の様相さえ呈していた。黙狂の大鴉の悪意と憤怒と憎悪に満ちた羽搏きの音も聴こえた。

よくない兆候だった。空飛ぶパスタファリアンどもの怒りのうめき声が聴こえるほどだった。「狼は生きろ。豚は死ね。」と3回、「ハッカラモケソケヘッケレピー」を5回、「ヤバイビシビイビ」を12回つぶやき、おかかのマヨネーズ和えのおむすびを3個食べたがなんの効果もなかった。
 
by enzo_morinari | 2019-03-20 05:41 | 死ぬには手頃な日 | Trackback | Comments(4)
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Commented by SBM0007 at 2019-03-20 21:12
何でもある、のはどうしてですか。毎日、これだけの量や種類について、どうやって書かれているのかと、めまいがします。
Commented by enzo_morinari at 2019-03-20 22:55
>>Rabbit's 007SBM 2Q19 Tripper Model

Coca-Cola Lesson 006
なんでもあるのはなんでもないことあり、なんでもあるのはなにもないことである。このことを前提に私の言説の量/種類についてのいくぶんかを述べます。

承前
以前にもお話ししたとおり、私は20代の半ばくらいからほとんど本/書物を手にしていません。つまり、読書をしていません。手持ちのものはすべて処分しました。その数、33125冊。本/書物を扱う古物商に売却したのではなく、切り刻み、断裁し、焼却し、廃棄しました。最後には唾棄さえして。本/書物を憎み、忌み嫌っていたからです。私の本/書物に対する憎悪と憤怒は十全には解明できていません。しかし、インクと紙とステルス・マーケティングとニッパン/トーハン/大手出版社/電博エージェンシー大手広告代理店どもが形成する出版マフィアによって生みだされる本/書物への憎悪と憤怒は日々時事刻々いや増しています。死ねばいいのにと思っています。現在、手元にある本/書物は辞典の明解さんと大辞林と中国故事事典の3冊のみです。本/書物に関する考えの一端を『ウィリアム・モリスの森/書物の終焉』としてのちほどうpします。

本論のごときもの1 記憶力と再起力
母親と生物学上の父親はいずれもいい記憶力の持ち主でした。私も記憶力のよさを言われつづけてきました。遺伝的な形質でしょう。記憶力は主に覚える力と思い出す力、つまり、グリップ力と引き出しから引っ張り出す力ということになるんでしょうけども、私は早く覚え、早く正確に引っ張り出せる。ただし、記憶力などというものにはなんらの価値も認めていません。いやなこと/忘れたいことも当時のまま鮮明に記憶していることは苦痛です。そんな人生です。

遅いか早いかはたかだか100年足らずしか生きない人間にはなんらの意味も持たない。反復継続でだれもが記憶できるわけですから、数時間でグリップできることと10年がかりで息も絶え絶えにグリップすることのあいだには差異はない。サルに150億年タイピングさせればハルキンボ・ムラカーミのレベルのものは書くかもしれない。そういうことです。
Commented by enzo_morinari at 2019-03-20 22:55
本論のごときもの2 マドレーヌ現象による記述(イタコ書き)
書き出しとタイトルがぽっと浮かぶ。テキスト・エディタにそれを書く。あとは勝手に指が動いてタイピングしちゃう。そうとしか言いようがない。イタコ書きですね。ひととおり書いたら、読み直す。徹底的に推敲する。削る。書き足す。書き直す。言いまわしを変更する。実はこれがいちばん力点を置くところです。

最後に 遊び場としての言語表現
私にとって書くという行為は遊びなんです。だから、時さえ忘れて書くことに没頭できる。生まれてこの方すっとそうです。一般的に勉強といわれていることも私には遊びです。新しいことを知るというのはすべて遊びなわけです。平凡社の世界大百科事典はいい遊び相手/遊び道具でした。20回以上通読してるでしょう。

ことほど左様に、書くこと/読むこと/考えること/見ること/聴くこと/食べること飲むこと/イタすこと/着ること履くこと/殺すことのすべては遊びです。遊ぶヒト(ホモ‐ルーデンス/Homo Ludens)でもある人間としてはごく自然なことであると考えています。

さあ、新しい遊び/楽しい遊び場をみつけて、どんどん遊びましょう。
Commented by enzo_morinari at 2019-03-21 03:36
蛇足
手元には三省堂の「江戸東京学事典(1988年版)」もあります。これは小木新造先生のお手伝い/補助として編集編纂執筆作業にかかわったものです。

1000回聴き/1000回読み/1000回見/1000回食い/1000回飲み/1000回ヤリetc, etcの実践をおすすめします。
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