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千年の服喪とはずせぬ喪章/死者に言葉をあてがい、朽ち果てるそのときまで絶えることなく刻め

 
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8年。予想どおり、どの貌にももはや死者にあてがえるような愁いも緊張も嘆きもない。それでいい。そんなことはわかりきっていた。死者たちもなにも期待などしていなかったろう。

3.11の出来事を大雑把で空疎な「抽象」「絵空事」で語る者は直後からいて、そのような輩どもは「絆」「復興」「希望」「友愛」「がんばろう東日本」などという耳心地だけはいい言葉をどこか得意げに、そしていかにも満足げに垂れ流していた。

そのようなたわけた輩どものリアリティのない一群の言葉はこの国の現在の心性をも象徴していたのであって、それらの使いふるされ、手あかにまみれ、虚しく空転する上っ調子で上滑りした薄っぺらい言葉はほどなく力を失った。当然のことだ。死者たちも、これから絶望と苦悩のうちに死にゆく者たちも、おまえたちにはなにひとつ期待などしない。いつか、おまえたちに身も凍るような惨事が降りかかることを祈っているのみだ。のたうちまわり、もがき苦しみ、むごたらしい死が訪れることを。

「絶対の安全圏」が死刑台の抜き板とならないことを保証できる者などいないことを知るがいい。気がつけば13階段へとつづく道を歩いているのだと。

動きつづけるもの変わりつづけるもの転がりつづけるものにしか、力、位置エネルギーは宿らない。一瞬たりとも留まらない。有為転変する。そのことをとやかく言う者どもとは遠く離れてありたい。

変わること/変わりつづけることに異議申し立てをする者は自分の足元をよく見てみるがいい。変わらぬ場所、大地の歌の鳴りわたる場所だと思っていた地面がアスファルトになり、コンクリートになり、大理石になり、プラスチックになり、死刑台の抜き板になっていることをその者たちは知って愕然とし、腰をぬかすだろう。愕然とするだけのナイーヴさがその者たちにあればの話だが。そして、この世界に変わらぬものなどありはしないことを思い知るがいい。

13階段の果てにある死刑台の抜き板が落ちるのは、このたったいま、イマ・ココであるかもしれない。亀速度、牛歩であっても、動いていれば、転がっていれば、つまりは変わりつづけていれば、死刑台の抜き板が天国に至る至上至福の階段になっていたかもしれないのに。だが、時すでに遅し。御愁傷様なことではあるが、もはや、私の知ったことではない。

この先、私に語れることがもしあるとしたら、それは私という1個のリアルが私自身のからだを貫き、言葉を粉々に砕かなければならないし、そうでなければ痛みのリアリティを伴わぬ評論のたぐいに堕するだろう。

評論ならまだしも、3.11をめぐる事態を風景のひとつとして切り取って、それが当然のことでもあるかのように絵葉書として大安売りする愚劣さえ登場している。3.11について語ることが免罪符ででもあるかのように考えて。

1000年後までも通用する免罪符などあるはずもない。われわれに課せられ、突きつけられているのは1000年単位の自戒、苦悩、嘆きであることをこそ知らねばならぬ。

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この春のある明け方、東北の名も知らぬ海を訪れた。夜明けの兆しすらないほど濃密な闇に支配された海辺は、通りすぎる車の前照灯に一瞬だけ照らされた漣も海辺の砂どもも、そして空でさえ、不吉な鈍色に満たされていた。

午前5時54分。時計の針は日の出の刻限を指し示してはいるが、かすかにグレナディンに染まった水平線はそのほとんどを暗雲に占拠されていて、森羅万象は深く沈黙したままだった。そのような暗鬱な静寂のただ中にいると、闇の持つ強靭に圧倒されてしまい、永遠に夜明けはこないのだと納得し、悲観と徒労は際限もなく広がっていき、夜明けの到来をしばし待つことすらできなくなる。踵を返そうにも向ける先もまた別の闇と沈黙に支配され、占拠されていてなんらの手立てもない。

そのとき、背中になにかしらの熱を帯びた積分されたものの一群がぐさりと突き刺さる。ふりかえれば、いましがたの単色の世界が固有時との対話を始めている。海は海の群青、海辺は海辺の代赭、虚空は虚空の蒼穹と役割りを分けて。正確には本来固有の色ではなく、それぞれの色彩に瑠璃の粉末を散りばめて照り映え、それぞれの彩りをさらに深めている。背後に突き刺さったものは雲のあいだから突如として現れた夜明けを告げる日輪のまばゆい陽射しをまとった黙狂の大鴉の嘴だった。

日輪が支配する海辺はそこに在るもののすべてが異なる彩りや動きやざわめきを発しながら、むしろ、異和ある主張をしているからこそ、鈍色の景色に一瞬とはいえ、うつろいの調和あるいは危うい均衡をもたらしている。調和と均衡は異なりと異なりの鬩ぎあいの中に存することを前提としているのだという必然を目の前に現前化した景色の力学に教えられたことを知る。

闇の中に内包されている光/光の中に潜む闇を自明のこととして信じられなかった脆弱と怠慢を恥じながら、このような暁闇の中でこそ人は試されるのだと知る。すなわち、朝陽が地上に顔を出す直前のもっとも暗い状況の中で、もう目の前まで来ているあかるい陽射しのような歓喜と祝福の到来を身じろぎもせずに待ちつづけられるかどうかということだ。しかし、それでもやはり現実は冷厳にして冷徹である。太陽が現れる瞬間まで粘り強く待って劇的瞬間をカメラに収めることができたとしても、理想とする風景を完璧に捉えることはほぼ不可能だ。

あるいは、たとえ残りの何割かを手に入れ、目指す地平に到達できたとしても、周囲はいまだ薄闇の中かも知れないし、むしろその闇の中でこそ、破滅と終末を希求する己が魂の本質をなすもの、困憊や虚脱や諦念に激しく打たれ、至上至福の愉悦さえ感じるかもしれない。そして、そこで力尽き果て、砂浜に倒れてしまうかもしれない。 けれども、その時でさえ、砂に顔をうずめながらも、このまま朽ち果ててなるものかという心願の自由だけは残されているだろう。

その自由を胸に感じているかぎり、目指す地平に到達したのちに崩れ落ちた地点の砂を握りしめ、さらに1歩もう1歩と歩みだすことも可能だろう。同時に、立ちはだかる困難に目の前が霞み沈んでゆく無様でおぼつかない足取りの日々を正直に告白しなければならないだろう。なぜなら、そうすることでこそどんな苦難にも朽ち果てぬ燃える日輪のごとき遥かな永遠を心に刻みつけることができるように思うから。

今、この歴史の最果てで表現することとは、2万を超える死者たち、正確には21107のひとりびとりの唇と肺に言葉をあてがうための無限の努力ででもあるだろう。3.11以前のままの文体で書かれる言葉は言葉をあてがうそばから瓦礫と化してしまうはずだ。それでもなお、表現者は瓦礫の中から言葉と文体をひろいつづけなくてはならない。永遠に石を積み上げつづけるシシューポスの行為を諦めてはならない。諦めることは明瞭に敗北である。

3.11あるいは3.14の滅びを生き残った者もいつか必ず朽ち果てる。だからこそできることはただひとつだ。取りはずしも交換もできない喪章を腕に巻き、千年のあいだ喪に服せ。そして、死者に言葉をあてがい、朽ち果てるそのときまで絶えることなく刻め。

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死者にことばをあてがえ 辺見 庸

わたしの死者ひとりびとりの肺に
ことなる それだけの歌をあてがえ
死者の唇ひとつひとつに
他とことなる それだけしかないことばを吸わせよ
類化しない 統べない かれやかのじょだけのことばを
百年かけて
海とその影から掬え

砂いっぱいの死者にどうかことばをあてがえ
水いっぱいの死者はそれまでどうか眠りにおちるな
石いっぱいの死者はそれまでどうか語れ
夜ふけの浜辺にあおむいて
わたしの死者よ
どうかひとりでうたえ

浜菊はまだ咲くな
畔唐菜はまだ悼むな
わたしの死者ひとりびとりの肺に
ことなる それだけのふさわしいことばが
あてがわれるまで


*辺見 庸『眼の海』より
 
by enzo_morinari | 2019-03-07 21:10 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)
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