だれの心にも人喰いハンニバルは潜んでいる。ある高名なカニバリスト
淫蕩と暴力と食人は一体である。エロスの涙を流す者
殺せ。屠れ。喰え。すべては生き延びるための糧である。砂漠の思想者
とりすました笑みを浮かべ、虫も殺さぬような者こそが仔羊を屠り、むさぼり喰うことを虎視眈眈と狙っている。仔羊は隣人であり、父であり、母であり、兄弟であり、我が子である。砂漠の思想者
眼をよく見てみるがいい。彼/彼女の眼は笑っていない。笑うわけがない。なぜなら、隙あらば飛びかかり、喉元に喰らいつこうと狙っているからだ。砂漠の思想者
ヒカリゴケの妖かしの光に誘われて、厳冬のペンノキ鼻に出かけた。海草類と数頭のトッカリと不運な船乗りを屠って生き延びた「崩壊する時間」と樹海を記録しつづける男は、金緑色に輝くジストステガ・ペンナータが密生した巨大な山毛欅の倒木の縁に腰かけている。
北風をさえぎる壁のかたちで立つイタリア・ポプラの並木の南側にブラックバカラ・ローズガーデンはある。連日の好天でいっきにブラックバカラの秋バラが花開いた。
非の打ちどころのないフォルム。妖色のドレスをまとった黒い運命の女たち。オータム・ローズを家来のように従えている。束の間の木洩れ陽が黒いファムファタール・ローズの運命を照らしだす。
秋バラを見ずにバラを語ってはならない。遠い昔の私のあやういバラの記憶のファムファタールが言った言葉を思いだす。
厳冬のペンノキ鼻で海草類と数頭のトッカリと不運な船乗りを屠って生き延びた夜に現れたファムファタール、運命の女。