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浜菊はまだ咲かず、畔唐菜はまだ悼まれていない。服喪の千年のあいだ、地球はグラスのふちをまわらない。服喪の千年を経ても、地球はアメ公とチャンコロと露助の手のひらの上で転がされる。

 
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夜明けまで3時間。室温2度。ダイヤモンド・ダスト見えず。ほぼ無音。聴こえるのは宇宙森羅万象の幽けき憤怒。地球の今際の際のうめき声。息も絶え絶えの世界の嘆息。そして、666という不吉な数字をまとった得体の知れない獣の憎悪の低いうなり声。


胸の真ん中あたりがひどくざわついて寝つけず、ナイトキャップをひっかけようとボトルの底に奇跡的に3フィンガー分だけ残っていたFour Roses Single Barrelをふちの欠けたBaccaratのRohan Old Fashionedにそそいで舐めるように飲んだ。飲みながら、これまでの人類史/人間がしでかしたことの種々を反芻し、吟味した。初めはごく軽い気持ちだった。ところが──。

慟哭。嘆き。痛恨。血塗られた道──。なんということをしたのだと思い、はらはらと涙がこぼれた。オーディオ装置を叩きおこし、エンドレス・リピートで加古隆の『Is Paris Burning?/パリは燃えているか?』をかけた。

私は自他ともに認める悪党悪漢だ。生まれてこの方、人様を泣かせた数は知れない。悪逆非道の人生、悪辣至極の日々。手法/やり口は手加減なし容赦なし。老若男女の別を問わない。反省と後悔と改悟はみじんもない。

そのような悪逆非道悪辣至極な私が人間がしでかしてきたことと、現在しでかしていることどもに痛みをともなう怒りでふるえている。

現在生きている人間は侵略殺戮虐殺掠奪簒奪蹂躙陵辱のかぎりをつくした者どもの子孫だ。ただのひとりの例外もない。われわれの中には滔々と脈々と呪われた血が流れている。そのような者が終活だの救済だの援助だのおこがましい。親しい者たちに囲まれておだやかに最期のときを迎えたい? そのような最期を迎えたくても迎えられなかった者のことを思わぬのか? 8年前の春まだ浅いころに失われた22107の無辜の民の声が聴こえぬか? 服喪の千年を生きなければならないのに。浜菊はまだ咲かず、畔唐菜はまだ悼まれていないのに。

アメ公もチャンコロも露助もすさまじいことをしでかしてきたし、しでかしているが、きゃつらだけではない。ヨーロッパ/日本は無論のこと、アジア/アフリカ/中南米/太平洋の国々/少数民族もおなじだ。この際、大小多寡の別は関係ない。権力のあるところには必ず侵略殺戮虐殺掠奪簒奪蹂躙陵辱支配被支配差別被差別があるからだ。シェアやらチャリティやらボランティアやらで掬いきれるものなどたかが知れている。はっきり言うなら、なにひとつ掬えない。つまりは救えない。できるのは、荒野にひとりぬかずき、瓦礫や放射性廃棄物や汚染土/汚染水や農薬という名の毒に囲まれた細く暗く曲がりくねった道をひたすらに歩きつづけることだけだ。その余のことはすべてまやかしである。


浜菊はまだ咲かず、畔唐菜はまだ悼まれていない。服喪の千年のあいだ、地球はグラスのふちをまわらない。服喪の千年を経ても、人間は救えず、救われず、エゴとアゴと口先と舌だけ空虚にまわす。

Is Paris Burning?/パリは燃えているか? - 加古隆
 
by enzo_morinari | 2019-01-09 04:26 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)
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