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「さよなら」と書いた手紙、テーブルの上に置いたよ

 
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虹子と暮らしはじめて30年近くになるが、1度だけ虹子に別れを告げたことがある。

別れを告げた理由。いくつもある。いくつもあるけれども、1番の理由は「これ以上、虹子に困難を背負わせつづけるわけにはいかない」と思ったからだ。死ぬつもりだった。ダッフル・コートのポケットには青酸カリの小瓶が入っていた。スベテ清算カリニケリ。

「さよなら」と書いた手紙をテーブルの上に置き、部屋を出た。ドアの鍵をしめたときの音は腹にずしんときた。だれにも気づかれない場所について思いをめぐらしながら目黒の権之助坂を登った。

ライブ・ハウスのBlues Alleyにさしかかったときに名前を呼ばれた。虹子だった。遅番だったはずだが…。

「早く帰れたですのよ」
「そんな気がして迎えにきた」

言うと、虹子は弾けるような笑顔をみせた。

「寒いからお鍋にします。大根と白菜とお豆腐とタラの。お酒も飲んじゃおっかなー。ちょっとだけ」

涙があふれそうになったが我慢した。八百屋と魚屋と酒屋に寄って買い物をすませ、部屋のある雑居ビルがみえはじめる頃、ちらりほらりと雪が降ってきた。虹子より先に部屋に入り、手紙を丸めてゴミ箱に放りこんだ。かくして、別れを告げたが虹子には届かず、伝わらなかった。死にもしなかった。そうそう思いどおりにはいかないものだ。


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by enzo_morinari | 2018-12-22 15:38 | TOKYO STORIES | Trackback | Comments(0)
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