1964年のクリスマス・イブは2人のサンタ・クロースがやってきた。1人は生物学上の父親、もう1人は二代目広沢虎造だ。5日後、TVのニュースに虎造サンタが出ていた。母親に虎造サンタがTVに出ていることを言うと、母親は針仕事の手をとめてTV画面に目をやった。
「虎造サンタさんは天国に行っちゃった…」
母親はぽつりと言い、涙を浮かべた。
「サンタ・クロースがいないことも天国がないことも知ってるよ。泥巡やったりメンコやったりベーゴマやったりおままごとやってるガキどもはサンタ・クロースはいるし、天国はあると思ってるだろうけど。おれは見た目はこどもでも、中身はとっくの昔におとななんだ」
私が言うと、母親は私を抱き寄せ、強い力で抱きしめ、嗚咽した。母親はコールド・クリームとミクロゲン・パスタと黒ばらのジャコーの混じった匂いがした。
その日の夜おそく、世界が寝静まったころ、虎造サンタがやってきて嗄れ声で言った。
「ハマっ子だってねえ」
「パリっ子だけどな」
「…スシを喰いねえ、スシを」
「タラコの焼いたのとマルシン・ハンバーグと江戸むらさきとエイトマンののりたましかないけどな」
「…サケを飲みねえ、サケを」
「サケは飲むもんじゃなくて泳ぐもんだけどな」
「…もっとこっちへ寄んねえ」
「目の前にいるけどな」
「…あんたのからだを二晩借りたよ、祇園の街で」
虎造がサンタ・クロース♪ 虎造がサンタ・クロース♪ 声の嗄れたサンタ・クロース♪
石松三十石船道中 二代目広沢虎造