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母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね?

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1967年の遠い日の夏の午後、キスミー・ストーハ・ミルプラトーのキリングミー・ソフトリー渓谷で渓流釣りをしているとき、水色の麦わら帽子がひらひらと舞うように落ちてきた。水色の麦わら帽子を追いかけるように声がした。

「母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね?」

幻聴か? 私は声のしたほうを凝視した。瞬きもせずに声のした虚空を見つづけた。

「母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね?」

もう一度おなじ声が聞こえた。二度目は一度目より心なしか声が潤んでいるように感じられた。

結局、水色の麦わら帽子ははるか遠い山あいにとけいるように消えた。その夏の終わり、私は初めて殺人を犯した。去りゆく夏に別れを告げるために。8歳だった。

10年後の1977年10月、私はおなじ場所にいた。私は18歳になっていた。

私は渓流の瀬に釣竿を垂れながら、遠い日の夏の午後のように空を見上げた。そして、水色の麦わら帽子がひらひらと舞うように落ちてきたときのことを思い出していた。しばらくすると、本当に水色の麦わら帽子がひらひらと舞うように落ちてきた。10年前の夏とおなじように水色の麦わら帽子を追いかけるように声がした。

「母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね?」

今度はすぐそばで聞こえた。声のしたほうを見ると背の高い痩せた男が立っていた。男は半透明で向こう側が透けて見えた。森のひとだった。

「やあ。ずっと待っていたよ」と森のひとは言った。
「うん」
「一緒にあの麦わら帽子を探してくれないか?」
「いいよ。一緒に探そう。必ず見つけよう」

私が答えると森のひとは私の肩に大きな手をのせ、長い人差し指の先で頬をゆっくりやさしく撫でた。

「あの麦わら帽子を見つけてきみに返す」
「ありがとう。すごくうれしいよ」

私が言うと森のひとはすごくうれしそうに枯れ枝のような腕をバタバタさせた。そして、私をそっと抱きしめた。とどめようもなく涙があふれた。

「いろんなことがあったんだ」

私は涙声でやっと言った。

「わかってる」

森のひとはそれだけ言うと私を強く抱きしめた。森の緑が強く匂った。

人間の証明/ジョー山中
 
by enzo_morinari | 2018-10-08 01:41 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)
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