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「あなたを愛してしまいそう」とナスカ・エッグプラントは言って『Desafinado』を口ずさんだ。銚子の漁師が量子揺らぎで悪酔いしたように調子っぱずれだった。

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秋茄子は早酒の糟に漬けまぜて嫁にはくれじ棚に置くとも 夫木抄
夜遊びの猿真似コンペティション(Night Moves/Monkey See, Monkey Doo.)


「あなたを愛してしまいそう」と彼女は言って『Desafinado』を口ずさんだ。手のほどこしようのない音痴。銚子の漁師が量子揺らぎで悪酔いしたような調子っぱずれな『Desafinado』だった。1月の川が流れる街のコルコバードの丘のキリスト像が流した涙をボトリングしたおいしい水/Agua De Beber波/Waveが引くように消えてしまった。

ファントム・メナスのメセナ活動の一環としてベイナス・ブラック・ビューティーをマルナス・ホワイト・ベイティにしようという活動の過程でナスカ・エッグプラントと出会った。その日のうちに私とナスカ・エッグプラントは中酸実夏実奈須比茄子御用邸ホテルにナスシケこんだ。

セントエルモの火に焼かれてしぎ焼き/焼きなすになった奈須野町出身の看護婦のナスカ・エッグプラントの口ぐせは「よし茄子事はナスシング」だ。ナスカ・エッグプラントの体液の93%はアルカロイド(灰汁)で、残りは水分と糖質である。

焼きなす/しぎ焼き/味噌炒め/煮びたし/田楽/浅漬け/麻婆茄子/カポナータ/ムサカ/ババ・ガヌーシュ。これ以外の料理は作らない。作れない。玉子ぶっかけめしすらもだ。「玉子ぶっかけめしを食べたい」と言ったら、賀茂茄子をみじん切りにしてめしにぶっかけ、生醤油をたらしてから「はい。玉子植物のぶっかけめしかもかも。ちんちんかもかも。Chin Chin Come Come」と言って、とどまることなく腰をふりたてた。

茄子だ!
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ナスカ!
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NASCAR!
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NASAも?
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NASHIは?
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支那竹?
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竹島!
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午睡後、コルコバード星の散歩の途中、WAVEで三婆三番叟産婆ノートを買い、アイルトン・セナ・ダ・シルバが眠るアウトドローモ・インテルナツィオナーレ・エンツォ・エ・ディーノ・フェラーリのタンブレロ・コーナーにおいしい水を供えにイパネマの娘と思った矢先の出来事だった。

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夕暮れどき、秋の盛りなのに、まだ夏の盛りの余韻が残る神宮外苑の銀杏並木を鉄の馬で疾走中にとびきりの『Desafinado』は聴こえてきたのだった。愁いを含んでほのかに甘いアクースティック・ギターの調べに乗って。

ホブソン・コヘア・ド・アマラル。生粋のカリオカ、リオ・デ・ジャネイロっ子だ。1月の川はたいてい冷たいものだが、ホブソンは明るく暖かくやさしい。シンガーであり、ギタリストであり、パーカッショニスト。在日13年。カタコトの日本語とたどたどしい英語とファンキーなポルトガル語を織りまぜて一所懸命話す姿がキュートだ。

神宮外苑の銀杏並木でホブソンと初めて会ったとき、彼は間近に迫ったライヴのレッスン中だった。ホブソンはママチャリを脇にとめ、ベンチに座って一心にギターを弾き、歌っていた。私がホブソンの前を通りすぎようとしたとき、彼はスコアから眼を上げ、私にとびきりの笑顔を投げかけてきた。私も手持ちのうちの最高の笑顔をホブソンに投げ返した。

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神宮第二球場で草野球の試合をしばし観戦し、ピッチャーのションベン・カーブに舌打ちし、バッターの大根切りスウィングに野次を飛ばし、両チーム全員の刺すような視線を一斉に浴び、もと来た道を戻った。ホブソンは前と同じように一心不乱に練習をしていた。私は『青山通りから12本目の銀杏の木の下』に鉄の馬を停め、ホブソンに近づいた。近づくにつれて、『Desafinado』は輪郭がくっきりとしてきた。それは名演と言っていい演奏、歌唱だった。その『Desafinado』は私の知るかぎり、スタン・ゲッツ & ホアン・ジルベルトの名演にも引けをとらないように思われた。『Desafinado』はホブソンの十八番であり、スタン・ゲッツ & ホアン・ジルベルトの演奏を聴いて以来、私のフェイヴァリット・ソングでもあった。調子っぱずれな人生を生きる者にはうってつけの曲だ。

ボッサ・ノッバにほのかに薫る哀愁は、若く名もなく貧しき青春の日々と深くつながっている。ボッサ・ノッバは安アパートの一室で誕生した。まだ無名だった若かりしホアン・ジルベルトとアントニオ・カルロス・ジョビムが大きな音を出すことのゆるされない部屋で、ほかの住人たちに気づかって撫でるようにギターを弾き、小声でささやくように歌ったとき、ボッサ・ノッバは生まれたのだ。そのことをホブソンに言うと、「どうして知っているんだい?」と大きな眼をさらに大きくして言った。

「アントニオ・カルロス・ジョビム本人から聞いたのさ」
「ええええええっ!? ほんとに?」
「うそ。本で読んだのさ」
「うへぇ! 日本人はほんとに勉強好きなんだなぁ」とホブソンは言って、両手を天に向かって差し上げるような仕草をした。

ホブソンはそれから『黒いオルフェ』や『コルコバード』やボッサ・ノッバ風にアレンジした『上を向いて歩こう』を聴かせてくれた。私がお礼にビールをごちそうすると誘うと、ホブソンは「グーッド! グーッド!」を7回も連発した。

銀杏並木沿いのいい雰囲気のレストラン、「セラン」に行き、通りに面したテラスでビールを飲みながら、日本のことやブラジルのことや音楽のことやサッカーのことやアイルトン・セナ・ダ・シルバのことやエドソン・アランテス・ド・ナシメントのことやナナ・バスコンセロスのことやパット・メセニーのことやホアン・ジルベルトのことやアストラット・ジルベルトのことやアントニオ・カルロス・ジョビムのことを話しているうちに私たちはとてもインティメートな気分になっていった。

「弾いてもだいじょうぶかな?」と眼のまわりをうっすらと染めたホブソンが尋ねた。
「ノー・プロブレムだと思うよ」

ホブソンはとてもキュートな笑顔を見せ、ケースからギターを出した。内心、私はお店のひとからたしなめられるかなと思ったが、ホブソンの涼しげなギターの音色と哀愁をおびた歌声が秋の気配を漂わせはじめた夕暮れの銀杏並木に流れ出すと、まわりのだれもがしあわせそうな表情になった。曲が終わるたびにあちこちで拍手が起こったほどだ。「あちらのお客さまからです」と言って、若いギャルソンがビールを4杯持ってきた。私とホブソンはごちそうを山分けし、大ゴキゲンで飲み干した。

秋なのに蝉しぐれ、揺れる銀杏の葉陰、ボッサ・ノッバ ── 秋なのに、この夏の思い出にまたひとつ宝石が増えた気がした。
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Eu Sei Que Vou Te Amar - Vinicius de Moraes and Maria Creuza
Desafinado - Stan Getz & Joao Gilberto
Corcovado - Stan Getz/Astrud Gilberto
おいしい水/Agua De Beber - Antonio Carlos Jobim
波/Wave - Antonio Carlos Jobim
Eggplant - Michael Franks
星の散歩 - 小野リサ
三婆三番叟産婆ノート(One Note Samba) - Stan Getz & Charlie Byrd
 
by enzo_morinari | 2018-09-28 07:11 | あなたと夜と音楽と | Trackback | Comments(0)
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