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怨恨憾譚 ── しずやしず しずの苧環くりかえし 昔をいまに なすよしもがな(静御前)

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白肌に怨みは濃く、黒髪に恨みは深く、呪言に憾みは物しく、物の怪の気配は幽けく。森鳴燕蔵


遠い春の夜。鎌倉稲村ヶ崎の断崖から由比ヶ浜の海中に身を投げようとしたとき、うしろからきれいな声が聴こえた。
 
「ごいっしょしましょうか?」
 
ふりかえると艶やかな黒髪の美しい白肌の女がかすかに左右に揺れながら立っていた。女の手にはひとくれの苧環が握られ、小脇には濡れて動かぬ嬰児が抱かれていた。恐ろしい体験だった。以来、春の海には近づかない。

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「ごいっしょにいかがですか?」

うしろから声がした。妻がコーヒーカップをふたつ持ってかすかに左右に揺れながら立っている。ひと晩で腰のあたりまで伸びた艶やかな黒髪が春の生あたかい風を受けて揺れている。
 
もはや、どこにも逃げ場はない。
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憾 - 滝 廉太郎
鎌倉 - 鮫島有美子
もうひとつの鎌倉物語(鎌倉市PV)
夏をあきらめて

(補遺)
源九郎判官義經の愛妾・静御前の行状が唯一記された鎌倉幕府の公式歴史文書である『吾妻鏡』によれば、静御前は逃亡中である義經の子を宿していて、源頼朝は「女子なら助けるが男子なら殺せ」と家臣に命じる。文治2年7月29日(ユリウス暦1186年9月14日)、静御前は男子を出産。頼朝の家臣が赤子を引きとりにくるが、静御前は半狂乱で泣き叫び、わが子を引きわたすことを頑強に拒んだ。静御前の生母である磯禅師が静御前から赤子を取りあげて頼朝の家臣に引きわたし、赤子は由比ヶ浜の海中に沈められた。
 
by enzo_morinari | 2018-08-28 01:33 | 超絶短編・集 | Trackback | Comments(1)
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Commented by fideal at 2018-08-28 07:22
女の慈愛が悲しみをもった怨念に変わったとき、
日常の中で埋没し、死んだと思っていた恐怖が、
突然目の前に現れたとき、同じものなのに、その
一面だけ見ていると、翻ったその様相は恐ろしい
と感じるものですね。
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