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STREET4LIFE#1 One Way, One Bike, One Life.

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路上にはいくつもの物語が転がっている。ひろうのは自由だが、いくぶんかの危険がともなう。


これはあるバイシクル・メッセンジャーの人生最後の1週間の話だ。彼は秋の東京、夕闇の路上で死ぬ。

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ランディ・クロフォードの歌声を聴くたび、あるバイシクル・メッセンジャーのことを思いだす。男はいつもiPodで音楽を聴いていた。J.S.バッハの『マタイ受難曲』のときもあれば、2PACの『California Love』のときもあれば、マイルス・デイヴィスの『The Doo Bop Song』のときもあった。とりわけて男が好きだったのがザ・クルセイダーズの『Street Life』だ。

ある夕暮れ、「『Street Life』はおれのテーマ・ソングさ」と男は言った。それから、缶ビールをひと息で飲みほし、空缶を握りつぶすとタトゥーを誇らしげに突きだした。男の右腕にはミッドナイト・ブルーの文字でSTREET4LIFEと彫られていた。

男は東京一のメッセンジャーだった。世界一のメッセンジャーと言う者さえいた。実際、男はバイシクル・メッセンジャーの世界大会で二度優勝していた。男を知るだれもが彼を「天才」「怪物」「化け物」「速い男」と呼んだ。

男は25歳の誕生日目前、銀座4丁目交差点、夕闇の晴海通りに消えた。Street Lifeを生きた男はStreetに散ったのだ。生前、男はことあるごとに言ったものだ。

「おれはStreetに生きる。ほかにはなにもできない。One Way, One Bike, One Life だ」

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金曜の夕暮れ。東京港区汐留。電通本社ビル地下3階メール・ルーム。

ジノはメッセンジャーたちの熱気でむせかえる部屋を早足に出て、メッセンジャー・バッグのクロス・ストラップを締めなおしながら汐留から臨海町までの最短ルートを頭の中で2度反芻した。永代橋の「危険な継ぎ目」の位置を思いうかべているとき、仕事にあぶれた何人かのメッセンジャーがジノに声をかけたが、ジノは彼らに視線を向けることすらしない。

「35分。押して、37分」

ジノはつぶやき、荷物のピックアップの際、髪の毛を金色に染めた担当者に念を押されたときのことを思いかえす。

「6時までに必着で」

左手首のG-SHOCKに眼をやる。5時17分。5時20分に出れば、エレベーターの乗り降りにかかる時間を考えてもぎりぎりだが間に合う。

「スーパー・ラッシュになりますがよろしいでしょうか? 通常料金の倍かかります」
「いいよ。かまわない。でも、ほんとに間に合うの?」
「間に合わせます」

ジノは表情をかえずに答える。上腕二頭筋の血管が青く膨らむ。

「すごいな。さすが世界チャンピオンだ。あんたくらいのもんだよ、こんなケツカッチン仕事を引き受けるのは。ほかのメッセンジャーはたいてい尻ごみする」

ジノは懸命に笑顔をつくり、ぎこちなく会釈した。そして、手際よく荷札にドロップオフ先の住所を書きこんで控えを渡し、引き換えに荷物を受けとった。2メートルほどもある筒だ。風の抵抗が強くなることを思い、ジノは気づかれないようにそっと舌打ちをする。

「気をつけて」

うしろから声がしたが、ジノは聴こえないふりをして脇目もふらずにエレベーター・ホールへ急ぐ。エレベーターを乗りつぎ、地上に出ると街は秋の夕闇に包まれはじめていた。1度だけ深呼吸をしてから、ジノは傷だらけの漆黒のカラヴィンカに勢いよく飛び乗った。鉄のフレームがかすかに撓む。ジノ、生涯最高にして最後のラッシュのスタートだった。だが、そのことをジノは知らない。

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月曜の朝。目覚ましがわりにタイマー・セットしておいたCDプレイヤーからザ・クルセイダーズの『Street Life』が流れる。もう何年もおなじ朝の目覚めだ。

「おなじことの繰りかえし。そうやって齢をとり、いつか死ぬ」

ジノは眼を閉じたままつぶやく。

「なあ、そうだろう? 兄弟」

ベッドの上で上半身を起こし、重い目蓋をこじあけ、部屋の壁に貼りつけてあるポスターの2PACに同意を求める。もちろん、返事はない。2PACは鉛の弾をしこたま撃ちこまれ、とっくの昔に死んだからだ。死者は黙して語らぬものと相場は決まっている。ジノはベッドを離れ、オーディオ装置の音量を少し上げ、再びつぶやく。

「これがオレ様のStreet Life. 本日も問題なし。だが、仕事はきらいだ」

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部屋の真ん中で腕組みをし、日曜日のストリート・レースで落車したときにできた右膝の傷に眼をやる。少し肉がえぐれている。鮮紅色の肉、滲んだ血。

「生きてるから赤いんだ。生きてる証拠なんだ。死んでりゃ、血も出やしない」

ジノが落車したとき、銀座4丁目の交差点周辺はちょっとした騒ぎになった。ジノは晴海通りを皇居方面から信号無視で交差点に進入し、右折しようとしたのだ。

タイヤのグリップ力が進入速度に耐えきれず、後輪がロックした直後にジノの体はアスファルトに削られた。見ていた誰もが息をのんだ。ジノの数センチ先を何台かの車がけたたましくクラクションを鳴らしながら走りぬけ、ジノは挽肉にならずにすんだ。「東京選手権10連覇」の夢が消えてなくなっただけだ。

全身に鈍い痛みがある。筋肉繊維の一本一本が軋んでいるのがわかる。ジノは首を数回まわし、窓から差しこむ秋の朝の光に眼を細める。そして、窓の向こう側に広がる東京の街に朝の御挨拶だ。

「きょうもたんまり稼がせてくれ」

曲がクレイグ・デイヴィッドの『7 Days』にかわったところでジノは腕立て伏せを始める。200回。そして、コーヒーをマグカップで2杯飲み、朝めしを喰う。これがジノの朝だ。

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メッセンジャーは生き方そのものだとジノは思う。もちろん、生き方はさまざまだ。区役所の戸籍係としてつつましく生涯をまっとうするやつもいれば、日がな一日、日比谷公園のベンチで鳩どもを相手に世界の共同主観的存在構造について思いをめぐらせるやつもいれば、インターネット・ラジオのDJとして、マイクとディスプレイに向かって朝から晩まで愚にもつかないことをしゃべりつづけるやつもいれば、真夜中の麻布十番商店街を素っ裸で走りぬけることに全存在をかけるやつもいる。ひとそれぞれだ。善し悪しを言う権利は誰にもない。

ジノはバイシクル・メッセンジャーとして東京の街を自転車で縦横無尽に走りまわる生き方を選んだ。1996年、17歳の秋の終わりのことだ。その年の秋の初めにはジノのアイドルだったヒップホップ・アーチストのトゥパック・アマル・シャクール、2PACが4発の銃弾を浴びてこの世からさっさとオサラバしていた。

2PACの死を知ったとき、ジノは理解した。未来は信じるに値しない。世界も信じるに値しない。信じるに値するのは自分の精神と肉体と物心ついたときから常にかたわらにあった自転車だけだと。そう気づいた翌朝、ジノは通っていた高校に退学届を出し、その足でソクハイに面接に行った。

バイシクル・メッセンジャーとして走りはじめた月からジノは桁外れの売り上げを記録した。すぐに、東京のメッセンジャーでジノを知らぬ者はいなくなった。だれもが敬意と憧れと諦めをこめて、ジノを「天才」「怪物」「化け物」「速い男」と呼んだ。

赤坂のサントリー本社から汐留の電通まで4分弱。ジノは外堀通りのセンターライン上をひたすら走り、ときに前を走るタクシーの後部にぎりぎりまで迫って風よけに使い、17ヶ所ある交差点の信号をすべて無視した。そのようにして、いまも「ジノ伝説」のひとつとして残る記録をつくった。

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バイシクル・メッセンジャーは東京の中心部を自転車で一日に100kmほど走りまわり、ビジネス文書やら印刷原稿やら商品見本やら証券類やらをデリバリーする仕事だ。拳銃や違法薬物などの御禁制品とおぼしきものを運ぶこともある。生後間もないナポリタン・マスチフや魚沼産コシヒカリ20kg、ひとかかえほどもある真っ赤なバラの花束を運ぶことすらある。ごくまれにだが、「わたしをカレの元へ運んで」という依頼もある。依頼主はニューハーフだ。新宿2丁目界隈からの依頼は注意が必要である。闇金融屋でピックアップしたレンガ2個、つまりは2000万円の現ナマをネコババし、トンズラを決めこんだ剛の者がいたが、これは例外中の例外である。ことほどさように、なんでも運ぶ運び屋がメッセンジャーだ。

荷物をピックアップし、走り、ドロップオフし、さらに走り、さらにピックアップし、さらにドロップオフする。この繰りかえしだ。単純極まりないが、いままで見えなかったことが見えてくることもあるし、見えていたと思っていたことが実はまったくの見当ちがいだったと気づくこともある。なにごともやってみて初めてわかるということだ。

下げたくもない頭を下げ、言いたくもないお愛想を口にしなければならない場面はもちろんある。だが、それらのうっとうしいことどもは行く手をふさぐタクシーやら大型トラックやら路線バスやらの隙間を白刃の切っ先をかわすがごとくにすり抜ければすぐにも失せてなくなるていどのことだ。どうということはない。

あるいは朝の青山通りを、あるいは昼時の丸の内を、あるいは夕暮れの西新宿の高層ビル群の間隙を疾走しながら、ジノはたったひとつのことを考えていた。

「ゴールなんかない。ゴールなんかあるはずがない。走り、走りつづけ、走りぬけ、そして死ぬ」

ジノよ。おれは去年、自転車を下りた。ときどき、『Street Life』を聴いておまえのことを思いだす。思いだすが泣きはしない。悲しくもならない。いっしょに夕暮れの晴海通りを疾走し、お台場の夕焼け広場の芝生の斜面に2人ならんで寝転んでよく冷えた6本パックのレーベンブロイを飲みほし、空缶を握りつぶしてメッセンジャー・バッグに放りこんで、時さえ忘れて夕焼けを眺めたいとは思うが、すべては夢のまた夢、路上に消えた。


ジノよ。TOKYO STREETはきょうもお祭り騒ぎだ。


Street Life - The Crusaders feat. Randy Crawford

 
by enzo_morinari | 2018-08-11 09:11 | STREET4LIFE | Trackback | Comments(0)
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