ナチュラル・ボーン・キラーは深淵の底で嗤う ── 溶ける魚たちが蝟集する磁場のただ中に立っていた遠い日の夏

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忘れもしない。1965年12月3日の夕方のことだ。私は7歳で、自分がNBKであることにすでに気づいていて、8歳の誕生日を22日後に控え、おまけに恋をしていた。恋の相手は同級生の母親だ。私は彼女とほぼ毎日、情交を結んだ。自分の部屋で。あるいは彼女の家で。あるいは海辺のホテルや山あいの旅館で。いくらからだを重ねても、どれほど激しくつながっても空っぽだった。彼女はもっと空っぽだった。

えられる快楽にたいした価値があるとはとうてい思えなかった。このていどの快楽のために嘘をついたり、家庭を崩壊させたり、殺人を犯したりするのはばかばかしいと思った。そんなのは愚か者のすることだと。世界も人間も人生もばかばかしいのだということはとうに気づいていたが。


溶ける魚たちが蝟集する磁場のただ中に立っていた遠い日の夏

アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』を初めて読んだときはビックリした。ビックリしすぎて、そのとき飲んでいたコカコーラ・レッスン用のコークのファミリー・サイズを吹き出し、鼻コークし、緑がかったコカコーラ・レッスン用コーク瓶を落としてしまうほどだった。

夏の終りだった。地面に撒きちらされたコークに「レコード針を大切にしよう!」というプラカードを掲げて気勢を上げるミシンに恋する蝙蝠傘色の蟻どもがたかった。蝙蝠傘色の行列行進は夏の果てと世界の果てと世界の終りまでもつづいていた。スキーター・デイヴィスの『The End of the World』が大音量で聴こえていた。

スプートニクの鯉人間は天空を無限軌道に沿って無限周回しはじめ、ガガーリンの貌はコートダジュール色に青ざめ、IBMのディープ・ブルーに横恋慕したアオザメのディープ・スロートが「また別の生き物」のように蠢いて世界に愉悦を撒きちらし、散種させ、四月の魚/Poisson d'Avril溶ける魚/Poisson Solubleの暗闘が佳境を迎えようとしていた。置閏バカラ秘法によって封印された永遠の12歳のDisséminationでDiatonicでDominantな夏が終りを告げる泡の弾ける音が聴こえる日が17520日後に迫っていた。

あの遠い日の夏から無限大ウィジャボードによる自動書記は1513728000秒つづいているが、本当の答えはまだ出ていない。

等差数列の解法にも飽きて、フェルマーの最終定理の証明作業に取りかかっているとき、突然、バロック調の旋律が頭の中に鳴り響いた。つづいて、ヘタクソな歌。

In my life, I've hated them all.

1ヶ月後、真冬の三渓園で同級生の母親はビートルズの『Rubber Soul』を私によこした。彼女が私に『Rubber Soul』をくれた理由はわからないし、興味もないが、『Rubber Soul』のB面4曲目の『In My Life』を聴いたときはすごく驚いた。1965年12月3日の夕方に頭の中で聴こえたのと寸分たがわなかった。HatedがLovedに変わっているほかは。ジョン・レノンの歌うヘタクソな歌の歌詞はこうだ。

In my life, I've loved them all.

「人生において、私はすべてを愛した」だって? ウソをつけ! ウソをつけ! おれは生まれてこの方、すべてを憎み、嫌ってきたぞ! 私はそう叫んで同級生の母親の目の前でビニルのレコード盤を叩き割り、アルバム・ジャケットを引き裂いた。それが同級生の母親との恋の終りだった。

「昨日はトラブルなんかはるか遠くにあって、悩みはなにもなかったのに…。でも、わたしはまだあなたとの昨日までのような日々を信じてるのよ」

同級生の母親はそれだけ言うと部屋から出ていった。次の日、国道16号線を走る横浜市電に飛びこんで命を絶った。彼女はNBKではないが殺人者だ。自分を殺したたけではないからだ。彼女は身ごもっていたのだ。夫の子を身ごもっていたのか。それとも私のか。いまとなっては真相を確かめるすべはない。すべては闇の奥にある。何者も闇の奥に足を踏み入れることはできない。

たぶん、彼女は死ぬ理由かきっかけが欲しかったのだろうが、もはや終わったことだ。彼女が死を選択した本当の理由がわかったところで、冬が春に逆もどりするするわけではないし、明日が追悼されるわけでもない。鳥はいつか飛び去り、二度と帰ってはこないものだ。年老いたヤードバードは人生の確認作業を怠ったせいで乗り換えに失敗した。No Confirmation, No Life.

私はすでにして170cmを超える巨大児で、いつも眉間にS字の皺を寄せていた。だれも私に近寄らなかった。近寄らせなかった。母親でさえ私に怯えていた。

私は常に苛立ち、不機嫌だった。私に近づこうものならだれであろうと怒鳴りつけるか足蹴にするか顔面に拳を叩きこんだ。炸裂。そうだ。まさに炸裂というのがふさわしい。私は予想もしない場所、状況で頻繁に炸裂した。他者は怯え、傷つき、震え、涙を流した。親和欲求も共感性も皆無である私はそのことをなんとも思わなかった。弱い者は怯え、傷つき、震え、泣く。それが世界のありようだ。そう考えていた。

月に1度ほど生物学上の父親を名乗る男がやってくると私の苛立ちと怒りはさらに増した。包丁を持ちだして生物学上の父親を名乗る男を追いまわし、切りかかったのは1度や2度ではない。殺すつもりだった。警察を呼ばれたこともある。

「いつか殺してやるからな。クソじじい」

そう心の中でつぶやきつづけた。殺し方は日に日にリアルになっていった。図書館で「殺人」についての資料を虱つぶしに読んだ。凶器、急所、人体の関節の仕組み、死体へのナイフの入れ方、肉の削ぎ方、出血が少なくて済む方法、絞殺のやり方、殺害方法、解体、死体処理等々。

王水の作り方は念入りに学習した。小学校5年の夏休み、夜ふけの小学校の理科室に忍びこみ、薬品棚の鍵をピックで開錠して塩酸と硝酸と塩化アンモニウムと硝酸アンモニウムを盗みだした。

秘密の実験は1回で成功した。マルシン・ハンバーグと鈴広の蒲鉾と鯵の骨と自分の髪の毛を王水に浸すと跡形もなく溶けた。すごくいやなにおいがしたが、実験結果を大学ノートにまとめ終えてしまうと身震いするような力がからだの奥深くから湧き起こった。全身に力が漲った。小学校の校庭の攀登棒を降りているときに経験した初めての射精の快感よりも強烈だった。宇宙の果てまでひとっ飛びでいけるように思えた。反復横跳びを1分間に4200回できると思った。

実験器具は春から少しずつくすねていた。そのときに手に入れたカセロールはいまもスープを作るときに使っている。シャーレはサラダ皿、三角フラスコはワインのデキャンタ、ビーカーはワイン・クーラーとして、それぞれ現役だ。パスツール・ピペットとメスシリンダーと上皿天秤と坩堝はオブジェがわりに仕事机の上に置いてある。彼らのおかげで殺風景な仕事部屋は眺めのいい部屋になっている。

そのような次第で、「生物学上の父親を名乗る男殺害」は私の中で既成事実となった。もはや、実際の殺害行為は余興のようなものにすらなっていた。決行は真冬。気温が低い分、死体の腐敗が進んで悪臭を放ちはじめるまでの時間を稼げるからだ。

死体をバラバラにし、王水で溶かし、真冬の海に捨てる。話も実行行為もきわめて簡単だった。動機? 動機などいくらでもあとからつくられるものだ。犯した殺人について「太陽がまぶしかったから」とエトランジェーであるよそ者ムルソーは答えた。さらには、1杯の紅茶のために老婆を殺した者もいる。1杯の紅茶のためなら世界が滅んでもいいと考える者さえいる。

「おれはいつかあいつに殺される」

生物学上の父親を名乗る男が母親に話すのを聞いたときはうれしかった。うれしくて、つかまえたカブトムシやクワガタや玉蟲や王蟲やカミキリムシを虫かごから逃がしてやったほどだ。YOKOHAMA Insect Zoo閉園だ。それだけではない。インピーダンスとレジスタンスとリアクタンスが箪笥の上でダンス・ダンス・ダンスしていたが、からかった椰子オウムに仕返しですべて喰われてしまった。以後、私は仕返し、リベンジを鸚鵡返しと呼ぶようになった。単1型1.5vの乾電池を5本直列につないだ簡易なバッテリーを作り、標的にセットしてスウィッチを入れると標的はどれくらいの電気抵抗を示すか? 驚くべきことに、標的は「痛いか?」とたずねると「痛いです」と鸚鵡返しに答える。「これがおれの鸚鵡返しだ」と言うと、「これがあなたの鸚鵡返しなんですね」と再び鸚鵡返しに言うので乾電池の数を倍に増やしてやった。悲鳴をあげるだけで、もう鸚鵡返しはできなくなった。仕返しの完了だ。

夏休みあけに学校は大騒ぎになったが、後の祭りだ。だれもが私を疑ったが知らぬ存ぜぬを決めこみ、黙秘権を行使した。

「Nemo Tenetur se Detegere/Aussageverweigerungsrecht/Droit au silence/Right to Remain Silentを行使する」
「え?」
「黙秘権を行使するって言ってんだ!」

怒鳴ると同時に眉間に渾身の力をこめた。眉間の中心にできるS字の刻みがくっきり盛り上がった。私の眉間からはなにかしらの物理力が出ている。取り調べ担当の教員は深々とため息をついて「もういいよ」と言った。ため息も声も震えていた。私の眼差しと眉間から出る物理力は対象物を殺ぐ。射ころす。

「どれだけおれの時間を無駄にすれば気がすむんだ? あーん? 時間はおれの所有物件だ。所有権に基づく損害賠償請求訴訟を横浜地方裁判所に提起するからな。訴状も準備書面もとっくに起案済みだぞ。ダメージはいくらにするかな。あんたの年収100年分にするかな」

私がそう言うと、教員は飛びのくように椅子から立ちあがり、走り去った。昼のふやけた光に夜の闇の深さがわかってたまるか! 私は世界中のふやけたやつらに向けて白刃を突きつけるような気分で言った。『昼の光に夜の闇の深さがわかってたまるか!』はのちの小学校の卒業文集の私のテクストのタイトルとなった。

『昼の光に夜の闇の深さがわかってたまるか!』はジアゾ式複写機で青く焼かれ、横浜南部エリアに大量に出まわり、公立私立を問わずに教育機関に少なからぬダメージを与えた。政治の季節の最終期という状況とも関係しているのだろうが、小中高大学の生徒学生が学校側と団交/闘争するときの理論武装のためのテクストになった。クリティカル・ヒットだった。愉快痛快だったが印税のたぐいは私のふところには入っていない。知的所有権の侵害であることはあきらかだが見逃した。

ヴァルター・ベンヤミンが『複製技術時代の芸術』で予言したとおり、世界はコピーされ、流通し、消費される時代になったのだ。権力もこの流れに沿ってコピーされ、流通し、消費される。アウラでさえもだ。

三島由紀夫が自衛隊の市ヶ谷駐屯地で東京事変を起こすのはその年の11月25日だが、私は『昼の光に夜の闇の深さがわかってたまるか!』の中で三島由紀夫の蹶起をほぼ正確に言いあてていた。しかも、肯定的に。そのことが理由と考えられるが、楯の会の会員から接触があった。楯の会への入会を強くすすめられたが断った。入会を断る理由について「群れるのは大嫌いだ」と言うと、楯の会会員の東大文学部の学生は飼い主にこっぴどく叱られたゴールデン・レトリーバーの仔犬のような顔になった。

私は世界に怒り、世界を憎んでいた。憤怒と憎悪。それが私のゆるぎないありようだ。生きるつづけることはゴム底靴のようにばかばかしいし、銀行の恋人たちのように帳尻も割りも合わず、人生も人間も舌平目のように薄っぺらいし、フラウンダースの犬鰈のようにせつなくかなしい。

生物学上の父親を名乗る男の予感が現実になるのは35年後のクリマス・イブだ。長い。35年あれば『今夜、宇宙の片隅で』を鼻歌まじりで歌いながら宇宙の果てまで行って還ってこられる。冥王星の税務署を巨大なレジャー・コンプレックスにリノベーションすることも可能だ。「ありがとう」が魔法の言葉だと言い張る阿漕で愚鈍で愚劣で狭量で腹黒で偽妄で卑欲な最低血圧142の寝たきり車椅子婆さんを改心させることもできる。

1週間に8日では足りない。1週間に150億年くらいでちょうどいい。そうすれば、夜鷹の鳴き声はキシキシせずに、もっと澄んでピシッとする。ハチスズメやカワセミに負い目引け目を感じなくてすむ。星になれたからいいようなものだが。

美醜は表裏一体だ。世界は美しいものと醜いものがせめぎあって成り立っている。豊かさと貧しさもだ。飽食と飢餓も。世界と人間と人生に関する結論は、すべてはばかばかしいということにつきる。そのことに気づくのに、母親の腹を切り裂いてこの世界にやってきてから7年かかった。正確には6年と9カ月29日17時間42分だ。人生はなにごとかを成し遂げるには短すぎるし、なにもしないには長すぎる。そして、なにごとかを待つにはあまりにも長すぎる。しかし、啓示と福音と訪れは突然やってくる。


The Beatles - In My Life

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by enzo_morinari | 2018-07-06 05:05 | ナチュラル・ボーン・キラーは嗤う | Trackback | Comments(0)
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