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サブカルチャー? それってうめえのか? 北島三郎カルチャーあるいはサブ/薔薇族/カルメン・マキのカルメ焼き/アブドラ・ザ・ブッチャーの省略形か?

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現代日本をダメにしたのは団塊の世代と木っ端役人とサブカルチャーである。


サブカルチャーは団塊世代のポンコツボンクラヘッポコスカタンどもが本音は「女にモテるから」という愚鈍愚劣低劣で卑しい動機をゲバルト棒やデモやストライキやバリケードや大衆団交で偽装して行った学生運動/学園紛争/全共闘運動といったたぐいのキャラメル・ママごとによって準備されていた。

「革命/闘争」という美名に隠れて団塊世代のポンコツボンクラヘッポコスカタンどもがやっていたのはリアリティのかけらもない日本国語とも思えぬ未消化の言葉/砂漠のような観念語の羅列と腰と腹の座らぬゲバルトとA( )Cである。その醜悪さは近代ゴリラである三島由紀夫が東京大学に乗りこんで全共闘の小猿どもと行った討論ショー『討論 三島由紀夫 V.S. 東大全共闘/美と共同体と東大闘争』の際に、学生結婚したことをひけらかすために生後間もない赤ん坊を抱いてきた全共闘C、A( )Cの権化であるゴミアクタ・マサヒコに象徴されている。ゴミアクタ・マサヒコの本質はそのツラ/顔相/貧相/人相/相貌を見ればすべてわかる。街金/闇金/高利貸しに追い込みかけられてんのか? スケコマシ/女たらしの下衆外道ゴミ屋!

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自衛隊市ヶ谷駐屯地(現防衛省)で勃発した東京事変を遡ること1年半。1969年5月13日。文武両道軒・三島由紀夫は東京大学教養学部900番教室で東京大学全学共闘会議、いわゆる全共闘の若造青二才どもと対峙していた。五月祭の呼び物イヴェントに三島由紀夫がやってきたのだった。

「近代ゴリラ」と記された三島由紀夫のパロディ立て看板を指差し、苦笑する三島。会場入口前の立て看板をみる三島由紀夫の顔には、その日の対論が戦いにはならないことへのあきらめの表情が浮かんでいる。

「諸君がひと言、天皇と言ってくれたら、私は共闘する」と三島由紀夫は誘い水をかけたが、東大全共闘のポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウどもはへらへらと半笑いを浮かべるのが精一杯だった。

中でもとりわけて不愉快なやつが、学生結婚し、子供がいることをひけらかすべく赤ん坊を抱いて参加し、無礼無作法にも「おれ、つまんねえから帰るわ」とほざき、途中で戦線離脱した「学生C」、つまりは現在、うさん臭く鼻持ちならないことこのうえもない前衛劇団を主催してふんぞり返っているゴミアクタマサヒコである。このたぐいの輩の遺伝子が現在の2ちゃんねるあたりに象徴される「下衆外道臆病姑息小児病」を生んだと断言しておく。

東大全共闘の小僧っこ猿どもが近代ゴリラに必死で楯突こうとする姿は滑稽でさえあるが、勝負は近代ゴリラに軍配である。相手は醜の御楯として出立たんとする者だ。志なき小僧っこ猿どもの鈍ら刀など鼻から刃が立つはずもない。

三島由紀夫 V.S. 東大全共闘
エクリチュールの巨人 V.S. エゴイズムの群れ
覚悟性 V.S. 逃走性乃至は放棄性
近代ゴリラ V.S. 小猿集団
憎悪する母性 V.S. キャラメル・ママ


この討論集をこのようにとらえ、さらに勝ち/負けという単純な二項対立図式で読み解くのも一興で、あきらかに「志」のちがいがディベートの中身に出ている。

日本国語とも思えぬ未消化の言葉/砂漠のような観念語を吐き出す小僧っこ猿どもと、少なくとも「痛みとしての文化」を含めた、たおやめぶり/ますらおぶりの言葉の森を渉猟してきた者との戦いは戦闘がはじまる前から勝敗はわかりきっている。というよりも、そもそも小僧っこ猿どもは土俵にのぼることすらできていないのだ。

『共同幻想論』を小脇に挟んだところで、国家の「こ」の字も知らぬような者どもの行為/行動/言説はなにも動かせないし、変えられない。団塊世代のポンコツボンクラヘッポコスカタンの挙げ句の果て/なれの果てが一連の連合赤軍事件である。50年経とうが100年経とうが、ほっかぶりをゆるしてはならない。

さて、このごろではとんとお目にかかることのなかった「サブカルチャー」なる死語/オワコン語を目にし、耳にしたのは言語消滅危険度の調査とアヌス語習得のためにインドネシアのパプア州ジャヤプラの北部海岸とアヌス島をフィールドワークをかねてヴァガボンド・ジャーニーしたときである。

初見から「コイツは胡散臭い。口もクサい。性根が腐っている」と睨んでいた人物は、自己紹介の際になにを言いだすかと思えば、「サブカルはCOWCOWよりあたりまえ体操がうまい! サブカルは鉄の迷信をアイアン・メイデンのように溶かす! サブカルがLOHASを生んだ! スローフード・ムーブメントはサブカルが支えている! サブカル・ドリンクのい・ろ・は・す以外の飲み物は不可! サブカル・フードAlghe salata e cavolo di piatto all'acetoだけ食べて愛と平和と健康を手に入れよう! サブカル最高! サブカル無敵! サブカル万能! サブカル万歳! 人間はサブカル・カンガルーの脚なのだ!」とほざいた。あいた口にナフサが流しこまれたような気分だった。そのクサくて腐った口にTRUMP NAFTAを捻じこんでやりたかった。

そのたわけ者は酒席で泣き言を垂れ流し、女々しさを武器にし、文化人/インテリを気取り、息を吐くようにウソ/インチキ/マヤカシをほざいた。恥ずかしくて言えないことを平気の平左衛門で口にした。「本業:物書き/作家/小説家」といった具合に。「てにをは/句読点」さえまともに使うことのできない輩が物書き/作家/小説家とは恐れいるが、なによりもそのたわけ者が醜悪なのは自らの弱さ/不幸/不遇/不運/困窮/困憊を他者を欺き、たらしこみ、たぶらかすための「武器」にしているところにある。四流大学の哲学科出のたわけ者にダマされる者の愚かさにも大いに呆れた。

そのたわけ者は過去にエロ/風俗系の性欲/情欲という「弱み」につけこむ悪徳を生業としていた。末路がいかなるものになるのかはすでにしてあきらかである。

そのたわけ者にわたくしが言いたいのは「吊れよ、切れよ、飲めよ、被れよ、飛べよ、墜ちろよ」ということにつきる。
 
by enzo_morinari | 2018-07-03 02:51 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)
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