人気ブログランキング |

彼女のパピエ・コレ#1

c0109850_17285075.jpg

「死ねば紙くず同然よ」

それが彼女の口癖だ。彼女は1960年代後半のフランス映画に出てきそうな美人。『去年、マリエンバートで』に出ていたデルフィーヌ・セイリグに似ている。似てて当然だ。デルフィーヌ・セイリグは彼女の母親の大叔母なんだから。

父親はメソポタミアを専門とする考古学者、妹は蝸牛型メニエール病をかかえたチェロ奏者。登山家の母親は若いスペイン人の男と駆け落ち中である。

「紙くずを拾い集めて汚れを取ったり、もっと汚したり、しわを伸ばしたり、もっとしわくちゃにしたり、丸めたり、破いたり、貼り合わせたり、焼いたり、濡らしたり、擦ったり、踏んづけたり、放り上げたり、色をつけたり。そうやって、わたしは紙くずたちに新しい命をあたえるの。それがわたしの仕事よ」

彼女のアトリエは殺人現場だ。彼女は有能な検死官であり、凄腕の捜査官であり、そして、冷徹な殺人者である。

彼女はとてもじょうずに人を殺す。殺された相手は自分が殺されたことに気づかない。血一滴でない。うめかない。彼/彼女の魂だか精神だかが肉体から抜け落ちるだけの話だ。手際がいい。

彼女によれば、生まれてから今日までに4242人の人間を殺してきたそうだ。殺したのは人間だけ。彼女は人間のほかには虫けら一匹殺さない。草木一本さえもだ。そんな彼女に、今日、僕は殺される。3度目だ。いや、4度目だ。殺す理由を尋ねても教えてくれない。答えない。それどころかすごく不機嫌になる。

「殺す理由くらいつまらないものはないからよ」

彼女は実にクールに言ってのける。クールすぎて部屋の温度が2度くらい下がるほどだ。窓に霜がつくことさえある。

「あなたももうすぐわたしの作品になるのね」

僕は死んで彼女のパピエ・コレになる。彼女の作品の一部。わくわくする。ときめく。うっとりする。もうすぐ、彼女の作品は完成する。本望だ。

c0109850_17291090.jpg


「マクドナルドとディズニーランドとスカイツリーとオサレなランチとメルシー・ボークーとオネットとアンクリュとピュールとオベイサンとサンシーブルとアンテリジーブルとサンセールとサンプルでボヌールが手に入れられるなら神さまだって苦労しない」

老練な理髪師のように手際よくカミソリを研ぎながら彼女が言った。

「だから、わたしは無駄な苦労をしなければいけないの。それとね、これだけはおぼえておいて。殺人にはね、ある種のエンジニアリングが必要なの。不器用な人や大雑把な人や鈍感な人は殺人に手を染めるべきじゃない」

僕は彼女の部屋の壁に貼ってあるアインシュタインのポスターをちらっと見た。アインシュタインがおどけて舌を出している。舌に少し苔が生えている。アインシュタインは胃が悪かったのか?

「アインシュタインは本当はめったに笑わない人だったんだってね」
「そうよ。ASD。自閉症スペクトラム障害だもん。ちょっと前の言い方をすれば、アスペルガー。わたしと同じ発達障害」

境界水槽の幻の虚数魚 i が街外れに狩りにやってきた古代人のジョン・ドーン・バンクシーの肉片に食らいついている。大食漢である幻の虚数魚 i の餌を確保するのは僕の役回りだ。彼女の言いつけなので必ず守らなければならない。

ただの肉の塊になったジョン・ドーン・バンクシーは冷凍庫の中で日に日に小さくなっていく。もう落書きはできない。両手の指は最初に幻の虚数魚 i に与えてしまったからだ。めぼしい肉がなくなったら骨を細かく砕いて幻の虚数魚 i にやる。

骨を砕く作業は好きではない。ひどい音がするからだ。骨を砕くときのことを考えると胃が痛む。ジョン・ドーン・バンクシーがなくなったら、次に餌にするのはAnonymous IV/第4の無名氏、ソルシエ・トマテュルジュだ。

c0109850_17292211.jpg


by enzo_morinari | 2018-05-23 07:01 | 彼女のパピエ・コレ | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://enzogarden.exblog.jp/tb/29510531
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
<< 物語を聴かせて ── 海辺の休暇#1 恐竜の中の島々#001 >>