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グレープフルーツ・ムーンの夜 ── 世界中の誇り高き酔いどれとヴァガボンド・シューズを履く者とかわいそうなレイン・ドッグどものために ♯002

 
グレープフルーツ・ムーンの夜 ── 世界中の誇り高き酔いどれとヴァガボンド・シューズを履く者とかわいそうなレイン・ドッグどものために ♯002_c0109850_04163735.jpg

ピアノを弾き、歌い、グレープフルーツ・ムーンを見上げながらムーン・マンは思いだしていた。2度と取りもどすことのできない日々の出来事を。

2007年秋、ムーン・マンは六本木ヒルズけやき坂の麓で2人の若者と酒を酌み交わしていた。月が出ていたらよかったのだが、生憎、当日は雨模様の天気だった。ムーン・マンは急遽グレープフルーツをひとつ買い、週末のお祭りさわぎのような人々が行きかうけやき坂麓に向かった。3人そろったところでムーン・マンは厳かに宣言した。

「われわれは今夜、本物の月を見る。愛でる。これがそれだ」

ムーン・マンは若者のうちの1人、バラク・フセイン・オバマ似の演説青年、スミス少年が用意した段ボール箱の上にグレープフルーツを厳かに置いた。秋の霧のような雨を受けて大丸ピーコックで買った1個158円のグレープフルーツは馥郁として神々しく輝いた。3人は飲み、語り、酔いどれ、生涯にわたって変わることなき友情を誓った。道行く狂おしいような大衆どもは哀れみと偽装善人微笑を漂わせながら、うすっぺらきわまりもない週末の夜の東京の闇に消えていった。

ムーン・マンは思った。イマ、ココ。明日は知らぬ。昨日も知らぬ。このたったいま、この「きょうの日」を、我々は煩わしく疎ましく狭量なあらゆることどもには眼もくれず、おかまいもなしに、笑い、泣き、酔いどれ、そして、ときどきは思い出すんだろう。それでいい。それこそが、心ふるえる、何者にもなりかわりえない、何者にもゆずらぬ「おれの生」と知っているから。

ムーン・マンは2人の若者に言った。

また、いつか、どこかで。われらがグレープフルーツ・ムーンは「いつか」と「どこか」のいずれもに、あらわにあからさまに、鋭く深く確実に、そして、馥郁煌々と上がっている。グレープフルーツ・ムーンは高く遠く、静かに私たちを照らしている。見上げろ。

ムーン・マンの奏でる曲は『ムーンライト・セレナーデ』にかわった。クロージング・タイムまであと4時間36分。


Glenn Miller&His Orchestra - Moonlight Serenade(1940)
Tom Waits - Grapefruit Moon (Closing Time/1973)
Tom Waits - Drunk on the Moon(The Heart of Saturday Night/1974)
 
by enzo_morinari | 2018-03-31 04:22 | グレープフルーツ・ムーンの夜 | Trackback | Comments(0)
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