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アーキオプテクスの樹の上で震えながら途方に暮れている仔猫ちゃんへ

 
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ミントジュレップを一杯引っかけたあとにこそふさわしい話

ミントのできが悪かったからじゃない。寝不足が原因でもないし、門限を破ったからでもない。風邪気味だったのはいくぶんか影響しているかもしれない。でも、本当の理由はほかにある。そうとも。きみは木登りに夢中になりすぎたんだ。

たぶん、きみはいざとなれば誰かが梯子をかけて助けにきてくれると思っていたんだろうけど、誰も助けてくれやしないよ。もちろん、白馬に乗った王子様は現れない。誰もなにもしてくれない。梯子をかけるどころか、手を差しのべることさえね。
雲につかまろうとしたって無駄だよ。雲は霧なんだ。見る場所が変わればね。霧はすべてを閉ざすから、なにも期待しちゃいけない。もちろん、未来に起こることもね。「宇宙について思考するのに都合いいように脳はできているのよ」と言って深い沈黙に入った女の子の話のつづきを聴くことはもうできないんだ。

いいかい? 仔猫ちゃん。きみはアーキオプテクスの樹に登ったときとおなじように、降りるときも自分の力で降りてこなけりゃいけない。アカンソステガの子孫がおぼつかない足取りで海から這い出て、みずから地上にその一歩を刻したようにね。

仔猫ちゃん。きみは自分で決断し、行動し、その結果としていまアーキオプテクスの樹の上で震えている。そのことはすべて自分一人で引き受けなくちゃならない。世界はそんなふうにできあがっているんだ。霧は深くて寒くてなにも見えずなにも聴こえず、すごく心細いだろうけど、こればかりはどうしようもない。作為・不作為はともかく、ペパーミント・グリーンのベッドの上で賭け金を吊り上げたのはほかの誰でもない。きみ自身なんだから。

「おねがい。わたしを見て。あなたを愛しすぎてなにも見えないの」ってきみは言うんだろうけど、それはぼくだっておなじさ。その証拠にたくさん撫でてあげたろう? やさしい言葉だって抱えきれないほどかけた。いっぱい笑わせたしね。もうじゅうぶんじゃないか。いまや、ぼくには切るべき手持ちのカードが一枚もないんだ。

じゃ、ぼくは行くよ。せっかくだから、アカンソステガ・ディアトリマ・ハイエノドント楽団の1000人のヴァリオリン弾きたちが演奏する1000台のヴァイオリンによる『Misty』のCDをかけておく。『Misty』だけじゃなくて、きみの好きな『You Go to My Head』もあるよ。あと、ぼくの好きだった『I've Got a Crush on You』もね。もちろん、きみがアーキオプテクスの樹から自分の力で降りてこられるときまでリピートするようにセットしておいたよ。この不思議な世界をさまようにはうってつけさ。右足と左足の区別もつかず、帽子と手袋と靴下のちがいもわからないきみにはね。

さて、ミント・ジュレップのためのペパーミントを摘みにいく時間だ。霧は濃いけど、今度はうまくやるさ。

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ハーブ・エリスの不思議な三角形

20歳の頃のことだ。その頃、図書館司書か書店の売り子の恋人がほしいと思っていた。幸運にも私のその夢は実現した。しかも同時に。これはたぶん、長年にわたって根気よく勤勉に『ギリシャ・ローマ神話』とプルタルコスの『英雄伝』を繰り返し読みつづけた御褒美だ。

図書館司書あるいは書店の売り子を恋人に持つことのメリットは既刊新刊を問わずに読みたい本をほぼ完璧に手にすることができる点にある。実際、世紀の奇書といわれるサルバトーレ・ルカーニアの『マフィオーソ祈祷書』さえ読むことができた。16世紀末、イタリア・シシリー島の羊飼いによって書かれた『マフィオーソ祈祷書』の最後にはこう記されていた。

音もなく降りしきる春の雨に濡れながら、私は静かに筆を置く。もう二度と筆をとることはない。もうどこにも行かなくていい。ずっとこのまま、ここにいるだけでいい。

雨もいつかは上がるだろう。雨上がりの世界が春のやわらかな陽の光を浴びて息づき、匂い満ち、芽吹くといい。
羊飼いはただ一人、世界の果ての森へ向けて出発する。


読みたい本を手にすることができるほかにも、図書館司書と書店の売り子はおおいに私をたのしませくれた。休館日の図書館で催されている秘密の宴のことや本を万引きする人間の見分け方、あるいは深夜の図書館を跳梁跋扈するコトヨミとモノヨミらの怪物たちの話、書店の棚の上のほうに陳列されている本はそのほとんどがフェイクであること、さらには年に一度おこなわれる世界図書館司書シンポジウムのメイン・スポンサーがスタンダード石油とゼネラル・モーターズであることなど、おもわず身を乗り出さずにはいられない話を私は彼女たちからたくさん聴いた。

図書館司書は有栖川公園の一角にある東京都立中央図書館、書店の売り子は六本木通りに面した青山ブックセンターでそれぞれ働いていた。図書館司書と書店の売り子はいずれも私より8歳年上で、二人は誕生日と苗字まで同じだった。図書館司書は田丸ミサト、書店の売り子が田丸チサト。そう、二人は双子の姉妹だったのだ。二人の田丸は麻丘めぐみに似た美人で、特にふくらはぎから足首にかけてのラインがとても魅力的だった。ミサトは右目の斜め下、チサトは左目の斜め下に小さなほくろがあった。

私の部屋のベッドで初めて双子の姉妹のからだにふれたときのことはいまでもはっきりとおぼえている。双子はあらかじめそうすることが決められていたように永遠に交わることのない2本の直線としてベッドに横たわっていた。

私は双子のとても形のよい小さな乳房にそっとふれた。二人の乳房は氷のように冷たかった。乳房だけではなく、全身が凍りついているように思えた。

「きみたちは、なんというか氷の国の妖精みたいだ」

双子の姉妹との奇妙で親密なメイク・ラヴのあとに私が言うと、ミサトとチサトはきれいな首筋を同時にそらせてとても気持ちよさそうに笑った。

「わたしたちが妖精ならあなたはさしずめ魔法使いね。あなたの指は最高の幸福と不幸をもたらしてくれたもの」とミサトが目を潤ませ、私の指先を見ながら言った。
「異議なし」とチサトがすかさず言った。「実際、あなたの指で生まれて初めてわたしたちは本物の絶頂を味わえたのよ。長い28年間だったわ。でも、やっと氷はとけた。問題は残りの1/3」

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私と双子の姉妹がいっしょに暮らすようになったのは出会ってから1週間後だ。ミサトとチサトは仕事を終えて帰ってくると毎日毎日8時間ぶっとおしで牛の精巣とマウスの卵巣のスケッチをした。腱鞘炎にでもなってしまうんじゃないかと心配だったが双子の姉妹は私が考えている以上にタフだった。

ある秋の終わりの夕暮れ。私と双子の姉妹は神宮外苑の青山通りから12本目の銀杏の樹の近くのレストランのテラス席で早めの夕食をとっていた。テラス席にはずっと不思議なにおいのする風が吹いていた。私が甘鯛の香草包み焼きを取り分けているときだ。

「あなたに秘密にしていたことがあるの」とミサトが言った。
「本当はわたしたち双子じゃないのよ」とチサトが言った。
「わたしたち三つ子なの」と二人が同時に言った。言ったと同時に三人目の麻丘めぐみ似の田丸が現れ、空いていた椅子にとても優雅にからだを滑りこませた。

「こんにちは。はじめまして。田丸コサトです。よろしく」

田丸コサトは平凡社世界大百科事典の編集者だった。額の真中に小さなほくろがあった。私がほくろにみとれていると田丸コサトがうれしそうに言った。

「わたしたちのほくろを結ぶと正三角形になるのよ。おもしろいでしょう?」
「もちろんおもしろい。おもしろいし、すごく不思議でエロティックだ」
「この正三角形のほくろはなにかのしるしだというのがわたしたちの考え」
「なにかのしるし。なんのしるしなんだろうな」
「それをつきとめるのがあなたの役目じゃないの!」とミサトが憤慨したように言った。
「ぼくの役目。なにから手をつけたらいいかさっぱりわからないよ」
「とりあえず、4人でセックスすることから始めるのがいいと思う」とチサトが小さな声で言った。

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「レヴィ=ストロースが『悲しき熱帯』の最後のほうと『料理の三角形』の序文で言っていたとおりよ。わたしたち三つ子は人類全体の矛盾を孕みつつ、それでも存在しているの」とコサトが言った。コサトは全裸だった。カーテン越しに街をみるコサトの背中はおそらく1970年代末の東京においてもっとも美しく、もっとも孤独だったのではないかと思う。

「矛盾だらけだけど、ともあれ、わたしたちは存在する」

コサトはそう言ったきりもう二度と口を開こうとはしなかった。たぶん、彼女は私をとても憎んでいたんだといまにして思う。コサトだけではない。チサトもミサトもだ。三つ子全員が激しく私を憎悪し、憤怒の炎を燃やしていたのだ。

三つ子にはこの世界で起こるすべての物事についてサンシーブルとアンテリジーブルとの境目をなくし、その合間に新たな均衡を持ち込もうとする風変わりな癖があった。それは癖というよりも「世界」にしがみついているための防衛ラインとも思えた。三つ子はその防衛ラインをこれまでに生きてきたリアルな生活の断片のひとつひとつを懸命に繋ぎ合わせ、補修し、手入れしながら築きあげたのだ。

「感じることと知ること。わたしたちはそれ以外にはまったく興味がない」とミサトがつぶやいた。ミサトは車窓を流れ去る風景を追うような目で私をみつめた。

「わたしたちの28年間の人生はブリコラージュなの。オリジナルなんかなにひとつ残っていない。みんなバラバラに砕け散っちゃった。でもね、それをひとつひとつ根気よく拾い集めて口づけし、頬ずりし、修復し、埋葬してきたのよ。それがどれくらいつらく苦しいことかあなたにわかる?」

チサトが言うと三人は同時に私の顔を覗き込んだ。不思議な正三角形が迫ってくる。それが三つ子の姉妹に関する最後の記憶だ。

いまでもはかない残照を慈しむ気分で三つ子のことを思いだす。そして、三つ子がプレゼントしてくれたハーブ・エリスとオスカー・ピータソン・トリオのLPレコードを聴き、『アレクサンドリア図書館年代記』を読む。世界は人間なしに始まり、人間なしに終わるものなのだと自分自身に言い聞かせながら。


Q.E.F. Quod Erat Faciendum. 後悔先に立たず。

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ゴンザレスの南、チチリアーノの西。あるいは RIDE ON TIME の男

2000トンの雨の中、RIDE ON TIMEの男は不可思議グーゴル・ピーチパイ製の巨大な波を連れて夏の終わりを告げにやってきた。

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休暇届の書き方の問題に端を発した私の誤解から職場を追われるはめになった。今後の展開について作戦を立てるため、雨の日の麹町小学校の放課後の音楽室で「ぼくのクラゲ弁当」による短めの昼食をとった。「ぼくのクラゲ弁当」は故障ぎみでシャープさに欠け、味気なかった。チタニウム合金の味だけが際立っていた。しょんぼりしかけた気持ちに鞭を入れ、「ゴンザレスの失われたファリエロ・マージ」を探す旅に出ることにした。

「いい旅を!」などとは誰も言ってくれないのがわかっていたから自分で自分に言ってみた。言ったとたんに物悲しい気分になった。そして、すごく後悔した。情けなくなった。しかし、この旅の円環はかならず閉じなければならない。旅の仕度をととのえる私の耳元でターコイズブルーのアスタリスク(*)がそっとつぶやいた。

「いかなるときにも、*に気をつけなさい。*は凶星ハドリアヌスターである。それと、あれだ。誤解があるようなのではっきりさせておく。わたくしはノスタルジックなのではない。やや年老いてはいるがね。わたくしはちょっとセンチメンタルなだけなんだ。おぼえておいてくれ」

ターコイズブルーのアスタリスク(*)は年老いてはいるがノスタルジーにひたっているわけではない。センチメンタルなだけだ。その証拠にアスタリスク(*)の瞳には小さな星がいくつも輝いている。

「ターコイズブルーのアスタリスク(*)は年老いてはいるがノスタルジーにひたっているわけではない。センチメンタルなだけだ」と5回繰り返して口にだした。世界観に若干の修正が加えられ、世界は安物のブリキのおもちゃみたいにピカピカと輝き、いくぶんか小躍りしているようにみえた。

次の日。揺れる象といっしょに長めの昼食をとり、ケルアックの『路上』を読んでいた昼下がりにRIDE ON TIMEの男は突然現れた。彼がいったいどんな目的でやってきたのかはわからない。そもそも、RIDE ON TIMEの男には目的などなかったのかもしれない。彼の真の目的は「時間に乗ること」だけだからだ。

「このレコードをきみのオーディオ装置で聴かせてくれないかな? マイ・シュガー・ベイブ。夏の日々に本当のさようならを告げるために」

RIDE ON TIMEの男は山下達郎のEPレコードを差し出しながら言った。私はイーベイ・オークションに「三曲がり半のケケ・ロズベルグ」を出品するための作業をしているところだった。

「!? どうやって入ってきたんだよ!?」
「ふふふ。時間の破れ目から」
「時間の破れ目?」
「うん。たぶん、きみならできるよ」

RIDE ON TIMEの男は言うと、勝手知ったる他人の家よろしく手際よくアンプリファイアーの電源を入れ、マイクロ社製砲金ターンテーブルにビニルの黒いレコード盤をのせた。RIDE ON TIMEの男は右の人指し指の腹で針先にさぐりをいれたあとミンダナオ島の宗教儀礼のような雰囲気を漂わせながらドーナツ盤に針を落とした。プチプチというノイズのあとに聴こえてきたのはトニー谷の『家庭の事情』だった。

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RIDE ON TIMEの男はその場にもんどり打って倒れこんだ。それを見た不可思議グーゴル・ピーチパイ製の巨大な波は9月の不思議な桃専門店の鞠屋の前歯を目指し、ものすごい勢いで旅立っていった。マイル君とパプ谷のクリマロ君とバスで見た女がそのあとにつづいた。部屋は青南小学校の放課後の音楽室のような静寂で満たされた。

私は『路上』を閉じ、ブックエンドに戻した。ブックエンド担当のポールとアートが二人同時に「だいじょうぶ。明日には橋を架けてあげるから」と言った。そして、私に肩を貸してくれた。私はあらかじめ失われた誰も知らないアンダーソンの庭を見下ろし、深々とため息をついた。「人生はかくもジズ・イズ過酷かつファンキーかつファニーざんす」と口にしてみたが気持ちはファンキーにもファニーにもならず、過酷なだけの未来が待ち受けているように思えた。

「ゴンザレスの失われたファリエロ・マージ」を探す旅の試練のことを考えているとひとりぼっちのダルメシアンがやってきて私に寄り添った。ポールとアートが貸してくれていたはずの肩は曲がり角のラティスとの百万回の曲がり角のキッスのための逢い引きに行ってしまい、コンドルがくわえた釘めがけてハンマーが振り下ろされようとしていた。

打たれる釘よりハンマーのほうがましだというのをこのときくらい実感したことはない。しかし。本当にそうだろうか? 打たれる釘よりハンマーのほうがましだろうか? 釘だって鉄だ。打てばハンマーだって痛いにちがいない。このことから私はひとつの結論を導きだした。それはつまり、どっちもどっち。

人生も世界もどのような立場であれ、金持ちであれ貧乏であれ、健康であれ病気がちであれ、喧嘩が強かろうと弱かろうと、頭が良かろうと悪かろうと、美人だろうとブスだろうと、シンデレラだろうと眠れる森の美女だろうと白雪姫だろうと、屋根裏部屋だろうと拷問部屋だろうと、結局は五十歩百歩。行き着く先にたいした差はないということだ。だとすれば、私にこの先どんな困難やら危険やら災厄やらが大きな口を開けて待ち受けていても、それはどうってことのない過程のひとつにすぎない。

「勇気だ」と思った。「いや、ちがう。勇気すらもいらない。この世界はどうということのない過程の積み重なりにすぎない」と思った。全身にみるみる力が漲ってきた。

私のロードバイクが修理から戻ってくるのは1週間後。やることがない。仕方がないので夏の初めに書きはじめた小説のつづきを書くことにした。その小説はこんな感じだ。

O.ヘンリーの書斎で(382) あらかじめ失われた庭を求めて

昼下がりの大手町。オハイオ・ペニテンシャリーことウィリアム・シドニー・ポーターは『アンダーソンの庭』のフルコーラスを口笛で吹きながら歩いていた。足取りは軽い。『アンダーソンの庭』の軽快なメロディはオフィス・ビルの狭間を風となって吹き抜けてゆく。低く見積もっても大手町界隈の気温は2度下がったはずだ。『アンダーソンの庭』の風が皇居を越え、半蔵門にたどり着けば、麹町大通りはさらに涼しく明るくなる。君住む街までだってひとっ飛びだ。

「オーケー。すべてうまくいく」

ウィリアム・シドニー・ポーターは日本経済新聞社の正面玄関を20メートルほど過ぎたあたりでつぶやいた。自らを鼓舞するためだ。ウィリアム・シドニー・ポーターはこれから東京国税局、東京消防庁を訪ね、最後に天王洲先の東京入国管理局に行かねばならない。しかも、すべての役所で頭の固い役人と丁々発止のやりとりをするのだ。尊大で杓子定規で融通の利かない日本の役人どもにはいままでに散々悩まされてきた。だが、きょうばかりはなんとしてもこちらの主張を通さねばならない。自分と家族の死活問題に関わるからだ。妻のエリコと娘のエリカの顔が交互に浮かんでは消えた。

東京国税局の正門前に到着し、警備員の人を見下したような胡散臭げな視線にさらされながらネズミ色の建物の中に足を踏み入れた。6ボックスにくっきりと割れた腹筋にさらに力が入った。

「オーケー。すべてうまくいく」

ウィリアム・シドニー・ポーターはもう一度、つぶやいた。「いざとなったら、イゴール・ゴンザレス・ガルディアーノがチチ・マイタイを連れて助けにきてくれるんだ」

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オハイオ・ペニテンシャリーことウィリアム・シドニー・ポーターが東京国税局の木っ端役人に重箱の隅にうずくまるゴマメの歯軋りより耳障りな声を聴かされはじめてから20分が経過してもイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノはチチ・マイタイを連れて助けに来てはくれなかった。

その頃、イゴール・ゴンザレス・ガルディアーノは六本木ヒルズそば、コンセプチュアル・アートとみまごうばかりのコンクリート・ウォールと対峙するかたちで遅く短めの昼食の最中だった。そのコンクリート・ウォールは六本木高校の土台となっていて、上からは浮かれたはしゃぎ声が壁を伝わって聴こえてくる。いかにも屈託がない高校生どもの歓声にイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノは海南鶏飯を食う手をやすめて7回舌打ちをした。

「どいつもこいつもお気楽極楽だぜ。おれが毎日毎日、熱く灼けたトタン屋根の上で自転車を漕いでいるってのに」

イゴール・ゴンザレス・ガルディアーノは2000年の春、外苑東通り東宮御所前で「通行区分違反」を犯したとして検挙され、自前で買った Chrome Metro のメッセンジャー・バッグを没収されたうえに都内有数のバイシクル・メッセンジャー会社であるOCHA-Servを解雇されるという憂き目にあっていて、おまけに向こう10年間、バイセクシャレックスの名物馬鹿社長ファット・キマラの厳重な監視のもと、バイシクル・メッセンジャーの血と汗と涙でできあがっていると噂されるバイセクシャレックス・ビルの屋上でローラー台に据付けられた自転車のペダルを毎分120回転、8時間漕ぎつづけなければならないのだ。それがきっかけでイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノはRIDE ON TIMEの男になったという次第だ。さもなくば南方郵便船の船艙でジュートに囲まれて生きるかだ。

大陸風に向ったまま行方不明の父親が本当は雨あがりの王国で靴職人として働きながら開放的な童話を書いていることをイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノの妹は知っていた。イゴール・ゴンザレス・ガルディアーノの妹は誰も知らないことを知っている。たとえば、シンデレラの屋根裏部屋には無数の貧乏なおばさんたちのため息や嘆きや涙や苦悩や絶望や不幸がコレクションされていることを。そして、シンデレラは夜ごとそれらのコレクションに罵声を浴びせ、嘲笑い、唾を吐きかけていることを。

「いつかわたしが退治してやるわ」とイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノの妹はケイデンスの神に誓う。当のイゴール・ゴンザレス・ガルディアーノは灼けたトタン屋根の上の猫にひどい悪態をついている。水の誘惑に負けたオウムガイの漂流についての顛末は拳骨委員会主催の午後の番犬どもの愚かなパレードが終わってからだ。

Q.E.D. Quod Erat Demonstrandum. 証明終了。
 

by enzo_morinari | 2014-03-19 06:37 | CLOSED BOOK | Trackback | Comments(0)
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