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『モヒカン族の最後』と世界の終り/戦うにはいい日だ! 死ぬには手頃な日だ!

 
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モヒカン族は滅んでいない。最後のモヒカン族はまだいない。最後のモヒカンになるのはだれだ? E-M-M


アステカ族の末裔であるナッシュ・タヴェワからもらったネイティブ・アメリカン・フルート(Native American Flute/インディアン・フルート)で『Promontory』を吹いている。映画の『The Last of the Mohicans』の主題曲だ。

大地とともにあり、大地とともに生きた者のみが生みだしえた魂の音楽のための道具。魂の奥深くまで届き、心ふるわす音色。届く。ふるえる。アニャングの誇り高き赤茶けた大地の戦士たちが奏で、バリングラ/カタ・ジュタ/ウルルをさえ揺るがすディジュリドゥにも匹敵する強度で。

小田実が『HIROSHIMA』の中で書いていた。ネイティブ・アメリカンは大地とともに生き、大地とともに死ぬと。おそらくは小田実の言うとおりだろう。そして、「大地が死ぬとき人も死ぬ」という風の谷のババ様の言葉も。

マイケル・マン監督の『The Last of the Mohicans (モヒカン族の最後)』からもう20年が経つか。そのあいだに世界はずいぶんと変わったものだ。

いい方向に? まさかね。吾輩の知りうるかぎりにおいて、この20年で世界は悪い方向にばかり歩みを進めた。信じがたいほどの愚劣と卑劣と下衆外道と恥知らずが我が物顔で幅をきかせ、肩で風を切っている。恥も知らぬげに。いけしゃあしゃあと。

このまま世界は腐り、悪くなる一方のまま終わるのか? そして、死ぬのか? このまま、「戦うにはいい日」も「死ぬには手頃な日」も来ないのか? まあ、いい。それもまた世界がみずから選んだ道だ。どう歩みを進めようと、どう転ぼうと、いずれ血塗られた道であることに変わりはない。

鷹の眼ダニエル・デイ=ルイスももう56歳か。『ガンジー』から数えると30年。『眺めのいい部屋』からは28年。『存在の耐えられない軽さ (The Unbearable Lightness of Being)』からは26年。『My Left Foot: The Story of Christy Brown (マイ・レフトフット)』からは25年。2012年には『リンカーン』で3度目のアカデミー主演男優賞を獲った。コーラ役のマデリーン・ストウは貫禄のおばちゃん道まっしぐらだし、アリス役のジョディ・メイは匂い立つような成熟したレディになった。監督のマイケル・マンはすっかりおじいちゃんだ。愛娘のアミ・カナーン・マンは『Texas Killing Fields』(2011)という派手さはないが才気を感じさせる作品を監督した。

だれもかれもが齢をとった。一人の例外もなく。物静かに表舞台からの退場を果たすのが美学ということでもあるか。出演作品を吟味しつくすダニエル・デイ=ルイスの次回作をみられるのはいつだろうな。そのときまで The Other Side への道行きの途についていなければいいが。腐っていようと死んでいようと、世界がまだあればいいが。

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ホカ・ヘイ! ヤタ・ヘイ! アヒェヒェ! 戦うにはいい日だ! 死ぬには手頃な日だ!
モヒカン族は滅んでいない。最後のモヒカン族はまだいない。最後のモヒカンになるのはだれだ?



Hoka Hey! Ya Ta Hey!
The Last of the Mohicans - The Complete Original Soundtrack
Promontory (The Last of the Mohicans Final Battle)
Five Spirits - Apache
The Indian Road: Dreaming and Sound of Native Americans
The Last of the Mohicans - Native American Flute
 
by enzo_morinari | 2013-10-25 11:18 | QUO VADIS? | Trackback | Comments(2)
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Commented at 2013-10-25 16:24
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enzo_morinari at 2013-10-25 18:09
伊達の薄衣さま

こちらこそたのしい28分42秒をありがとうございます。
「死に場所」「どのように死ぬか」を考えるというのは「生き場所」「どのように生きるか」を考えることでもあるので、とても大事なことでしょう。経験的に、「人生、捨てたもんじゃない」というのもほぼまちがいありません。「死んで花実が咲くものか」というのも「浮かぶ瀬もあれ」というのも「渡る世間は鬼ばかり」というのもほぼ事態を言い表している。

問題は「だれがラスト・モヒカンに刈り上げるか?」ということだけです。アヒェヒェ!
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