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黄金の羊#3「よい眠りに導く羊」をめぐる日常生活の王権の確立

 
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 不眠症はこどもの頃からつづいている。眠りは15時間に一度くらいのペースで50分ほどしか訪れない人生の日々。災難以外のなにものでもない。おそらくは銀河系宇宙で2番目に不幸で胡乱で厄介な人生だ。だから、私は善人の中の善人になれたわけではあるが。
 そんな私のもとに先週の水曜日の夕方、「よい眠りに導く羊」を名乗る絵描きがやってきた。「よい眠りに導く羊」を名乗る絵描きは42歳。しかも永遠の42歳。42歳なのに見た目は7歳だ。
「ぼくは永遠の42歳だけどが見た目は7歳。見た目は7歳だけどが不思議な力を持った見た目は7歳の42歳です。願いごとがあるなら言いな。いますぐ」
「眠りたい。42時間ぶっとうしで」
「オーケイ。42時間でいいだがな?」
「いや。100年にする」
「オーケイ。100年だがな」
「いや。永遠に」
「オーケイ。永遠に眠らせてやるがだ」
 見た目は7歳だけど永遠の42歳で不思議な力を持った「よい眠りに導く羊」を名乗る絵描きはそう言ってリノリウムの床にごろんと横になった。そして、「よい眠りに導く羊の数えうた」を歌いはじめた。

 羊が一匹、ヒグマが二匹、火の玉がみっつ、キンタマはふたつ、猫のタマはサザエさんちの飼い猫、『さよなら人類』のタマのランニング・シャツのデブは西荻窪で雑貨を売ったりビミョーなアートをつくったりしてる、『さよなら夏の日』の山下達郎の顔面力は加藤ミリヤ+野村沙知代クラス、山下公園のベンチは座り心地がいい、代々木公園のバラはきれい、代々木体育館と千駄ヶ谷の東京体育館なら千駄ヶ谷の東京体育館の勝ち、勝鬨橋の真ん中で毎週水曜日の夕方5時から6時まで『新撰組のうた』を歌っているのはぼくの叔父さん、『新鮮』の記者をやっていたアリン・スエツングースカさんはJAZZ DAY BEFORE TOMORROWの編集長になったけどある水曜の午後にJAZZ DAY BEFORE TOMORROWは廃刊になりました、水曜の午後の野毛山動物園の海獣のブースでアザラシとオットセイとアシカの区別がつかなくて目をまわした目的語のない女のひとはミツユビナマケモノとマンドリルと三角関数関係、三角貿易で儲けたトアルコト・トラジャさんは午後の最後の芝刈りのバイトを途中で投げ出して死ばかり考えるようになりました ──

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「よい眠りに導く羊の数えうた」はこんな具合に今朝までつづいた。もちろん、私は眠れなかったが、「よい眠りに導く羊」を名乗る絵描きは「よい眠りに導く羊の数えうた」を歌いながら気持ちよさそうに眠っていた。そんな「よい眠りに導く羊」を名乗る絵描きを見ているとすこしだけ幸せな気分だった。幸せな気分だったけれども眠い。
「よい眠りに導く羊」をめぐる日常生活の王権が確立されるのは、世紀末ホテルの夜を超え、村上春樹を東浩紀ヒトラー・ユーゲントとともに屠って2Q20年の冬まで直子さんが揺れる雑木林のクヌギの木に吊るし、ローズマリーとラベンダーをたっぷりきかせた黄金の羊の丸焼きを食べ終えたあとだ。

 紀元前356年。宇宙が地球を中心に周回していた頃、人類史上初の不眠症の男は誕生した。男は頑固な不眠症を退治するためにアリストテレスのもとで森羅万象について学び、ホメロスの希代の妄想叙事詩『イーリアス』を繙き、弱点だらけの英雄アキレスを崇拝した。
 誕生のときから人々を庇護することを宿命づけられた男は20歳にしてマケドニア王となり、10年で世界の大半を征服する。終生愛した名馬ブケファラスでオリエント世界を疾風のごとく駆け抜けた男はヘファイスティオンを心の友とし、ダレイオス3世をイッソスとガウガメラの野に打ち破り、シルクロードの礎を築いてヘレニズムを開花させた。
 男は眠れぬかわりに「よい眠りに導く羊」をめぐる日常生活の王権を初めて確立させ、民族の融合を夢みた。男の名はアレクサンドロス。アレクサンドロスは不眠とバイアイと樽人の友である。唯一にして玉の疵はディオゲネスの日向ぼっこを邪魔したことだ。何者も樽犬のための日輪に立ちはだかってはならない。
 
by enzo_morinari | 2013-10-19 05:09 | 黄金の羊 | Trackback | Comments(0)
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