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テプコ・アトミック・ワンダーランドの愉快な仲間たち#3 カノー・トーキーオー

 
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かつてのアトミック・ヴィレッジのボスキャラの一人。生粋の電気ゴロ。ゲンパツ推進、ゲンパツ利権の代弁者、政治屋としてなりふりかまわぬ跳梁跋扈ぶりを示し、コッコー省副大臣にまで登りつめるが、ドケン屋から小金をせしめたことがバレて命運つき、議員センセーの椅子から転げ落ちる。だが、どっこいカノーは生きていた。古巣のテプコ・アトミック・ワンダーランドに顧問として舞いもどり、汚名返上・名誉挽回の機を虎視眈々とうかがっているところに、フクシマ原発が立てつづけに「ハーイ♪」(©シーベルト君)したのであった。
老子先生の言うとおり、天網恢恢疏而不失。天はカノーをゆるさなかった。カノーの進退、ここに極まる。集票マシーン、集金マシーンの解体はおろか、HPの果てまでソッコーで閉鎖するカノーであった。テプコ・アトミック・ワンダーランドにあてがわれた新橋の顧問室にいるのかいないのか。このまま頰っ被りを決めこんで御臨終まで雲隠れか。逃げ場はあるまい。「天網恢恢疏而不失」という真理は物理法則、ニッポン国刑事訴訟法と同等に容赦ないのだ。
カノーの唯一の見せ場ははるか昔、チェルノブイリ原発事故後におこなわれた『トーキョーにゲンパツを!』のヒロセ(本が売れりゃあいいんだよ)タカシとのブンゲー春秋誌上における対論だった。カノーはヒロセをコテンパンにやっつけたのであった。

本名カノウ・トキオ。1935年トーキョー生まれ。トーキョー帝国主義大学法学部卒。1957年テプコ・アトミック・ワンダーランド入社。科学万博電力館長等を経て、1988年取締役原子力本部副本部長就任。以降、代表取締役常務、副社長(原子力担当)を歴任。1997年テプコ・アトミック・ワンダーランド役員を退任、「地球環境・エネルギー総合研究所」なる集金マシーンを設立し理事長に就任。1998年 第18回サンイン議員選挙に経済談合屋(経談屋)の組織内候補としてジユウミンス党公認で比例代表区に出馬当選。議員センセーの中ではエネルギー問題に精通する数少ない人物という触れ込みで、エネルギー政策基本法成立のために伏魔殿中を我が物顔で跳梁跋扈。しかし! ゼネコンの西松っちゃん建設から政治団体を隠れ蓑に多額の政治献金を受けていたことが表面化してorz~☹ 2011年2月1日、経談屋会館で政界引退、新著出版、褒章受章の記念会が開かれ、ジユウミンス党総裁のタニガキ・サダカズやテプコ・アトミック・ワンダーランド会長のカツマタ・ツネヒサをはじめ、各界有力者が多数出席、悪だくみに余念のないカノーだったが、3月14日のフクシマ原発事故の数日後、運営していたすべてのホームページ閉鎖。3月31日に「カノウ・トキオ後援会」を、4月30日に「地球環境・エネルギー総合研究所」を解散。スイスイ・スーダララッター・スタコラサッサーサーと雲隠れ中。

公然の秘密:ヅラ/描き眉
 
by enzo_morinari | 2013-09-20 14:12 | TEPCO ATOMIC WONDERL | Trackback | Comments(0)
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