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THE KWAIDAN IN 2013 SUMMER#1 西伊豆戸田村の怪#1

 
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 1974年7月20日土曜日の夜である。
 吾輩は高校1年生で、1学期の終業式をサボタージュして西伊豆の戸田村に来ていた。戸田村の漁港を天然の良港とするのに重要な役割りを果たしていた御浜岬の鈎状砂嘴をフィールドワークするためだ。翌日には神々がさんざめくといわれる大瀬崎をフィールドワークする予定になっていた。

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 地学の新米非常勤講師(ガンさん/「岩石」から吾輩が命名した。先頃、無事定年退職を果たしたが、それまでずっと「ガンさん」の愛称はイマジナシオンのない愚かな後輩どもによって脈々と受け継がれた)が戸田村の出身で、1学期の最初の授業で自己紹介がわりに戸田村の地学的地質的特質を話す中に「鈎状砂嘴/かぎじょう・さし」という言葉が出てきたのを吾輩は聞き逃さなかった。
 カギジョウサシ? なんだそりゃ? 聞いたこともないぞ。平凡社の大百科事典が愛読書であり、すでにして3回にわたって読破していた吾輩にとっては誇りに関わる問題だった。おかしい。俺様としたことが見逃したか。授業終了後、吾輩はガンさんに詰め寄った。
「カギジョウサシがみたいんだが」
「へ?」
「カギジョウサシだよ、カギジョウサシ!」
「ここにはないよ」
「なきゃ、持ってこいよ」
「持ってこられるもんじゃない」
「持ってこれないような厄介なものを授業中に口にすんなよ。まぎらわしい!」
「ひでえ!」
「ひどかねえよ!」
「どうしたらいい?」
「連れてけよ」
「戸田に?」
「うん」
「いいよ」
 ガンさんはあっさりOKした。
「でもよ、ガンさん。おれんち貧乏でカネねえんだ」
「いいよ。それは心配しなくていい。ところで、”ガンさん”って?」
「あんたのことだ」
「なにそれ?」
「あんたの得意分野は地学だろ? だから岩石のガンさんだ」
「ああ。なるほど」
「それに都合よくも、あんたの苗字は岩崎じゃねえかよ」
「あ。そういえばそうだ!」
「あんたの脳味噌はオガクズでできてんのか? それとも大谷石か?」
「うへへ。その両方」
「言ってやがらあ!」
 このようにして、こと地学にかかわることに関してはガンさんが吾輩の教師となり、文学思想哲学数学音楽美術ナンパ不良に関しては吾輩がガンさんの教師となった。吾輩は180cmになんなんとする大男の偉丈夫、ガンさんは160cmそこそこの小柄で痩せっぽちで気の弱そうな小男。しかも、吾輩はフケ顔、ガンさんはとっちゃん坊やヅラ。だれがみても吾輩のほうが歳上だった。実際、吾輩がガンさんを「あれやれこれやれ」と小間使いのように扱うことが職員会議で問題になったことは一度や二度ではなかった。そのたびにガンさんは「彼を調教しているのです。彼を調教できるのはこの学校には私しかいません」と弁明し、なおかつ吾輩を弁護してくれた(と、吾輩シンパの他の教師から教えられた)。

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 夏休み前日に吾輩はガンさんとともにガンさんの実家に来ていた。訝しがるガンさんの両親に、ガンさんは「都会の学校は田舎の学校とはちがうんだ。なんでも早い。夏休みも早く始まるんだ」とわけのわからぬ言説で答えた。
 コンビニなどない当時、ガンさんはビールとウィスキーを酒屋でこっそりと調達し、生きのいい地魚の刺身を山ほど漁港近くの食堂で調達して吾輩を夜の御浜岬に連れ出した。
「明日の夜、とても不思議なことが起こる。あす、7月20日は終戦直前、米軍機によって機銃掃射されて戸田の漁師が何人も死んだ日でもあるんだ。毎年、7月20日になるとその漁師たちの魂が戸田に帰ってくる」
 そう言って、ガンさんはドンブリになみなみとついだビールを音も立てずに飲みほした。人っ子一人いない御浜岬の小舟の浜の渚には寄せる波の音が幽かにするだけだった。(つづく)

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by enzo_morinari | 2013-07-15 23:32 | THE KWAIDAN | Trackback | Comments(0)
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