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GRIP GLITZ#6 東京ハードボイルド・ナイト#1

 
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東京の街に夜の帳が降りはじめるまで Havana Club をショットグラスにダブルで2杯分ある。

「ゆうべの仕事は久しぶりにきつかった。夜の新宿の雨は痛い。特にいやな仕事のあとの夜の新宿の雨は」

GRIP GLITZの言うとおりだ。新宿の雨は痛い。どれほど小さな雨粒であっても肌に突き刺さる。特に、息の根が停まったのを確認するために近づき、肌の美しい女の死顔をみたあとの新宿の雨は。新宿の雨が痛みを増したのはいつからだったか確認しておく必要がある。

GRIP GLITZは渋谷川沿いに新しくできた Havana Club のテラスでおそすぎる昼めしのテーブルについていた。世界のだれにも晩めしとは言わせない。GRIP GLITZが昼めしと言ったら昼めしだ。たとえマイルス・デイヴィスが世界の片隅で始まりも終りもないステップを踏みはじめる真夜中であってもだ。

昼めしはいつも決まっている。ピッツァが1枚だ。極上のサラミーノ・ディ・ブッファラと良心的なフィオル・ディ・ラッテの二種類のフォルマッジオが等分に領土を分け合っているスタジオーニのマルゲリータにイベリコ豚のプロシュートとバジルをたっぷりのせたピッツァ。メニューになければ作らせる。材料がなければ調達させる。制限時間は1時間だ。料理人に有無は言わせない。是非もない。そもそも、GRIP GLITZの生きる世界に有無も是非も存在しない。なにごとも学び、努力する姿勢が世界をよくする。

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きょうのGRIP GLITZの昼めしには手頃なドルチェがついている。まだ肝心のピッツァが焼き上がらないというのに、すでにドルチェはGRIP GLITZの前で神妙な面持ちで縮こまっている。その顔は遠目でもわかるほどに青ざめている。

「下衆外道がなんの用だ?」
「申し訳ございませんでした」
「謝罪するということはおれが謝罪を受け入れると高をくくったという了解でいいのか?」
「高などくくっておりません」
「で? さっさと用件を言えよ」
「用件はきちんと謝罪したいということです」
「謝罪? その謝罪とやらにはいくら元手がかかってるんだ?」

黙り込むドルチェ。

「命を差しだす覚悟はできてるんだろうな?」

さらに黙り込むドルチェ。息づかいが荒くなる。息づかいの荒いドルチェにはそうそうお目にかかれるものではない。ドルチェはたいていの場合、柔和で甘美で穏やかな表情をみせているものだ。だが、GRIP GLITZは足首の引き締まった美人には目がないが、それ以外、息づかいが荒かろうが柔和で甘美で穏やかであろうが、ガッバーナ婆さんの焼いたタルト・タタン以外の甘いものを口にはしないし、甘口のワインなどは憎んでさえいる。

「おれがおまえさんに言いたいことはただひとつだ。のたうちまわり、もがき苦しみ、むごたらしく死んでゆけ」

はらわたがよじれるほどいい香りを辺りに撒き散らすピッツァがやってきた。ドルチェは震えながら死刑台のエレベーターに乗った。明日の今頃には天国の扉を押しているか、さもなくば、地獄の釜を覗きこんでいるだろう。打ちひしがれたドルチェをGRIP GLITZはちらともみない。GRIP GLITZにとってはありふれた日常のひとこまにすぎないからだ。GRIP GLITZが水牛チーズのほうのピッツァをひと切れつまみ上げると同時に夜の帳が深々と降りてきた。GRIP GLITZはつぶやく。

「いい昼めしが人生を楽しく愉快にする。フィデル・カストロもくたばる前にそう言うはずだ」

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by enzo_morinari | 2013-07-15 04:40 | GRIP GLITZ | Trackback | Comments(0)
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