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I am No One#1 赤いスカーフをした緑色のカエルに恋した涙のワンサイデッド・ラヴ

 
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My Name is Ian Moone. I am No One. Ian Sqweegel Moone


どうやら恋しちゃったみたい。食欲がみるみるうちにおちていく。ごはんがまともにのどを通らない。わたしが恋した相手は小説家。会ったこともない。声を聴いたこともない。ネットで知ったひと。顔も声もわからない相手に恋をする? まさか!わかってる。そんなこと。でも……。

ネットで恋をするのは二度目の経験だった。わたしはそのひとのことをネットのブログを通じてしか知らなかった。プロフィールがとにかくすごくて、そこから推測するとかなりの人物か変人かイッチャッテルひとという印象。でもねえ、ネットは自己申告だから。どこまでがほんとかわからないし。はじめのうちはそう思ってやや斜にかまえて更新されるブログを読んでいた。小説っぽいのやエッセイ、哲学論文のようなのや社会派っぽいの、ちょっとドキドキして鳥肌がたっちゃうような怖いのやエトセトラエトセトラ。

わたしはそのひとのブログを最初から時間を追ってむさぼるように読んだ。読んでも読んでも追いつかない。なにしろ、そのひとのブログの更新のすさまじさときたら嵐のようだった。1日に3回も4回も。かなりの気分屋さん、気まぐれな性格のようで、コメントがついてもユーモアたっぷりにリコメントするかと思うと、次の日には無視、スルー、なしのつぶて。かと思うとシャープで気のきいた1行のコメントを返したり。ブログを読み、コメントを読むたびにどんどん魅かれていくわたし。こんなひとはいままでの人生で会ったことがないと思った。すくなくともわたしのまわりにはいなかった。

ネットでは過去に一人だけいた。わたしのネットの初恋のひと。でもだめだめ。ネットの世界、バーチャルの世界だけのことよ。実態はとんでもない悪人かもしれないし。そう自分に言い聞かせてはみるものの、そのひとにというかそのひとの文章や不思議な世界観や美意識にどんどん引き込まれていくわたし。大学院までいって英米文学をはじめとしてかなり文学書を読み漁ってきたわたしですらあいた口がふさがらないほどの世界をそのひとはほぼ毎日、めまぐるしいほどの数のキャラクターや世界を提示して作り上げていた。

もう読むのはやめよう。クリックしなければいいだけのことよ。しっかりしなさい! でもだめだった。気がつけばそのひとのブログのページを開いている自分がいた。コンピューターの前にいる時間が以前の倍以上になっていた。ダメだわ。完全にこれは恋の病よ。それもかなり重症の。

おもいきってメッセージを送ってみた。予想どおりなしのつぶて。メッセージを送って1週間後に返事がきた。あきらめかけていたときだった。詳しいメッセージの内容は書けないけど、文面からはとても誠実で紳士的でまじめな人柄が伝わってきた。メッセージの最後にはこう書かれていた。

手元に残っている古いものでよろしければ小生の著作を何冊かお送りします。ただし、決して住所、電話番号等の個人情報に類するものは小生宛に知らせないでください。お住まい直近の佐川急便かクロネコヤマトの営業所留めでお送りいたしますので、営業所がわかった時点で再度メッセージをください。

それとお願いですが、わたくしの著作がお手元にいってわたくしのことがあなたにあらかたわかってしまうわけですが、私の名前(筆名等)をネット等で口外されませんように。

わたくしのことがわかるブツをお送りすることにしたのは、あなたのプロフィールやメッセージやブログのテクストを読み、信頼できる方であると判断したからです。あなた以外の方からも同じようなお申し越しがかなりありますが、たいていはお断りしてきました。そのことでずいぶんとネットでも叩かれましたのでやや用心深くなっております。

小生はインターネットにおいて顔も名前も正体も素性も不明な者として、つまりはアノニマス・パースンとしてなににも縛られず、しがらみを慮ることもなく自由に表現をしていきたいと考えている者です。書物・書籍を通じての表現はもううんざりなのです。そのあたりをどうぞ御理解いただきますように。


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わたしはすぐにすべて了解であるという旨のメッセージとネットで調べて近くのクロネコヤマトの営業所名をコピペして送った。

翌日、とても丁寧でセンスのいいラッピングがされた本がクロネコヤマトの営業所に届いた。はやる気持ちをおさえて包みをあけた。著者名をみてわたしは驚きでその場にへたりこんでしまった。

わたしが中学生のころから愛読していた小説家だった。しかも、すべてに署名がしてある。さっそくお礼のメッセージを送ろうと思ってそのひとのブログを開くと、そこには日本を離れ、外国に移住する内容のことがユーモアとエスプリとウィットがちりばめられた文章と画像で記されていた。しかも、日付は2037年と2036年の4月1日。

エイプリルフール。未来のエイプリルフールからのメッセージ。胸をなでおろした。よかった。こころの底から安心した。と思ったのも束の間、そのひとは7月1日、本当に日本を去ってしまった。しかも、心憎いほどの仕掛けがほどこされたブログを残して。

わたしは涙が止まらなかった。声をあげて泣いた。号泣。そのひとのあたたかさがダイレクトに伝わってきて。こんな経験は初めてだった。ネットにある文章でも動画でもおもしろいとは思っても、号泣することなどありえない。日本にインターネットがやってきたときからネットをやってきたわたしがだ。ネットの裏表、酸いも甘いも知っているわたしがだ。

わたしの片思いの相手は遠く去ってしまった。会いたい。会って話がしたい。声を聴くだけでもいい。でも無理よね。あのひとはだれとも会わないと書いていたし。会えば夢が現実になってしまう。これほどつまらないことはないとも書いていた。たしかに。そのとおりだわ。なんでもお見通しなのね。大センセイ。と妙に納得していたきょうの昼過ぎ、そのひとからメッセージがきた。「あなたに驚くべきことを教えます」とそのメッセージは始まっていた。そこには……。

いまから20年近くも前に、当時大学生だったわたしがよくやっていたチャット・ルームのことが独特のユーモアとエスプリと知的な香りのする文章で書いてあった。そして、なんと!

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あなたはBEKKOAMEチャットではペペロンチーノ・ガールというハンドル・ネームでチャットをされてましたよね?そのとき、赤いスカーフをした緑色のカエルのキャラで、アルカエルというハンドルネームの人物とチャットをしたのをおぼえていらっしゃいますか?

おぼえているどころの騒ぎではなかった。わたしがネットで初めて恋をしてしまった相手がアルカエルだったんだから!

アルカエルさんは当時のBEKKOAMEチャットでは一番の人気者だった。アルカエルさんがいるチャット・ルームはすぐに満室になった。だれもがアルカエルさんとチャットしたがった。とにかくチャットの内容がユーモアたっぷりで知的でスピード感があって気がきいていた。チャット仲間のだれもがアルカエルさんの虜になっていた。とにかく謎と不思議に満ちていた。だけど、アルカエルさんはけっして正体をあかさなかった。

いくら誘ってもオフ会には絶対に参加しない。メアドも電話番号も教えない。「吾輩はアノニマスに生きるのである!」というのが口ぐせだった。

いまから思えば20歳そこそこであるメジャーの文学賞をとって、当時はすでにプロの作家だったのだ。そりゃ、チャットでおもしろいのも納得できるわね。なにしろ知的なレベルとセンスがけたはずれだった。

文学、哲学、法律、語学、歴史、音楽、美術、政治、食、スポーツ、アウトドア、植物、動物etcetc. 百科事典みたいだとわたしは思った。しかも、そこにちゃんとオリジナルの解釈とストーリーがあった。どんな些細なことからでも物語を作り上げてチャットしてくれた。そりゃね。東大だもんね。しかも法学部。しょせんあたまのできがちがうわよ。私大文系とは……。もちろん当時はそんなこと知らなかったけど。

チャットの語り口はとにかくスマートでクールだった。「伝説の謎のネチズン」としてインターネット関係の雑誌に取り上げられたこともある。村上春樹ではないかというまことしやかな噂も立った。そして、ある日突然、アルカエルは消えた。

当時はまだインターネットの回線環境もコンピューターの性能もよくなかったし、サイトといっても数は少なくて、いまのように百花繚乱の世界ではなかった。インターネットといってもまだまだ狭かった。そのうち、アルカエルさんともネットで再会できると思っていたが、それはおおきなまちがいだった。アルカエルは完璧に消えた。ちりひとつ残さずに。あれはまぼろしだったのではないかと思えるくらいに。

アルカエルさんが消えて半年くらいはアルカエルの消息のことでBEKKOAMEチャットはもちきりだった。いまほどではないけれど、ネットは足がはやい。すぐに忘れる。忘れられる。にもかかわらずアルカエルさんが忘れられることはなかった。半年もだ。これは驚異的と言っていいことだったな。

メッセージを読んでいる最中に立ち上げていたスカイプにコールがあった。IDはalcael。もう! わたしは泣き出しそうだった。

「わたくしがあのときのカエルです」
「アルカエルさん!」
「はい」
「信じられません」
「わたくしもです」
「わたしがペペロンチーノだってなぜわかったんですか?」
「文体。リズム。句読点のくせ。修飾語の用法。目線。眼差し。吾輩は筋金入りの言語表現者ですよ。お忘れなきよう」
「スカイプのIDはどうして?」
「手持ちの情報、過去のBEKKOAMEチャットでのあなたの発言や現在のプロフィール、ブログ。それらからいくつかのIDを推定しました。3回目のコールでビンゴです」


まいりましたよ。赤いスカーフをした緑色のカエルさん。アルカエルさんにはやっぱり勝てません。今も昔もこれからも。「お会いしたいな」とタイプしたけど、「送信」ボタンは押さなかった。帰ってくる答えはわかっていたから。

あーあ。それにしても、アイ・ゴー・クレイジーだわ。こんなときに100パーセントかなうはずのない恋をしちゃうなんて。しかもおなじ相手に二度も。涙のワンサイデッド・ラヴね。今夜はひとりでヤケ酒よ。

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by enzo_morinari | 2013-07-03 08:08 | I am no one. | Trackback | Comments(2)
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Commented by _kyo_kyo at 2013-07-03 10:24
この話良いですね。
ありそうで、なさそうで、ありそうな、現代のおとぎ話、
といった感じでしょうか。

こんなロマンチックな出会いなら、まんざらネットも悪くない、
なんて、ネットも無かった若かりし頃の自分を顧みながら読ませて頂きました^^
Commented by enzo_morinari at 2013-07-13 00:54
_kyo_kyoさん、猫にこんばんは&牛に善人なおもて。

ネットを遊びたおしちゃうというようなところでやれば、まんざら悪くない水平線がみえてくるかもしれませんね。
「臆病姑息小児病」と「おべんちゃらきれいごとおべっかおためごかし」がなくなれば、ネットはもっとときめいて、おもしろくなると思うんですがね。
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