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ジョナサン・リヴィングストン・シーガル氏の無謀なる賭け#2

 
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光は光に集まり、闇は闇に集う。 AU-GUST


鏡をのぞく。疲れた初老の男の貌。無精髭。落ち窪んだ眼窩。肌に艶はない。くすんでいる。白眼は黄色みを帯びて濁っている。眼にはひとかけらの力もない。頭髪の半分は白い。

「なんてざまだ」

おもわず口をつく。鏡の中の男も同時におなじことを言った。

「生きた屍だな」

鏡の中の男が言った。同時に私もおなじことを言っていた。

「旅に出ろ」

また鏡の中の男の口が動いた。私もだ。

「旅に出ろ。まだ間に合う」
「どこへ?」
「どこへだけではない。”いつ、どこへ?”だ」
「いつ、どこへ?」
「40年前の海辺の街へだ」

40年前の海辺の街? いまから?

「そうだ。いますぐだ」

青い翼が私の意志とは関係なく動きだす。痛みはない。こわばった感覚もない。軽快でさえある。羽ばたきを試みる。二度。三度。四度。五度。動く。ちゃんと羽ばたいている。さらに羽ばたきに力をこめる。体がその時を待ちかねていたように浮き上がる。

「飛びあがれ! そして、翔びつづけるんだ!」

雲ひとつない5月の空を飛翔しながら、それまで私を縛りつけていた記憶や思い出や憎悪や怒りや悲しみが消えていくのがはっきりとわかった。飛翔する速度を上げれば上げただけ、「過去の消去」も加速した。

すべてを消去しおえたとき、海辺の街の切り立った断崖が見えた。私は旋回しながら、ゆっくりと降下していった。そして、断崖に降り立った。全身に力が漲っている。孤独で明晰な長距離走者のように、スミス少年のように研ぎ澄まされた15歳の私の眼に大柄な男の屈強そうな姿が飛び込んできた。ジョナサン・リヴィングストン・シーガルだった。ジョナサン・リヴィングストン・シーガルは断崖の縁に立ち、身じろぎもせずに紺碧の海をみつめていた。
 
by enzo_morinari | 2013-06-05 12:16 | JLS氏の無謀なる賭け | Trackback | Comments(0)
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