「夏がはじまるまでにエンゾ・マイオルカ・モリナーリの背中を持ってこい」とウォーレン・オーツ似の大ボスが怒鳴った。雷が1ダースほどもまとめて落ちたような声だった。小ボスどもは一斉に縮みあがった。もちろん、俺もだ。なぜなら、俺がエンゾ・マイオルカ・モリナーリ本人だからだ。だが、この街の連中は誰一人として俺がエンゾ・マイオルカ・モリナーリだとは知らない。
「エンゾの背中の肉をひとかけらでも俺の眼の前に持ってきた奴には100万ブッサリーノくれてやる。キャッシュでな。いいか? キャッシュでだ。ただし、肉は腐っていてはいかんぞ。なにせ、俺はエンゾ・マイオルカ・モリナーリの背中の肉を食わなきゃならんのだからな」
大ボスは言い終えるとテーブルのシャトー・ムートン・ロッチルドの1958年を大ぶりのグラスになみなみと注ぎ、あかりにしばし透かしたあと、喉をゆっくりと動かしながら飲みほした。口の端からこぼれたワインは俺の血のように思えた。背中がぐきりと痛んだ。夏がはじまるのは2週間後だ。