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トリトンは海に帰り、クルトンはスープに浮かぶ

 
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クルトンはいかにしてスープに浮かぶようになったか?


第三のしるしを持つ者・トリトンは青きオケアノスの海に帰還し、ポセイドンはオリュンポス山頂で愛人メドゥーサのために大地を揺るがしながら濃厚な塩味=一撃必殺のトライデントミサイル・ソースを仕込み、クルトンは「貧者のスープ」あるいは「良妻のスープ」の上に浮かび、ライ麦畑と燕麦畑のあいだにある貧しく清く美しき者たちのための「かたい黒パンでできた食卓」にならぶ。

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クルトンの語源はクルートCroûte. パンの外周外縁部の焼けてかたくなった部分を意味する。ちぎられてスープに入れられていたパンの痕跡がクルトンであり、これは地味悪く痩せて寒冷な土地から日々の糧をえていた人々の貧しくつつましやかな暮らしの名残りとみることもできる。彼らの土地では小麦は栽培に適しておらず、ライ麦や燕麦が彼らのいのちと暮らしを支えた。ライ麦や燕麦からなる「かたく黒いパン」がヨーロッパの庶民が食べた本来のパンの姿である。

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スープは元々は食べ物である。飲み物ではない。スープは「飲む Drink/Boire/Beber/Bere/Trinken」とは言わず、「食べる Eat/Manger/Comer/Mangiare/Essen」と言う。サパー SUPPER(軽めの夕食)とスープ SOUPは同じ語源を持つ。スープこそがヨーロッパにおける「庶民の日々の食事」の玉座を占めている。CUISINE FRANÇAIS も CUCINA ITALIANA もすべてひとすくいのスープから誕生したのだ。

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家長が黒くかたいパンを切りわけ、食卓についた家族に配る。主菜はハムやソーセージ、ベーコンなどと野菜類をやわらかく煮込んだ鍋ものだ。めいめいの前に置かれた小さくちぎられたパンの入った皿にスープがそそがれる。彼らはライ麦や燕麦でできた「黒くかたいパン」がふやけてやわらかくなるのをしばし待つ。このとき、食卓にはその日の出来事や過ぎた日の思い出や明日の糧のことが話題にのぼったかもしれない。

飢饉。種蒔きや収穫の時期。天気天候。神への祈り。シンプルな祈り。自然の恵みへの感謝。不安もよぎっただろう。長く病いに苦しむ者もいただろう。飢えに怯えもしただろう。食卓にのぼる粗末でつつましい糧。ひときれの「黒くかたいパン」もひとすくいのスープも、すべて彼らの日々の労働と勤勉と倹約と不安と自然がもたらした恵みから生まれたものだ。彼らには日々をただ生き延びることのほかにはなにもない。

黒くかたいパンが汁気を含んでほどよくやわらかくなった頃、彼らのつつましやかな夕餉ははじまる。パンとスープと祈りと家族と食卓と静かな夜。「オサレなランチ」とも「豪勢なディナー」とも遠く離れて、なんとつつましく美しく心温まる風景であることか。グロテスクなエゴイズムに蝕まれた者と恥知らずがこのパンの滋味とスープのあたたかさと貧しき者たちの囲む食卓の慈しみを理解することは永遠にあるまい。


遠い東北の地の人々にもそのような食卓がいつもともにありますように。
 
by enzo_morinari | 2013-03-11 14:35 | 超越論的美食学 | Trackback | Comments(2)
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Commented by usediromawihsataw at 2013-03-12 15:50
食卓にスープとパンと
家族と笑いと会話があれば
満腹になりますね♪

スープの黄緑色が食欲をそそります♪

最近観たDVD「ブリューゲルの動く絵」の
食卓にも大きなパンとスープがありました
これがヨーロッパの歴史なんですね♪
Commented by enzo_morinari at 2013-03-13 07:08
ヨーロッパの歴史。本当にそのとおりだと思いますね。政治も文化も経済もすべてはひとすくいのスープとひときれのパンから始まる。フランス革命の端緒は「パンの値上げ」ですからね。原発やエクサン・プロバンス地方のことやアフリカにおける権益にかかわることでフランスには山ほどの問題課題がありますが、それでも現代人が直面し、抱えている「基本問題」を解くための鍵があるとわたくしは考えています。国土の7割が農地であるということ。「食」が文化にまでなり、その質を維持しつづけているということ。わたくしは近い将来、上っ調子ではない「フランス・ブーム」が世界的にやってくると思います。それは「ヨーロッパ・ブーム」でもあるわけですけどもね。
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