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「なんとなく、そっと、すこしだけしあわせ」なキセキ

 
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 はっきり言ってしまうが、この退屈で狡猾で冷酷で非情で気まぐれで言い訳がましくて腐った世界に「奇跡」などない。メディアやお調子者やおっちょこちょいにだまされてはいけない。しかし、「キセキ」はある。それも、数えきれないほどたくさん。

 ステキな笑顔というキセキ。
 届くはずのない思いが届くキセキ。
「小さなコビトの大きな世界」のキセキ。
 満天の星を眺めることのできるキセキ。
 そばにいてくれるだけで気持ちいいキセキ。
 場所も時間も超えてつながっているキセキ。
 かなうはずのない夢や願いがかなうキセキ。
 安曇野の峻烈で明晰な空気を吸えるキセキ。
 世田谷の穏やかで気持ちのいい風と光に包まれるキセキ。
 天河の社で弁財天の言祝ぎの調べを聴くことのできるキセキ。
 棚から牡丹餅の落ちる音に万象のかそけき気配を読みとるキセキ。
「地中海の感傷」のオレンジ色のピエな夢をみることのできるキセキ。
 エアオキルと新ワラシベ・システムに夢中のモンクさんを眺めるキセキ。
 においをかいだだけで、ひと口食べただけでしあわせにしてくれるキセキ。
 そして、
「なんとなく、そっと、すこしだけしあわせ」であるということのキセキ。

 ゆうべ、『グランド・ホテル』をみながら虹子と深々と飲酒した。1本898円のジム・ビームで。ひとかけらのチーズと、前の日の食べ残しのかたくなったバゲットと、ガルボのミニと、キャベツとニンジンと鶏のササミのサラダで。おいしかった。ジム・ビームもチーズもバゲットもグレタ・ガルボォもサラダも。間に合わなかったアタチュルクとはちょっとちがう淡い代赭色の「オレンジ・マカロン」も。

 この23年間の虹子とのジェットコースター・デイズを思い、胸に迫るものがあり、いまたしかに生きているということのキセキに心がふるえ、そして、すこしだけしょっぱいダイアモンドが出た。虹子をみたら、虹子もまぶしいくらいのダイアモンドを3粒こぼしていた。まことにいい冬の夜だった。蜜が「きょう、あなたの夢をみた。とてもステキな笑顔だった」と歌っていた。

 さあ、きょうもおいしくてすこやかでたのしいごはんを食べよう。


 蜜 『初恋かぷせる』
 
by enzo_morinari | 2013-02-21 04:21 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(3)
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Commented by robirobi0807 at 2013-02-21 20:06
Miracle that can breathe in severe, clear air of Azumino
キセキの中に生かされていることに乾杯
そして 感謝
Commented by もりぞう at 2013-02-21 20:55 x
100年前なら・・・
見たことも、聞いたことも、行ったこともない世界は
永遠に知ることができないが
今なら知ることができる
100年前なら・・・
会ったことも、食事したことも、遊んだこともない人とは
永遠に語り合えないが
今なら語り合えることができる
100年前なら・・・
知らない世界や出遭えない人たちにも
今なら知り得るし出遭える
100年後なら・・・
今の世界は何処にもないし
今の人たちは何処にもいない
そして今の自分はない
今、今、今、この場所と時間に
自分が存在している事を
キセキと呼ぼう
キセキは人の数だけあるのかも


・・・なんて思ったりもします。
Commented by enzo_morinari at 2013-02-22 08:50
100年。センチュリー。「100年」という物差しは重要だと思うんですね。
100年後、安曇野も舎人公園も世界すらもどうなっているかわからない。
安曇野も舎人公園も世界すらもない地平からものごとを逆視してみる。
そうすることでわかることもあるし、絶望しちゃうこともある。その「逆視」
に耐えるものこそが「キセキ」なのかもしれないというところですね。
わたくしはその「キセキ」をあえて、「希望」と呼びたいと思います。
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