耳のうしろに不思議な力を持つ石を挟む男と青空の月と緑色のターコイズホピの長老
耳のうしろに不思議な力を持つ石を挟む男は赤茶けた岩に座ってしきりにいくつも渦巻き模様のある巨大なグリーン・ターコイズをこすりながら言った。
「おまえがいったい何者なのか、生まれてから今まで何をしてきたのかに興味はない。興味があるのは、おまえがわたしと”炎の中心”に立って尻込みしない男かどうかだけだ」
私は言葉もなかった。長老はつづけた。
「いついかなるときにも質素な身なりをして、何者にも腕をつかませず、自分のための物は持つな。つねに弱き者を助け、貧しき者に分け与える者であれ」
私は涙が止まらなかった。見ると、長老も泣いている。私の視線と長老の視線が音を立ててぶつかり合い、翡翠色の火花を散らした。まわりにいたホピの若者たちがバネ仕掛けのおもちゃのような動きで一斉に跳びのいた。
「おまえの涙はなんの涙だ? だれのために流している涙だ?」
「よろこびの涙です」
「よろこびの涙は自分のための涙だ。これからは一滴たりとも自分のための涙を流してはいけない。そして、自分以外の者のために泣け。いいな?」
「わかりました」
私のうしろにうずくまって息をひそめていた虹のコヨーテが立ち上がり、長老の座っている赤茶けた岩に駆け上がった。そして、真っ青な空の中心にある月に向かってそれまでに耳にしたこともない美しく強く悲しげな遠吠えをした。長老とホピの人々も虹のコヨーテとおなじように天空の月に向かって声をあげた。カルネギア・ギガンテアとサボテンミソサザイと石をみつめる少女も。そして、私も。
ホカ・ヘイ! ヤタ・ヘイ! アヒェヒェ!