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あんた/カスどもはすっこんでろよ。

 松がとれたそばからわけのわからぬポンコツ議論をふっかけてきたホスト名 dentsu.co.jp のボンクラ2名に捧ぐ。(おまいら、畔柳のお先棒でも担いでるのか? どう足掻こうがそれじゃあ元は取れねえぞ。元を取るどころか色々のことを棒に振っちまうぜ。畔柳が胴元じゃあな。その腹を括っているのなら正面突破でくるこった。プププ。)

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「泣くな」といつかの吾輩。
「無理だ」といつかの吾輩。

「いい女はいるよな?」といつかの偉そうな吾輩。
「うん。いる。どこかに」といつかの若き吾輩。
「問題は」
「問題は」
「快楽の遠き近き呼び声に勝てるかどうかだ」
「あまり、いや、まったく自信がないな」
「それでいい」
「それでいいの?」
「それでいいが、いつかみずから気づくときがくる」
「わかった。信じるよ」
「オーケイ。いい子だ」と胸を撫で下ろす吾輩。


 いた。戦友の虹子だ。23年間、ずっとすぐそば、ビタ一文にもならないことをわかっていながら頬笑みさえ浮かべて猛烈苛酷な炎の中心に立ちつづけた、真冬の、水曜の午後の野毛山動物園の海獣のブースの前でアシカとアザラシとオットセイの区別がつかなくて目をまわした虹子こそがだ。
「炎と恐怖はおなじですのよ。どちらも、すべてを焼きつくして跡形もなくしてしまうこともあるし、偉業を成しとげる力にもなるんです。恐れろ。そして、炎の中心に立て。そういうことです」
 1990年の春の日の夕暮れ、花見の三段お重を誂えながら虹子はこともなげにそう言った。鼻歌の『未来予想図』は相も変わらずひどかったのではあるが。吾輩の調子っぱずれの『仰げば尊し』と『あんた』と『The Köln Concert Part 1』と『プレリュードとフーガ ハ長調 BWV870』を聴いて号泣する女ではあったが。こういう女を「いい女」というのだと吾輩は思った。
 吾輩は「快楽」を探求するための共同者としてのおねいちゃんどもを大いに愛でるが戦友は裏切らない。ましかばまし、虹子は泣く。おねいちゃんどもだってラ抜き鳥肌言葉ではあっても勿論泣く。吾輩もナ行変格活用当然泣く。三方一両日泣く泣く泣くである。まったくもってけっこうなことだ。ことほど左様な次第のただ中に吾輩はあるので、カスどもは物静かにすっこんでいろ。畔公にもそう伝えておくがいい。ヤフオクでフェチもの物色しているネタはしこたま上がってるとな。「こども」でいられることを満喫している吾輩を怒らせないほうがいいとな。さもなくば、「愛の言葉」もなく、手加減も容赦もなくブルドーザーするとな。


 
by enzo_morinari | 2013-01-09 22:00 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)
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