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『アメリカの鱒釣り』の死 #4

 
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そんなわけで、ヨシノさんと知り合ったのは『アメリカの鱒釣り』が69回目の死を迎えようとしているときだった。その日は水曜日で、雲ひとつないしみるような青空が広がっていた。空を見つめていると、そこに突然大きな裂け目ができて大きくて柔らかそうな手が現われるような気がした。3月の初めの空気はとても冷たくて、息をすると胸が少し痛んだ。

私は神宮外苑の青山通りから12本目の銀杏の木の下のベンチに座り、69回目の『アメリカの鱒釣り』を読んでいた。しみるような青い空と冷たい空気と銀杏の木と『アメリカの鱒釣り』。それは悪くない取り合わせだった。悪くないどころか、東京中のレストランの「本日のおすすめ」を合わせたよりもずっと良心的で、真摯だった。

ヨシノさんは青山通りから13本目の銀杏の木の下に三脚を立て、身動きひとつせずにファインダーを覗き込んでいた。私がヨシノさんに気づいてから1時間は経っていたが、ヨシノさんはそのあいだ1度もシャッターを押さなかった。私はヨシノさんと東京の3月の空と『アメリカの鱒釣り』の表紙を順番に3回ずつ眺めた。

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「冷えますね」

4回目に空を眺めようとしたとき、ファインダーを覗き込んだままヨシノさんが言った。私は気の利いた返事のひとつもしたかったが、これといった言葉が思い浮かばなかった。「冷えますね」と私は答えた。実に間の抜けた答えだった。『トムとジェリー』に出てくるペンキ塗りみたいに間が抜けている。

「なんでシャッターを押さないのかって思うでしょう?」

ヨシノさんは道路を隔てた青山通りから7本目あたりの銀杏の木にカメラを向けて言った。なんでシャッターを押さないんだろう? 私はそのとき初めてそう思った。返事をするかわりにダッフル・コートのポケットからラッキー・ストライクを出して火をつけた。ヨシノさんは私の返事を待っているようだったが、私は言うべきことが思いつかなかった。

「無駄だからですよ」
「無駄」と私は言った。
「フィルムが入ってないんです」とヨシノさんが言った。

ヨシノさんはファインダーからやっと眼を離し、三脚をたたんで私の方へ歩いてきた。ヨシノさんはニット帽を耳が隠れるほど深くかぶり、オレンジ色のダウン・ジャケットを着ていた。ダウン・ジャケットはワンサイズ大きいように思えた。ベージュのコーデュロイ・パンツは膝が出ていて、ワラビーブーツはおそろしく型が崩れていた。色白で端正な顔立ちだった。髪は赤茶で瞳には薄いブルーがかかっている。ヨシノさんは北の国の川をゆったりと泳ぐアラスカ鱒を思わせた。

「座ってもいいですか?」とヨシノさんは言った。
「どうぞ」と私は答えた。

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ヨシノさんはベンチに三脚を立てかけ、私の隣りに座った。ヨシノさんはジェフリー・ビーンズのグレイ・フランネルの匂いがした。それは私が使っているのとおなじフレグランスだった。

「飲まれますか?」

ヨシノさんは唐突に言った。息に酒の甘い匂いが混じっている。ヨシノさんはヒップ・ポケットから銀製のボトルを抜き出し、親指の腹でキャップを勢いよく回転させて開けた。そして、喉を鳴らして飲み、ボトルを私に差し出した。私はそれを受け取り、舌の先で味を探ってから飲んだ。マイヤーズ・ラムだった。

「フィルムが入ってないんですよ」とヨシノさんはもう一度言った。それから大きな溜息をひとつついた。ラムの甘い香りがこぼれてくる。

「入れないと言ったほうが正確だけど」
「フィルムを入れない特別な理由でもおありなんですか?」

「私はね、写真を撮るためにここに来てるんじゃないんですよ。銀杏の木を見るためにここへ来てるんです」
「銀杏の木を見るためにここへ来る」と私は言った。
「シャッターを押しながらいつも思うんだ。早くシャッターを押さずにすむ日が来ないかなって」

シャッターを押さなければならない日とシャッターを押さずにすむ日とのちがいを考えてみたがよくわからないので、もうそれ以上考えるのはやめた。

私とヨシノさんの共通点はグレイ・フランネルを使っていることとアルコホリックであるということの二点だった。私とヨシノさんのあいだにちょっとした沈黙が降りたとき、携帯電話が鳴った。ディスプレイには「番号非通知」の文字が浮かんでいた。「私が真の大衆です」と電話の男は言った。電話口の向こう側には夕暮れの雑踏のような色々な音がした。「大衆」と私は思った。「大衆」はいま・どこで・なにをしているのだろうとも考えた。「いまからそちらへ向かいます」と男は言い、電話は切れた。まさか白のカローラで来ることはあるまいと思っていたら、その男は本当に白のカローラでやってきた。

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男は車を降りるなり、1978年9月号の『宝島』を正確に50冊、私の前に積み上げた。一冊ずつ甲高い声でカウントしながら。そのあいだ、ヨシノさんは男にずっとレンズを向けつづけ、「視えない自由。視えない自由」と呟きながら取り憑かれたような表情でシャッターを押しつづけた。

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男が去り、ヨシノさんは再び銀杏の木にカメラを向け、私は雲ひとつない3月の東京の空を眺めた。そのようにして、夕暮れが過ぎ、闇が訪れ、朝が来た。

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ヨシノさんと表参道の交差点で別れたあと、私は夜明けの青山通りを歩きつづけた。人通りはなく、車の往来も少なかった。ブルックス・ブラザースをすぎ、ベルコモンズをすぎ、伊藤忠のビルをすぎても何も考えられなかった。何も考えたくなかった。『アメリカの鱒釣り』が最期のときを迎えようとしているのがわかった。私は再び銀杏並木に戻った。

「もうすぐお別れだ」と『アメリカの鱒釣り』に言った。
「もうすぐお別れだ」と『アメリカの鱒釣り』は答えた。

私は青山通りから12本目の銀杏の木の下のベンチに座り、『アメリカの鱒釣り』のページを開いた。70回目の『アメリカの鱒釣り』、最後の『アメリカの鱒釣り』。私は1文字1文字ゆっくりと丁寧に読んだ。「、」で立ち止まり、「。」のたびに東京の3月の空を見上げた。『アメリカの鱒釣り』は最初から最後まで穏やかだった。ときどき、微笑むことさえあった。

「ありがとう。本当にありがとう」と『アメリカの鱒釣り』は感謝の言葉を述べた。
「こちらこそ。ありがとう」
「でも、いつかあんたはおれのことを忘れる」
「うん。そう思うよ。でも、いつかまた、思いだす」
「答えはみつかるかな?」
「いつか、必ず」

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奥付に目をとおし、私は静かに『アメリカの鱒釣り』を閉じた。そして、青山通りから12本目の銀杏の木の根方に『アメリカの鱒釣り』を埋めた。少しだけ涙が出た。ほんの少しだけ。青山1丁目の交差点で私は立ち止まり、ホンダのビルとツインタワービルを交互に見上げた。それから、ピンと張りつめた朝の空気を吸い込んだ。すると、青山通りは『アメリカの鱒釣り』のための清冽な川の流れに姿を変え、百万匹の鱒たちが黒ずんだ鰭を躍動させているのが見えた。私はその中へ、百万匹の鱒たちが跳ねる『アメリカの鱒釣り』のための清冽な流れの中へ、形のない境界のボートでゆっくりと、本当にゆっくりと漕ぎだしていった。

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by enzo_morinari | 2012-12-02 15:00 | 『アメリカの鱒釣り』の死 | Trackback | Comments(0)
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