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右岸散策、馴染みの古本屋、ブランクーシ、人間観察。

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昼餐後、セーヌ右岸を散策中に馴染みの古本屋でコンスタンティン・ブランクーシのカタログレゾネを買う。古本屋の店主は三代目。吾輩が懇意にしていたのは今の店主の父親だ。

三代目も父親に負けず劣らずの頑固一徹、偏屈無愛想を絵に描いたような人物である。お愛想ひとつ言えぬ不器用者。だが、その頑固一徹、不器用ぶりがその古本屋をして巴里一の古書店にしているというのが吾輩の考えだ。

軟弱や要領狡猾や風見鶏や提灯持ちや器用貧乏や迎合やおもねりや無節操が本物の一流になった試しはない。古今東西を問わずにである。店、会社、組織にかぎらず、人間も同様である。二流は二流にしかならないような道を歩いてきたのであり、三流は三流にしかならないような日々を生きてきたのである。

常連客にはエコール・ノルマル・シューペリウールやコレージュ・ド・フランスの教授たち、かつてはアンドレ・マルロー、J.P. サルトル、ロラン・バルト、ジョルジュ バタイユ、ミシェル・フコやジャック・デリダ、ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ、ルイ・アルチュセール、ジャック・ラカン、クロード・レヴィ=ストロース、フランソワーズ・サガン、アルベール・カミュ、ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォーといった人々がいた。「客が小粒になった」とは三代目店主の弁である。

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ブランクーシのカタログレゾネの中にいい感じのもの(友人のキクラデスの空飛ぶパン屋に見せたらまちがいなくヨダレを垂らして欲しがるはずだ)があったので「いつか手に入れてやるぜ」と誓う。

誰に誓ったのか? 宇宙を支配する巨大な意志の力にである。宇宙を支配する巨大な意志の力に誓いを立てればたいていのことは誓ったとおりになる。これまでもそうだったし、これからもだ。ただし、手に入れてもあの風変わりなギリシャ人、キクラデスの空飛ぶパン屋にだけは教えられないし、見せられない。そんなことをしようものならキクラデスはキクラデスの空飛ぶパンに乗って強奪しにくるからだ。妻を寝取られた韃靼人と物欲に目が眩んだ希臘人くらい手に負えないものはないのだ。

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ストゥーディオに帰還する道すがら安食堂とカフェに立ち寄り、ワインを飲み、クレーム・ブリュレを喰い、巴里の空の下をゆく善男善女を計測する。人間観察は吾輩の趣味のひとつだ。

身なり、持ち物、歩き方、表情、ちょっとした仕草。まさに千差万別である。それらを総合的に観察し、勘案することでその人物がいかなる人生を歩んできたかはほぼ特定しうる。のちに恋愛関係となったある女は吾輩の「人間観察」の対象者であったが、彼女が吾輩の手中に落ちたのは吾輩が彼女の人生の絵図縮図の悉くを正確に言い当てたからであった。

「あなたにはうそをつけないわね。おそろしくて」
「まあね。それでずいぶんとともだちを失ったよ」
「まあ」
「ひとつ、いやなことを言っていいかね?」
「ええ。いいわよ」
「きみはね、40歳前後にみずから命を絶つ」
「えええっ! どうして? 自殺する理由はなに?」
「男。そして、カネ。そして、うそ」
「気をつけるわ。いかにもありそうだから」

女はそう言って笑っていたが、吾輩は心の中で「気をつけたところで無駄だよ」とつぶやいた。そして、その女は8年後、本当に40歳になる年に西新宿の住友三角ビルから飛び降りた。自殺の動機は男の裏切りと男に背負わされた借金だった。いやなことを思い出してしまった。マダム・プレヌリュンヌに膝枕してもらいながらロストロポーヴィチの弾くJ.S. バッハ『無伴奏チェロ組曲』を聴くことにしよう。北風がやけに身にしみる。


by enzo_morinari | 2012-10-20 09:00 | 巴里で午睡 | Trackback | Comments(0)
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