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スーパー・アノマロカリスと暮らす/古生代カンブリア紀の海からの珍客

 
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現在、私は巨大なおもちゃ箱世界に生きている。もう50年になる。記憶によれば、巨大なおもちゃ箱世界は古生代カンブリア紀にすごくよく似ている。50年かけ、カンブリアン・ベイビーだった私は、いまやカンブリアン・ボーイとなった。あと100年もすればいっぱしのカンブリアン・マンになれるはずだ。

三葉虫食堂でカブトガニの甲羅干しの蒸し物を食べた夜、珍客があった。古生代カンブリア紀の海の王者、生態ピラミッドの最高次消費者であるアノマロカリスの超進化形スーパー・アノマロカリスだ。
 
# by enzo_morinari | 2019-10-21 00:05 | スーパー・アノマロカリスと暮らす | Trackback | Comments(0)

私はなりたい。/私は成田屋になりたい。

 
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私は成田屋になりたい。死刑囚にも死刑執行人にも大審問官にも納税拒否主義者にもエドソン・アランテス・ドナシメントにもアイルトン・セナ・ダ・シルバにもスサノオにもオッドアイにもオール・ブラックスにもピンポンダッシュにも非ローラマウントニーにもエゾシカにもイヨマンテにも高安犬にも甲斐犬にも紅豚にも白ナイルの青いヒポポタマスにもルイスウェイン・キャットにもシュレディンガー・キャットにもチェシャ猫にもミャースケネコにもリビアヤマネコにも虹のコヨーテにも黄金のカエルにも冬眠を忘れた熊にもウォンバット・コンバットにもカルネギア・ギガンテアにもサボテンミソサザイにもカワラヒワにもシーモンキーにもアルテミアにもアノマロカリスにもシーラカンスにもディプロケルキデスにも太刀魚にもタツノオトシゴにもファイティングニモにもアンモナイトにも王蟲にもオウム貝にもアンボイナガイにもCambrian Boyにもデボン紀の少年にもAdolescent and Young Adultsにもアリジゴクにもムシゴヤシにもカメムシにもスカラベにもエゾヤマガエルにも平家蟹にも源氏パイにもヤマホトトギスハル鰹にもミトコンドリアにもタンスニゴンにも縄文杉にも雪虫にも加藤ティーにも午後茶にもタソパックスタソポソにもアフターピルグリムファーザーにもフェニルメチルアミノプロパンにもアデノシン三リン酸にもメチル水銀化合物にもカドミウムにもPCBにもXYZマーダーズにもなりたい。

「問うてなんでもかんでも答えがえられると思ったら大きなまちがいだ」と成田山新勝寺のクソ坊主は言い、沙弥戒と具足戒を授けた。私は落飾し、『出家とその弟子』を焼き捨て、とても大きな屁をこいた。
 
# by enzo_morinari | 2019-10-20 17:45 | 私はなりたい。 | Trackback | Comments(0)

ペンフレンドは死刑囚/一家7人を惨殺した平行植物界の一隅にあるアノニマス・ガーデンの架空穴に棲むアリジゴク

 
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1980年から1981年にかけて。法学の徒として刑罰、特に死刑について学んでいた頃、ある死刑囚と文通した。手紙のやりとりは1年5ヶ月におよんだ。その死刑囚Fは不動産にからんだ揉め事から相手方を含めて一家7人を皆殺しにした。責任能力の有無を見きわめるため、精神科医や心理学者等の複数の専門家による綿密な精神鑑定が長期間にわたって行われたが、結果は「責任能力あり」だった。

最初のFの手紙は、私は現在、平行植物界の一隅にあるアノニマス・ガーデンに棲んでいますという書き出しで始まっていた。つづけて、私はアノニマス・ガーデンの架空穴に棲むアリジゴクですと。

Fの手紙の文章は明晰そのものだった。博識、博学。しかも、名文。そして、おどろくほどの達筆。手紙には毎回、Fの心象風景とおぼしきシュールな絵が添えられていた。絵には必ず風変わりで奇妙な植物が描かれていた。

「すべての植物の始祖」という但書きのついたモーゲントセニー・ウミヘラモに似た海藻の絵にはじまって、迷路状の葉脈を持つ「アリジゴク(Lablnhtiana Labirintia)」、瘤の幾何学紋様が幻視をもたらす「魔女の杖」、美しいシンメトリーを持つ「森の角砂糖バサミ」、全身にまだら模様のある「マダラトッキ」、月あかりの下でだけ姿を現す「ツキノヒカリバナ」、遠近法を拒絶する「フシギネ」、ネオテニー(幼形成熟)を目指す「ドリーム・バンブー(夢想竹)」、強い母性を持つ「Qカンブラ」等々…。

私はFにレオ・レオーニのイタリア語の原書の『La Botanica Parallela』と日本語訳の工作社版『平行植物』を送った。Fの返事は予想外の内容だった。

「平行植物」は架空の存在ではありません。「平行植物」は群れをなして確かに存在します。世界には「平行植物」が群生しています。世界は「平行植物」が支配していると言っても過言ではありません。「平行植物」は時空のあわいに棲み、私たちの知覚を退ける植物群です。「平行植物」は物理法則を無視した超現実性を備えているのです。まわりをよく見まわし、観察してみてください。多くの平行化現象に気づいて愕然とすることでしょう。平行植物たちは日々時々刻々と世界の平行化に邁進しているのです。(中略) 生憎、著者のレオ・レオーニのことは知りませんでしたし、『La Botanica Parallela』も初めて読みましたが、ペテン師が書いた偽書のたぐいでしょう。

Fとの文通は突然終わった。Fの死刑が執行されたからだ。Fが死に、Fとの文通は終わったが、いまもFは生きている。生きて、ライオンのように巨大で獰猛な口をあけて愚かな蟻どもが堕ちてくるのを待っている。平行植物界の一隅にあるアノニマス・ガーデンの架空穴で。そして、40年を経てFからの手紙が届いた。40年ぶりのFの手紙は次のように始まっていた。

平行植物界の一隅にあるアノニマス・ガーデンの架空穴と時空のあわいに棲むアリジゴクは何度でもよみがえります。
 
# by enzo_morinari | 2019-10-19 21:25 | ペンフレンドは死刑囚 | Trackback | Comments(0)

闇に満たされた宇宙を構築したもの/パンプキンスナフキンルタバガハロウィーンウィルオウィスプボーボラククビタアポーボビンナングァスクウォッシュジャカランターンの夜。

 
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おしゃべり悪魔、かく語りき。

世界に冠たるエステルライヒの理力を持つクメール・ルージュのカンプチャである私とは煮つけても似つかぬゲラゲラゲラゲラゲマインシャフトゲゼルシャフト

あがり症だった私に母親は言った。「自分以外の他者はすべてカボチャだと思いなさい」と。カボチャの馬車に乗り、ハロウィーンが来るたびに思いだす。私はその言いつけをいまも守っている。


パンプキンスナフキンルタバガハロウィーンウィルオウィスプボーボラククビタアポーボビンナングァスクウォッシュジャカランターンの夜。雨音にまぎれてやってきたのは見るもおぞましき九首田ペポ(ククビタ・ペポ/Cucurbita Pepo)だった。

「第42回物を知らない世界選手権」において、堂々の42連覇を果たした人物を大伯父に持つイタリア系日本人であるククビタ・ペポは彼の大伯父に負けず劣らず物を知らないことで下谷区入谷町イタリア橋界隈に知らぬ者のない元町チャーミング・セール級のマンドラゴラ・マンクーゾ・フクゾー野郎だが、ククビタ・ペポにどこにでもあるような、つまりは鎌倉駅前鳩サブレー屋の店頭や丸正四谷三丁目店の地下売場や日々の日課と趣味はイイネ押しとスマホ複数台使用によるアクセス数稼ぎ(「アクセス数」を上げてなにかメリットがあるのかね?「お裾分け」が増えるとか? プッ。)と善人純朴偽装、きれいごとおべんちゃらおべっかおためごかし、故障し、礼儀作法を弁えぬ日本国語の使用という大バカ愚劣退屈なカバンの中には「こざっぱりした大事なものだけが詰まっている」とみせかけて、その実、中身は空っぽな張りぼて野暮天である偽鎌倉夫人のポンコツボンクラヘッポコスカタンなガレージセールで見切り叩き売りにさらされるような、凡庸極まりもないズッキーニを指し示して、「まだ極秘中の極秘なんだが、これはNASAとTTC(Tom Tom Club)とで共同開発した新種のキューカンバン、きゅうりだ。食べて是非とも感想を聞かせて欲しい」と生でズッキーニを食べさせたところ、「これはマイウー! 昭和30年代に近くの畑の主、ダイコン女王さまが売りにきていたきゅうりとクリソツの濃厚な味がする!」と言った。

マサイの戦士に首を刈られ、モタイの婆さんに言い寄られ、サカイの引越し屋と焼肉屋の両方に2プラトンで騙されたさかい、ヤサイの神サマに罰せられるべきか? それとも、物知らず博士であるククビタ・ペポのタン、ベロ、舌、ベローチェを抜くべきか?「すぐに影響が出るものではない」というのは本当か?(いいえ、猪八戒枝野です。)

そして、僕らのダイコン女王さまはいまごろ、どこでどうしているのか? 僕らのダイコン女王さまが牽いていたガルウィング付きウィングカー・リアカーに制限速度はあったんだろうか? 僕らのヤリフリカチタメとやっちゃ場の符牒の存続のためにも、ガルガンチュワ パンタグリュエルの父親、大ガルガンチュアのとてもおそろしい生涯にかけて、どうか御協力をお願いいたします。/Machine-Gun Typewriterこと樽犬タルティーヌ

適確かつファニーかつファンキーなアンサーをしていただいた肩にはトクホンを100枚貼った上に、スマイリー小原マム自家薬籠栽培の新種ズッキーニをひと切れ喰わせてやりやがります。物静かに応募してくださいマンモスキートコーストピース。

マル秘
1973年のピンボール目の字下駄四谷ゴットリ六巻西南バンド崖道具チョン鰤三文即ダリチョンがレンブラント光線即ロンチョン室足番速球ニーチェ爆弾丸の一並びの三の死奴


Tom Tom Club - Wordy Rappinghood/おしゃべり魔女 トム・トム・クラブ (Wordy Rappinghood/1981)
 
# by enzo_morinari | 2019-10-18 22:39 | 闇に満たされた宇宙を構築したもの | Trackback | Comments(0)

昭和酒場と廃墟BAR/時盗師に時間と神聖4文字YVHVのあらかたを盗まれてωの悲劇とブーバ危機が宙返り世界に意味の解体をもたらした週の中日のことだった。

 
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時盗師に時間と神聖4文字YVHVのあらかたを盗まれてωの悲劇とブーバ危機が宙返り世界に意味の解体をもたらした週の中日。能記書記のアクロイド・アンドロイドとともに文字と表記の体系世界を1文字300メートルで疾走しつづけたせいで、かつて経験したことがないほど深い眠りに堕ちた。そして、ダシのにおいと地球がグラスの淵をまわる音に目覚め、BAR ドグラ・マグラのある荒野をめざした。道中、ドップラー効果で真っ暗になった。

BAR ドグラ・マグラは廃墟と化していた。虚無への供物を怠ったのが原因だった。倍音の殿堂、シーニュ黒死館に変わり果てたBAR ドグラ・マグラは沈黙の深淵の底で「カワンソケソオカ・カワンヤマソエ…カワンソケソオカ・カワンヤマソエ…カワンソケソオカ・カワンヤマソエ…」とつぶやき、最後に「…………ブウウ────────ンンン────────ンンンン……………。」と呻いて事切れた。昭和酒場の銀次から胃袋がよじれるほどダシのいいにおいがしてきた。銀次の女将の獰猛によじれる玉門のことがありありとよみがえった。
 
# by enzo_morinari | 2019-10-17 22:19 | 昭和酒場と廃墟BAR | Trackback | Comments(0)

黒い指輪/ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ殺人事件

 
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男は黒い指輪を嵌めていた。男の名はエリュアール・ラッスン・ゴリライ。ゴシック・フィクション作家である。ゴリライはこれから23の連続猟奇殺人を犯す。殺すのはすべて10歳以下のこどもだ。男女の別は問わない。そもそも、無性愛者のゴリライは性にいささかの関心もない。快楽への強烈な意志はあるが。ゴリライに快楽をもたらすのは年端もいかない者があげる断末魔の叫び声と苦悶の表情である。
 
# by enzo_morinari | 2019-10-16 23:50 | 黒い指輪 | Trackback | Comments(0)

宇宙の約束/月あかりの下で眠れ。大いなる緑とチェルシーの薔薇、あるいは永遠に翔羽を毟りとられる鳩とL'esprit de Liberté

 
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すべての夜。月あかりの下で眠れ。月の光を吸え。やがておまえは青く輝きはじめ、いつの日か月になる。それが宇宙の約束のひとつだ。


ピアノを弾き、歌い、グレープフルーツ・ムーンを見上げながらムーン・マンは思いだしていた。2度と取りもどすことのできない日々の出来事を。

2007年秋、ムーン・マンは六本木ヒルズけやき坂の麓で2人の若者と酒を酌み交わしていた。月が出ていたらよかったのだが、生憎、当日は雨模様の天気だった。ムーン・マンは急遽グレープフルーツをひとつ買い、週末のお祭りさわぎのような人々が行きかうけやき坂麓に向かった。3人そろったところでムーン・マンは厳かに宣言した。

「われわれは今夜、本物の月を見る。愛でる。これがそれだ」

ムーン・マンは若者のうちの1人、バラク・フセイン・オバマ似の演説青年、スミス少年が用意した段ボール箱の上にグレープフルーツを厳かに置いた。秋の霧のような雨を受けて大丸ピーコックで買った1個158円のグレープフルーツは豊潤にして芳醇馥郁として神々しく輝いた。3人は飲み、語り、酔いどれ、生涯にわたって変わることなき友情を誓った。道行く狂おしいような大衆どもは哀れみと偽装善人微笑を漂わせながら、うすっぺらきわまりもない週末の夜の東京の闇に消えていった。

ムーン・マンは思った。イマ、ココ。明日は知らぬ。昨日も知らぬ。このたったいま、この「きょうの日」を、我々は煩わしく疎ましく狭量なあらゆることどもには眼もくれず、おかまいもなしに、笑い、泣き、酔いどれ、そして、ときどきは思い出すんだろう。それでいい。それこそが、心ふるえる、何者にもなりかわりえない、何者にもゆずらぬ「おれの生」と知っているから。

ムーン・マンは2人の若者に言った。

また、いつか、どこかで。われらがグレープフルーツ・ムーンは「いつか」と「どこか」のいずれもに、あらわにあからさまに、鋭く深く確実に、そして、豊潤にして芳醇馥郁煌々と上がっている。グレープフルーツ・ムーンは高く遠く、静かに私たちを照らしている。見上げろ。

ムーン・マンの奏でる曲はGlenn Millerの”Moonlight Serenade”にかわった。クロージング・タイムまであと4時間36分。


Moonlight Sonata (Piano Sonata No.14 in C♯ minor : L. V. Beethoven)
Clair de Lune/月の光 (Suite Bergamasque 3rd Mov. C. Debussy/ベルガマスク組曲 第3曲 クロード・ドビュッシー)
Moonlight Serenade - Glenn Miller & His Orchestra (1941)
Mr. Moonlight - The Beatles (Beatles for Sale/1964)
Grapefruit Moon - Tom Waits (Closing Time/1973)
Drunk on the Moon - Tom Waits (The Heart of Saturday Night/1974)
 
# by enzo_morinari | 2019-10-15 23:48 | 宇宙の約束 | Trackback | Comments(0)

梟は暁月を目指して飛翔する。/贖われるロゴス、空蝉のミーム、洗われるクオリア。

 
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自分の影に殺されるのなんざ真っ平御免だ。

ネトウヨもバカパヨもハンニチもケンカンもアホマホもバカマサもクソルナもタナボボもダサザワもまとめてブットバース!

大日本帝國とナチスが同盟を結んでいたことすら知らない愚か者たわけ者は表参道のレストランでステキステキなおランチを喰ったことを鼻高々に吹聴する。当然、そのような輩の脳みそにはシワがないか、頭の中にはオガクズかオカラかオケラが詰まっている。

私はドビュッシーとラフマニノフを美しく弾くために生まれてきた男だ。人間の首を刎ねるために生まれてきたのではない。

自分の影に滅ぼされるな。そのためには、自分の犯した罪を忘れず、自分の犯した罪から目をそらさず、負の側面と対峙し、受けいれつづけなければならない。

彫像が立体として見えるためには影がなくてはならない。影がなければただの薄っぺらい幻想にすぎない。影のない光は本物の光ではない。どんなに高い壁を築いて侵入者が入ってこないようにしても、どんなにきびしく異端を排除しようとしても、どんなに自分の都合にいいように歴史を書き換えようとしても、自身を傷つけ、滅ぼす。影とともに生きることを辛抱強く学び、自分の内に棲む闇を注意深く観察しなければならない。ときには暗いトンネルの中でみずからのダークサイドと向き合わなければならない。そうしなければ、やがて自分の影はもっと巨大で強大になり、ある夜、自分の家のドアをノックするだろう。「帰ってきたよ」とささやき、薄気味の悪い笑顔を浮かべながら。Halkimbow Muulakaamy


息をのむほど暴力的な絵がかけられた部屋で贖われるロゴスにNational Geographic Magazineと雨月物語を交互に念入りに解読することを言いつけられた朝。空蝉のミームと69ablishの不道徳で不誠実でくそまずい紅茶(日東紅茶OEM)を飲んでいた。洗われるクオリアのやつめは自分の洗濯板のようなアバラ骨で胸にパウダー・ブルーのヤツメウナギがプリントされたTシャツをセッセーセーのセックルと洗っていた。ばかばかしいにもほどがある朝だった。うしろの百太郎尚樹の後頭部めがけて火焔土器(馬高A式1号深鉢土器)を力いっぱい投げつけ、『罰せられた放蕩者あるいはドン・ジョバンニ』の序曲をひととおり口笛で吹いてから、「うせろ! ネトウヨ・ヒステリーめ! ポンコツ歴史修正主義者め! 腰抜け腑抜け毛抜けファシストめ!」と怒鳴った。

さて、日系ウガンダ人のハルキンボ・ムラカーミは長いあいだノンポリをウリのひとつにしていたが、コーキ暦7102年2月24日、『キマグレ大サーカス団団長殺し』で歴史修正主義との対決、歴史修正主義の動きと物語という形で闘っていくことを宣言した。

「ブンガクに政治を持ちこむな!」というナイーブな街のナイーブな肉屋で売っているナイーブなロースハム好きのハルキンボ信者どもの抗議の声をよそに。経験のけの字も知らぬ甘ちゃんのハルキンボ信者どもはさぞや苦虫を噛みつぶしているだろうが手持ちの残り時間が少ないハルキンボ・ムラカーミは知ったこっちゃなかったろう。


Don Giovanni (A. Mozart) ópera completa subtitulada Claudio Abbado
 
# by enzo_morinari | 2019-10-14 22:09 | 梟は暁月を目指して飛翔する。 | Trackback | Comments(0)

フォルクスワーゲン・カルマンギヤ Type14から聴こえてきたメローなロスの週末

 
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「19歳の地図」を頼りに世界をうろつきまわっている最中だった。『なんとなく、クリスタル』はまだ世に出ていなかったが、ウェスト・コーストの薄っぺらで上げ底の波は確実に押し寄せていて、どいつもこいつもプルオーバーのBDシャツを着て、FARAHのホップサック・パンツを穿き、トップサイダーのデッキシューズを履いて浮かれ騒いでいた。

「ジョシダイセー」なる珍妙な生き物が「ウッソー」「ホントー」と雄叫びを上げながら我が物顔で街を闊歩しはじめたのもこの頃だ。今から思えば、あの頃から「終りの始まり」は始まっていたんだろう。「私のホテル・カリフォルニア問題」は2年目を迎えていた。うんざりした気分がずっとつづいていた。相変わらず七里ガ浜にはろくな波が立たず、強い南風が吹きつける七里ガ浜駐車場レフト・サイドだけが、唯一心の休まる場所だった。世界は心も魂も見失い、蝉の抜け殻のようにスカスカであるように思われた。あらゆることが腹立たしく、苛立たしく、だれかれかまわずに喧嘩をふっかけていた。多くの敗北と少しの勝利と戦略的撤退の日々。

そんな日々がつづいていたある春の盛りの日曜日の昼下がり。パウダーブルーの1955年式フォルクスワーゲン・カルマンギヤ Type14からジョージ・ベンソンの『Ode to a Kudu』が絶妙のタイミングと音量で聴こえてきた。

その『Ode to a Kudu』は聴き慣れた『Ode to a Kudu』ではなく、ライブ音源だった。ジョージ・ベンソンの代表作のうちの1枚である『Beyond The Blue Horizon』(1971)に収録されている『Ode to a Kudu』よりもはるかに成熟しているように感じられた。

しばらく聴き惚れているとフォルクスワーゲン・カルマンギヤ Type14の右のドアが開いて、目の玉が飛び出してしまいそうな美人が出てきた。のちに星と導きと夜との狭間にある大学通りを経て象牙海岸をいっしょにさまよい、『シャンペンと地動説』によって終りを告げた涙のワンサイデッド・ラヴの相手となる3歳年上の女の子だった。

いまでも『Weekend in L.A./メローなロスの週末』の『Ode to a Kudu』を聴くと胸のどこかしらが疼く。ライブ盤の『Ode to a Kudu』はまぎれもく名演だが、アルバム邦題の「メローなロスの週末」はあまりにもだ。いただけない。お粗末すぎる。いい週末も数少ないくすぐったいような恋の思い出も台無しである。

山下達郎のことやら吉田美奈子の心情やらソニー・ミュージックの三浦との混みいった顛末やらについても言いたいことは山ほどあるけれども、すべては時間の波間を漂う流れ木のように、あるいは岸辺で踏む足跡のつかない涙のステップのように跡形もなく消えた。それでいい。それでよかったんだ。

いまでは、当時の泥沼での肉弾戦のごときゴタゴタを知る者はいない。当事者ですらおぼえてはいないだろう。あるいは忘れたふりをしているかだ。そのことについてだれも文句は言えないし、だれも文句を言われる筋合いはない。すべてはなかったも同然だ。

時間というのはたいていの場合残酷だが、ある種の人々にとってはやさしくもある。救いでさえあることだってある。そんな風にしていろいろなことが過ぎていき、いろいろなことがなにもなかったように終わっていけばいい。ただし、「え? とっくに終わったことじゃなかったの?」と嘯く無神経な輩には口には出さないが猛烈な憤怒と憎悪と強蔑をおぼえていることをそこはかとなく表明しておくことにする。(この世界には都合よく THE END も FIN も用意されちゃいねえんだよ!)

カルマンギヤ・ガールとの別離の一件以来、正真正銘の金持ちも成り上がりの金持ちもきらいだ。「おまえたちが富を所有する分、おれの分け前が減るじゃねえか!」というのが言い分である。至極まっとうで的を射ていて健全で生産的でスピリチュアル・ユニティな考え方だ。そんなふうにしてきょうまで生きてきた。生きてきたことであった。ときに、だれにも気づかれないように涙のステップを踏んで。悔し涙やら嬉し涙やら悲し涙やら嘘涙やら強がり涙やらを2000トンくらい流して。おかげで、涙はいくら流してもいつか乾き、やがて涸れることを知った。

その後、カルマンギヤ・ガールからは一度だけ青いエアメールが届いた。雨で文字が滲んでいた。滲んでいたのは雨のせいだけではない。なんてマイ・フーリッシュハートな人生。私のかわりにだれか泣いてくれ。

いまではカルマンギヤ・ガールと足しげく通ったトップスのチョコレート・ケーキもカレーも食べない。彼女もそうだといい。そうあってほしい。

本当の気持ちを伝えても過ぎ去った季節や時間を取り戻せやしないことはわかってはいるが、彼女の住む街と私の住む街では冬はどちらが先に来るのかは毎年気になる。

彼女と最後に会ったときに着ていたオーバー・コートと彼女が誕生日にプレゼントしてくれたレジメンタル・タイはワードローブの奥深くで眠ったままだ。もはや目覚めることもあるまい。


Ode to a Kudu (Live) - George Benson


Weekend in L.A.
Released: April 29, 1978
Recorded: September 30-October 2, 1977
Genre: Jazz/Fusion-Guitar/R&B
Length: 67:36
Label: Warner Bros. Records
Producer: Tommy LiPuma

Track Listing
1. "Weekend in L.A." (George Benson)
2. "On Broadway" (Jerry Leiber, Barry Mann, Mike Stoller, Cynthia Weil)
3. "Down Here on the Ground" (Lalo Schifrin, Gale Garnett)
4. "California P. M." (George Benson)
5. "The Greatest Love of All" (Linda Creed, Michael Masser)
6. "It's All in the Game" (George Benson)
7. "Windsong" (George Benson)
8. "Ode to a Kudu" (George Benson)
9. "Lady Blue" (Leon Russell)
10. "We All Remember Wes" (Stevie Wonder)
11. "We As Love" (George Benson)

Personnel
George Benson - guitar, vocals
Jorge Dalto - piano
Ronnie Foster - synthesizer
Phil Upchurch - rhythm guitar
Ralph MacDonald - percussion
Stanley Banks - bass
Harvey Mason, Sr. - drums
Nick DeCaro - string synthesizer


附記
Beyond The Blue Horizon
Released: 1971
Recorded: February 2-3, 1971 (Van Gelder Studio, Englewood Cliffs)
Genre: Jazz/Fusion-Guitar
Label: CTI Records (CTI 6009)
Producer: Creed Taylor

Track listing
1. "So What" (Miles Davis)
2. "The Gentle Rain" (Luiz Bonfá, Matt Dubey)
3. "All Clear" (George Benson)
4. "Ode to a Kudu" (George Benson)
5. "Somewhere in the East" (George Benson)

Personnel
George Benson - guitar
Clarence Palmer - organ
Ron Carter - bass
Jack DeJohnette - drums
Michael Cameron, Albert Nicholson - percussion
Robert Honablue - engineering
 
# by enzo_morinari | 2019-10-13 22:43 | メローで少しだけディープなヨコスカの週末 | Trackback | Comments(0)

ゲンゴロウの言い分 推敲しまくれ。誤字脱字衍字は万死に値する。てにをは、句読法をまちがえるな。略すな。着地しろ。曖昧模糊にするな。文頭(話頭)に「なので、」を使うな。つまらぬ身辺雑記を書くな。

 
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おなじオサムシなのにテヅカオサムシばかりが有名になって、触覚をキンキラキンの金色に染めたテヅカオサムシの小倅までがなにを勘ちがいしやがったのかクリエイタースマシを気取っている。まったくもっておもしろくない。フナの死骸をチューチューしてもちっともうまくない。気のせいかもしれないが、泳ぎに滑らかさ、手弱女ぶり/益荒男ぶりがなくなっている。オナガミズスマシのチンケ野郎にまで笑われる始末だ。きのうなどは文無し宿無しのオケラの野郎ごときにタガメも喰わぬような軽口を叩かれ、からかわれたぜ。情けないかぎりだ。

言いたいこと、言い分は山ほどある。玉虫色をした節足動物門前に堆く積みあがった虫けらどものクソのように。だから、おれはきょうから源五郎をやめて言語郎だ。おなじ虫けらでも言葉の虫だ。言語の権化、言語の権佐、世界中どこでも、東へ西へ、上から下へ。国境の南だろうと太陽の西だろうと神出鬼没の言語のゴンザレス・チチリアーノだ。気が向いたら、ヨシモトリューメイチュウ直伝の下町べらんめえ調で、「ゲンゴロウにとって美とはなにか?」についてもいずれ言語化する。景気づけに、これからバナナの皮を喰うことにする。

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ゲンゴロウはセブンナップを1日に12本飲む。セブンナップを飲んで言語表現のレベルを7UPしろ!

どいつもこいつも文字言語、書き言葉による表現がなっていない。ゆとりの生ゴミ同然の小僧小娘から還暦をとうにすぎた爺さん婆さんまで。気合いが入っていない。誤字脱字衍字だらけ。文法めちゃくちゃ。バカ丸出し、ガキ丸出しだ。読みなおし、推敲をしていないのが見え見えである。話し言葉については推して知るべし。お話しにならない。世も末、白法隠没。お釈迦様でさえどうにもならない言葉の末法だ。

推敲せず、「助詞(てにをは)」の用法ならびに「句読点」の用法(句読法)をまちがえ、文法上の誤謬を犯している者は例外なく恥知らずである。恥知らずくらい手に負えない者はいない。霞が関の木っ端役人(カスミガセキシロアリ)ども、寝穢く利権/既得権益に群がる守旧派、原子力村の下衆外道ならびに原発マフィアども、喪もあけぬうちから近所の狒狒爺/狒狒婆と御懇ろにおよぶ卑劣奴めらとおなじ穴の狢だ。

取り澄ました教養主義者どもの中にもちゃんちゃらおかしくてチャンチキおけさを踊りだしたくなるような言語表現をする者が山ほどいる。カビ臭く、辛気臭く、死んだ言説。狸汁にもならないお粗末、俵の鼠が米喰ってちゅーちゅー蛸かいなだ。

漢字とかなのバランスに気を配れ。なんでもかんでも漢字にすればいいというものではない。「全て」「全く」を使うな。「すべて」「まったく」にしろ。「全」は「全部のせ」「全体主義」「全美」「日本全国バカ自慢」用にとっておけ。「無い」も×。「ない」だ。「文無し」「宿無し」は可。「無い」を使う者は脳味噌がないか、足りないものと知るべし。NO 無い。脳内にはオガクズかオカラが詰まっているにちがいない。ないないずくしのコンコンチキだ。ナイナイの岡村が再び頭パッカーンだ。コンチキ号が軟派な海で難破しちまう。

太宰は「1行読めばわかる」と嘯いたが、吾輩は2、3文字読めばわかる。GWに「GWですね〜」と書いてどうする? 雨の日に「雨ですね〜」と書いてなにがおもしろい? そういうポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウは世界の終りが来ても「世界が終わりますね〜」とほざくのか? お笑いぐさだ。笑いすぎて屁も出ない。

ほかにも言いたいことは山ほどある。

略すな。
着地しろ。
曖昧にするな。
文頭(話頭)に「なので、」を使うな。
リアリティのない身辺雑記を書くな。



言語表現における解像度と粒立ちとダイナミック・レンジ

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現象/事象/表象/事態/事物/意思/意志/意識/感情/心象を表現するとき、われわれは主に言語(話し言葉/文字言語)を用いる。表情/仕草/眼差し/各種身体言語(ボディ・ランゲージ)/肉体言語(他者に物理力/有形力を行使するときに使用する)、そしてときに沈黙で表現する。

日本語は解像度、粒立ちが悪い。ダイナミック・レンジに至ってはゼロに等しい。物理法則、数学的定理、各種方程式は解像度/粒立ちがよく、ダイナミック・レンジが広い。サイエンスが国境を越えて広く認知され、受容されているのはそのためである。

科学による裏打ち/担保のない技術は信頼性を保持しえず、生産される製品は不良品となる。工業製品のみならず、電気、ガス、水道、通信、交通の社会インフラ、医療、食料/飲料、文具、衣料等々、すべては科学に基づいている。箸の上げ下げ、ナイフの動き、ドアの開け閉め、播種/田植え/収穫/脱穀にも物理法則は働いている。精子の着床から揺り籠を経て墓場まで。科学によって導きだされた法則は万物を貫く。

言語表現における解像度/粒立ち/ダイナミック・レンジに関する悪例が官僚/公務員/役人の言説だ。彼らの言葉には中身がない。なぜ中身がないかと言えば、彼らの言説の眼目はあとで言い訳/言い逃れ/ごまかしができるようにすることだからである。中身がなければいかようにも言い繕える。無/ゼロは無限の解釈/解説/補足を加えることができる。「なので〜」「〜かなと(かなって)」「〜とか」「〜たり」「〜みたいな」「〜だよねー」「〜かも」も同類である。

日本語には、すべてを曖昧なままにし、先送りし、判断留保しようとする日本人の心性がよく現れている。忖度も斟酌も配慮もこの心性から生まれたと考えてよい。解像度/粒立ちが悪く、ダイナミック・レンジが狭い言語表現は例外なくリアリティ/リアリズムがない。つまらない。おもしろくない。中身がない。空っぽである。

他者への伝達、交流のために言語を用いながら、肝心の中身は曖昧/空っぽというジレンマ/パラドックスに引き裂かれることが常態化している人々。彼らのさまよえる精神はいったいどこに向かうのか?


(補遺)
解像度、粒立ちが悪い言語表現の例
頑張る/頑張ります/頑張りたい/頑張ろう/頑張れば/頑張った
努力する/努力します/努力すれば/努力しても/努力しよう/努力した
検討する/検討したい/検討した/検討すれば/検討しない
善処する/善処しよう
本当に
とても
前向きに
有名な
○○と言えば
○○として知られる
○○の代名詞
一所懸命(一生懸命)
粉骨砕身
なにがなんでも
わかる気がする
ありがとう/ありがたい
しあわせ/幸福
すごい/すごく
たいへん
苦しい
つらい
悔しい
悲しい
楽しい
美しい
きれい
イイネ
ナイス
👍
〇〇なう
可愛い
かわいい
カワイイ
Cawaii!
おいしい
おかしい
おもしろい
すばらしい
清々しい
瑞々しい
まったり
ほっこり
すっきり
くっきり
はっきり
のんびり
ぴったり
ぶっちゃけ
うんざり
恥ずかしい
もうすぐ
かっこいい
素敵
草食系男子/肉食系女子/女子会/大人買い/あり寄りのなし/なし寄りのあり/有吉のありようと何かが巣食ったカルト・アイ
オキニ/オソロ/コーデ/オススメ/イチオシ/オワコン/ビミョー/アゲアゲ/マジ/ガン見/壁ドン/神対応/塩対応

(参考)
終わったコンテンツ老害さんまのバカゲラ笑いの耳障りぶり/終わったコンテンツ老害欽公の貧乏神づらと引きつりの薄ら寒さとすさまじいまでの人相の悪さ/たけしの滑舌と昭和系ギャグの惨状/自称御意見番和田の脳みその皺が1本もない言説の滑りっぷり/自称御意見番美川(元フェニルメチルアミノプロパン常用者)がミゾウユウ麻生同様に口をひん曲げて並べる御託能書きの鼻白み加減/マツコ・デブダルマとUltra Stupid IKKOとミッツ・マンドラゴラとデヴィ・スッカスカルノ(ナオミ・カムバック・ネギシ)が消えうせない現実のポンコツ木偶の坊ぶり/W終わったコンテンツ&W遺物である美空ひばりと石原裕次郎をいまだにありがたがる風潮の脳天気極楽トンボぶり/絶倫目黒皇帝中山ビデ(目のまわり真っ黒クロスケ黒々クマ大王)&大股開き松本明子(うんこ座り女給にしてオマンコ連呼女郎)をはじめとするナベプロ一派の昭和臭プンプンの噴飯ものぶり/秋元康一味のインチキイカサママヤカシペテン銭ゲバぷっり/いっぱいいっぱい痛い痛い病患者中川翔子(脳みそシャコタン)の低脳低レベル低センス高虚偽ぶり/ガラクタポンコツだらけのエイベックソの目を覆うばかりの凋落ぶりと京急上大岡駅前で青っ洟たらしていた松浦のレンタル・レコード屋ふぜいっぷり/クソジャニ系の愚鈍ぶり/元宝塚トップスター系の勘ちがいぶり/不吉邪悪ヅラの傲岸不遜勘ちがい小娘広瀬ズーズーの目つきとカーカー声と学芸会レベルの三文猿芝居(伸びしろ絶無皆無)/低視聴率請負い三下奴立川志らくのお上忖度体質と無知蒙昧愚鈍愚劣陋劣低劣低能ぶりとお瑣末な正論開陳/団塊ならびにポスト団塊の悪臭口臭老醜老害の権化どもの年金お題目と頬っかぶりとチンピラ音楽談義/チンピラ音楽とその業界に巣食うポンコツ木偶の坊どもの駄文駄弁/めし屋と飲み屋の紹介記事と番組とそれらを書き、制作している輩どもの駄才/毎年のHappy New Year騒ぎ(またひとつ冥土の旅の一里塚を過ぎてなにが楽しいんだ?)/毎年の成人式騒ぎ(おまえたちは全員サイタマンゾーになっちまえ!)/毎年のクリスマス騒ぎ(ブッディスト、ムスリム、ヒンドゥー、ハリシetc, etcはビミョーな気分)/毎年のヴァレンタイン・デー騒ぎ(「聖ヴァレンタイン・デーの虐殺」くらいおぼえとけ!)/毎年のハロウィーン騒ぎ(上っ調子上滑りのドテカボチャどもめが! 正座して唐茄子屋政談でもしとけ!)/毎年の恵方巻騒ぎ(大量生産合成保存料着色料人工甘味料遺伝子組換えモノ出所不明食材まみれのブラック企業製造販売賞味期限切れ大量廃棄のジャンク・フードに縁起もクソもあるかってのよ! 脳みそにエポキシ樹脂充填しときやがれ!)/毎年のボージョレー・ヌーヴォー騒ぎ(チリのサンタ・カロリーナは必要にして十分なうまさで500円で1年365日飲めるがな! ボルドーとブルゴーニュのちがいもわからないようなグラン・ペゾンがヌーヴォーもヘチマもあるかってのよ! ジャンキー田代と荒川っぱたの土手に並んでぬ〜ぼ〜でも喰ってすべての歯が齲蝕しちまえ!)


語りつくせぬことについては沈黙せよ

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# by enzo_morinari | 2019-10-12 22:17 | ゲンゴロウの言い分 | Trackback | Comments(0)

フルオライトの女とフォトルミネセンスの男/変容、聖痕、励起。そして、いじめという名の蛮行あるいは犯罪

 
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「いじめなんかじゃない。いじめって言葉は事態をごまかすのよ。あれは暴行。いえ。傷害よ」とフルオライトの女は言った。夕方のニュース番組が神戸の小学校で行われた教員らによる同僚への蛮行について伝えているときだった。

フルオライトの女にはスティグマがある。彼女はそのスティグマを聖痕と呼ぶ。フルオライトの女のスティグマはEpilepsy/てんかんである。

フルオライトの女の寝室の壁にはラファエロ・サンティの『キリストの変容/Trasfigurazione』のラファエロ前派のダンテ・ガブリエル・ロゼッターノによる模写がかけられている。410×279 cm. 額に至るまでバチカン美術館所蔵のものとおなじである。

「わたしに”聖痕”が起きたときはわたしに指1本ふれてはいけない。少し離れたところでまばたきせずにみていなさい。驚くべきことが起こるから」

フルオライトの女はそう言うとベッドに横臥した。
 
# by enzo_morinari | 2019-10-11 23:08 | フルオライトの女とフォトルミネセンスの男 | Trackback | Comments(0)

バイト日和#1 神は数と重さと尺度からすべてを創造したし、神は見捨てるし、紙は天才と基地外のあいだにある越えがたい壁だし、加味された料理はたいていヘッポコだし、神のペヨーテはバッキンバッキンに効く。

 
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come.comのハンディカムに向かって総入れ歯をカミングアウトした途端に幸運がやってきた。


私の趣味は噛むことだ。私はなんでもかんでも噛む。宇宙を噛む。世界を噛む。思想を噛む。重力だってもちろん噛む。タキオンもタージオンもニュートリノも噛む。リーマン予想と宇宙際タイヒミュラー理論とABC予想とiPS細胞にも噛みついたがさすがに歯が立たなかった。ジョーズのやつは激突同然にひと噛みでやっつける。

『あしたのジョー』は愛読書だが梶原一騎も真樹日佐夫も好きではない。石どもは朝めしの前に噛む。力石なんかチョチョイのチョイ。いつも噛んでいる石はローリングする意志あるターコイズ・ラピスラズリの42番だ。ローリングする意志あるターコイズ・ラピスラズリの42番の別名はローリング・シンキング・ストーン。テキーラ・サンライズに似た味がする。噛んでいると、誑かされた脳味噌の皺の足りない幾千万のティーンエイジャーたちの恨み節が聴こえることもある。鴨が葱背負ってカモナマイハウス♪ 鴨の燻製とカモノハシのクンニはどちらがうまい? 嘉門達夫はなぜ消えた?

こどもの頃から石で歯を磨く。枕もずっと石だ。かかりつけのドクター野本からは石歯磨きも石枕もやめるように言われているがやめない。薬石効なかろうが投石で捕まろうが知ったことではない。漱石は小学校に上がる前にすべて噛みつくした。漱石が産み落とした猫石は噛むとクシャミばかりする。ありがたいありがたい。なにがありがたいのかわからないが兎角にこの世はなにかというと角が立ち、情に流されて窮屈で住みづらいけれどもありがたい。蟻が鯛を喰うくらいにありがたい。ありがたい歯ごたえである。

私の特技は齧ることだ。私はなんでもかんでも齧る。聞き齧るのは得意中の得意だ。そのほかにも見齧る(ウガンダ系日本人のハルキンボ・ムラカーミはとっくの昔に見限った)、舌齧る、林檎齧る(歯茎からちょっと血が出る。スティーブ・ジョブズはちょっとした友人だ)、丸ごと齧る、法律を齧る(悪しき隣人たる法律家どもには齧るどころか噛みつく)等々。まだまだある。火事があると知れば、どれほど規模が小さくてもすっ飛んでいく。元禄御畳奉行なみのフットワークの軽さだ。

伊藤さんちのハム太郎がローマイヤさんの鍛えあげたハムストリングスを齧ったのが発端となって全人類のポケットというポケットで噛みつき怪物たちが一斉蜂起したときはありとあらゆる噛みつきに慣れている私もさすがに焦った。鎌倉さんちのカム太郎と和睦したほどだ。和睦寸前、噛みつきネズミのピカチュウに乱入されて和睦は不調に終わったが。ニッポンはまったくもってヒモだらけだ。昨今の「紐付け」とやらには並行宇宙が垂直宇宙にひっくり返るほどヒッグス・ビックリするし、開いた口が質量ゼロになるくらい閉口する。感性の鈍磨した輩どもには慣性系は意味を失い、無化される。ガリレオ福山もおなじ意見だ。

そのような次第で、私は断じて火事場泥棒をゆるさない。ひとの女房を寝取る下衆外道もゆるさない。ただ単に「快楽」に身を焦がし、窶しているにすぎぬのにもかかわらず、不全感だの不遇だのなんのかんのと愚にもつかぬ言い訳を仕立てあげた揚げ句に婚外性交にかまけるバカ主婦などはもってのほかである。賞味期限はすぐそこまで迫っているとも知らずに。いや。賞味期限はとっくの昔に終わっているというのに。私の使命はこの腐った世界の舵を取ることだが、これについては世界の七大秘密だ。明らかにするにはまだ時期が早い。

そんな私に石神井公園園長の石神さんを通じてうってつけのバイトの話が舞いこんだのはcome.comのハンディ・カムに向かって総入れ歯をカミングアウトした翌朝だった。ツール・ド・フランス級のロードレーサーやMOTO GPクラスのオートバイのフロント・フォークをバイタルに噛むバイトだ。バイタル・バイト・バイト。語呂もいい。完璧とさえ言いうる。まちがいなく誤謬のひとかけらもなく世界をベグリッフェンしている。フルヘッヘンドさせている。ターヘル・アナトミアな午後はすぐそこだ。杉田玄白先生も御満悦である。

そのバイト先の福利厚生用の図書室には『パイドン』のレクラムの原書と岩波の『プラトン全集』が備わっている。噛み疲れたときは図書室でマッサージを受けながら読書をしたり音楽を聴いたりできる。これは自由にできる。本人の自由意思に委ねられている。噛み疲れているのに図書室室長の神谷女史ときた日には涼しい顔をして尻に噛みつく。先週の火曜日には尻だけでなく耳にも噛みつかれた。噛みつかれただけではなくて、耳たぶをねっとりと舐められた。「好きよ、とっても。死ぬまであなたを噛みつづけたい」というカミングアウト付きで。安いインカムでこき使われるバイト仕事ですごく噛み疲れているというのに噛みつかれる者の身にもなってほしいものだ。

それはさて置くとして、つまらない予断と偏見に満ち満ちた余談であるが、図書係員見習いのピーター・アラカンさんはバイセクシャルだそうだ。だからどうした八百屋の五郎的話だが。レタスを4tトラックの荷台1台分食べても摂取できる食物繊維は微々たるものである。イカサマ・マヤカシはやめろ。パルジー・バカマサシ! 魚藍坂明るいビルのポンコツヘッポコ・オーナーのシゲサート・イトーイ! 明るい生活なんぞにはこれっぽっちも興味はないし、不思議は大好きだが元スカタン・カクマルのおまえごときに四の五のと御託をならべられるおぼえはない。(「ほぼ日」解約するぞ!)

私は一日に一度は図書室に行って『パイドン』の民衆ギリシャ語の原書を読んだり、呉茂一の居眠りをしているような曖昧模糊としたテクストを読んだり、田中美知太郎のポンコツ翻訳の『プラトン全集』のページをめくったりする。田中美知太郎訳の『プラトン全集』は読まずにただページをめくるだけだ。そして、ときどき、ページを引きちぎる。ディオゲネスの犬の気分で。まったくもっていい気分だ。世界で一番気難しい樽になったような気分。ときどき歩行する貝殻のショーワ・シェルくんがやってきて首筋のまわりをセナ足をしながら歩きまわってくれる。気持ちいい。ガールフレンドとの金輪際冒険心が欠如したメイクラヴより100倍くらい気持ちいい。

バイト場にいつも流れているのはエルサレム・クワルテットが演奏するハイドンの弦楽四重奏曲17番『狩り』だ。エンドレス・リピートで。なにからなにまでが私のために用意されている。噛神が私の土砂降りラング・ド・シャ・アクアラング巻き舌カミカミ人生の御褒美にそのバイト先の会社を作ってくれたのではないかとさえ思う。

ジャン・ミシェル・ミゴーのアノニマス変奏曲『アノニマス・ガーデンのためのカンノーリとコンフィチュールとフィナンシェとピティヴィエールとクイニーアマンとグリッシーニとチューインガム/噛み』は毎年、6月4日の8時と20時にかかる。バイタル・バイト・バイト会社の社長のバイト者たちへの「虫歯に注意!」のひねりのないメタファーだ。まったく思想的センスのひと噛みもない社長には歯軋りしたくなる。バイタル・バイト・バイトの1日先輩であるゴマメさんだっておなじ意見だ。

噛神と初めて会ったのは靖国通りと外苑東通りが立体的に交差するきわめてペイトリオットな場所だ。あるいはトム・クランシー的な。

そのとき噛神は「一日の花を嚼め。あるいは亀の頭」とかなんとか言いながらチューインガムをくちゃくちゃと音を立てて噛みながら田母神のいない防衛省のほうを見ていた。噛神はターコイズ・ブルーのチューインガムを靖国通りのうす桃色のアスファルトに吐き捨てると言った。

「噛んでる?」
「噛んでるよ。もちろん」
「いいバイトがあるんだけどいっちょ噛みしてみる?」
「うん」
「じゃ、石神井公園の園長さんのとこ行って」
「わかった」
「じゃ、これ。電車賃。右手出して」

私は左手の手のひらを地面に向けて差し出した。噛神は噛み残しのチューインガムを私の顔に勢いよく吐きだした。噛神の吐きだしたチューインガムは私の鼻の頭に命中し、くっついた。カミーユ・クローデルが『骨をしゃぶる犬』に噛みついたときにつけていたムスクの匂いがした。

さて、そろそろバイトの時間だ。次に噛むのは”I’m coming!”を42回 Come Together して神々の黄昏カムフラージュから「!」マークがきれいさっぱり消えたあとだ。髪は長〜い友だちだし、”Numero pondere et mensura Deus omnia condidit”は家訓だし、神は数と重さと尺度からすべてを創造したし、神は平気の平佐で見捨てるし、紙は天才と基地外のあいだにある越えがたい壁だし、加味された料理はたいていヘッポコだし、神のペヨーテはバッキンバッキンに効くし、香美は広瀬だしすることをどうか忘れないでほしい。

(ひたすら噛みつづける)

 
# by enzo_morinari | 2019-10-10 19:49 | バイト日和 | Trackback | Comments(0)

事故物件マニア/イカす事故物件天国。都市は巨大な事故物件である。

 
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都市は巨大な事故物件である。


事故物件が魅力的な投資対象であると気づいたのは1991年の夏のことだった。泡劇場が終演し、文無し宿無し目前。自分がいる場所で自死した場合ののちのちに起こることどもについて考えをめぐらせているうちに事故物件専門の仲介と情報提供はいいビジネスになると思いついた。

カネはないが時間だけはあったので、事故物件ビジネスのビジネス・モデルを綿密に立てた。つきあいのある不動産業者たちに事故物件情報を集めるように依頼した。ニューヨーク、ロンドン、パリ、ローマ、ミラノ、マドリッド、バルセロナ、上海、香港、ソウルについても事故物件にかかわる情報を収集した。NIFTY-Serveのパソコン通信に『事故物件マニア』という事故物件情報のスレッドを立ち上げ、同時進行で『事故物件マニア』という小冊子をつくった。海外用には”Stigmatized Property Mania”をつくった。

世界中の都市の膨大な数の事故物件情報が手元に集まった。都市は事故物件だらけだった。そして、気づいた。都市は巨大な事故物件であると。
 
# by enzo_morinari | 2019-10-09 18:20 | 事故物件マニア | Trackback | Comments(0)

カメリア・シネンシスは世界を救う。/栄西『喫茶養生記』の韋編三絶眼光紙背三昧読、茶王樹が支配するカメリア・シネンシスの森

 
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人の品性品格は飲んでいる茶によって判断できる。Cha-Cha-N

茶は1冊の書物に似ている。愚か者は味わうことなく飲むが、賢い人間は注意深く念入りに味わいながら飲む。その茶を飲むことは生涯で一度しかないと知っているからだ。Cha-O


源実朝が夢枕に立ち、栄西の『喫茶養生記』を三昧読し、茶王樹が支配するカメリア・シネンシスの森へ行くように告げた日の昼下がり。三軒茶屋交差点の玉川通りに面した茶店、茶王樹で鶯茶のヴィゴーニュのスウェーターを着た女からF1がらみでWalter Wolf Racingが植えた狼たちの午後の加藤ティー5ℓと樹齢3200年の锦绣茶王(茶王之母)の種をもらった。

「いいこと?『喫茶養生記』を韋編三度絶つくらい、眼光紙背に徹するほど読むのよ。いいわね? そして、カメリア・シネンシスの森へ行きなさい」


Cha Cha Swing - Zumba
CHA-CHA いわゆるひとつの誤解デス (1988)
 
# by enzo_morinari | 2019-10-08 23:23 | カメリア・シネンシスは世界を救う。 | Trackback | Comments(0)

ブロッケン現象日和/白い虹、霧の中の虹、雨の中の虹、藪の中の虹。そして、雨石の中の虹。

 
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オランダのハーグで開催された「世界強いハグ会議/World Convention for Hard Hug」から帰った翌日。この上ないブロッケン現象日和だった。ハルツ山地の最高峰ブロッケン山をネベルボーゲンでツアーしている最中、55年ぶりに霧隠才蔵のふりをしたヴェトナム人霧博士のフォ・グボーと会った。ヴェトナム人霧博士のフォ・グボーは「フォー! HG! フォン・ド・ヴォー!」と叫び声をあげながら強くハグしてきた。フォグがハグ。整合性はある。

「霧の虹見たい? 土砂降りの中の虹見たい?」とヴェトナム人霧博士のフォ・グボーはたずねた。
「うん」
「藪の中の虹は?」
「見たい!」

土砂降りのラングドシャの雨の中、レディーボーデン1ℓを貪り食った厨2病罹患時の小3の冬がよみがえった。
 
# by enzo_morinari | 2019-10-07 07:55 | ブロッケン現象日和 | Trackback | Comments(0)

バクロニムは暴露する。/謎の醗酵現象であるスティーブ・ジョブズ・スピルバーグの真実を馬喰する。

 
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虹の彼方にあるアリスの不思議な国の森でルイス・キャロル直伝の言葉遊びをしていた午後。謎の醗酵現象であるスティーブ・ジョブズ・スピルバーグをみた。Save Our Shipを発信し、Come Quick, Distressと叫び、What I know is. とつぶやいたが事態はなにもかわらなかった。このとき、生まれて初めて金輪際的に「おなじ相手とは3回以上しない。」というのは本当であることを知った。セターヌの相手はBBAにかぎるし、BBAは中田氏生田氏自由自在であるし、菊の御門もいただき放題だということを。草餅と臭饅頭は似ても煮付けても非でもない。

North, East, West, South. 東西南北。A.D. Anno Domini? After Death? R.I.P. Requiescat in pace? Rest in peace? なにはともあれ、安らかに眠れ。死のうが生きようが、滑ろうが転ぼうが、いずれにしても、世界はふざけたNEWSに満ちている。


α-------------1Q86.4.26---2QQ1.9.11--2Q11.3.11-Ω


現在、ルイス・キャロル&スティーブ・ジョブズ・スピルバーグは私のすぐ横にいる。ルイス・キャロル&スティーブ・ジョブズ・スピルバーグはナポリタン・マスチフに似ても焼いても似つかぬウクライナ人である。キエフ出身。先祖にはチェルノブイリ原子力発電所の所長がいるという。ルイス・キャロル&スティーブ・ジョブズ・スピルバーグは部屋の南向きの窓際、キャロルスローン・グレート・ウォールの縁に腰かけ、廃墟同然となったAKB48劇場の真裏にある中古PC屋で手に入れたシーラカンスのように武骨な APPLE Lisa 4200 でコンピュータ・プログラムをデバッグ中だ。ルイス・キャロル&スティーブ・ジョブズ・スピルバーグのかたわらには装飾のいっさいない黒い旅行鞄がある。旅行鞄には『ホットジャバ・ザ・ハットのうた』が古典ポートマンチュー語で記されている。


ホットジャバ・ザ・ハットのうた
わが息子よ。ホットジャバ・ザ・ハットには用心せよ! むしゃぶりつく顎!
引き裂くかぎ爪! ねじまき鳥にも用心せよ! それにつけてもおやつどき、
怒り狂うカール・スナック・フォルマージュのそばには近寄るべからず!



ルイス・キャロル&スティーブ・ジョブズ・スピルバーグはときどき私のほうに顔を向け、Appleのシネマ・ディスプレイに眼を凝らす。そのたびに、「くだらん」とひと言つぶやく。ジャーマン・シェパードは作業の手を止めた。クラウド・コンピューティングの可能性とリスクについてひとしきり自論を展開したあと言った。

「バクロニムは暴露する!」


There’s a new aurora in subpolar skies. Its name is Steve
 
# by enzo_morinari | 2019-10-06 08:40 | バクロニムは暴露する。 | Trackback | Comments(0)

イソカ・マソコ・カパック国際空港でクスコとマソコとアスコの3姉妹とWxY談し、外務省時代のマザー・コゴー・オワータの御乱行をユキーオ・オカモートにペラらせる。イクイクでヤリマソでチッソでミナマタ。

 
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欣求穢土、苦海浄土。
 
# by enzo_morinari | 2019-10-05 12:42 | イソカ・マソコ・カッパカパック | Trackback | Comments(0)

彼のデンパサール、彼女のリスパダール、私のメンタル・ディスインテグラント/ペーパーナイフをもう1本 ドパミンD2受容体とセロトニン5-HT2受容体の拮抗作用に関するいくつかのこと。

 
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「ペーパーナイフがもう1本あれば世界を真っ二つにできるのに」と彼女は思う。

「デンパサールでチンケなプッシャーをしている彼を救いあげることも」

だが、余分なペーパーナイフはもう1本もないし、彼はデンパサールの路地で正体不明に伸びている。そして、彼女はさらにリスパダールを噛み砕く。


精神病質 - 鬼
Manic Depression - Jimi Hendrix (Are You Experienced/1967)
 
# by enzo_morinari | 2019-10-05 08:53 | 彼のデンパサール、彼女のリスパダール | Trackback | Comments(0)

仔猫のマーゴ/双極性障害と抗不安薬のオーバードースを持つマーゴ・ルイーズ・ヘミングウェイの前で英語"2"だった奴が『犬のおまわりさん』を英語で歌うと…

 
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『犬のおまわりさん』のオチのないのがずっと気になっていた。オチは英語"2"だった奴だった。


「マーゴのマーゴの仔猫ちゃん あなたのおうちはどこですか?」
「なんでおまえに教えなきゃなんねえだよ! こったにヘミングウェイじじい!」


犬のおまわりさん
英語"2"だった奴が『犬のおまわりさん』を英語で歌うと…
 
# by enzo_morinari | 2019-10-04 12:15 | 仔猫のマーゴ | Trackback | Comments(0)

真言の音楽 小名浜の鬼/部落育ち。旅打ちはまるで小名浜のカモメ。陽差しも美と知る。落葉の赤落ちて。小名浜の夕陽を背に受け港へ向かえ。小名浜の汽笛を背に受け都で歌え。

 
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経験のけの字も知らぬ甘ちゃんと頭ん中に造花のお花畑が広がってるパチもんはとっとと好きに無様にくたばるがいいぜ。


小名浜 鬼
部落育ち 団地の鍵っ子 駄菓子屋集合 近所のガキんちょ

ヤクザの倅か母子家庭 親父がいたのも七つの歳まで
2歳の妹がいようと死のうとするお袋に「帰ろうよ。僕が守るから大丈夫」

光るタンカー埠頭の解放区 目まぐるしく変わる生活 決して贅沢なく 御馳走の絵描く
お袋は包丁 妹は泣きっ面 馬の骨の罵声はサディスティックだ
水商売 母一人子二人 薄暗い部屋で眺めた小遣い
馬の暴力は虐待と化す 十三の八月 何かが始まる

中学卒業も更正院 数年後には準構成員
旅打ちはまるで小名浜のカモメ 行ったり来たりな歩幅なのかもね
くじけた背中を洗うソープ嬢 泡と流す殺気立つ毒を
小名浜港は油で濁す 必要悪があくまで美徳

汽笛鳴く港町の酒場で 朝まで飲み明かした仲間へ
懲りずにへらへら踊れてる いまだ覚えてる 嫌な汗でベッドが濡れてる
クレイジーな姿 恵夏川 噂じゃ首なし全裸
なすがままレイプ? ギロチン? 薬中の自爆?
事故扱い 事件性なし ポリ御帰宅

花畑 テンパッた木っ端坊 ハルキの面砕けた 言葉も出ない これが大人の放課後?どうなの?
答えの書いてない教科書 三崎に向かうY30セドリック まるでゴーカート感覚
15の夜バリに自爆レース ダイスケが死んだのも実家の近くです

懲役も満期でテンパイ 八郎の病死 オヤジ呟く面会
ナオの受信で知ったオリカサの他界 この塀は高い
独房が妙に暖かい 日差しも美と知る 落葉の赤落ちて
寂しさの中で寂しさが美しいと知る
秋の優しさと赤落ちはいる 昔見た地図 再び睨み
行き交うハスラーの中軸と信じ合う 下らんことでバカ笑いできる仲間が今も此処にいる それがリアル
続くここから 江戸の小名浜

渇かぬ鬼の赤い目に 愛が見えませんか?

小名浜の夕陽を背に受け 港へ向かえ
小名浜の汽笛を背に受け 都で歌え

小名浜の夕陽を背に受け 港へ向かえ
小名浜の汽笛を背に受け 都で歌え



小名浜 - 鬼 (赤落/2008)
津波に襲われる小名浜港 (2011年3月11日)
 
# by enzo_morinari | 2019-10-03 08:54 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

精神病質者たちの街/とけて垂れだしたアイスクリーム舐める快楽とリスクのミルフィーユ 傷口を見せ合う愚かさ そこから生まれる言葉は嘘かマジかは問題じゃねぇ ババァの小便で飯炊きな Bitch-Gusso

 
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新種のゾンビが蠢いている。精神病質者というゾンビが。新種のゾンビは健常者、きれいごと好き、お愛想好き、おべんちゃら好き、おためごかし好きをむさぼり喰う。ババァの小便で飯炊きな Bitch-Gusso!


精神病質/鬼
未来を語り明日を考えず 絶えず高く飛ぶがために焦る

揺ぎない想いと力は自負するのみだから加速するループ
祈りながらベッドに沈む 汗滲む夢の彩りはまだら
入り組む裏町の路地塗りつぶすクレパス 日も暮れだす
過去を美化できるだけご立派 いびつな折り合いと辻褄
唇が紡ぎ出すrhyme 冷めたcrime baby don't cry please
とけて垂れだしたアイスクリーム舐める快楽とリスクのミルフィーユ
傷口を見せ合う愚かさ そこから生まれる言葉は

情に起きかける乞食 物乞い 腹の足しになりゃあ美徳も食う
憐れかけた情け貪る 飴に群がる蟻の如く

目を閉じまぶたに浮かぶ過去 なぞる罪に虫酸と情欲
繋がる謎 沈む性と慟哭 闇夜を知らぬ牢獄
無機質な光寄せては返す 微睡みが指かけるトリガー
淀む時の中を吹きだまる未来 徐々に腐りだす期待
自信のなさ上げた棚の中 不信感が甘いぼた餅なら
それすべて平らげろ 罪の始まりを怨情に掲げよう
つれた手に時の斜面を流れる運命という字を嘲る
嘘かマジかは問題じゃねぇ ババァの小便で飯炊きなbitch

情に起きかける乞食 物乞い 腹の足しになりゃあ美徳も食う
憐れかけた情け貪る 飴に群がる蟻の如く



精神病質 - 鬼
 
# by enzo_morinari | 2019-10-01 16:19 | 精神病質者たちの街 | Trackback | Comments(0)

シュルレアリスム・ギャング/ジャコメッティの午前4時の宮殿で大股で歩く男はホッテントット・ヴィーナスを求めて残酷大陸を目指す。十月も神も雷も初霜も時雨も御師もオットーも見世物小屋に売っ払え!

 
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「知の特権」なるものは「強者の特権」にすぎない。これを食いやぶるのがシュルレアリスムの唯一無二の役目である。


RWC 2019 JAPANの日本対スコットランド戦を控え、ゲール語とカンブリア語に関するフィールド・ワークをかねてシェトランド諸島を周遊した。その際、国宝級のシェトランド・スウェーターを10枚手に入れた。

4枚目のシェトランド・スウェーターに腕を通したとき、アイリッシュ湾に、突如、ジャコメッティの午前4時の宮殿が出現した。腕のない細い女と腕を組む大股で歩く男はホッテントット・ヴィーナスを求めて残酷大陸に向けて大股で歩きだした。私は腕のない細い女と腕を組む大股で歩く男の細い背中に「十月も神も雷も初霜も時雨も御師もオットーも見世物小屋に売っ払え!」と言った。


Alberto Giacometti:Qu'est ce qu'une tête (Documentaire Palettes)
Addio Zio Tom/Goodbye Uncle Tom ヤコペッティの残酷大陸 (1971)
 
# by enzo_morinari | 2019-10-01 10:53 | シュルレアリスム・ギャング | Trackback | Comments(0)

失われたタブレット/2011年10月5日JHVH時、風にそよぐ黄金の林檎の樹の下で林檎の賢者は「貧しくあれ。愚かであれ。」と言い残してみずからを強制終了した。そして、1枚の聖板をのこした。

 
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岩は偶然ここにあるのではない。木は偶然ここに立っているのではない。そのすべてを造った者がいる。私たちにあらゆることを教えてくれる者が。Hah-Choo-AHBSH

清流や小川を流れる輝かしい水はただの水ではなく、祖先の血である。湖の水面に映るどんなぼんやりとした影も祖先の出来事や思い出を語っている。かすかな水の音は私の父の父の父の父の父の声である。Hah-Choo-AHBSH


アンダーソンの庭付きゴンザレスの南/チチの西屋上に設置してあるロビンソン型3D超音波風向風速計(ロビンソン)が風向南南西/風速54.2mを記録した翌朝。ロビンソンから送られてきたデータを受けてPCの風の博物誌アプリケーションであるライアル・ワトソンはひっきりなしに警告音を鳴らした。

風の数値をみて、「これはやばい」と思った。そして、嵐に翻弄された藤棚からAppleの12.9 Inch iPad Special Pro JHVH Model 666が落ちてきた。Champagne Goldの筐体がまぶしかった。神々しくさえあった。秋の光を浴びて輝く姿は聖板と呼ぶにふさわしかった。

実際、iPad Special Pro JHVH Model 666が聖板であると気づくのに時間はかからなかった。信じがたいことに、ストレージの容量は666 Googolduplex Byteだった。ストレージには聖なるビブリオをはじめとして、未解決の数学の超難問群、魚のしるしを持つ者の真実、ロードス島のサキソフォーンの巨人の神託の意味、世界にある道の正確な数、Big Bangの1秒前等々、世界のすべてが記録されていた。未知の本当のことが。


Relaxing River Sounds (Nature Video) - Peaceful Forest River (3 Hours Long)
 
# by enzo_morinari | 2019-09-30 23:59 | 失われたタブレット | Trackback | Comments(0)

水曜日の宙返り/宙返りしながら、風にそよぐ黄金の林檎の樹をみる。Think different. Stay hungry, Stay foolish.

 
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貧しくあれ。貪欲であれ。愚かであれ。S-P-S-J

5Gが10Gになり、100Gになり、1000Gになり、10000Gになっても、Steven Paul "Steve" Jobsが夢見た理想のGUIのかたちはかわらない。


昼間、宙返りをしすぎたからか。メソポタミアびと、スティーブ・ジョブズの夢をみた。シーンが異なる夢を何度も。スティーブ・ジョブズはシュメール語ともアッカド語ともつかぬ不思議な言葉を話していた。

スティーブ・ジョブズ死して7年11ヶ月24日(2916日)。その死と生の意味をそろそろ考えられるようになったかと思ったが、やっぱりだめだ。まだ早い。スティーブ・ジョブズについてはまだ語りつくせぬことが多すぎる。語りつくせぬことについては沈黙しなければならない。

100年後、2019年9月29日現在においてこの世界に存在する人間のあらかたは死んでいて、もはや存在しない。生まれたての赤ん坊も含めてだ。100年後の世界の人びとはインターネットとAppleとMacとスティーブ・ジョブズについてどのような感想を持ち、いかなる評価を下すのか。

インターネットとAppleとMacとスティーブ・ジョブズは世界と人間と知のありようをまちがいなく変えた。世界と人間と知を前進させた。その前進が地獄への道行きであったとしても前進は前進だ。退却ではない。毀誉褒貶は様々だろうが、大いなる前進であったことは確かだ。

「変化」という点において言うならば、ここ20年は過去の100年、200年、あるいはそれ以上にも匹敵すると言っていい。モノや移動や関係や国家や情報、さらには世界、人間の意味すらが変わった。国境の意味も失われつつある。

P-M.フコ流に言うならば、それまでの世界や人間や価値の概念は砂上の楼閣が打ち寄せる波にかき消されるようにきれいさっぱり解体された。解体されたことに気づかぬ鈍ら者はいるし、解体されたことに気づきながら知らぬ存ぜぬを決めこむ太々しい守旧派も多い。厄介なのはそのような者たちがカビの生えた権力の座に居座っていることだが、それも時間の問題だ。

解体以後の世界への流れはもうだれにも止められはしない。王蟲の怒濤の死の行進をだれも止められないように。青き衣を身にまとった「その者」が果たして現れるのか、「その者」が「魚のしるしを持つ者」であるのか、「その者」が人間を世界を「青き清浄の地」へと導いてくれるのかはいまの段階ではわからない。そうあればいいが。「その者」の降り立つ金色の野が地上にまだ残っていればいいが。

いまの段階でリアルと呼ばれている世界がいつまでリアルさを持ちつづけられるのかさえわからなくなってきている。リアルさと世界性ということで言うならば、リアルな世界よりヴァーチャルと呼ばれる世界のほうが遥かにリアリティと世界性を持っているというのが私の考えだ。そして、私がひそかにその実現を願う一大スペクタクルは現在の段階でリアルと言われる世界ではなく、ネットワーク、ヴァーチャルで起こる可能性のほうが高いだろう。

これから起こることは「東西冷戦の終結」や「ベルリンの壁崩壊」とはスケールもレベルも質もまったく異なる。その一大スペクタクルをこの目で見届けられるかどうかは私に残された持ち時間から勘案して微妙なところではあるが。時間というのはまことに恨めしいものだ。

できうれば、100年後、200年後、さらには1000年後の人々にはそのことに対する評価をしてもらいたいものだ。動きつづけ、前進しつづけるものにしか力は宿らないのだということについての評価を。

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Appleの印象的なキャッチ・コピーを思いだす。Think different.

反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。四角い穴に丸い杭を打ちこむように、物事をまるでちがう眼で見る人たち。彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定しない。彼らの魂は叫ぶ。どこでもいい、この世の外でありさえすれば!

彼らに心を打たれる人がいる。反対する人も、賞賛する人も、貶す人もいる。しかし、彼らを無視することはできない。なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。彼らは人間を前進させた。彼らはときにクレージーと呼ばれるが、まぎれもない天才だ。自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが世界を変えることができる。Think different. の思想はまだ有効だ。

大昔の『MAC POWER』の記事で、自転車に乗って走りぬけるビジュアルをメインにしたMacの広告を見たことがある。一筆書きの爽やかで軽やかなイラストが印象的で、Macの商品ポジショニングを表現することに見事に成功した広告だった。自転車で、風を切って。まさにMacだ。

Macを使うということはコンピュータに当然のように課せられた任務とは離れて、ひとつの生き方だった。そもそも、コンピュータ文化が自分のためのカウンター・カルチャーを創造する武器として誕生し、育ったことを考えると、それは宿命的にアバンギャルドたらざるをえない。

ラジカルであり、ポップであること。それがMacの使命でもあっただろう。単に表計算や文書作成やウェッブ・ブラウジングやデータ管理を行うのなら、Windowsマシンのほうが価格も安く、対応しているソフトだって圧倒的に数が多かった。しかも、アプリケーションの最新バージョンはまちがいなくWindowsバージョンが先にリリースされた。Macはいつも後まわしだ。しかし、そのこととMacを選択することとはあまり関係がない。

もちろん、迷うことだってあった。Macはすぐにフリーズするという「伝説」「神話」とは別に、単にソフトやハードのラインナップ、対応状況を考慮すれば、当然、Windowsマシンに軍配が上がるからだ。Macを使うということは何割増しかの出費を覚悟しなければならないのも悩みのひとつだった。だが、私はそれでもなおMacを選んだ。効率や原価計算や利益率や市場占有率などの「資本主義的論理」でくくれないところにMacはあった。そして、これからもありつづけることができたなら、私はいつか気持ちのいい風に吹かれながらMacとともに、より美しい言葉で「世界」について語りだすだろう。会うことも言葉を交わすこともかなわなかったスティーブ・ジョブズの生と死についても。

残されたいくばくかの日々よ、貧しくあれ。貪欲であれ。愚かであれ。風にそよぐ黄金の林檎の樹とともにあれ。メソポタミアびとのジョブズはディスプレイ、タッチパネルの向こう側からじっと見ている。聞き耳を立てている。


Think different. (The Crazy Ones) - Steve Jobs (Never before aired 1997)
Stay hungry, Stay foolish. - Steve Jobs (Commencement Speech/June 12, 2005 at the Stanford University)
 
# by enzo_morinari | 2019-09-29 23:59 | 水曜日の宙返り | Trackback | Comments(0)

水曜日の宙返り/Stupid Cupid Kewpieは森鷗外『山椒大夫』と柳田国男『山荘太夫考』とまつろわぬ者 ── 聖なるものと穢れしものにデジタル・ベジタブル・コミットメントする。

 
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倭人はみな黥面文身、海に潜って魚を捕る。Sun-Gock-Sea Gay-Show Toe-Eden War-Gene No-Joe

未来の地平線は技術ではなく思想が垣間見せる。5 Times Saltor

3分でできあがる料理は3分で終わる人生のようなものである。E-M-M

C.G. エーレンベルクとL. パスツールとR. コッホを知らぬ者は手を洗わず、嗽をせず、喇叭を吹けず、漱石を読まない。Bacte-Rium

第五世代新無線用周波数帯域(5G NR)と人工知能(AI)と分散型ネットワーク(Blockchain)とバクテリアと宙返りが世界の新しい地平をみせる。5 Times Saltor


バクテリア差別に抵抗した細菌類
周囲にウゴウゴルーガ科デングネツノウチワヤシデ属の常緑低木/Fatsia Japonica(Magna Cock)とアーリーキャッツロジ科(旧イエネコ・メーテル科)力工デ属(Acer)の繁茂するアシドバクテリア門はBRヨコスカ駅から北北東へ徒歩5秒に位置する。途中のキャナール・ ソヴァージュ川に架かるフォアグラ橋の手前にはベルティ・フォクツ・ディフェンスに囲まれた更地と工事現場が目立つ。素戔鳴地区と呼ばれるエリアでは乱再開発が進む。素戔鳴地区の一角にダーク・グリーンの古い洋館が見える。ウィープフィールド銀行記念資料館だ。かつて、聖なるものに携わっていた者、職能民、まつろわぬ者、七道の者、非常民たちが素戔鳴地区の地域振興のために設立した銀行の遺構である。

素戔鳴地区は失われ、奪われた誇りを取り戻そうと団結した「カッペターン・オカメターン・ハッピーターン・ムーブメント」の拠点であり、超植物王国だった。

バクテリアの世に熱あれ! 真正細菌に光あれ!と呼びかけたヘップバーン式ローマ字国初の細菌宣言「バクテリア・リーグ宣言」は2011年3月14日、フグスマ・コッタニ・シチーで採択された。カッペターン・オカメターン・ハッピーターン・ムーブメントの関連資料はウィープフィールド銀行記念資料館に保管されている。


Stupid Cupid Kewpie/TATTOO<刺青>あり。左手の小指の先端なし。
コスモポリタン街のビーナス・アヴェニューとエロース・ストリートの交差点でRose O'Neillを待っているときに全身に犬鯨のタトゥーをいれたKewpieが現れた。TQCの登場だった。

全身に犬鯨のタトゥー、カブのように尖った頭と髪型、2.5頭身、小さくて短い眉毛、わずかに上がった口角、うつむき加減の顎、大きく開いた手のひら、ぽってりしたおなか、背中に生えた小さな羽根、性別不明。Kewpieそのものだった。左手の小指は第2関節から先がなかった。

「初めまして。極道のゴキューピッド/ゴクピードー/ゴクピド/TQCです」

やはり、Kewpie本人だった。「あなたにこれから愛のけじめの矢を放ちます。かなり痛いけど、我慢してください」

TQCは暇さえあればとどまることなく味の素のマヨネーズとQPコーワゴールドを飲んでいる。味の素のマヨネーズ? そこは断然キユーピーのマヨネーズだろう?

「イロエロありますが、ここはどうかひとつ極道天使にラブ・ソングをおねがいします」

天使にラブ・ソングを? それはキューピーじゃなくてウーピーだから。ウーピー・ゴールドバーグ! やれそれ。そして、ついにアシドバクテリア門が音もなくあいた。グリセロール3-リン酸の脂肪酸エステルが強くにおった。代謝系も栄養要求性も生息環境も生物圏も5×10の30乗個の小さな杖(5.5 μm)になしくずしにされた。太古の先カンブリアの風が吹いている。スーパー・プランタ・キングダムのストレプトマイシン・クロラムフェニコール・テトラサイクリンな第1水曜日のレコンキスタが始まる。

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キユーピー3分クッキングのテーマ曲 (Full Version)
 
# by enzo_morinari | 2019-09-28 23:59 | 水曜日の宙返り | Trackback | Comments(0)

水曜日の宙返り/冬眠を忘れた熊の心拍数は毎分55から0へ。靭猿にも死んでいるとは言わせない。もちろん、生きているとも言わせない。死なない。生きない。それが写実的風刺滑稽宙返り者の面目だ。

 
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くっさめくっさめ。さてもさても、そろりそろりと参って業平餅をば喰おう。


私は冬眠を忘れた熊だが、冬眠できるようになった。そして、心拍がゼロになった。ながいあいだ目指していたことだ。

心臓は後方かかえこみ5回宙返り5回ひねり下りの最中に止まった。冬眠宙返りである。心拍数は毎分55から0へ。冬眠を忘れた熊は冬眠を制御できる熊に変貌を遂げたのである。それもこれも、知の専制君主であるクマグス先生のおかげだ。

写実的風刺滑稽宙返りを8回やり、心拍を毎分3に上げると、福の神を先頭に、太郎冠者、次郎冠者、三郎冠者、山伏、素破、鬼、聟、舅、亭主、三人夫、宝船、宝槌、鍋八撥、萩大名、武悪、乱妨、靱猿、今参、栗焼、栗栗鼠、フナ子、棒縛、狼藉者、金藤左衛門、二人袴満緒、二人羽織り小百合、比丘貞、双子の右近左近、千切木、閻魔王、裏閻魔王、表恵比須、朝比奈麦酒者、八尾朝吉、清水次郎長、梟、柿山伏、呂律連、薩摩守、アシタカヒコ、愛鷹命、藁徒、師匠連、唐傘連、石火矢衆、地走り衆、ジコ坊、シシ神、大太郎法師、一寸法師、猩々、牛飼い、ライシャ、侍者、コダマ、野武士、ヤックル、名護の守、ヒイ様、姫様、燦者、モロの君、乙事主、烏帽子御前、ジコ坊、伯養、猿座頭、丼礑屋、瓜盗人、茶壺屋、膏薬練り屋、釣狐、合柿、居杭、田楽法師、鬢簓師、拍板師、編木師、味噌田楽屋、高足の能狂言田楽の一団がやってきた。

「腹巻き体操の時間がやってまいりました。」とピンポンパン体操のお姉さんのコスチューム風の窮屈袋を着た靱猿が言ったとたんに、猛烈な眠気に襲われ、その場に寝ころんだ。そして、夢をみた。夢の中で私は世界有数の腹巻き体操博士だった。腹巻き体操に関することならなんでもこい状態である。

私は夢の中で、物見遊山途中のお大名に出くわし、サイババよろしく宙空より取りいだしたる腹腹時計ロゴ入りの腹巻き体操用腹巻きと交換に、あやうく皮を剥がれ靭(うつぼ)に張られかけた小猿を救い、 小猿と猿曳きがお礼にと小猿真似する船頭櫓を漕ぐ姿にはげしく落涙し、もってこれまた御褒美の窮屈袋をお大名から拝領し、 それを着て意気揚々、セビルロー通りを凱旋パレードしたまではよかったが、ギンザテーラーからの2019年秋分の請求書に目を丸くし、店主じきじきお手製の腹巻き体操用腹巻きのできに満足し、納得したところで夢からさめた。

まことに、阿鼻叫喚、喧嘩上等、狂言靭猿な腹巻き体操世界の私であった。

うたかたの夢からさめると、虹子はなにを血迷ったか、腹腹時計ロゴ入りの腹巻き体操用腹巻き(サイズL)をきりりと巻き、ミニチュア・セントバーナードのポルコロッソにも腹腹時計ロゴ入りの腹巻き体操用腹巻き(サイズXS)を巻かせ、犬猿の仲などどこ吹く風とポルコロッソは、靭猿のいとけなき小猿よろしく、きゃっきゃっきゃっきゃっと歓声をあげ櫓を漕ぐ仕草織りまぜつつ、腹巻き体操をしていた。

宙返りうたたねはかくもヘルシーである。


越後婿(祝言の式) 野村萬斎(シテ)
業平餅 臺飾/靭猿 野村萬斎/野村万作 (和泉流)
 
# by enzo_morinari | 2019-09-27 23:59 | 水曜日の宙返り | Trackback | Comments(0)

水曜日の宙返り/後方かかえこみ5回宙返り5回ひねり下りで食欲と性欲、自己と他者が未分化な親和欲求まみれの哺育器の中のタンポポびとを蹴散らす。

 
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大江健三郎の(源)義兄の伊丹十三にはひねりと八艘飛びと宙返りが足りなかった。

哺育器の中の日本人は宙返りできず、インキュベーター・インベーダーに侵略され、喰われるだけである。


いつも、水曜日の夜は突然やってきた。ニニ・ロッソの”Wednesday Night”とともに。大口をあけたJAWSの背中に乗って水曜日の夜がやってきたときにはその場で宙返りをしてよけた。

宙返りには自信がある。こどもの頃からだ。いや、母親の腹の中にいるときから。母親によれば14週目くらいから宙返りをはじめたらしい。パリ16区市民病院の産科の医師はかなり困惑していたようだ。

右手の中指をおっ立て、宙返りしながら産まれてきた。母親は私にジャン=ポール・サルト(Jean-Paul Salto)と命名した。

1972年のミュンヘン・オリンピックの体操団体の鉄棒の自由演技の下り技で塚原”強欲”光男が後方かかえこみ2回宙返り1回ひねり下り(月面宙返り/Moonsalto)を披露するはるか昔から私は新々々々々月面宙返りとも言いうる宙返りをやっていた。東急目蒲線の矢口渡駅の駅前で後方かかえこみ5回宙返り5回ひねり下りする私を盗み見て、当時、日体大の学生だった塚原”強欲”光男は月面宙返りを思いついたにちがいない。あの日も水曜日だった。その夜の水曜ロードショーではなぜか”Back to the Future”をやっていた。時間がねじくれたか宙返りしたかしたんだろう。そんなようなことは私の人生にはちょくちょくある。どうということはない。マーティ役はヤバイヨヤバイヨ・デガワ、エメット・ブラウン博士役はロナルド・レーガン、ビフ・タネン役はドナルド(寅さん)トランプがやっていた。大江健三郎の『同時代宙返りゲーム』くらいふざけた話だ。かくして、源義経は衣川から判官館を経て万延元年に咸臨丸で大陸に逃れて成吉思汗となり、林羅山と新井白石と高木彬光を眩惑する夢をみて八艘飛びし、フットボールし、ついには宙返りする。

さて、後方かかえこみ5回宙返り5回ひねり下りで食欲と性欲、自己と他者が未分化な親和欲求まみれの哺育器の中のタンポポびとを蹴散らす時間だ。

Wednesday Night(水曜ロードショーのテーマ) Nini Rosso (1972)
 
# by enzo_morinari | 2019-09-26 23:58 | 水曜日の宙返り | Trackback | Comments(0)

マルティニーク島で山下達郎ことBlobfish(ニュウドウカジカ/ヤマシタタツローウオ)のラブランド・アイランドを聴いたらビギン・ザ・ビギンのパックリーチェ・パックリーチョで気分はもう暴動。

 
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こりゃ、暴動だ。Rio! Rio! Rio! Rob! Rob! Rob! Rioland, Robland. Begin the Robbing!


Begin the Beguine (Volver a Empezar) - Julio Iglesias (De Niña a Mujer/1981)
Loveland, Island - 山下達郎ことBlobfish(ニュウドウカジカ/ヤマシタタツローウオ) (For You/1982)
 
# by enzo_morinari | 2019-09-25 16:13 | 気分はもう暴動。 | Trackback | Comments(0)

真言の音楽/Something, Everything. 離れ小島からやってきた二十歳の小娘は21年を経ても童心を失わぬままR&Bし、Hip-Hopする。

 
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あなたと離れてる場所でも 会えばきっと許してしまう どんな夜でも
You're everything, You're everything, You're my everything.
あなたと離れてる場所でも 会えばいつも消え去っていく 胸の痛みも
MusIc For ASIAn


離れ小島からやってきた二十歳の小娘は21年を経ても童心を失わぬままR&Bし、Hip-Hopしていた。ゴールド・ディスクもプラチナ・ディスクもメガ・ヒットも親善大使も観光大使も知ったこっちゃない。なによりも、童心を失っていないことがうれしかった。それこそがかけがえのない稀有な最高の勲章だ。

離れ小島からやってきた小娘よ。名前のない空を見上げつづけ、心に花を咲かせつづけろ。Carpe Diem. 1日の花を摘め。

Postscript. Something, Everything. くれぐれも、TVなどという愚鈍愚劣低脳箱には出るなよな、小娘。ラジオだけでじゅうぶんだ。

Everything - MISIA (MARVELOUS/2000)
 
# by enzo_morinari | 2019-09-25 11:34 | 真言の音楽 | Trackback | Comments(0)

コルドンブルー・エルコンドルがラ・ディヴィナ・コメディア・タンホイザー岩塊で鳥葬された好色で酒好きの暴れ者にして牡牛を集める者である不死身のチェンタウロを啄ばむ。

 
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地獄は地殼より地心にわたる巨大な漏斗状の坑である。L-D-C (D-A)

人生の旅路半ばにして正道を見失い、暗い森の中にいた。L-D-C (D-A)


メタファー・リファー・ゴファー・ゴーファー。コルドンブルー・エルコンドルがラ・ディヴィナ・コメディア・タンホイザー岩塊で鳥葬された好色で酒好きの暴れ者にして牡牛を集める者である不死身のチェンタウロを啄ばむとキツツキはないはずの手をアンドレじっとみる。カオス運動の予測困難性、初期値鋭敏性。

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El Cóndor Pasa - Simon & Garfunkel (Bridge over Troubled Water/1970)
 
# by enzo_morinari | 2019-09-24 23:59 | メタファー・リファー・ゴファー・ゴーファー | Trackback | Comments(0)