ピンボールの男の消滅とカワウソのような大学生/すべてはばかばかしいのだということ

 
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街を出る夜の最後のピンボール 165000が俺のベストスコア
5年の年月もふりかえってみればみんなガラクタばかりの馬鹿げた記憶

あした俺は西へ向かう列車に揺られ おまえがたどったとおなじ道をゆくよ
風の歌が旅する心にしみるよ おまえはこの歌をどこで聴いているんだろう?

去りゆく者だけが美しいとだれかが言った 去りゆく者たちの哀しい笑い声響く
Bay Side On My Mind, Bay Side On My Mind, わが心のBay Side On My Mind
E-M-M


街一番のピンボール・ゲームのプレイヤーになっても生きていく上でまったく役には立たない。しかし、いくらかの満足感とある種の誇りは手に入れられる。ある世界一のゲーマー

死んだ牛の胃の中にひとつかみの干し草しか残っていなかったとしても、牛肉の価格は変わらないし、放射性物質による汚染は変動しないし、ヨハネスブルグのポンテ・アパートの凶悪事件発生率は下がらないし、ヨハネスブルグ・ランチは口が曲がるほどまずいし、コッチェビ・キッズ/チェルノブイリ・チルドレン/ロンゲラップ・ピープル/フクシマ・ピープルの運命は変わらないし、金持ちの生活習慣病患者は松坂牛のA5ランクの霜降り肉を喰いつづける。E-M-M


本牧の街を出る最後の夜だった。本牧には5年住んだ。14歳の秋の終わりから19歳の冬まで。5年と3ヶ月。ルーム・メイトはピンボールの男。ピンボール・ゲームの天才。

「あした俺は西へ向かう列車に揺られ、おまえがたどったとおなじ道をゆく。そして、自分の人生、自分の歩く道をみつける」というおそろしくヘタくそな字でスクロール&ビートされた手紙(「手紙」とは到底呼べないシロモノだった)を残してピンボールの男は姿を消した。私が本牧の街を出る前の日だった。

ピンボールの男は小学校と中学校の同級生でルーム・メイトでもあった。私もピンボールの男も天涯孤独。世界をいっさい信用せず、憎んでいるところもおなじだった。Street Fightが好きなところも。私とピンボールの男の対戦成績は42戦全勝で私の圧倒的な勝利。当然だ。180cmの私に対してピンボールの男は158cm。体重差は23kg。おとなとこどもだ。

運動能力はピンボールの男のほうがすぐれていた。ピンボールの男は100m走を11秒台の前半で走った。あらゆる球技でたぐいまれな才能を示した。サッカー部のチーメ・メイトでもあって、私とともに中盤でゲーム・メイクした。私が提唱したトータル・フットボールを体現できる唯一のやつだった。私たちのトータル・フットボールは向かう所敵なしだった。全国大会の決勝で静岡のチームに負けるまでは。

ピンボールの男が姿を消した理由には思いあたることがあった。私はトルーマン・カポーティの短編集『A Tree of Night and Other Stories』の中の『Shut a Final Door』を読んでいて、生まれてこのかたまともに本を読んだことのないピンボールの男が私の読んでいる本にいつになく興味を示した。

私は『Shut a Final Door』の最後にある言葉を口にした。

Think of nothing things,think of wind.
なにも思うまい。ただ風を思おう。


私が言うとピンボールの男はぽろぽろと涙をこぼした。シチュエーションは異なるが、おなじことが過去に1度だけあった。あれは三島由紀夫が死んだ日だった。自衛隊の市ヶ谷駐屯地からあてもなくさまよい歩き、神宮外苑の銀杏並木にたどり着いて、青山通りから12本目の銀杏の樹の下のベンチに座った。それは、そうすることがあらかじめ決められていた運命のような感じがした。不思議な時間だった。そして、カワウソのような大学生と出会った。

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小学校6年、1970年の秋の終わり。三島由紀夫が死んだ日。私は神宮外苑の銀杏並木で偶然知り合った大学生から1970年の夏に彼が経験した彼自身の物語を聴いた。大学生と私は神宮外苑の青山通りから12本目の銀杏の樹の下のベンチにならんで座り、ときどき銀杏の樹を眺め、通りすぎる車の数を数え、冬の気配を帯びはじめた東京の鈍色の空を見上げた。そのあいだ、大学生は彼自身の物語を私に聴かせ、私は大学生の物語に耳を傾けた。映画1本分の静かで不思議な時間が大学生と私に流れた。

大学生の話は1970年8月8日に始まり、18日後の8月26日に終わる物語だった。大学生は21歳で、彼は卒業単位を取ることがほぼ絶望的な状況に置かれていた。彼の郷里は海と山に挟まれた人口7万ほどのちいさな街で、東京の大学に通う彼が夏休みに帰省してもなにひとつすることがない退屈な日々が待ち受けていた。毎晩8時ちょうどに帰宅する父親の靴を磨き、靴磨きが終わるとJayという名前の中国人のバーテンダーがいるバーに行ってビールを飲む。それが夏休みの大学生の日課だった。

「Jay’s Barはとにかく居心地がいいんだ」と大学生はうれしそうに言った。「Jay’s Barに行くとかならず友達の鼠と顔を合わせた。僕と鼠はひと夏をかけて、なにかに取り憑かれたように25メートル・プール1杯分のビールを飲んだ。Jay’s Barの床一面に南京豆の殻をまき散らしながらね。Jay’s Barにあった伝説のピンボール・マシン、スリー・フリッパーのスペースシップには世界中のコインをかき集めても足りないほどカネをつぎこんだよ。まったく…。まったくばかばかしいにもほどがある」

そこで大学生は私にウィンクした。とても魅力的なウィンクだった。

「もちろん、25メートル・プール1杯分のビールと床一面にまき散らされた南京豆の殻とスリー・フリッパーのスペースシップでなにかしらの答えがみつかるわけはなかった。当然のことだ。でもね、そうとでもしなければやりすごせないほど退屈で長い夏だったんだ。そして、ある晩、僕は彼女をみつけた」

彼女はJay’s Barの洗面所で気を失って倒れていた。したたか酔っぱらっているようだった。大学生は彼女を自分の車に乗せ、彼女の部屋まで送りとどけた。部屋に着いても彼女は気を失ったままだった。

「その女の子は左手の小指がなかった。どうして彼女が小指を失ったのかはわからずじまいだった。たぶん、女の子は自分で噛み切ったのだと思う。根拠はないけど、それが彼女にふさわしいように思える。なにかしら混みいった事情があったんだろう。でも、それは僕が首を突っ込むような問題じゃなかった。僕にクリアできるハードルではなかったろうしね」

Jay’s Barの洗面所で気を失っていた女の子を発見した翌日、大学生はレコード・ショップで彼女と再会した。彼女はそのレコード・ショップで働いていたのだ。マイルス・デイヴィスの『ギャル・イン・キャリコ』が入ったLPレコードとグレン・グールドの弾く『ピアノ・コンチェルト第3番/ベートーベン』を大学生は買った。

「グールドの『ゴルトベルク変奏曲/J.S.バッハ』もいっしょに買ったかもしれない。1955年録音のをね」と大学生はつけ加えた。

レコード・ショップでの再会以後、大学生と小指のない女の子は少しずつ親しくなっていった。Jay’s Barでいっしょにビールを飲んだり、小指のない女の子の部屋で食事をした。それでも二人が一線をこえることはなかった。小指のない女の子の奥深くに他者をある地点より内側にはけっして立ち入らせない強固な防衛線が存在することに大学生は気づいていたからだ。

旅に出ると言って行方をくらましていた小指のない女の子は1週間ほどで姿を現した。大学生と小指のない女の子は夕暮れの港をゆっくり時間をかけて散歩した。

小指のない女の子は大学生に打ちあける。旅をしていたというのはうそで、本当は妊娠中絶の手術を受けたのだと。相手の男のことは名前はおろか顔さえおぼえていないということも。その夜、大学生は小指のない女の子の部屋で彼女をそっと抱き、寝かしつける。

「それだけが僕が彼女にしてあげられることだったんだ」

そう言ったきり大学生は黙りこみ、うつむいた。彼が泣いているのがわかった。私もいっしょに泣いた。それだけが私が彼にしてあげられることだったからだ。

大学生と小指のない女の子と鼠。かれらは行き場のない孤立感を抱いているように思われた。そして、かれらはかれら自身がかかえる孤立感が手のほどこしようのない種類のものであることをよくわかっていたのだと思う。かれらはとらえどころのない喪失と諦めを胸の奥に秘めて、ひと夏をかけ、なにかに取り憑かれたように25メートル・プール1杯分のビールを飲み、Jay’s Barの床一面に南京豆の殻をまき散らし、スリー・フリッパーのスペースシップに世界中のコインをかき集めても足りないほどの小銭をつぎ込んでいたんだろう。

「本当の意味で人が人を理解することなんかできやしない。おなじように、自己を安上がりに救済することもできない」と大学生は吐き出すように言って深々とため息をついた。そのため息は計算しつくされた残響音みたいだった。私は大学生が回復不能なほど打ちひしがれているのだなと思った。かなしみなどひとかけらも入りこむ余地がないほどに。そして、かれらの夏は静かに終わりを告げた。大学生はチャイナのCの座席に座って東京に戻った。

カワウソのような大学生はその夏の日々を元に小説を書きはじめたのだと言った。タイトルは『Happy Birthday and White Christmas』だというので、私はそんな甘ったるいのはダメだと言い、私がそのとき読んでいたトルーマン・カポーティの『Shut a Final Door』の最後にある言葉を教えた。

Think of nothing things,think of wind.
なにも思うまい。ただ風を思おう。


カワウソ大学生はぶるぶるとふるえだし、声をあげて泣いた。それまで霜取り装置のこわれた冷蔵庫ていどのクールさを漂わせていたカワウソ大学生とは別人にみえた。

ひとしきり泣いてから、カワウソ大学生は「もうすべては終わったことなんだ」と言った。彼の眼は驚くほどの静けさにみたされていた。「もうなにも考えないことにしようと思う。ただ静かに風に身をまかせていようと思う」と大学生は付け加えた。

「それがいいよ。そのほうがいくらか救いがある。25メートル・プール1杯分のね」と私は言った。
「25メートル・プール1杯分の救い」と大学生は言い、すこし笑った。

夕闇が大学生と私に迫りつつあった。「またいつかどこかで」と二人同時に言った。そのとき、青山通りから不思議なにおいのする風が吹いてきた。白いカローラの軍団が轟音を鳴らして銀杏並木を走りぬけ、銀杏の樹々がいっせいに笑いだしたほかは特別なことはなにも起こらなかった。

大学生と私は握手をし、とても気持ちのよい笑顔をかわした。絵画館の方向に歩いてゆく大学生の後姿を見送りながら、私は小さなため息をひとつだけついた。大学生の背中が神宮の森の親しげな闇の中に消えるのを見届けてから、私は青山通りに向けて歩きはじめた。また風が吹いてきたが、こんどは不思議なにおいはせず、銀杏たちも笑わなかった。48年前の出来事だ。チャイナのC。なにも考えないための座席はたぶんまだ空いているはずだ。

大学生はその9年後、ある文学賞の新人賞をとり、さらにその8年後、ビートルズの歌をタイトルにした小説でベストセラー作家の仲間入りをした。ビールと南京豆とジュークボックスが好きだった大学生はいまやノーベル文学賞の有力候補だ。大学生の名は村上春樹。EDが目下のところの一番の悩みらしい。ピンボールの男の行方は杳として知れない。

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# by enzo_morinari | 2018-12-16 09:09 | Tokyo Street Stories | Trackback | Comments(0)

ラ・メールとオーラル・セックスとピストルとソレイユとサンディカリスムとスカンクと花の頂上とアカプルコ・ゴールドと赤目と四月の魚

 
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俺は敵をつぶすためにポゴダンスを踊ってジャンプする。S-V
レザー・ジャケットとレザー・ジーンズとバイク・ブーツを死装束にしてくれ。S-V


昔々の大百足昔。のべつ幕なし/ところかまわずにMountingを求め、SexのPeakで巨魁山脈になる女がいた。巨魁山脈女は達したとき/絶頂に至ったとき/アクメ/オーガスム/イクイク/アレアレモーモー/もっともっと/突いて突いてのときに脱糞することがあった。1度や2度ではない。サクかった。ラフレシアの巨大な花が咲いたときのようにサクかった。アカプルコ・ゴールドにむしゃぶりつくスカンク。あまりのサクさに鼻がとれた。以来、佐久の鯉こくが食べられなくなった。マグロの柵には見向きもしない。

巨魁山脈女はサミットストアのソレイユの丘店でレジ打ちのパートをしていた。孫が7人もいる主婦だった。夫との夫婦生活は順調だが、それでは足りないということだった。私はといえば、Syd BarrettにもSid Viciousにも似ても似つかぬ日々を生きていた。もちろん、El Cidにも。あの日々はOh'myのパスタもどきのようにFuckで、Oh, My Shit Daysだった。サンディカリストにしてユダ公のセルジュ・ゲンスブールには夜明けと朝めし前と昼と昼下がりと黄昏時と夕暮れと夜ふけに3回ずつ唾を吐きかけた。

私、Charles IX de Franceの落胤にして萬嘲報社主である万 愚節とのSea, Sex, Sun, Drugs, Rock ’n’ Roll, Pistol, Flower Tops, Red Eyes and Poisson d’Avrilな関係がバレて巨魁山脈女は離婚。家族にも縁を切られた。

巨魁山脈女は現在、アメリカ合衆国モンタナ州サンダーズ郡の国立クートニー・クンニリングス森林公園内にあるSex Peak/セックス山の管理人をしている。もちろん、森の猩々相手にMounting三昧の日々。パンツを履いたサルがパンツを脱いでサルに小口径のPistolあるいは大口径のBig Magnumを求めるという猿芝居。自慰をおぼえたサルが毛が抜けて死ぬまでコキつづけるように愚かでコキュでコルナールでコルネットで嘘のような獺噺である。まことにPoisson d’Avrilにふさわしい噺だ。

Charles IX de Franceも草葉の陰でバックバクにキメて、さぞかし赤目だろう。巨魁山脈女の亭主はコキュ/コルナール/コルネットで短小カントン包茎でミントン・ハウス専属のコルネット吹きだが、クチビルはダウソタウソのハマーなみに厚い。顔はサンダとガイラをミキサーにかけてミンチにし、菅原洋一型の成型をほどこしたような有様と聞く。人は様々なる意匠の中に生き、それぞれに不幸である。これらのことからわれわれが学ぶべきことはいくつかある。

時は命を削る。時はゼニカネになることもあるが、たいていの場合、骨折り損のくたびれ儲けに終わる。オーラル・ケアは大事だし、オーラル・セックスはいくぶんかの快楽/快感/5番アイアン・オニールをもたらすが全的ではない。バクモンの田中はポケモンのやりすぎ/ピカチュウをネタにコキすぎで金的を片方全摘されていて片金玉野郎だが、エルガー江戸川威風堂々、稲荷町の仏壇屋の小娘のCOMME des GARÇONSである。

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Time - Pink Floyd (1973)
Sex & Drugs & Rock & Roll - Ian Dury (1976)
Holidays in The Sun - Sex Pistols (1977)
Sea, Sex and Sun - Serge Gainsbourg (1978)
 
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# by enzo_morinari | 2018-12-15 18:06 | 海とセックスと太陽と四月の魚 | Trackback | Comments(0)

夜明けの口笛吹きの狂気は変性意識状態に陥ったアトミック・ハートを持つ母の胎内に回収され、ロストロポーヴィチの永すぎた春は終わりを告げる。

 
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夜明けの口笛吹きの狂気はいつ変性意識状態に陥ったアトミック・ハートを持つ母の胎内に回収されるのか?


世界の天井の朝、1日の始まり
Pink Floydをじっくりと聴く。高校1年の春に聴いて以来。夜ふけに聴きはじめ、最後に12回目の『The Great Gig in The Sky』を聴きおえ、コンピュータをシャットダウンしたのが午前5時12分。夜明けは遠かった。

8時すぎ、空が白みはじめた頃、ベランダに出て口笛を吹いた。夜明けの口笛吹きだ。口笛を吹き終えて耳を澄ます。鳥のさえずりなど聴こえない。聴きたくもない。眠らぬ者には無用だ。

高校1年生の春休みのときの狂気と2018年の真冬の夜明けの狂気。そのあいだに私の狂気はその質と量と深さを大きく変えた。大変貌した。いまは世界に立ち現われているあらゆる現象/事象/事態が腹立たしく、苛立たしく、憎々しい。憤怒と苛立ちと憎悪。世界はいますぐ崩壊し、跡形もなく消えてしまえばいい。

熱いカフェ・オ・レをいれ、シュクレをしこたまぶちこんでガブガブ飲む。2杯。ときに3杯。マフラーをきつく締め、35年もののダッフルコートを着こみ、ポルコロッソを伴って朝の見まわりに出る。

リュ・カンボンを渡る。そして、オテル・リッツの裏口からヴァンドーム広場へ抜ける。これが私の世界の天井における朝、一日の始まりだ。

世界の天井の下の私のストューディオがあるメゾンの入口の天井と葡萄酒色の扉とどんよりしょんぼりの巴里の空の下、リヴェ・ドゥ・ラ・セーヌ・ア・パリは本日もバトー・ムーシュやら洗濯船やらいんげん豆船やらが「実存、実存」とけたたましく汽笛霧笛を鳴らしまくりながら行き来するのを文句ひとつ言わずに流れつづけるのだが、それが実は夢だということはないのであるか? 夢のまた夢だということは。

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朝はJ.S. バッハ『無伴奏チェロ組曲 第1番 プレリュードとサラバンド』を繰り返し聴く。演奏はムスティスラフ・レオポリドヴィチ・ロストロポーヴィチ。ジャンルも時代も楽器も問わずに好きな演奏家の一人だ。ベルリンの壁崩壊のときに彼がベルリンの暗鬱で鈍色をした空の下、壁の前でただ一人チェロを弾く姿を生涯忘れぬ。

威厳と慈愛と孤高。
類まれなる単独者。


激しく心をふるわさずにはおかない光景だった。パブロ・カザルスとどちらを取るかと言われると困るが、ミッシャ・マイスキー、ヨー・ヨーマが相手なら、一も二もなく、ロストロポーヴィチを取る。格がちがう。志がちがう。ロストロポーヴィチの前では、ミッシャ・マイスキー、ヨー・ヨーマなど、まだ青二才の洟たれの小僧っこにすぎない。

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圧倒的な技巧。奥深く秘められた熱情と反骨。ほのかに香り立つ気品と風格。揺るぐことのない技量と豊かな音量に裏打ちれたスケールの大きな表現性。なにもかもが圧倒的だった。

ロストロポーヴィチのチェロを聴いていると母親に抱かれているような心ふるえる錯覚にしばしば陥った。原始の母の腕懐の中で眠る至福。そのまま死んでしまいたいとさえ思う。しかし、セロ弾きのスラヴァの暢気眼鏡の奥で光る眼にはひとかけらの笑いもない。その眼には深く重い悲しみが宿っている。

いったいいつになったらセロ弾きのスラヴァは心の底から笑い、ロストロポーヴィチの永すぎた春は終わりを告げるのか? そして、夜明けの口笛吹きの狂気はいつ変性意識状態に陥ったアトミック ハートを持つ母の胎内に回収され、癒されるのか? ムスティスラフ・レオポリドヴィチ・ロストロポーヴィチの暢気眼鏡の奥で光るものの意味が解明されることはあるのか?

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夜明けの口笛吹きの狂気はいつ変性意識状態に陥ったアトミック ハートを持つ母の胎内に回収され癒されるのか、ロストロポーヴィチの永すぎた春はいつ終わりを告げるのかを考えながら、チンピラ音楽に血道をあげ、諸手を挙げて賞賛するポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊どもを小馬鹿にし、蔑み、あざ笑う。ライブ中に過呼吸だか心臓バクバクだか不整脈だかでぶったおれて帰ったキノコ頭4人組カブトムシ楽隊の生き残り、愚鈍陋劣なニッポン人をだまくらかして小遣い稼ぎに年中やってきやがるオワコンDirty Macことポールガ・マッカニムケタニーのポンコツ・ライブに5万も10万もカネを払う能天気極楽とんぼどもについてはさて置く。

QUEENとやらいうチンピラ音楽隊の隠された真実と称する映画『Bohemian Rhapsody』についてポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊どもが中身空っぽスッカスカ/うわっつら薄っぺらペラペラ/肌が粟立つような死んだ言葉/浮いた言葉でああでもないこうでもない滑った転んだとかまびすしい。いわく、QUEENサイコー、涙でる、鳥肌もん、終わりよければすべてよしetc, etc…。乱痴気不衛生きわまりない行為/性癖が元でくたばった野郎なんぞにはいっさい興味はない。

チンピラ音楽が滑った転んだなどどうでもいい。真実だろうが虚実だろうが欺瞞だろうが勝手にやってやがれということだ。

チンピラ音楽だろうがエーベックソだろうがAKBだろうがマットンヤ・ユミーンだろうがタツローこと真夏の炎天下のアスファルトに放置された牛レバの刺身/BLOBFISH/ニュウドウカジカ(ヤマシタタツローウオ)だろうがクワタだろうがクワガタだろうがキノコ頭4人組のカブトムシ楽隊だろうが転がる石詐欺集団だろうがバッハだろうがモーツァルトだろうがマーラだろうがラフマニノフだろうが虎造だろうがいいと思うなら聴けばいいし、好きなだけ銭カネをドブに捨ててライブでもコンサートでも行けばいい。しかし、横並びで絶賛賞賛の嵐は御免蒙りたいものだ。反吐が出る。おまえらはファシストか? 特にオワコン人生/年金暮らしのクソじじいクソばばあ/棺桶首までどっぷりのポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊どものチンピラ音楽談義には虫酸が走りまくる。吐く。ゲロゲーロゲロゲーロ・ジャバ・ザ・ハットときたもんだ。Ψ(`▽´)Ψウケケケケケ

チンピラ音楽には1mmの価値もないというのが悪ガキの頃からの揺るぎない立ち位置である。原則/自分で自分に課したルール/掟として不良/ツッパリ/与太者/ヤクザ以外の者どもとは肉体言語闘争/Street Fightはしなかったが、例外としてチンピラ音楽かぶれ/チンピラ音楽隊の猿真似をして髪の毛を長くしている野郎は徹底的にのした。いつもバリカンを持ち歩いていて、長髪野郎をとっつかまえては丸刈りにした。その数、42人。それくらいチンピラ音楽と長髪が嫌いだった。1969年夏のウッドストック(Woodstock Music and Art Festival)なんぞには集中的に隕石が堕ちればよかったのだと長いあいだ思いつづけた。

チンピラ音楽をやってる野郎は年端もいかない小僧小娘をだまくらかして金品を巻きあげるゼニゲバとこどものころから思っていた。巻きあげられた小僧小娘どもは長じても懲りずに巻きあげられるという構図。

ボヘミアン・ラプソディ? それってうめえのか? ラ・ボエームの明太子パスタはうまいぜ。サルティーニャ出身の海賊の子孫にして名ギャルソン、セバスティアン・ピラスは「こりゃ、☆2だ!」って感心してたぜ。1200円でクラム・チャウダーとガーリック・トーストとコーヒーがつくぜ。給食費もろくに払えなかった貧乏人の小倅にもC/Pはよかったぜ。

ヨーロッパの漂泊どころか、アメリカの放浪すらしたこともない輩にボヘミアン言われても鼻白み、ちゃんちゃらおかしくてヘソが茶を沸かす。おまえら、アンゴルモワ語しゃべれる? 聴きとれる? 書ける? 読める? Englandと狭い土地と釣針の関係わかる? サクソン人とザクセンとサクソフォーンの関係は? フランセは? おふらんす・きゃんきゃん踊れる? ボードレールの『Les Fleurs du Mal/悪の華』を原書で読んだことある? 翻訳では? イタリアーナは? Pizzaと肘をピザって10回言ってない? ナポリタンという名の日本の固有食種/サテンめしをパスタだと思ってない? エスパニョルは? バスクとカタルーニャについて100字以内で語れる? 散種(Dissémination)/ディアスポラ/ガスコーニュ人/ロマ(ジタン)/プロヴァンス地方の問題考えたことある? おまえらがしたり顔でほざくRock ’n’ Rollとやらは散種/被差別/不遇/貧困が生んだんだってことわかってる? エスパーニャとポルトゥゲーザが仲悪いの知ってる? 仲が悪いのは海岸線をめぐるフラクタル/自己相似/マンデルブロ集合/ハウスドルフ次元/ミンコフスキー次元がカンケーしてるって知ってる? PaellaとNasi Gorengのちがいを20文字以内で言える? Pilafと炒飯と編集焼きめしババア(Édith Piaf)のちがいわかってる? ECHIRÉの無塩発酵バター練りこんだクロワッサンと編集作業とPilafの三題話/三段話わかる? ポルトゥゲーザは? ドイチェ・シュプラーヘは? ディモティキ/カサレヴーサ/デーモティケーは? ラティーナは? それより、肝心かなめのニポンゴ、ダイジョブデツカ?

ムスティスラフ・レオポリドヴィチ・ロストロポーヴィチが逝って12度目の春がやってくる。

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Pink Floyd - The Great Gig in The Sky
Mstislav Leopol'dovich Rostropovich - J.S. Bach: 6 Cello Suites
 
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# by enzo_morinari | 2018-12-14 06:17 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

Fairy Tale of Tokyo 天使と妖精と酔いどれのクリスマスに向けて/タクシーに手をあげて

 
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好きだから会いたい。好きだから触れたい。好きだから声が聴きたい。話は簡単だ。E-M-M

TAXIに手を上げてGeorgeの店までと 土曜の夜だからあなたがいそうで O-FUMI


1987年のクリスマス・ウィークの激しい雨が降る土曜の夜。赤坂9丁目、乃木坂のGeorge's。泡劇場の開幕から1年。タクシーの女と別れてから1年2ヶ月。来るはずのないタクシーの女を待っていた。

George'sのマスターが目くばせした。見ると、ずぶ濡れのタクシーの女がふるえながら立っていた。タクシーの女の目からは土砂降りの雨。

「つもる話はあとまわしにしよう。とにかく、座って濡れネズミになった体と髪の毛を拭いて、Four Rosesのホット・ウィスキーを飲んで、そのおっきなお目々ちゃんの土砂降りをしばらくやませてくれ。おれはおまえのふるえがおさまって、頰に赤味がさすまで103番のボタンを押しつづけてMinnie RipertonのLovin' Youをずっとかける。それで失われた時間のいくぶんかは取りもどせるはずだ。OK?」

タクシーの女は静かにうなずく。

「マスター。それでOK?」

George'sのマスターも静かにうなずいた。

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「ここで鈴木聖美の『TAXI』が聴けたら最高なんだけどな。クリスマス週間だし、土曜日だし、雨だし、奇跡的にほかに客はいないし」

私が言うとGeorge'sのマスターはぶっきら棒に「あるよ」とだけ言って、鈴木聖美の『TAXI』のドーナツ盤を持ってジューク・ボックスに向かい、手際よく『TAXI』をセットした。

「103番に入れたよ」とGeorge'sのマスターは言ってウィンクした。

103番のボタンを押した。10回。20回。30回。40回。50回。60回。70回。80回。90回…100円玉がなくなるまで。世界中のすべての硬貨をかき集めて。失われた恋と失われた時間が取りもどせるくらい。クリスマス週間の土曜日の雨の、そして、奇跡的に私とタクシーの女のほかに客のいないGeorge'sに鈴木聖美の『TAXI』が繰り返し繰り返し流れた。タクシーの女に手をあげた。タクシーの女も手をあげた。

日付が変わる頃、激しい雨は雪に変わっていた。タクシーに手をあげても知らんぷりされた。タクシーの女をオーバー・コートの中にくるんで六本木通りを歩いた。すごく寒かったがおなじくらい暖かかった。クリスマスにはそこそこいい思い出ができるものだ。今度、サンタの爺さんに会うときは、正装して、ブラック・タイをしめて、そのときだけは育ちの良い子のふりをして丁寧に礼儀正しくお礼を言おうと思った。払わなかった給食費と同額の子供銀行券を添えて。赤っ鼻のトナカイくんには旅人の樹の葉っぱを1枚とターコイズ・ブルーのシードを42粒とタンブルウィードをみっつ。

いろいろと七面倒くさいことや厄介や剣呑や狷介があるけれども、とりあえず、同時代に生きるすべての人々がいいクリスマスを迎えられますように。手をあげれば幸運のタクシーがとまることがないともかぎらない。

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TAXI - 鈴木聖美 (1987)
Lovin' You - Minnie Riperton (1974)
 
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# by enzo_morinari | 2018-12-12 15:19 | Fairy Tale of Tokyo | Trackback | Comments(0)

タンブルウィードの冒険/ウィッチ・タンブルウィードとウィンドマンと旅人の樹の精霊とマダガスカル島と人間が歩いてきた道の数と風が運んだもの

 
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「歩いてマダガスカル島にたどり着くことは可能か? 骸骨がスカラシップを使わずにマダガスカル島にたどり着くためのスキルが知りたい」とウィンドマンは言った。

「おれは足がないから歩けない。風に吹かれることしかできない」とウィッチ・タンブルウィードは言った。

「風はわたしが起こしてあげよう」とギャビン・ライアル・ワトソンこと旅人の樹の精霊は言った。旅人の樹の精霊がからだを背後に反らし、前方に倒すと強い風が起こった。ウィッチ・タンブルウィードは風を受けて瞬時に高く舞い上がり、風に乗った。このようにして、マダガスカル島への旅は始まった。

ウインドマンは眉間に深いしわを寄せ、苦虫を噛みつぶしたような表情で風に乗って遠ざかるウィッチ・タンブルウィードを見送った。

「俺は人間が歩いてきた道を歩く。人間が歩かなかった道も歩く。そうすれば、いつか目的地にたどり着く。目的地はマダガスカル島だ。旅の目的? 旅のさなか、歩いているあいだに考えればいい。ついでに、人間が歩いてきた道の数も数えることにしよう。急ぐ旅でもない」

言い終えるとウインドマンは歩きだした。ウインドマンの歩いたあとには細くうねった道ができた。ゆっくりと遠ざかるウインドマンの背中に向かってささやくような声で旅人の樹の精霊は声をかける。

「いい旅を。激しい雨の中でタンバリンを打ち鳴らしながら転がる石のように天国の扉を探しつづけてきたウインドマン。大地のヘソがいつもともにありますように」


Attack of the Tumbleweed
 
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# by enzo_morinari | 2018-12-11 17:51 | タンブルウィードの冒険 | Trackback | Comments(0)

木偶の坊野暮天ノータリン能無し佐平治の極楽とんぼぶり

 
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沖縄の民を異民族として切り捨てるのか! 在日外国人労働者を見捨てるのか! そう大声で啖呵を切った舌の根も乾かぬうちにぬけぬけと朝から晩まで文楽三昧だとよ(´Д` ) 極楽とんぼが文楽とは大嗤いもいいところだってのよ! アゴアシ見物料お代は一切合切年金という名の税金でよ! その銭カネ沖縄の民と在日外国人にくれてやれってのよ!

来る日も来る日もバカ酒喰らって、大めしたらふく喰らって、やれ落語だやれお能だやれ文楽だやれ歌舞伎だと酔生夢死にうつつを抜かし、のうのううまうまと生きてやがるポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊が寝言たわ言能書御託をならべてんじゃねえってのよ!

弱者に寄り添うふりをして、中身は安全圏安全地帯に身を置いた安穏天下泰平楽の極楽とんぼ。言うこと書くことやることなすことすべてが中身空っぽうわっつら上っ調子薄っぺらペラペラスッカスカあさはかで愚劣陋劣ときたもんだ。ムカッ腹が立って臍茶がアッチッチだってのよ! アッチいけ! 下衆外道木偶の坊の佐平治! なんの心配もいらねえから一刻もはやく死ねばいいのにΨ(`▽´)Ψ
 
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# by enzo_morinari | 2018-12-11 15:41 | Sharp Tongue | Trackback | Comments(0)

Stupid Cupid Kewpie/TATTOO<刺青>あり。左手の小指の先端なし。

 
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倭人はみな黥面文身、海に潜って魚を捕る。San-gok-si Gi-sho Toi-den Wajin No Joe
3分でできあがる料理は3分で終わる人生のようなものである。E-M-M


コスモポリタン街のビーナス・アヴェニューとエロース・ストリートの交差点でRose O'Neillを待っているときに全身に犬鯨のタトゥーをいれたKewpieが現れた。TQCの登場だった。

全身に犬鯨のタトゥー、カブのように尖った頭と髪型、2.5頭身、小さくて短い眉毛、わずかに上がった口角、うつむき加減の顎、大きく開いた手のひら、ぽってりしたおなか、背中に生えた小さな羽根、性別不明。Kewpieそのものだった。左手の小指は第2関節から先がなかった。

「初めまして。極道のゴキューピッド/ゴクピードー/ゴクピド/TQCです」

やはり、Kewpie本人だった。「あなたにこれから愛のけじめの矢を放ちます。かなり痛いけど、我慢してください」

TQCは暇さえあればとどまることなく味の素のマヨネーズとQPコーワゴールドを飲んでいる。味の素のマヨネーズ? そこは断然キユーピーのマヨネーズだろう?

「イロエロありますが、ここはどうかひとつ極道天使にラブ・ソングをおねがいします」

天使にラブ・ソングを? それはキューピーじゃなくてウーピーだから。ウーピー・ゴールドバーグ! やれそれ。

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キユーピー3分クッキングのテーマ曲 (Full Version)
 
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# by enzo_morinari | 2018-12-11 08:56 | Stupid Cupid Kewpie | Trackback | Comments(0)

老人とパン/パリの痛みのパンタグリュエル・パン

 
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痛みのパンなくして前進なし。E-M-M
涙とともにパンを食べた者でなければ人生の味はわからない。J-W-V-G


冬のパリは痛い。冬の旅も痛い。おなじくらいにパンは痛い。涙とともに食べたパンは数知れない。

涙のパンを求めてパリの街をヴァガボンドしていた頃、セーヌ・フランソワーズ左岸、Quartier Saint-Germain-des-Présの北のはずれのパン屋で痛みのパンタグリュエル・パンを焼くパン職人の老人と出会った。パン職人の老人の名はFrançois Honoré de Balzac Rabelais=Sagan. 92歳。


Wer nie sein Brot mit Tränen aß/He who never ate his bread with tears D480 Op. 12/2 (Franz Schubert) - Hermann Prey/Gerald Moore
Wer nie sein Brot mit Tränen aß/He who never ate his bread with tears S.297 (Franz Liszt) - Hans Hotter/Michael Raucheisen
Wer nie sein Brot mit Tränen aß/He who never ate his bread with tears (Hymn) Op. 113 - Jean Sibelius
Winterreise/冬の旅 D911 (Franz Schubert) - Fischer Dieskau/Maurizio Pollini
Winterreise/冬の旅 D911 (Franz Schubert) - Ian Bostridge

 
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# by enzo_morinari | 2018-12-11 00:34 | 老人とパン | Trackback | Comments(0)

Stupid!

 
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黙らんかい! アホンだら!バカ野郎!Mr. T

この国にはふたつの貧乏物語がある。一般家庭の貧乏自慢と貧困家庭の貧乏隠しだ。E-M-M

Stupidども! ひもじい思いをしている者たちがいて、その酒、そのめし、そのスウィーツはうまいか? お能落語歌舞伎アート映画ライブ旅行はたのしいか? おもしれえか?E-M-M


かつてあちこちで勝ち組/負け組という言葉を耳にした。そのたびに虫酸が走った。とうとう腹にすえかねて、六本木ヒルズ森タワー51階のRoppongi Hills Clubで行われたアントレプレナーの集まりで勝ち組/負け組と大声でほざいていたベルサーチ髪染め野郎を袋叩きにした。IT企業のCEOだった。ITバブル/ドットコム・バブルの申し子。六本木ヒルズの1フロアに御大層なオフィスを構えてふんぞり返っていた若造小僧っ子の下衆外道。21世紀の幕開け、2001年の真冬のことだ。数年後に日経の1面に記事が載るほどの大型倒産。そればかりか、その若造小僧っ子は出資法違反と粉飾決算(詐欺/特別背任)の罪で東京地検特捜部に逮捕された。ざまあない。出所したら鬼の庭の評定/お裁きがお待ちかねだ。吐いた唾は飲ませない。地獄の底までも追いかけ、追いこむ。吊るか切るか飛び降りるか飛び込むかさせる。しないならケムリにしてやる。耳削ぎ鼻削ぎ爪抜き歯抜き舌抜き目玉抜きのあとに。

だいたいからして、持株会社/Holding Company/○○ホールディングスというのが気に入らない。幻想にすぎないゼニカネ/金融で支配するという発想は下衆外道のものだ。支配する下衆外道どもは現場/最前線の兵士/セールスマンの死にはいささかも思いをいたさない。生きようが死のうがおかまいなし。100万の兵が全滅しても、ゼニゲバ戦線異状なし。ゼニカネ/金融/既得権益以外はすべて使い捨て/消耗品だ。

この国の企業のあらかたは上場/非上場、大中小零細を問わずに内部留保とサービス残業が大手を振ってまかり通っている。日本企業はすべて例外なくブラック企業/暗黒企業/闇企業だ。

社奴/社畜として50年こき使われ、消耗し、疲弊し、老い、劣化し、スズメの涙の退職金をあてがわれて、使い捨てられる。

いったい、いつ愉しむんだ? いつ気分よく生きるんだ? 叛乱を起こさないおまいらはどいつもこいつもStupidだ!


Stupid - The Birthday
 
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# by enzo_morinari | 2018-12-10 04:12 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

嵐と衝動遊び/もうほとぼりが冷めた頃だろうとタカをくくっている者たちへの警告をかねて

 
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Blow, winds, and crack your cheeks! rage! blow! (King Lear/Act 3, Scene 2) W-S


私のためのロマンティック・ピリオドの前段階、嵐と衝動の時代。嵐と衝動遊びと名づけたいくつかの遊びをつくった。

嵐と衝動遊び1
地元/よその街を問わずにストリートを歩いていて、不良/ツッパリ/暴走族/ヤクザがいたらケンカをふっかけてStreet Fightをする。

嵐と衝動遊び2
人通りの多い場所で事前に決めていた色のものを身につけている女(年齢/単独複数は問わない)の前でいきなり土下座し、「セックスさせてください! Sex, Drugs and Rock’n’Roll!」と叫ぶ。

嵐と衝動遊び3
空前のディスコ・ブームで毎週どこかでパーティーが行われていたので、「違法集会特別取締捜査官」を名乗ってパーティー会場に乗りこみ、主催者を呼びだして金品を巻きあげる。私のパーティーつぶしは瞬く間に不良どものあいだにひろまり、中にはマネをしてパーティーつぶしをやる者が雨後の筍状態で現れた。当然、事後に著作権使用料を徴収した。速やかに応じない場合は大審問官/検察官として鬼の庭で肉体言語裁判を行い、苛烈熾烈峻烈な判決を宣告し、即時執行した。上訴不可。証拠調べなし。鬼の庭においては一事不再理/疑わしきは被告人の利益に/罪刑法定主義の法理はいっさい通用しない。なんとなれば、俺が掟だ!/I, the Jury!だからである。

嵐と衝動遊び4
週末の午前零時前後に幹線道路をひたすら歩き、通りがかった暴走族の集団を停止させてクルマ/バイク/金品を強奪する。身ぐるみを剥ぐ。私はこれをたったひとりの歩き集会と名づけた。たったひとりの軍隊/軍団である私は日本刀を一振り持って武装していた。のちに「走る暴力団」の異名をとったシカンボが中心となって東京下町の悪ガキどもが結成した極悪が歩き集会をやるようになるけれども、私が手ほどきした。手ほどきギャラは未払いのままだが、永遠に支払われることはないだろう。当時の極悪の構成員は死刑/無期懲役/長期の有期懲役/殺人の被害者/事故死/病死/自死してひとりも残っていない。

嵐と衝動遊びは成人してからもつづいた。以後、気が向けばそのいくつかをしるす。決して、夢にも、真似/パクリ/模倣/参考にしてはならない。ろくなことはない。まちがっても7の目は出ないものと知るべし。そして、凄絶壮絶な最後にして究極の嵐と衝動遊びはこれから始まる。きょうび、草の根をわけても探しだすのは造作もないことだ。草の根をわけるまでもなく、手間も暇もかからない。ヒョヒョイのヒョイ仕事だ。ケムリにするのは赤子の手をひねるよりもたやすい。血祭り/八つ裂きの宴は世田谷弦巻の養父志で始まる。


腹くくっとけよ、居残り木偶の坊。Ψ(`▽´)Ψ
 
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# by enzo_morinari | 2018-12-09 17:03 | 嵐と衝動遊び | Trackback | Comments(0)

『シンドラーのリスト』を奏でる少女

 
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蝋燭のあかりは細く小さくていい。E-M-M


1994年の早春。横浜山手・根岸台の洋館。ひどい寒さと強い風の日だった。場ちがいな集まりに来てしまったことに後悔しはじめていた。ワインなどではなく、強い酒が飲みたかった。安く強い酒を。一人で。嘘くさい笑い声など聴きたくもなかった。腑抜けて引きつったようなお愛想笑いに唾を吐きかけたかった。もちろん、世界にも。一人になりたかった。

宴の終わり近く。うんざりした気分を打ち消すように一人の少女が思いつめた面持ちでホールの中央に進みでた。少女は古く時代がかったフリルのついた赤いドレスを着ていた。年の頃、10歳前後。少女からおとなへのとば口に震えながら立ちつくしているように思われた。

少女はあちこちニスの剥げた古色蒼然としたヴァイオリンを抱えていた。かき抱いていた。大切なものを何者にも触れさせまいとする強固な意志の力が感じられた。私は少女の瞳の中に強く深い絶望と怒りと憎悪を読み取った。ペグの天使の彫刻が憤怒の形相をしているかにみえた。

少女は自分の祖母が長い癌との闘病の果てに数日前に死んだことを話しはじめた。そして、ホロコーストについて言及し、死んだ祖母がユダヤ系ポーランド人であり、自分はユダヤ系フランス人の母と日本の外交官とのあいだに生まれたのだとも。

愚にもつかぬ談笑の種々がぴたりと止んだ。軽佻浮薄な宴の場は一気に静まり返り、凍りついた。その場にいる者のすべての視線が少女に注がれた。固唾を飲みこむ音があちこちから聴こえてきた。

S.スピルバーグの『シンドラーのリスト』が興行的に大成功を収め、アカデミー賞をほぼ総なめにして間もない時期でもあって、少女の切々たる話は上っ調子な宴の場を深い沈黙の館へと変えた。

「お願いです。どうか、わたしたちの悲しみと苦しみを忘れないで。聴いてください」

少女は話の最後に引きしぼるように言ってからメントニエラに小さくて華奢なあごをのせ、眼を閉じ、弓を祈りを捧げるように持ちあげた。そして、『シンドラーのリスト』を奏ではじめた。少女がヴァイオリンを弾く姿は強く深い痛みをともなう祈りの姿ででもあるように思われた。

少女のリコッシェ・サルタートとポルタメントのかけ方は独特で、ところどころにハイフェッツの憤怒のごとき鋭いイディオムを思わせるものがあった。フラウタートで奏でる音には目を見張るほどの柔らかさと悲しみとがあった。フラジョレットは思わず引きこまれるくらいに澄んだ音だった。グレゴリオ聖歌の『怒りの日』の旋律の一部が引用されたときにはわが耳を疑った。

フロッシュが何本も切れて生き物のように揺れ、舞った。先端のスクリューでなにかしらのど真ん中、土手っ腹を貫かれているような気分だった。あとで、少女のヴァイオリンの師匠筋にエリック・フリードマンがいると知り、なるほどと納得した。

全体として技巧は稚拙きわまりもなかったが、魂に届く音だった。激しく揺さぶられた。嗚咽し、涙を流す者が何人もいた。

いまでも『シンドラーのリスト』をみた冬の夜には少女のことが頭をよぎる。ギロチンの刃先のような鋭利で凄味のきいたヴァイオリンの音色とともに。そして、少女と『シンドラーのリスト』の赤い服の女の子とが重なる。四半世紀も昔のことだ。

25年の歳月を経て、彼女も今では母親となっているだろう。2014年の冬、ソチ五輪。彼女は赤い衣装を身にまとった氷の上の少女、ユリア・リプニツカヤの『シンドラーのリスト』の舞いを、キャンドル・スピンをどのような思いでみていたか。こどもたちに『母が教えてくれた歌』を聴かせているだろうか。彼女の心に薄闇の中の細く小さな蝋燭の炎は灯っているだろうか。そうあればいい。人間はひとつの命さえ救うことはできないが、どうか、そうあってほしい。

25年のあいだに蝋燭のあかりはどうなったか。冷酷と強欲と無関心と見て見ぬふりはなにひとつ変わっていない。変わっていないどころか、さらに巧妙に狡猾に陰湿陰険になっているように思える。いずれ蝋燭の小さな炎は消えるだろうが、それまでは、細く小さく灯りつづけてほしいものだ。


蝋燭のあかりは細く小さくていい。

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Theme from Schindler's List
Itzhak Perlman (Violin)
Luka Sulic (2CELLOS)
Simone Lamsma (Violin)/Davida Scheffers (English Horn/Cor Anglais)
 
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# by enzo_morinari | 2018-12-08 20:53 | 昔々、横浜で。 | Trackback | Comments(0)

クリスマス・イブにはイの一番に言わなきゃあいけないこと/虎造がサンタ・クロース♪

 
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1964年のクリスマス・イブは2人のサンタ・クロースがやってきた。1人は生物学上の父親、もう1人は二代目広沢虎造だ。5日後、TVのニュースに虎造サンタが出ていた。母親に虎造サンタがTVに出ていることを言うと、母親は針仕事の手をとめてTV画面に目をやった。

「虎造サンタさんは天国に行っちゃった…」

母親はぽつりと言い、涙を浮かべた。

「サンタ・クロースがいないことも天国がないことも知ってるよ。泥巡やったりメンコやったりベーゴマやったりおままごとやってるガキどもはサンタ・クロースはいるし、天国はあると思ってるだろうけど。おれは見た目はこどもでも、中身はとっくの昔におとななんだ」

私が言うと、母親は私を抱き寄せ、強い力で抱きしめ、嗚咽した。母親はコールド・クリームとミクロゲン・パスタと黒ばらのジャコーの混じった匂いがした。

その日の夜おそく、世界が寝静まったころ、虎造サンタがやってきて嗄れ声で言った。

「ハマっ子だってねえ」
「パリっ子だけどな」
「…スシを喰いねえ、スシを」
「タラコの焼いたのとマルシン・ハンバーグと江戸むらさきとエイトマンののりたましかないけどな」
「…サケを飲みねえ、サケを」
「サケは飲むもんじゃなくて泳ぐもんだけどな」
「…もっとこっちへ寄んねえ」
「目の前にいるけどな」
「…あんたのからだを二晩借りたよ、祇園の街で」

虎造がサンタ・クロース♪ 虎造がサンタ・クロース♪ 声の嗄れたサンタ・クロース♪


石松三十石船道中 二代目広沢虎造
 
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# by enzo_morinari | 2018-12-06 16:02 | 昔々、横浜で。 | Trackback | Comments(0)

汁まみれ

 
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みつはの女神が出て禊ぎの場処を上下の瀬と選び、迷うしぐさをしたあと、中津瀬のよろしいところで水浴をする。このふるまいを見習って禊ぎの場処を定めた。これが久しく意義不明のまま繰り返され、みぬまとしての女が出て、禊ぎの儀式の手引きをした。Sinobby Olly

水走る女は水の神、呪いの神、大蛇(オロチ)、蛟(みずち/みつち)の化身であって、精霊、物の怪、妖怪のたぐいである。水走る女は蜜迸り、滴る女でもある。古事記・日本書紀に弥都波能売神・罔象女神(ミツハノメノカミ)/水波能売命(ミヅハノメノミコト)とある。祖は水のマナの都、任那。E-M-M


朝、布団に入ったまま汁子のつくってくれた玉ねぎ汁を飲む。汁子はたぐいまれなる床上手/汁女だが、玉ねぎ汁もうまい。

朝めしは目玉焼きと鯵の干物の焼いたものと大根の味噌汁。食後、青汁を2杯。

昼めしは稲荷町食堂で豚汁定食。

夕方は浅草1丁目1番1号の神谷バーで浅草汁を肴に生ビール中ジョッキに電気ブラン落としこみを3杯。

晩めしは鯛の潮汁。

仕上げは汁子と汁まみれ。がまん汁さえ残らず。

明日は汁子の両親と雷門の柿汁で会食。両親の家業の汁粉屋の代替わりについて話しあう。晴れて本物の汁男となる日はもうすぐだ。いよいよ、汁男人生の年貢の納めどきである。

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# by enzo_morinari | 2018-12-06 09:43 | 汁まみれ | Trackback | Comments(0)

サイガは忘れた頃にやってくる

 
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サイガくんが初めてやってきたのは1964年12月25日の夕方だった。

「ハッピー・バースデー、樽犬くん」
「サンタのジジイはどうしたんだよ。赤っ鼻のトナカイじゃねえしよ。つまんねえの」
「ごめん」
「それに、なんだよその鼻は。赤っ鼻じゃなくて長っ鼻じゃねえかってのよ! 青っ洟たれてるし」
「災害です。サイガなだけに」
「際限なくつまんねえな。佐平次クラスのつまらなさだ」

私が言うとサイガくんは窓際の鉢植えの中から芽吹いたばかりのローズマリー・クルーニーとスミレ・ヒマワリ・フリージア・セイコを無表情に食べはじめた。同時にフレーゼ医師が往診にやってきた。そのすぐあとに、横須賀のさいか屋からサイガの樹のクリスマス・ツリーが届いた。

「おひさしぶりです。サガワです」

コント55号年ぶりに姿を現したサイガくんは飛脚の格好をしていた。フレーゼ医師の診察はまだつづいていた。100歳を超えているのにたいしたものだ。かくいう私は還暦を迎える。世界はまったくどうかしてる。どーんとはいかないが、なんでそーなるのかと思うきのうきょうあしたのまたの日だ。

サイガくんの再登場につづいて、次から次へとブツリュー・アニマルとワケワカ・アニマルたちがやってきた。

「おじゃまします。黒猫のヤマトです」
「おじゃまします。死猫のムサシです」
「おじゃまします。死蜂のムサシです」
「おじゃまします。虻蜂のトラズです」
「おじゃまします。貧蜂のヒロシです」
「おじゃまします。走猫のヒロシです」
「おじゃまします。箱猫のシュレディンガーです」
「おじゃまします。半透明猫のチェシャです」
「おじゃまします。夢風呂のトルコです」
「跳びます跳びます。カンガルーのちょいワルのジローラモです」
「あなたのしあわせを運びにきました。ペリカンのニッツーです」
「蝶のように舞い、働き蜂のように刺して働いて蟻酸噴きまくりのアリのマークのヒッコシーシャ・モハメド・アリーです」
「ランランカンカンドウブツエン♫ 焼肉好きの引っ越しのパンダやさかい」

ノラミ・ドラムを叩いたような奇妙な音がしたので窓をあけるとミラノの聖サイガのクリスマス歳末列聖サイガ・イルミネーションが見えた。

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# by enzo_morinari | 2018-12-05 12:03 | Animal Red Zone | Trackback | Comments(0)

ウォンバット戦闘団#1 沈黙の内なる野生の呼び声 ── 2018年冬の1973年のピンボール・マシンのガラスの上に置かれた『万延元年のフットボール』に関するピンチヒッター調書

 
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沈黙の内なる野生の呼び声 ── 2018年冬の1973年のピンボール・マシンのガラスの上に置かれた『万延元年のフットボール』に関するピンチヒッター調書


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パンデミック型万延元年のフットボールのゲーム開始のホイッスルが吹き鳴らされたのは1860年の早春のことだ。158年前。私はまだヨチヨチ歩きだった。鬼になっていないどころか、鬼の存在すら知らなかった。

となりのトトロ部屋ではユチーキ・フザクーワがウェブスターの英中辞典と首っ引きで福沢諭吉/小永井五八郎/肥田浜五郎/浜口興右衛門/岡田井蔵/根津欽次郎共著の『天井の上の上野精養軒の焼売よりパリの焼き栗売りよりキモチイイ人間と組織の作り方』を翻訳していた。

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ユチーキ・フザクーワがどうしてもと言うので、私は私の「ユーザー単語辞書」を貸してやった。尻を待ち針でとめられて尻の穴をじっくりがっつり見られたうえに尻毛の本数まで数えられるようでいやだったが、ユチーキ・フザクーワがKOストアでバイトしているケイオーの「いつでもオッケー♪」なトロトロ・ガールたちを三田ででも日吉ででも藤沢ででも好き放題やり放題詰め放題にしていいと言うので、私はさらにラーメン二郎本店の永久無料パスと5000円パスモ100年分と聖徳太子のピン札帯封付き壱萬円煉瓦42個と三浦スイカ5トン、三浦按針二人、ヒップホップベップ・ガジンひときれ、『海を殺した女』75万冊を上乗せさせることを条件に私の「ユーザー単語辞書」を貸してやった。私の「ユーザー単語辞書」とはこういうものだ。全体の1000分の1ほどである。


【私、樽犬タルティーヌのユーザー単語辞書(抜粋1000分の1ほど)】

"あがまん","アンガージュマン","普通名詞"
"あんかん","アンダンテ・カンタービレ","普通名詞"
"あんかん","Andante Cantabile","普通名詞"
"あんかん","歩くくらいの速度で歌うように","普通名詞"
“いいね”,”イイネ押しアクセス数稼ぎ”,”固有名詞"
“いいね”,”妖怪ヨマズニイイネオシ”,”固有名詞"
"うぉば","ウォンバット","普通名詞"
"えびおー","海老のオーロラソース炒め","普通名詞"
"かいこてん","Retrospective","普通名詞"
"かいだん","Stairway","普通名詞"
"かいだん","The Stairway to The Think of Nothing Things.","普通名詞"
"がいねん","CONCEPT","普通名詞"
"がいねん","CONCEPTION","普通名詞"
"がいねん","Conception","普通名詞"
"がいねん","Concept","普通名詞"
"がいねん","CONCEPTIONAL","普通名詞"
"がいねん","Conceptional","普通名詞"
"がいねん","CONCEPTUAL","普通名詞"
"がいねん","Conceptual","普通名詞"
"がん","Domestic Goose","普通名詞"
"がじ","ガジン","差別的人非人的似非エッセイ童話的スヴィドリガイロフ的横浜風名詞"
"がじ","別府雅人","差別的人非人的似非エッセイ童話的スヴィドリガイロフ的横浜風名詞"
"かりぶー","Caribou","普通名詞"
"かまん","カマンベール","普通名詞"
"かまん","CAMEMBERT","普通名詞"
"かまん","Camembert","普通名詞"
"きりん","GIRAFFE","普通名詞"
"きりん","Giraffe","普通名詞"
"きん","Early Modern Period","普通名詞"
"きん","Modern Period","普通名詞"
"くろわっさん","Croissant","普通名詞"
"けん","Prosecutor","普通名詞"
"けん","検察官 Prosecutor","普通名詞"
"けん","検察官","普通名詞"
"げん","Contemporary","普通名詞"
"げん","contemporary","普通名詞"
"げん","幻師","普通名詞"
"げん","幻師、ゲンゲンムシ","普通名詞"
"げん","ゲンゲンムシ","普通名詞"
"げん","幻師、maki+saegusa","普通名詞"
"げん","言師","普通名詞"
"こぺてん","コペルニクス的転回","普通名詞"
"こん","こんにちは。","普通名詞"
"こん","「こんちくしょうめ!」","普通名詞"
"こん","コンフィ","普通名詞"
"こん","CONFIT","普通名詞"
"こん","CONFIT/","普通名詞"
"こん","CONFIT/コンフィ","普通名詞"
"こん","Confit","普通名詞"
"こん","コンブリオ","普通名詞"
"こん","CON BRIO/コンブリオ","普通名詞"
"こん","CON BRIO","普通名詞"
"こん","CON BRIO/元気よく、生き生きと","普通名詞"
"こん","Confirmation","普通名詞"
"こん","コンファメーション","普通名詞"
"こん","『Confirmation』","普通名詞"
"こん","『コンファメーション』","普通名詞"
"こん","コンソメ","普通名詞"
"こん","Consommé","普通名詞"
"さん","Sunday Silence","普通名詞"
"さん","珊瑚礁","普通名詞"
"さん","サンシーブル(可感的なもの)とアンテリジーブル(可知的なもの)","普通名詞"
"さん","サンシーブル(可感的なもの)","普通名詞"
"してん","FULCRUM","普通名詞"
"してん","SUPPORT","普通名詞"
"しゃん","ラヴェニュ・デ・シャンゼリゼ","普通名詞"
"しゃん","ラヴェニュ・デ・シャンゼリゼ川","普通名詞"
"じゅん","Années de pèlerinage","普通名詞"
"じゅん","Years of Pilgrimage","普通名詞"
"じゅん","『純理』","普通名詞"
"じゅん","『純粋理性批判』","普通名詞"
"じゅん","『Kritik der reinen Vernunft』","普通名詞"
"じゅん","""Kritik der reinen Vernunft""","普通名詞"
"じゅん","""Critique of Pure Reason""","普通名詞"
"じゅん","『Critique of Pure Reason』","普通名詞"
"じゅん","『Années de Pèlerinage』","普通名詞"
"じゅん","『巡礼の年』","普通名詞"
"じゅん","『Years of Pilgrimage』","普通名詞"
"じゅん","""Years of Pilgrimage""","普通名詞"
"じゅん","""Années de Pèlerinage""","普通名詞"
"しん","silent as the grave.","普通名詞"
"しん","シンデレラ","普通名詞"
"しん","Cinderella","普通名詞"
"しん","シンデレラ Cinderella","普通名詞"
"しん","シンデレラ CINDERELLA","普通名詞"
"しん","CINDERELLA","普通名詞"
"しん","CINDERELLA/シンデレラ","普通名詞"
"しん","チェネレントラ","普通名詞"
"しん","サンドリエ","普通名詞"
"しん","サンドリヨン","普通名詞"
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"しん","Cendrillon","普通名詞"
"しん","Cenerentola","普通名詞"
"しん","掃灰娘","普通名詞"
"しん","親和欲求","普通名詞"
"しん","Symphony","普通名詞"
"しん","シンフォニー","普通名詞"
"しん","交響曲","普通名詞"
"しん","神軍","普通名詞"
"しん","神軍上等兵","普通名詞"
"しん","神軍平等兵、日本列島GO'S ON! いつでも過激! どこでも攻撃!","普通名詞"
"しん","神軍平等兵","普通名詞"
"にしん","SILD","普通名詞"
"じん","Gin Rummy","普通名詞"
"じん","ビーフィーター ロンドン・ドライ・ジン47度","普通名詞"
"しんぐん","神軍","普通名詞"
"シンポジウム","Συμπόσιο","普通名詞"
"シンポジウム","Simposio","普通名詞"
"シンポジウム","Simpozio","普通名詞"
"シンポジウム","Simpósio","普通名詞"
"シンポジウム","Symposium","普通名詞"
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# by enzo_morinari | 2018-12-05 10:51 | ウォンバット戦闘団 | Trackback | Comments(0)

骸骨島のグウタラー・ジョーの酒場でヘミングウェイ・ゲームは幕を開ける。

 
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わがモヒートはラ・ボデギータで。わがダイキリはフロリディータで。E-M-H
フローズン・ダイキリを12杯飲んで酔いどれ運転。法律違反だが、私が決めた法律ではない。E-M-M

冒険と戦いと恋と詩と読書と釣りと狩りと熱いストーリー。そして、酒。それがアーネスト・ミラー・ヘミングウェイの人生である。

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キー・ラーゴ島で厄介な恋愛ゲームと恋愛ドリルのいくつかをクリアしてからフロリダ半島の南端を出発し、US-Rout No.1/Overseas Hemingway Highwayをゆく。マイアミから160マイルの旅だ。

Overseas Hemingway Highwayはさながらカリブ海の滑走路である。32の橋を越えて島から島へ。Old 7 Mile Bridgeを過ぎれば骸骨島のグウタラー・ジョーの酒場でシロップのかわりに2 Dash/12滴のビターズを垂らした海賊の酒、ドラケ・モヒートのグラスを傾けるまでアクセルをあと7回踏みこみ、ため息を5回つく。ヘミングウェイ・ゲームの幕開けとしては悪くない。

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# by enzo_morinari | 2018-12-04 15:34 | Hemingway Game | Trackback | Comments(0)

【ヘミングウェイ・ゲーム】のための準備運動

 
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【ヘミングウェイ・ゲーム】は選ばれし者たちのためのゲームである。【ヘミングウェイ・ゲーム】は「失われし誇り」を取りもどすためのゲームでもある。ゆえに、いくぶんかの「痛み」をともなう。

【ヘミングウェイ・ゲーム】に参加するためには、アーネスト・ミラー・ヘミングウェイの密やかな愉しみについて熟知していなければならない。これが第1番目のハードルだ。ただし、ヘミングウェイの密やかな愉しみを知ろうとし、かつその痛みをわがものとする覚悟のある者、痛みを新たに作り上げてしまおうとする者には当然に参加資格が与えられる。

【ヘミングウェイ・ゲーム】に参加するための鍵、ヒントはいたるところに巧妙に隠されている。思いもよらぬ場所、時間、状況にそれらは突拍子もなく出現し、突如として消滅する。運と忍耐と、そしてこれが重要な点だが、発想・思考のジャンプが効果を発揮する。時代遅れもはなはだしい秤のたぐいを生業の糧としていた赤井計器商会が、一夜にして Negozio di Torta Rosso なるスウィーツ・ブティークに衣替えしたとしても、このていどではジャンプとはいえない。毎分15回の反復横跳びのレベルにすぎない。これらのことは、本番の【ヘミングウェイ・ゲーム】でも通用するはずである。通用するようにゲームは構築されている。

【ヘミングウェイ・ゲーム】は年に1度、復活祭の当日、日付のかわる午前零時ちょうどにはじまる。【ヘミングウェイ・ゲーム】に「ゲーム・セット!」のコールはかからない。なぜなら、【ヘミングウェイ・ゲーム】は終わりなきゲームだからだ。ゲーム・セットのコールはないが、勝者はいる。いてほしいものだ。

現在、68173名の「勇者」が日々、世界中で【ヘミングウェイ・ゲーム】に興じている。【ヘミングウェイ・ゲーム】に「時間的優位」はない。そもそもありもしない「時間」をゲーム進行上の条件に組みいれるような愚は犯さない。いつゲームをはじめても、参加者はおなじ条件下にある。いまだかつて「公平」は世界に存在した試しはなく、【ヘミングウェイ・ゲーム】も「公平」については保証できないが、厳正究極の「公正」は保たれている。【ヘミングウェイ・ゲーム】の公正さは後世に語りつがれるべきでさえある。

跳べ! 愉しめ! そして、勝て!
 
(参考) 
ゲームの途中で脱落した者1879名。家庭崩壊の憂き目にあった者3257名。行方不明者232名。被逮捕者並びに被拘禁者738名。医療施設収容者7258名。死者17名。現在までの【ヘミングウェイ・ゲーム】の勝者:0名 
 
●参加費その他の金銭的経済的負担:なし
●個人情報の提示:不要かつ無用
●必要なモノあるいはコト1:ネットワークに接続するための機材ならびに通信回線
●必要なモノあるいはコト2:前記1を使いこなすスキル。
●必要なモノあるいはコト3:固有時との対話によって研磨された固有のID(HN)。
●必要なモノあるいはコト4:スプーン1杯分の知恵、知識、教養、頓知の類い。
●必要なモノあるいはコト5:勇気。 
 
【ヘミングウェイ・ゲーム】の勝者と認定されるための条件】
世界のいずこかにある[真実の勝利の門]の扉を探しあて、押し開くこと。[真実の勝利の門]が隣人のドア、水道の蛇口、東京電力の請求書である可能性を捨ててかかってはいけない。[真実の勝利の門]には次の言葉が刻まれている。 
 
Juste ce qui commenceront a savoir si la lumiere de journee ne comprend pas la profondeur de l'obscurite de nuit devrait traverser cette porte.
(昼の光に夜の闇の深さはわからぬと知る者こそこの門をくぐるべし。)


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(注:【世界】はリアルだけとはかぎらない。いまや、リアルは世界性を失いつつあり、いっぽうのヴァーチャルはじゅうぶんに【世界】の要件をみたしているばかりか、世界性においてはリアルを凌いでいるという指摘さえある。)
 
主催:ヘミングウェイ・ゲーム実行委員会(HGEC)
協賛:アーネスト・ミラー・ヘミングウェイ・ファウンデーション(EMHF)
後援:フリーメーソン・アンド・サンズ・カンパニー・リミテッド/グレート・パンアメリカン・エア・ライン・コーポレーション(greatpanam-airline.com) 

 
【ヘミングウェイ・ゲーム】に参加する勇者はいるか?
 
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# by enzo_morinari | 2018-12-04 09:04 | Hemingway Game | Trackback | Comments(0)

帝王の涙、鬼の目にも涙

 
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事務作業中、BGMがわりにYouTubeでマイルス・デイヴィスのMix Listを流していた。マイルスの青の時代の『Blue Moods』のB面2曲目の『Easy Living』がかかった。不意と涙がぽろぽろこぼれた。そのような事態に立ち至ったことに驚いた。若き帝王に触れたからか、「泣きのマイルス」のせいか。いずれにしても、マイルスのトランペットの音がしみじみと心にしみた。マイルスのトランペットの音がそのように聴こえたのは初めてだった。

録音は1955年の7月、Englewood Cliffs, New JerseyのVan Gelder Studio. 63年前。モードでもフリーでもなく、クール・ジャズと言われていた頃のマイルス。マイルス29歳、帝王の青の時代。ベースはチャールズ・ミンガス、ドラムスにはエルビン・ジョーンズ。のちの大物がサポートしている。

『Easy Living』はジャズのスタンダード・ナンバーであって、ビリー・ホリデー、レスター・ヤング、ジョニー・ホッジス、クリフォード・ブラウン、スタン・ゲッツ、ポール・デスモンド、ビル・エバンスをはじめとする多くのジャズ・ミュージシャンのパフォーマンスがある。1937年、Ralph Rainger作曲。ジーン・アーサー主演の同名映画の主題曲として誕生した。

作業を中断し、YouTubeをとめて、iTunesでマイルスの『Easy Living』をリピートで繰り返し繰り返し聴いた。Empire State/夜のBig Apple/摩天楼/New York Cityが静かによみがえってきた。すると、初めとはちがった種類の涙がこぼれてきた。やはり、泣かないはずの自分が泣いていることに驚いた。ふと、帝王はいつどこでどんな理由でどれくらい涙を流したのかと考えた。当然、答えはみつからないが、これまでとはちがったマイルス・デイヴィスの聴き方ができると思い、少しうれしくなった。帝王はまちがっても「Stand by you」とは言ってくれないだろうが。「So What!?」と怒鳴られるのが関の山だろうが。
 

Easy Living - Miles Davis (1955)
 
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# by enzo_morinari | 2018-12-04 05:13 | We Want Miles! | Trackback | Comments(0)

exblog蟹列伝/ヒポクラテスの宴 クリスマスは蟹通行止め×/演技性人格障害者はお呼びでない。

 
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蟹角煮 祇園は恋し寝るときも 枕の下を水の流るる Yossy-Izam


蟹列伝001 軽佻浮薄安酒乞食酒アル中居残り下衆外道佐平次
団塊老醜のスッカスカのカスにしてネゲッターの弱者の味方というステレオタイプを気取るうわべうわっつらペラペラの軽薄安酒乞食酒アル中居残り下衆外道佐平次。ほっかぶり知らぬ存ぜぬ恥知らずの寝言たわ言御託能書きを脳みそのシワの足りないうすらバカ相手に連日ほざきつづけるA( )Cポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊零知零解野暮天軽佻浮薄の極み。こんなイケ好かないイヤな野郎はいない。「死ねばいいのに!」はこの野郎のためにある。

蟹列伝002 ローマ在住ポンコツ翻訳屋
ロマ愛コメの還暦自慢たらたら発狂ババア。天然を偽装しながら裏では計算ずく。計算ずくだが効果なし。ランキング万年1位で本人御満悦。複数のアクセス数稼ぎのサイト利用見え見え。3流私立文系出のあさはかさ愚かさセンスの悪さ丸出しの故障した日本語。気色悪いセルフィー画像はひたすら吐く。

蟹列伝003 中身空っぽ知性教養センス皆無の50ヅラ下げた言の蓮っ葉マサシ
天下御免/向かうところ敵なしのホイールチェアー・ベッドライダー。世界のすべての苦難艱難辛苦苦悩苦行試練を一手に引きうけるゴリッパな日々を生きる中身空っぽ知性教養センス皆無の50ヅラ下げた言の蓮っ葉マサシ。exblog開始11ヶ月でアクセス数稼ぎのイイネ押し10万突破! 持病は生来のAthetoid Cerebral Palsyとイイネ・タップのしすぎによる指先と手首の腱鞘炎。さらには深刻な演技性パーソナリティ障害が強く疑われる。

蟹列伝004 演技性人格障害者のEvening Mist/Ownership Stampババア(元Bottle Gourd)
ないことないことを故障した日本語で自慢たらたら話/エア話に仕立てあげる演技性人格障害者のEvening Mist/Ownership Stampババア(元Bottle Gourd)。最近、「イイネ押しアクセス数稼ぎ」に目覚めた模様。

蟹列伝005 ありがとうが魔法の言葉だと根拠なく言い張る妖怪ヨマズニイイネオシ
ベッドライダーにしてありがとうが魔法の言葉だと根拠なく言い張る妖怪ヨマズニイイネオシ/演技性人格障害者の自費出版売れ残り売りさばきに必死な腐れマホババア。論拠不明にして中身スッカスカの寝言たわ言能書御託を来る日も来る日もほざきつづけるアフォ。その寝言たわ言能書御託はすべて愚にもつかないひとりよがり。深刻な演技性人格障害者および解離性同一性障害者。タチの悪さは随一。他を圧倒する。表エビスで裏閻魔の典型である。自己偏愛と他者依存は不気味ですらある。まほファミリーだあ? 自分で言うな! ひとりアフォ・ファミリーやってろ!

蟹列伝006 知ったかぶりひけらかし半基地害人
読書家/教養人/趣味人を気取る能無しポンコツ木偶の坊の知ったかぶりひけらかし半基地害人(はんきちがいびと)。退屈でありきたりで辛気くさい。ゲートボールやって懇ろ相手を漁ってるのがお似合いの卑しくあさましい野郎だ。軽薄安酒乞食酒アル中居残り下衆外道佐平次とは焚刑の腐れ縁の仲にして酒グレ/アル中仲間。仲良きことはかくも醜きかな。愚者がふたったりそろえばそろって地獄に堕ちる。地獄に堕としてやるんだがな Ψ(`▽´)Ψ

蟹列伝論外 能無し十七文字老いぼれジジイ
コピペ検索アクセス数稼ぎに連日精を出す拙速稚拙な筆の勢いにまかせたスッカラカンのカン能無し十七文字老いぼれジジイ。プレバト風判定は「才能1mmもなし」である。筆を鋤鍬鎌に持ちかえるのが妥当にして賢明である。出世コースとラインから大きく外れた元日本電気のシステム・エンジニア。万年平社員。上からも下からも信頼人望なし。蔑称Yossy Takky

蟹列伝外道外伝 夥しく連投する報告瘋癲狂人の狂助
朝の6時台から7時台にかけて低級低劣なポンコツガラクタ未練タラタラダラカン川柳をこれでもかこれでもかと夥しく連投する報告瘋癲狂人の狂助。すべての面でひたすらウザい。野暮ったい。しつこい。ひとりよがり。鬱陶しい。早い話が老いぼれたクソガキ。しかし、本人は得意満面、したり顔。植え替えるのはてめえのシワのないツルリンコシャンの脳みそだ! とっとと死ねばいいのに。キャバレー・ロンドンに駐在経験あり。

蟹列伝補欠ライ8 隅から隅までズズズイーと辛気くさい60ヅラ下げた気取り屋
古典楽曲と書物があればあとはなにもいらないとほざく60ヅラ下げたインテリ風吹かせまくりの気取り屋。隅から隅までズズズイーと辛気くさい。「クソ真面目な精神」の典型。しかも、深み豊かさなし。艶色気なし。お通夜のような言説。からっからのザラザラ。面白みゼロ。本人は自分のことを知性教養ありで言語表現がうまいと思っているところが激痛。3流私学文系の典型。

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クリスマス島はクリマスの時期に蟹が大量発生する。三島由紀夫は蟹が大きらいだ。苦手な蟹を克服せんとする過程で『仮面の告白』も『金閣寺』も『豊饒の海』も生まれた。


*蟹=Cancer=癌

なぜ蟹が癌なのかについて
最初に癌を蟹にたとえたのは古代ギリシアの医師、ヒポクラテス(BC460頃〜BC375頃)である。ヒポクラテスは切除した癌の塊のスケッチを残しており、「蟹のような(カルキノス)」と記述している。癌組織が周囲の組織に浸潤している様子が手足を伸ばした蟹のようだったのだろう。進行した乳癌は皮膚に引き攣れを起こすため、これが蟹の甲羅のように見えるので蟹と言われるようになったとの説もある。なお、ドイツ語では癌のことをKrebs(蟹)という。英語のCrab(蟹)である。

詳細は細胞検査士会のHPを参照のこと。
 
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# by enzo_morinari | 2018-12-03 14:50 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

スタンバイユーの男を探して/あの寒くて心細くて腹ペコでひとりぼっちの夕暮れ、そばにいてくれたのはだれだったのか?

 
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いつもそばにいるよ。どんなに遠く離れていても、いつもきっとそばにいる。スタンバイユーの男


小学校1年の冬の初め。世界で1番憎み忌み嫌い、殺してやりたいとさえ考えている生物学上の父親を名乗る男が来て、母親に1000円札を1枚渡されて貧乏長屋を出たのは昼近くだった。

本牧のベースの映画館で『メリー・ポピンズ』を3回みて、外に出ると本牧の街は闇の中に沈んでいた。ポップコーンとホットドッグとソーダ水を買いすぎて1文無し同然。スッテンテンのスッカラカン。ポケットには穴のあいていない5円玉1枚だけ。とうてい、バスには乗れない。歩いて帰るしかなかった。

フェンスの向こう側のアメリカ・ストリートをとぼとぼ歩いた。歩いても歩いても闇は終わらなかった。晩ごはんのいいにおいがしてお腹がぐーぐー鳴った。大きなスピッツが歯を剥きだして吠えたてた。チャコちゃんや少年ジェッターや宇宙少年ソランやオバケのQ太郎やジャングル大帝のテレビの音や家族団欒の笑い声が聴こえた。永遠に闇がつづくように思われた。

寒くて心細くて腹ペコでひとりぼっちの夕暮れ。泣きたかった。でも泣かなかった。そのとき、声が聴こえた。

Stand By You. いつもそばにいるよ

声のしたほうをみると背の高い白人の男が立っていた。長髪でトンボめがねをかけていた。ジョン・レノンによく似ていた。涙がじゃぶじゃぶ音を立てて流れた。フェンスの向こう側のアメリカ・ストリートは一面水びたしになった。

「いつもそばにいるよ。約束する。いつもきっとそばにいる」

ジョン・レノン男はそう言うとフェンスの向こう側のアメリカ・ストリートの闇の中に消えた。以来、今日まで、ジョン・レノン男ことスタンバイユーの男を探す旅はつづいている。

スタンバイユーの男がみつかればいいが。間に合えばいいが。スタンバイユーの男と再会できる日はショーシャンクの空のように突きぬけた青空がひろがっていればいいが。


*スタンバイユーの男の墓は山手の外人墓地の北のはずれの斜面の陽のあたらない場所にある。墓碑銘に刻まれていたのはただ1行。

Stand By You. Benjamin Edward King. 1940 - 1964. Died in Vietnam.

スタンバイユーの男は、あの寒くて心細くて腹ペコでひとりぼっちの夕暮れに「いつもそばにいるよ」と言った1年前にベトナムで戦死していた。悲しくて不思議で、ちょっとだけ胸の真ん中あたりがぽかぽかした。

しかし、ここからスタンバイユーの男を探す本当の旅は始まる。手持ちの時間は残り少ないが、きっと会える。かならず会うことができる。そうでなければ、恥を偲び、屈辱に耐え、困窮と困憊と孤独に苛まれ、眠られぬ夜を幾夜も越えて生き延び、それでもなお生きつづけてきた意味がない。旅の道は細く長く暗く険しいが歩けぬこともない。


Stand By Me - Ben E. King (1961)
 
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# by enzo_morinari | 2018-12-01 17:50 | スタンバイユーの男 | Trackback | Comments(0)

Tokyo Incest Zoo 近親姦の禁忌/Incest Tabooはなぜ誕生したか?

 
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皇居前広場の南側、日比谷公園と警視庁本庁舎の斜め向かいに東京昆虫動物園はある。東京昆虫動物園でヘラクレスオオカブトの42cm級を3匹くすねた帰り道、偶然、桜田通りで5歳年上の2番目の姉と10年ぶりに再会した。その再会がTokyo Incest Zooの再開となった。
 
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# by enzo_morinari | 2018-12-01 14:50 | Tokyo Incest Zoo | Trackback | Comments(0)

Mythos Sketch/牧夫のパニック・ガーキデカーがフライパンフルートをふりかざして「パオーン! 死刑!」と雄叫びをあげ、すべての半獣神はエコール・ノルマル・シューペリウールでコダマに恋をする。

 
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八丈島のキョンをフライパンでグリエしていた牧夫のパニック・ガーキデカーは動物愛護法違反容疑でタイーホされた。大東京地方裁判所刑事42部の山上たつひこ裁判長は罪となるべき事実も理由も述べないまま、主文のみを宣告した。「死刑!」と。当然、例のポーズ付きで。
 
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# by enzo_morinari | 2018-11-30 23:19 | Mythos Sketch | Trackback | Comments(0)

ロンドン-パリ問題を抱えるJ.P. サルトルが揶揄し、鼻で嘲笑ったクソ真面目な精神の持ち主どもの勘ちがいも甚だしい猫またぎ鼻つまみの根拠なき選良意識を嗤う

 
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古典楽曲を聴くことは上等か? 読書は上等か? 歌舞伎/お能/狂言/古典落語をみることは上等か? 美術鑑賞/映画鑑賞は上等か? 思想哲学することは上等か? そうではあるまい。およそ文化教養芸術芸能にかかわることどもに価値の高低上下はない。生きていくうえでの糧にはならないし、腹の足しにはならないし、めしのタネにはならない。人間以外のワイルド・ライフ/動植物/生きとし生けるもの/自然物/無機物は文化教養芸術芸能にかかわることどもを嗜むことはないが、かれらは人間に劣るのか? そんなことはあるまい。

ところが、クソ真面目な精神の持ち主どもは古典楽曲を聴き、読書し、歌舞伎/お能/狂言/古典落語をみ、美術鑑賞/映画鑑賞し、思想哲学することについて得々として御託能書き/寝言たわ言をほざく。故障しきった日本語で評論批評もどきを開陳する。片腹痛い。ここ最近でいちばん嗤ったのは出入国管理法の国会審議(自民/公明による強行採決)について哀しさ/空しさ/情けなさを感じると言った舌の根も乾かぬうちに、棺桶に首までつかった御懇ろ糞ババアとのんびりぶらり温泉旅行した顛末を自慢げに開陳するのを目にしたときである。あらぬことか、クソ田舎の温泉地に数日逗留しただけにもかかわらず、そのクソ田舎ど田舎の田舎者はしあわせだ、ここに住みたいとまでヌカす始末だ。なんという軽薄。なんという上っ調子。

そのポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊の団塊老醜のスッカスカのカスは沖縄の基地移転についてもリアリティのかけらもないゴミ言説で御託能書き/寝言たわ言をほざいた。弱者の側に立つ者というステレオタイプを演じて悦に入りながら鼻高々に。まったくもって、4流私学文系には毎度毎度臍が茶を沸かす。

ロンドン-パリ問題を抱えるJ.P. サルトルが揶揄し、鼻で嘲笑ったクソ真面目な精神の持ち主どもは大抵が4流私学文系である。クソの役にも立たない4流私学文系が古本屋でもやろうものなら、カビ臭さに加えて辛気臭さが加わる。そうなると、リスクは感染症にとどまらずに精神衛生上の悪影響をおよぼす。ただでさえ感染症源の巣であるゴミを辛気臭さ満載で取りすまして語る古本屋のポンコツおやじくらい始末に負えない者はいない。貧乏くせえったらありゃしねえ! おまえら、ただのセドリ屋/クズ屋だろうが。

ロンドン-パリ問題を抱えるJ.P. サルトルに揶揄され、鼻で嘲笑われた、古典楽曲を聴き、読書し、歌舞伎/お能/狂言/古典落語をみ、美術鑑賞し、思想哲学することについて得々として御託能書き/寝言たわ言をほざく勘ちがいも甚だしい猫またぎ鼻つまみの選良意識まみれのクソ真面目な精神の持ち主どもよ。建設現場に行って土方相手に日頃の御託能書き/寝言たわ言をほざいてミロのヴィーナス。土方の兄ちゃんに「それってうめえのか?」とドヤされたあげくにツルハシでドタマかち割られルカ(エヴァンゲリウム)ら。ウケケケケケ Ψ(`▽´)Ψ ウケケケケケ
 
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# by enzo_morinari | 2018-11-30 10:41 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

虹子のエア物語/G線上のエア・ペロペロ

 
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空気は読むものではない。吸うものである。E-M-M

MRIと芋洗いは密接不可分な関係にあり、癌と蟹は関係代名詞より近縁であり、苫小牧でトマトは舞い踊り、動く楽天パンダはベラボウである。E-M-M

羽より軽いものは塵である。塵より軽いものは風である。風より軽いものは女である。女より軽いものは無である。無より軽いものは虹子である。SO-SEKI+E-M-M


「ペロペロ」

Dr. 野本の忠告を完全無視して前の晩に空気を読みすぎ吸いすぎて疲れ果て、惰眠をむさぼっていた冬の午後。虹子が耳元でJ.S. バッハの『G線上のアリア』の旋律にのせて囁いた。虹子のエア・ペロペロだった。虹子は「ペロペロ」と囁いただけで、実際に私を舐めたわけではない。

虹子はほかにもエアものを何パターンか持っている。エア・チューチュー/エア・プープー/エア・ポーポー/エア・ポコポコ/エア・ポンポコ/エア・ブラブラ/エア・パンパン/エア・クンクン/エア・スースー/エア・ツートン/エア・ツーカー/エア・ツーツー/エア・レロレロ/エア・ゾーゾー/エア・ゾルゾル/エア・ピリピリ/エア・ピリカピリカ/エア・ピロロ/エア・スライム/エア・コンコン/エア・コングロマリット/エア・ルネマグリット/エア・シュルシュル/エア・シュルレアリスム/エア・レアリスム/エア・スムスム/エア・ツムツム/エア・カムカム/エア・ペモペモ/エア・ヤキニク/エア・スシ/エア・スキヤキ/エア・テンペロ/エア・オムスビ/エア・スピノザ/エア・フルクトゥアトネクメルギトゥル/エア・フェスティナレンテ/エア・スキー/エア・ブコウスキー/エア・ザコウスキー/エア・ボルケーノ/エア・パパゲーノ/エア・ゲノム/エア・ノムノム/エア・ノモノモ/エア・モノモノ/エア・ホコホコ/エア・ユルユル/エア・ゴホゴホ/エア・クシュクシュ/エア・アマアマ/エア・ドライブドライブ/エア・チャリチャリ/エア・ツールドフランス/エア・フランス/エア・パリ/エア・ルテチア/エア・ジャマン/エア・ランブロワジー/エア・ミシュラン/エア・ルーブル/エア・コートダジュール/エア・モナコ/エア・クレームブリュレ/エア・ファンドシエクル/エア・クートラバーユ/エア・クセジュ/エア・ガリマール/エア・レグルス/エア・レクラム/エア・イワナミ/エア・エンサイクロペディア/エア・ウィキペディア/エア・ホーリーバイブル/エア・クルアーン/エア・ミラノ/エア・サルジーニア/エア・グランブリュ/エア・ロンゴ/エア・ロンゴロンゴ/エア・ビッグカンダタマヌ/エア・レオン/エア・シェイプオブマイハート/エア・ワンスアポンナタイム/エア・フェンユーウィッシュアポンナスター/エア・オーバーザレインボウ/エア・アズタイムゴーズバイ/エア・ヒアリズルッキングアチューキッズ/エア・エロエロ/エア・イロイロ/エア・グログロ/エア・グロテスク/エア・ゾワゾワ/エア・ビリビリ/エア・ブルブル/エア・ビクビク/エア・ズンズン/エア・ヘコヘコ/エア・シクシク/エア・ゴルラァ/エア・ジョーダン/エア・フォースワン/エア・ハッカラモケソケヘッケレピー/エア・グニグニ/エア・コッカドゥードゥルドゥー/エア・コックェリコ/エア・トゥイートゥイートゥイー/エア・ココリコ/エア・エアトンセナダシルバ/エア・死ねばいいのに/エア・マイアヒ/エア・セシウム/エア・ストロンチウム/エア・プルトニウム/エア・ラディオアクティブ/エア・ゲンパツ/エア・オーベーカ/エア・コマネチ/エア・楽天パンダといった具合だ。

虹子がエアものを繰り出すようになったのは、私が虹子について「虹子は空気のようになくてはならないし、空気のように気配のない存在である」と思うようになって以降である。この機序についてはいまのところ解明できていない。

暫定的な結論1
空気は読むものではない。吸うものである。よって、エア・チューチュー。

暫定的な結論2
羽より軽いものは塵である。塵より軽いものは風である。風より軽いものは女である。女より軽いものは無である。無より軽いものは虹子である。

暫定的な結論3
MRIと芋洗いは密接不可分な関係にあり、癌と蟹は関係代名詞より近縁であり、苫小牧でトマトは舞い踊り、動く楽天パンダはベラボウである。

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Air on the G String - J.S. Bach
 
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# by enzo_morinari | 2018-11-30 03:10 | 虹子のエア物語 | Trackback | Comments(0)

帰らざる日々/さらば、戦友よ。静かに冥れ。

 
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イマ、ココハ、戦場ダと意志の中心にメタルを持つ男は言った。
もう飛ばなくていい。年老いた翼を静かにたたんでやすめるときだ。


またひとり、戦友が逝った。酒豪。熱血漢。好漢。毒舌辛口。剣呑にして狷介。きれいごと/お愛想/おべんちゃら/なれあい/A( )C/セコい/みみっちい/しみったれ/臆病姑息/陰でコソコソ/野暮を忌み嫌った。ほっかぶり/知ったかぶり/知らぬ存ぜぬ/見て見ぬふりは金輪際しなかった。歯に衣着せず、気は心/心映えを知り、面倒見のいい男だった。いくつか年下だったが、学ぶところの多い男だった。敵も多かったが味方はもっと多かった。孤立無援をおそれなかった。気合いの入った眼をしていた。私と面とむかって視線をそらさぬ数少ない者たちのうちのひとりだった。その眼で世界を撃ちぬき、数知れぬ修羅場を駆けぬけた。戦友の眼と声がよみがえり、響く。

悲しい酒も楽しい酒も苦しい酒も怒りの酒も涙の酒も飲める男だった。いつか、冬の夜、湯豆腐などつつきつつ、二人きりで静かな酒を飲みたいと思っていた。だが、もうそれはかなわぬ。またひとつ、夢が消えた。

女子高生コンクリート詰め殺人事件をめぐるアカハタどもやらドーワモンやら裏街道の連中との裏の丁々発止は長く語りつがれるべきいい仕事だった。「野獣に人権なし」と断じて実名報道に踏みきったことの何倍も。腰抜け腑抜けの花田は愚劣醜悪だった。

生きて、生きつづけていい仕事をすべきやつだった。そのような者が死に、とっとと死んだほうがいいポンコツボンクラヘッポコスカタン木偶の坊の下衆外道/まやかしピンボケまみれのツラの皮の厚い恥知らずなドサンピン三下奴/沈香も焚かず屁も放らぬような糞の役にも立たない輩がうまうまのうのうぬけぬけと生き延び、蔓延る世界。どうかしてる。いまにはじまったことではないが、世界は本当にどうかしている。

いつの日か開高健を乗りこえようと誓った横浜のバー「クラーク」の夜。そして、マラッカ海峡に轟々と沈みゆく巨大な太陽を眺めながら飲んだ生ぬるく糞まずいバドワイザーの味を忘れはしないぞ、戦友よ。おまえと共同戦線の隊列を組んで秋元康一味と秋元康的なるものを根こそぎ完膚なきまでにぶっ叩きまくりかったぞ。おれより先におまえが逝っちまうとはな。ますます、いい奴は死んだ奴ばかりになっていきやがるなあ、カツよ。

饒舌漢を装いつづけた古き悪しき戦友の勝谷誠彦よ。小川洋子とのことも、その他のもろもろのことも見事に墓場に持っていったな。いい幕引きだ。

戦友よ。舌をたたみ、口にチャックをして、ただ静かに冥れ。深い沈黙を知るおまえの出自/レーゾンデートル/撒き散らされし者たちの血がおまえに書かせた『ディアスポラ』の続編/完結を読めなかったのはかえすがえすも残念だが、すべてに都合よく終/了/The End/Finは用意されてはいない。人は皆、途中で死ぬものだ。

飛ばないただの豚は喰われるのを待つだけだが、おまえは世界のインチキまやかし誤魔化しを喝破しつづける空飛ぶ河童だった。しかし、もう飛ばなくていい。年老いた翼を静かにたたんでやすめるときだ。おまえが翼をたたんでやすみ、眠っても、だれも異議申し立てなどしない。

今頃は地獄の釜のへりに鴨志田穣とならんで腰かけて、天上極楽極上のトム・ヤム・クンを肴に般若湯がなみなみとそそがれた盃を何杯も何杯も飲みほしているんだろう。鴨志田の『火垂るの墓』の節子話をこれでもかというくらいに聴かされながら。

飲め。あびる優が改心し、心を入れかえるくらいに浴びるほど飲め。もはや、おまえを縛りつけるなにものもありはしない。おまえたちの盃におれの塩味のダイヤモンドを垂らすから、甘露を飲みほすように飲みほし、喉を鳴らせ。

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さらば、戦友よ。酒神バッカスとともに逝け。そして、ただ静かに冥れ。ただし、おれとおまえと鴨志田穣の3人分、天上極楽極上の般若湯ととびきりのトム・ヤム・クンの用意を怠るな。おれはきょうはわが人生の同行者に強がりをほざきつつ、グレープフルーツ・ムーンを眺めながら塩味のダイヤモンドの酒を飲む。塩味のダイヤモンドがこぼれかけるけれども、しょんぼりしかけるけれども、おまえたちと会えるのももうすぐだ。だから、だれにも塩味のダイヤモンドはみせない。天下御免のタフ&クール&ハードボイルドなおれは、顔でぎこちなく笑って心で塩味のダイヤモンドを流す。それがおれの流儀だ。そのことはおまえもよく知っているよな、カツ。

わが友、勝谷誠彦よ。酔いどれの月で会おう。そして、尽きることなき友情の盃を酌み交わそう。それまで、しばしのお別れだ。

Adieu! Adios! Amigo!


弾(さけ)、込め! 捧げ筒(さかずき)! 撃て(のめ)!


しばらく、酒がにがいぞ、カツ…


── こちら、シエラ・インディア・ゴルフ・ノヴェンバー・インディア・フォクストロット・エコー! ノヴェンバー・アルファ・パパ・アルファ・リマ・マイク! ノヴェンバー・アルファ・パパ・アルファ・リマ・マイク! ビクター・シエラ・フォクストロット・アルファ・シエラ・タンゴ! キロ・ユニフォーム・ロメオ・オスカー・ノヴェンバー・エコー・キロ・オスカー・ノヴェンバー・オスカー・タンゴ! 援軍! 援軍! 応答せよ! ナパーム! ナパーム! こちら、シエラ・インディア・・・ ── ── ゴル・・ストロ・・・リ・・ ── ──────


帰らざる日々 (マルコとジーナのテーマ)/久石譲

Left Alone - Mal Waldron
Grapefruit Moon/Thomas Alan Waits
Drunk on the Moon/Thomas Alan Waits
 
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# by enzo_morinari | 2018-11-28 16:00 | 帰らざる日々 | Trackback | Comments(0)

語れ。まず、語れ。なによりみずから獲得した言葉で語れ。沈黙の話はそれからである。

 
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語ることと語られることのあいだには、いかなる冒険者であろうとも征服しえない深い闇が広がっている。

すべてに都合よく終/了/The End/Finは用意されてはいない。人は皆、途中で死ぬものだ。


語りつくせぬことについて沈黙するかぎりにおいて、沈黙は金である。語ることと語られることのあいだには、いかなる冒険者であろうとも征服しえない深い闇が広がっていて、その闇に光をあて、暴きだし、あらわにすることが言葉の祖国に帰還するためには必要だ。その意味において、"沈黙は金、饒舌は銀" なる言葉は語ることができない者の免罪符にすぎない。彼らは永遠に言葉の祖国には帰れない。

語れ。まず、語れ。なによりみずから獲得した言葉で語れ。沈黙の話はそれからである。

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誰も知ることのない秘密の入江で、風に吹かれ、風の歌に耳を傾け、RARE HAWAIIANのオーガニック・ホワイトハニーをたっぷりとかけた悪魔のフォルマッジオ、カッチョ・マルチョを肴にエコール・ノルマル・シューペリウールの1958年を飲み、アルチュール・ランヴォのいくつかの詩編を諳誦し、風向きにあわせてモーツァルトの『狩り』を口ずさみ、仕上げに極上の自家製贅沢オムレット・ライスを食す。これ以上を望むのは世界への宣戦布告である。


饒舌漢を装いつづけた古き悪しき戦友の勝谷誠彦よ。舌をたたみ、口にチャックをして、ただ静かに眠れ。深い沈黙を知るおまえの『ディアスポラ』の続編、完結を読めなかったのはかえすがえすも残念だ。しかし、すべてに都合よく終/了/The End/Finは用意されてはいない。人は皆、途中で死ぬものだ。

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帰らざる日々 (マルコとジーナのテーマ)/久石譲
 
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# by enzo_morinari | 2018-11-28 14:37 | 沈黙ノート | Trackback | Comments(0)

アール・クルー日和#1

 
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村上春樹的なるものとの訣別のために私と猿の漫才師サルーがやったことは『午後の最後の芝生』が掲載されている1982年8月号の『宝島』を庭の芝生の上で焼くことだった。


鉄の掟、家事の得意な金持ちの友人、生涯にたった一人の友人
かつて、アール・クルー日和と呼ばれる日々があった。1985年の夏のことだ。1985年の夏から33年の歳月が流れた。そろそろあの夏の日々について語る潮時である。なにごとも潮目潮時が大事だ。いまを逃しては永遠に語ることはできない。

いま私は語ろうと思う。1985年の夏の日々と私自身と猿の漫才師サルーのために。私と猿の漫才師サルー以外の人々に有用な教訓や慰めはこれっぽっちもない。あるはずもない。あるべきではないとすら感じる。しかし、少しは彼らを元気づけられるかもしれないし、勇気を与えられるかもしれない。そうあってほしい。 

1985年の7月1日から9月15日まで。ひと夏を鎌倉の七里ケ浜ですごした。古い友人であり、ドゥービー・ブローでもある猿の漫才師サルーの別荘に居候である。

猿の漫才師サルーとの共同生活はこれまでのジェットコースター・デイズの中でもっとも愉快痛快爽快刺激的でドープでクールでファニーでファンキーで天国音楽だった。あの2ヶ月半におよぶ海と波と光と風と星と月と雲と詩と快楽と(Beach Side店ではなく Hill Top Side店の、さらにわれらが「アロハ・ロングボード・オールバック・ファット・ヒゲマスター」のいる)珊瑚礁の海老みそカレーとビーフ・サラダと音楽とクサ(あるいはハッパ)とマーティンD45と酒とバカの日々はこの世界とオサラバするときに持ってゆく宝石のうちのひとつである。 

ゼニは持っているほうが出すというわれわれの鉄の掟に従い、猿の漫才師サルーが夏のあいだの出費の全額を負担した。また、炊事、洗濯、掃除も猿の漫才師サルーが受けもった。持つべきは家事の得意な金持ちの友人である。その意味で猿の漫才師サルーは完璧な友人であった。おまけに猿の漫才師サルーは凄腕のガール・ハンター、当代一流のナンパ師でもあった。

猿の漫才師サルーが2人の女の子に声をかけ、その15分後には4人仲良くメイクラブというのが最短最良の記録である。しかも、猿の漫才師サルーはかならず美人のほうを私に引き合わせるという配慮までしてくれた。私は1985年の夏の日々によって友人は猿の漫才師サルー1人でよいと決め、以後、きょうまでそれを守りつづけている。


Long Ago And Far Away - Earl Klugh (1977)
 
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# by enzo_morinari | 2018-11-28 10:02 | アール・クルー日和 | Trackback | Comments(0)

メメント毛利氏の死の記憶

 
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死を記憶せよ。1日の花を摘め。


Memento Mori! 死を記憶せよ!Carpe Diem! 1日の花を摘め!というのがメメント毛利氏の口ぐせだ。Memento Mori! 死を記憶せよ!Carpe Diem! 1日の花を摘め!と言ったあと、メメント毛利氏は自分の死の記憶について話しだす。そのとき、メメント毛利氏はモグラの死についても語る。

メメント毛利氏の死の記憶とモグラの死の物語はOサンクタ・シンプリシタス・シティ市民のだれもが1度は耳にしたことがある。

メメント毛利氏の死の記憶とモグラの死の物語が悪徳仲買人モンレイ・ゲイデラ氏の競売No.42として競売にかけられたときはOサンクタ・シンプリシタス・シティはOサンクタ・シンプリシタス・シティ始まって以来の騒ぎになった。

Oサンクタ・シンプリシタス・シティ市庁舎は興奮したOサンクタ・シンプリシタス・シティ市民に取り囲まれ、一時は警官隊と衝突寸前にまでエスカレートし、Oサンクタ・シンプリシタス・シティ全域のエスカレーターが緊急停止するほどだった。

Oサンクタ・シンプリシタス・シティ市民は口々に悪徳仲買人モンレイ・ゲイデラ氏の追放を要求したが、市側は曖昧な態度を示すにすぎなかった。その間、悪徳仲買人モンレイ・ゲイデラ氏はオーウェル・ハックの葡萄会会場の肉体の門の間で淫行に及んだばかりか、肉体の悪魔を呼び寄せてさらなる淫靡で人非な行為に耽りつづけた。
 
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# by enzo_morinari | 2018-11-28 02:14 | Memento Mori! | Trackback | Comments(0)

Streets of Fire/さらば、Street Life

 
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ウォルター・ヒル監督/マイケル・パレ主演の『Streets of Fire』はStreet Fightの最後の参考書だった。1984年公開。奇しくも、その年は私のStreet Fightの日々の最後の年となった。いつもなら、なじんだ街であろうが初めての街であろうが、街場を歩いていればたぎるような闘争心がはちきれそうなほどだったが、1984年のクリスマスを境にきれいさっぱり闘争心が消えうせた。モチベーションの欠如、消失。

闘争心/モチベーションが消えうせた理由? わからない。Street Fightでえられるものなどないことは初めからわかっていた。そもそも、なにかをして、あるいはなにかをせずにえられるものなどなにもないのだということも。

自分の筋肉量と柔軟さと強度(肉体)/俊敏さ(反射神経/運動能力)/闘争心(心/精神の強度)を計測したかった。Street Fightに明け暮れた理由はそこにある。

ルール無用のStreet Fightで勝つための極意はただひとつである。相手を殺す気でやること。殴る。蹴る。頭突きする。目を突く。髪の毛をつかむ。噛む。絞める。刺す。切る。なんでもあり。手にできるものはなんでも使う。そして、えられたものなし。Street Fightで残ったのはいくつかの傷痕であり、身についたのは人間の魂/精神の強弱を瞬時に見抜く眼力。いずれも、生きていくうえでたいして役には立たない。

『Streets of Fire』の主人公であるトム・コーディは最後は街を去る。美しい終わり方だった。私も街を遠く離れ、再び訪ねることもない。

以来、30有余年、帰りたい街が見えることもあったが、帰らなかった。帰れなかった。街は遠くから、はるか遠くから思いを寄せる場所であることを知ったのが、唯一、Street Fightの日々から学んだことだ。


Street Life - The Crusaders Feat. Randy Crawford (1979)
 
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# by enzo_morinari | 2018-11-27 21:29 | STREET4LIFE | Trackback | Comments(0)

ナースのリリーはここにいた。リリー・マルレーンは夜の9時57分にマイクの前にいた。リー・リトナーはとなりのトトロ・スタジオにいた。ロベール・カサドシュの右のほうは生きているか?

 
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まちがいない。5分前まで、ナースのリリーはここにいた。しかし、いまはいない。となりのトトロ・スタジオではリー・リトナーが『Wes Bound 2/Dedicated to Nausicaä, May and Satsuki』をレコーディングしている。イチローはフルスイング中だ。窓辺の百合の花はどこへ行った? リットン調査団の右のほうをおもしろいと思うやつは体育館の裏まで来い。ところ、伊福部、ロベール・カサドシュの右ほうは生きているか?

「わたしはセックス・モンスターよ。だれとでも、いつでも、どこででもヤルのよ! とどまることなく突きまくられたいのよ!」

そう言ったナースのリリーの顔は『Saxuality』の頃のキャンディ・ダルファーの顔と寸分たがわなかった。ナースのリリーの右後ろには『Sax-A-Go-Go』の頃のキャンディ・ダルファーが立っていた。キャンディ・ダルファーは少し微笑んでから『2 Funky』を吹きはじめた。

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Lily Was Here - Candy Dulfer & David A. Stewart
2 Funky - Candy Dulfer
Sax-A-Go-Go - Candy Dulfer
 
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# by enzo_morinari | 2018-11-27 14:19 | 花はどこへ行った? | Trackback | Comments(0)