ならず者のうた、命知らずの日々 ── 人生の最終目的地は絶景社交倶楽部

 
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木陰でひと休みしたいから道端の麦わらをどけてくれよ。
こんなことだからいつまで経ってもどこにもたどり着けないんだ。
R-M-M-F

きのうはアルト・セドロからマカネへ行き、クエトに着いたら次はマヤリーに向かった。
きょうもアルト・セドロからマカネへ行き、クエトに着いたら次はマヤリーに向かう。
あしたもアルト・セドロからマカネへ行き、クエトに着いたら次はマヤリーに向かう。
R-M-M-F

人生は考えているよりもずっとシンプルで、思っていたよりもはるかに景色がいい。E-M-M


エル・パソを出発したらエル・カミーヨに向かう。エル・カミーヨでは肉がシコタマ入った部厚いトルティージャとタコスを喰う。でっけえマントル海老がごろごろしててニンニクがバッチリきいたアヒージョもだ。腹とゼニに余裕があるならカジョスも喰うぜ。晩めし用にゃパエーリャをお持ち帰りだ。エル・カミーヨのパエーリャは冷めてもうまい。おれの知るかぎり、エル・カミーヨのパエーリャは南半球一だ。

エル・カミーヨを出たら、あとはエル・カルロスカスタネダを目指して、ずっとトパンガ・ケイヨンロードを行く。真っ直ぐな道。どこまでもどこまでもつづく真っ直ぐで赤茶けた道。なにも考えなくてすむ分、人生はずっとシンプルになる。

おれは人生をシンプルにするためにエル・パソを出て、エル・カミーヨで肉のぎっしり詰まったトルティージャを喰い、エル・カルロスカスタネダを目指してトパンガ・ケイヨンロードを走る。それで人生はずっとシンプルになる。景色もよくなる。絶景と言ってもいい。その繰り返しだ。それがおれのようなデスペラードの人生の日々だ。Djobi Djobaだ。

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おれたちデスペラードの人生に追い越し車線は用意されちゃいない。追い越し車線はカネのある奴らや力のある奴らやお上品なおセレブ様方専用だ。おれのようなデスペラードはいつだって追い越されるばかりだ。

でもよ。そんな人生もなかなかどうして捨てたもんじゃない。おれを追い越していった奴らの煤けた背中、うそとインチキとまやかしときれいごととおべんちゃらとクソにまみれた後姿を拝んで、ああでもないこうでもないとジャグリングして、ジャイブして、ジョークにすることができるんだからな。これでどこにでも持ち歩けるおれ専用のジュークボックスでもありゃあ、言うことなしだ。そのジュークボックスにブエナビスタ・ソシアルクラブとイーグルスとGipsy Kingsとグスターボ・サンタオラージャのレコードが全曲入っていたら天国にいるも同然だ。HIP HOPだあ? それってうめえのか? おれの街では犬のエサだ。

おれがなにを言ったところで奴らには聴こえないし、届かない。第一、奴らには他人様の声を聴きとれるだけの耳がないんだ。ざまあみろってんだ。おまえたちに聴こえないのをいいことに、おれはいつもおまえたちを嘲り笑っているという寸法だ。そして、おれはいつか必ず訪れるインスピレーション、閃きを待つ。Gipsy Kingsの『Inspiration』をカーラジオで聴きながらな。おれはファニカとチャンチャンたちのように生き、ファニカとチャンチャンたちのようにくたばるんだろうさ。

ファニカとチャンチャンたちのように生き、ファニカとチャンチャンたちのように死にたいとずっと思いつづけてきた。あるいはジプシー・キングスの『閃き』のように。感傷やニートさや曖昧さのない生と死。あるのは事実だけ。リアル。レアル・マドリードのような、ロス・ガラクティコスのような完全無欠のリアル。

余計なことを一切考えなくていい人生。手加減も容赦もない光。赤茶けた道。乾いた風と空気。アクースティック・ギターの音。絶望さえ手のひらの上で転がすことのできる日々。希望やら平和やら友愛やらを躊躇なく世界の果てに向けて蹴り飛ばせる心。デラシネが耳元でやけに明るい声で「死ね死ね」と囁く日々を。

海辺の街では砂を篩にかける。粒の細かい砂だけを選り分ける。細かければ細かいだけ高く売れる。トルティージャを1枚多く喰える。そんな日々、そんな人生。文句のつけようがないほどに乾いてリアルで研ぎ澄まされた人生の日々だ。

余計なお荷物はエル・ドラドにまとめて捨ててきた。いまごろ、だれかが拾っているだろうよ。おれにとっては役立たずなガラクタでも、ほかのだれかにとってはお財宝かもしれないしな。だれかが捨て、だれかが拾う。それでいい。それが世界の仕組みだ。世界はそんな風に出来あがっているんだ。単純だが「永遠の真実」ってやつだ。

そして、最終的におれが目指すのは、おれの人生の目的地は絶景社交倶楽部だ。ほかにはなにもない。必要もない。絶景社交倶楽部にたどり着くことができれば、おれは死んだっていい。

その日のために、おれはきょうもエル・パソを出発してエル・カミーヨに向かう。エル・カミーヨでは肉がシコタマ入ったトルティージャを喰う。エル・カミーヨを出たら、あとはエル・カルロスカスタネダの町を目指して、ずっとトパンガ・ケイヨンロードを行く。真っ直ぐな道。どこまでもどこまでもつづく真っ直ぐで赤茶けた道。きょうも人生はシンプルで、いい景色だ。

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ならず者のうた、命知らずの日々
 
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# by enzo_morinari | 2014-07-16 06:04 | ならず者のうた、命知らずの日々 | Trackback

飛ぶ豚はいつかどこかに着陸するが、飛ばない豚はどこにも行けない。喰われるのを待つだけだ。

 
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飛ばない豚はただの豚だ。捨てない人間はただの馬鹿だ。


「コペルニクス的転回」も「コペルニクス的転回の転回」も「絶対矛盾的自己同一」も「身心脱落本来面目現前」も吾輩の係ではない。それってうめえのか? ダシはきいているか? 歯ごたえはどうなんだ? そんなリアリティのないものは「くそまじめな精神」の持ち主様にでもくれてやれ。さもなきゃ、犬畜生にでも喰わすか糞掻きべら一閃、宇宙の果てまでかっ飛ばしちまえ。

おのれを捨てろだあ? おのれを虚しゅうしろだと? 何度でも言う。寝言は寝て言え。のたうちまわりながらほかの何者にもなりかわりえない吾輩自身のリアルをグリップすること。それが吾輩にとって意味を持つ。

物心ついたときからどんどんじゃかすか色んなものを捨ててきた。用がなけりゃ捨てる。当然だ。縁だって捨てた。手加減なし容赦なしで。女房だって娘だって息子だって女だってともだちだって本だってレコードだって捨てまくってきた。大好きな犬さえ捨てたことがある。ヨチヨチ歩きの仔犬を。

赤鬼でも青鬼でもない。捨鬼だ。おかげでいつだって引っ越しは楽チンのチンだった。そうやって数知れぬ別れを繰り返してきた。経験と言えば言えなくもないが、勧めない。ろくなことがないからだ。心だって痛む。鬼の目にも涙だ。

よく捨てることが拾うことに通じるだの、別れて道が開けるだのという生臭坊主が言いそうなことを経験の「け」の字も知らぬような甘ちゃんがぶっこくのを見聞きするが、そのたびに臍が独創茶を沸かす。甘っちょろいのはピントだけにしておけてんだ。

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ここ20数年、身悶え、身も凍るような存在感を持った人物を見かけないのは簡単にお手軽に捨てることが大手を振ってまかり通っているからだろう。まったくもって腹立たしいかぎりだ。

そう簡単に捨てられるなら、別れられるなら、切れるなら、それは元々必要のないものだったんだろう。必要のないものをあれもこれもとぶら下げて得意になっていたんじゃないのか? そういうのを骨折り損のくたびれ儲けてんだ。明瞭簡潔に言うなら愚か者、馬鹿者ということだ。おぼえとけ!

捨てるとき、切るとき、別れるとき。胸のど真ん中あたり、ずっと奥のほうがずんと疼く。痛む。それでいい。なんの不思議もない。別れ別れになるんだからな。以後は一切の関わりがなく、まったく別の道を歩くんだからな。死のうが生きようが、焼いて喰われようが煮て喰われようが知ったこっちゃない。捨てる/切る/別れるとはそういうことだ。

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# by enzo_morinari | 2014-07-15 08:34 | 沈黙ノート | Trackback

巨鳥墜つ/Bye-Bye, Timebird ─ Time, No Changes

 
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巨鳥墜つ。チャーリー・ヘイデン。76歳。タイムキープの名手だった。アヴァンギャルドに自由に芳醇に時間を彫琢していた。オーネット・コールマンからハンク・ジョーンズ、キース・ジャレット、パット・メセニーまで。ハードバップ、フリー、アヴァンギャルドからスタンダード、メインストリーム、コンテンポラリーまで。チャーリー・ヘイデンが紡ぎだした「宝石のような時間」を忘れまい。

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世界の果ての岬で凍える指先に息を吹きかけながら聴いたあなたの『世界の果てで』を忘れない。そもそも、世界の果ての岬への旅の本当の目的は世界の果ての岬であなたの『世界の果てで』を聴くことだった。旅の目的は達せられた。旅の円環は閉じられた。アルバトロスの王が虚空を舞っていた。音は放たれた刹那に虚空に飛び立っていた。時間は容赦なく命を削る。時の鳥の魂はアイオワの空高く翔けのぼる。

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Charles Edward Haden (August 6, 1937 – July 11, 2014)
Genres: Avant-Garde Jazz, Free Jazz, Mainstream Jazz, Contemporary Jazz, Post-Bop, Hard Bop, Folk-Jazz
Occupations: Double Bassist, Composer
Instruments: Double Bass
Years Active: 1957–2014
Associated Acts: Ornette Coleman, Hank Jones, Keith Jarrett, Pat Metheny, Paul Motian, Gonzalo Rubalcaba, etc
Website: www.charliehadenmusic.com


En la Orilla del Mundo (At the Edge of the World/世界の果てで)/Charlie Haden & Gonzalo Rubalcaba
 
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# by enzo_morinari | 2014-07-13 05:04 | Memories of You | Trackback

思い出の『Moonlight Serenade』と1958年式アトランティック・バード号の夜間飛行後の引退

 
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恋におちたのは2008年の夏の終わりだった。相手は私のゼミナールに所属していた教え子だ。6年ぶりの再会だった。学生時代はジーンズにTシャツというラフでざっかけないありふれた女子学生にすぎなかった彼女は、見ちがえるほど美しく、可憐で清楚で気品にあふれ、しかも華のある成熟したおとなの女性に変貌していた。いくぶんかの哀しみと愁いを含んだ表情も彼女の魅力をさらに引き立てているように感じられた。

私と彼女を引き寄せたものがなんだったのかはわからない。ただ、これだけは言える。私たちは魔法でもかけられたようにたちまちのうちに恋におち、笑い、泣き、たまに言い争い、そのたびに仲直りし、そして、砂時計が時を刻むように鋭く深く確実にいくつかの季節をともに生きたのだと。

あるパーティーの帰り道。グレン・ミラー楽団の演奏する『Moonlight Serenade』が流れるクルマの中で、親子ほども年齢の離れた若い恋の相手は私の肩に頭をもたせかけたまま何度も溜息をついた。重ねた手の白い指先が小刻みにふるえているのがわかった。心の軋む音さえ聴こえた。そして言った。

「思い出せない。この曲の名前がどうしても思い出せないの。だれもが知っているはずのスタンダード・ナンバーなのに」
「『Moonlight Serenade』。グレン・ミラー楽団だよ」
「今夜くらい月のきれいな夜、『Moonlight Serenade』を聴きながら夜間飛行できたら素敵ね」
「いつかやるさ。きみが本物のおとなのレディになったときにね」
「ずいぶんと先の話だわ。あなたはおじいちゃんになっちゃうし」

彼女は首をすくめ、脚をバタバタさせ、おどけた仕草をみせた。私は曲をリピート・セットした。夜の帳の降りた街を見おろす公園の駐車場にクルマを停め、私たちは繰りかえし『Moonlight Serenade』を聴き、みつめあい、手をにぎりあい、ときどき口づけを交わし、夜の静寂に包まれた街と14番目の月を交互に眺めた。

「どうしよう。こんなに恋しちゃって」
「だいじょうぶ。いつかさめるから。そして終わる」
「いじわる」
「先のない恋という覚悟をしておくのはおとなの男のたしなみさ。それに、飛行に乱気流はつきものだ。それどころか墜落だってありうる。操縦のむずかしいきみのような相手では特にね」
「でもいまだけは ── 」
「そう。いまだけはありったけ恋すればいい」
「そうね」
「初めて会ったときにわれわれの恋の終わらせ方について決めたのはおぼえてるね? 泣かない。怒らない。異議申し立てしない。そして、たがいに二度と電話もメールもしない。すべてなかったことにする。きみはそれに同意した。この恋から答えはなにひとつみつからないってことも含めてね。かけらさえも」
「ええ。覚悟はできています。それにしても、やっぱりあなたって本当にいじわるだわ」
「いまにはじまったことじゃない」

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彼女の言うとおり、私はいくぶんかいじわるだったかもしれない。彼女の大きな瞳に大粒の涙が光る。私は涙をぬぐうかわりに彼女の右瞼に唇を寄せた。彼女が愛しくてならなかった。このままだれも知らぬ土地へ連れ去ってしまいたいくらいに。

「おねがい。いつかわたしをダンスに誘って。この曲で。それと夜間飛行にも」
「いつかじゃない。いまだ」

私たちはクルマを降り、月あかりを浴びながら『Moonlight Serenade』にあわせて踊った。まるで夜間飛行をしているような気分だった。公園の片隅の自動販売機が喝采するように目映く輝いていた。

軽やかなステップ、可憐なターン、清楚なスウェイの仕草、そして、気品にあふれたスクエア。私の無骨なリードにもかかわらず、彼女のダンスは完璧だった。私たちの恋のゆくえ、恋のライン・オブ・ダンスは不安定きわまりもなかったが。恋の夜間飛行はいつ乱気流に巻き込まれ、墜落してもおかしくなかったのだが。

「時間が止まってくれたらいいのに。これが夢ならさめなければいいのに」

『Moonlight Serenade』の演奏が終わりにさしかかろうとしたとき、彼女は私の胸に顔をうずめ、涙声でつぶやいた。私は彼女の顔を人差し指で上に向かせ、そっと口づけをし、つよく抱きしめ、言った。

「お嬢さん、それは無理な願いごとというもんだ。今夜の満天のお星様たちだって聞き届けてくれやしない。わかるね?」
「わかりました。先生」

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その後、私たちの恋物語は予想外の展開をみせて終演したが、『Moonlight Serenade』を聴くたびに彼女のことを思い出す。彼女の着ていたシルク・デシン地の黒いパーティー・ドレスの衣ずれの音はいまも耳に残る。彼女がまとうフレグランス、『夜間飛行』の森の中をさまよっているような密やかで凛と背筋の伸びた香りも。そして、かすかに心の軋む音。機体のあちこちに厄介な問題を抱えた1958年式アトランティック・バード号にいよいよ引退の潮時がきたのだ。「老兵は死なず。ただ静かに消え去るのみ」と操縦席にも記してある。


今夜、銀河系宇宙の片隅で。
 
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# by enzo_morinari | 2014-07-10 22:37 | あなたと夜と音楽と | Trackback

大学通りを経て象牙海岸へ。涙のワンサイデッド・ラヴが終りを告げたあとは涙のステップを。

 
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星と導きと夜との狭間にある大学通りを経て象牙海岸へ。そして、『シャンペンと地動説』によって終りを告げた涙のワンサイデッド・ラヴのあとは涙のステップを。


忘れもしない。1979年の夏だ。ガール・フレンドは3歳年上で、幼稚舎から大学までストレートに慶応だった。正真正銘のお嬢様だった。ファッションや音楽、言語感覚を初めとして、およそ生きていくうえで必要なセンスがとても良かった。人生の日々の景色が絶景になることは約束されたも同然であるように思われた。勉強ができるのは当然だが、頭の質がすごく良かった。クール・ビューティの典型だった。アイドルがグレース・ケリーというのは出来すぎだったが。

彼女の自宅は神宮前2丁目にあった。一般的な一戸建て住宅5個分くらいありそうな豪邸だった。彼女の父親は不動産業を中心に飲食店や娯楽施設、サウナなどを手広く経営していた。すべて一代で築き上げたそうだ。ある経済誌に取り上げられたこともある業界の風雲児だった。

ガール・フレンドの家には何度か行ったが常に居心地が悪かった。ガール・フレンドの父親とは一度も会ったことがない。「どうせ、ほかの女のところよ」とガール・フレンドはこともなげに言った。なるほど。よくある話しだ。

ある日、待ち合わせ場所の表参道の交差点交番前にガール・フレンドは息をきらしてやってきた。待ち合わせ時刻を15分も過ぎていた。帰る寸前だった。たった15分で? そうだ。私はこどものころから時間にきびしいのだ。待ち合わせの5分前を過ぎて相手が現れなかったら帰るのが私の流儀である。世界には平等も公平も存在しないが、「時間」だけは古今東西を問わずにだれでもに平等公平に用意されている。

「ねえねえ。聴いて聴いて。竹内まりやがさあ ── 」
「なんだよ、いきなり。竹内まりやだあ? 知るか! それってうめえのか?」
「うまいうまい。トップスのカレーとチョコレート・ケーキくらいうまい」
「そ、そうなのか。じゃ、喰ってみる」

そして、私はガール・フレンドから『UNIVERSITY STREET』のLPレコードを借り、聴き、竹内まりやの虜になった。彼女の言うとおり、トップスのカレーとチョコレート・ケーキ5年分くらいうまかった。

青山のブルックス・ブラザース本店で芥子色のシャツを買った。9月でもないのに『SEPTEMBER』を口ずさんだ。「SEPTEMBER」の発音に関してはいいなと思った。真似して発音したらLLのアメリカ人教師に褒められた。伊勢佐木町のヘンリー・アフリカでピーチパイを食べた。ただ甘いだけで不思議でもなんでもなかった。

『UNIVERSITY STREET』は『涙のワンサイデッド・ラヴ』が特に良かった。せつないというのはこういうことでもあるのだと知った。そして、ああ、女の子というのはこんな風にものごとを感じ、受け止め、考えているのかと驚くと同時に感心もし、女の子にもう少しやさしく接しようと思った。思っただけで実際にはこれっぽちもやさしくはしなかったけども。

『UNIVERSITY STREET』は実にいいアルバムだった。ジャズ・ミュージックと古典楽曲とわずかばかりの上質なポップスと上滑りなしA ( ) Cなしのロックのほかはほとんど聴かなかった私にはすごく新鮮だった。ただ、竹内まりやのスカした英語の発音については今にいたるもむかっ腹が立つ。それ、舌を巻きすぎだから。舌先を上顎にくっつけすぎてるから。言いたいことは山ほどあるがもはやどうでもいいことだ。

山下達郎とのことやら吉田美奈子の心情やらソニー・ミュージックの三浦との混みいった顛末やらについても言いたいことは山ほどあるけれども、すべては時間の波間を漂う流れ木のように、あるいは岸辺で踏む足跡のつかない涙のステップのように跡形もなく消えた。それでいい。それでよかったんだ。

いまでは、当時の泥沼での肉弾戦のごときゴタゴタを知る者はいない。当事者ですらおぼえてはいないだろう。あるいは忘れたふりをしているかだ。そのことについてだれも文句は言えないし、だれも文句を言われる筋合いはない。すべてはなかったも同然だ。

時間は大抵の場合残酷だが、ある種の人々にとってはやさしくもある。救いでさえあることだってある。そんな風にして色々なことが過ぎていき、色々なことがなにごともなかったように終わっていけばいい。もはや現役ではないんだしな。ただし、「え? とっくに終わったことじゃなかったの?」と嘯く無神経な輩には口には出さないが猛烈な憤怒と憎悪と強蔑をおぼえていることをそこはかとなく表明しておくことにする。無神経/鈍感な輩には、この憤怒と憎悪と強蔑の強さと深さの意味は473040000000000000秒かかってもわかるまいが。(この世界には都合よく THE END も FIN も用意されちゃいねえんだよ! 人は皆、志半ば、途中で死ぬんだ! おぼえとけ!)

さて、ガール・フレンドとの最後のやりとりだ。

「あなたのことは大好きだけど結婚はできないの」
「わかってるよ」
「え?」
「おれが日本人だからだろ?」
「 ── 知ってたの?」
「うん」
「ごめんね」
「おまえがあやまる理由なんかこれっぽっちもないよ」
「でも ── 」
「デモもストライキもない。おれたちは現代版のロミオとジュリエットだと思えばいいだけのことだ。どうってことはない。いまどき、どこにでも転がっているような話だ」

この一件以来、私は正真正銘の金持ちも成り上がりの金持ちもきらいだ。「おまえたちが富を所有する分、おれの分け前が減るじゃねえか!」というのが私の言い分である。至極まっとうで的を射ていて正鵠のど真ん中をぶち抜いていて健全で生産的でスピリチュアル・ユニティな考え方だ。

そんなふうにしてきょうまで生きてきた。生きてきたことであった。ときに、だれにも気づかれないように涙のステップを踏んで。悔し涙やら嬉し涙やら悲し涙やら嘘涙やら強がり涙やらを2000トンくらい流して。おかげで、涙はいくら流してもいつか乾き、やがて涸れることを学んだ。

人はなにごとからでも学ぶことはできるし、強い意志を持ちつづけるかぎりにおいてあらゆる厄介事や艱難、難関と対峙することができる。この際、厄介事を克服し、難関を突破したかどうかはそれほど重要な意味を持たない。それは二次的な問題にすぎない。涙はいくら流してもいつか乾き、やがて涸れることを学んだおかげで大抵の嘘泣きには騙されなくなった。そればかりか、彼あるいは彼女が嘘泣きをするに至った背景と事情を思いやり、「無駄だからやめろ」と諭すことさえできるようになった。

年に100回も200回も小僧の神様が愛した世界の果ての岬の温泉を日帰りする逆さクラゲ好きのポンコツボンクラヘッポコスカタンデクノボウ地方議員センセイはあまりにも嘘泣きがへたすぎる。あんな嘘泣きでは田舎町の議会事務局の腑抜けた木っ端役人すら騙せない。

いまではトップスのチョコレート・ケーキもカレーも食べない。彼女もそうだといい。そうあってほしい。本当の気持ちを伝えても過ぎ去った季節や時間を取り戻せやしないことはわかってはいるが、彼女の住む街と私の住む街では冬はどちらが先に来るのかは毎年気になる。彼女と最後に会ったときに着ていたオーバー・コートと彼女が誕生日にプレゼントしてくれたレジメンタル・タイはワードローブの奥深くで眠ったままだ。もはや目覚めることもあるまい。

その後、彼女からは一度だけ青いエアメールが届いた。雨で文字が滲んでいた。滲んでいたのは雨のせいだけではない。なんてマイ・フーリッシュハートな人生。もはや涙の涸れ果ててしまった私のかわりにだれか泣いてくれ。

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大学通りを経て象牙海岸へ。涙のワンサイデッド・ラヴが終りを告げたあとは涙のステップを。 (1979 - 1982)
 
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# by enzo_morinari | 2014-07-09 11:53 | あなたと夜と音楽と | Trackback