この洪水ののちに「希望」を語ることは野蛮である。

 
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あのころ、ランゲルハンス島の午後はいまよりずっと静かで、盲目のホピ族の長老に急き立てられて見るまえに跳んだ17歳の私は、風の歌を聴きながら孤独な核時代のピンチランナーとして1973年製のピンボール・マシンによる同時代ゲームに取り憑かれることとなった。

いまや、どす黒い金属の塊のような洪水はありとあらゆる人々の魂に及び、死者たちの奢りは際限もなく私を疲れ果てさせる。鯨が死滅する日よりもはやく「その日」がやってきたのだ。破壊された波止場には燃えつきた海図をたよりに苛酷な船旅をつづけた方舟さくら丸が漂着し、燃えあがる。永遠の呪詛のようなプルトニウム風のウクライナ語によって語られる「新しい千年の物語」にはアトミック・エイジの守護神も新しい人も登場しない。アトミック・エイジの守護神は厳かに宣言する。

この洪水ののちに「希望」を語ることは野蛮である。

どす黒い金属の塊のような洪水がすべてをなぎ倒し、根こそぎにし、飲みこんでゆく。手加減なし。容赦なし。当然だ。自然に意思などないからだ。あるのは冷厳冷徹な物理法則だけである。おぼろげながらも予感していた「その日」の圧倒的な光景をリアル・タイムで目撃しながら、私はしばし奇妙な冷静とそれまでに味わったことのない昂揚のあいだを行ったり来たりした。そして、「沈黙こそがかの地の人々への追悼である」と思いいたった。

沈黙しよう。それがかの地の人々に対する仁義であり、自分の流儀であるように思われた。だが、別の「その日」がやってきた。別の「その日」はハリウッドを殺した億万長者よりはるかに狡猾で、クラウゼヴィッツの暗号文よりも難解だった。膨大な「危険な話」に彩られていた。じっとしていても「言葉」が次から次へと溢れてきた。

啓示か? 福音か? そのいずれでもあり、いずれでもないだろう。答えは語りつづけることのうちにみつかるかもしれない。よしまた、答えなどみつからないとしても、この事態と向き合うことで「新しい生き方、新しい物事の捉え方、新しい解釈の仕方」がおぼろげにでも身につけばいい。生きつづけるというのはそういうことだ。

2011年3月14日、福島第一原子力発電所3号機が水素爆発を起こした直後、携帯電話が鳴った。電話の主のHは北関東エリアで産業廃棄物処理業を手広く営む人物である。Hとはバブル期に共同戦線を張り、いくつかの危うい仕事をいっしょにやった。Hの声は甲高くうわずって、興奮しているのがわかった。Hは大震災による膨大な量の瓦礫を宝の山と言い、原発事故によって発生した放射性廃棄物や放射性廃液などの「核のゴミ」を金のなる木と呼んで、千載一遇の大チャンスがめぐってきたのだと早口でまくしたてた。「これで一発逆転だ」とHは最後に言った。

「樽の旦那。あんたもひと口のるかい? 交渉事にあんたぐらいふさわしい人間はいない」
「やめとくよ。今回は野次馬に徹する。だがな、ひとつだけ忠告しておくぞ」
「なんだ?」
「くれぐれも用心してかかれよ。震災で出た瓦礫はともかく、原発のほうの相手は人を人とも思わない原発マフィアだ。裏街道の有象無象、海千山千どもが血相を変えて大津波のように押し寄せてくる。先刻承知之介だろうけどな。今度の件は動くゼニの桁がちがいすぎる。おまえさんが当て込んでる宝の山、金のなる木をめぐって大勢の人間が命を落とすことになるぜ」
「骨はあんたが拾ってくれ」
「バカ言うな」
「バカはいまにはじまったことじゃねえよ。ぐははは」

電話はそれで切れた。バブル期、地上げ屋の大物を相手に威勢のいい啖呵をきるHの強面だが憎めない顔が浮かんで消えた。

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さて、独立行政法人日本原子力研究開発機構の下部組織である産学連携推進部が「放射性廃棄物処理処分料金表」なるものを公開している。はやい話が「核のゴミ」の処理と処分に関する料金表だ。この料金表では放射性廃棄物の性状や線量率などのちがいによって細かく処理処分の料金が決められている。1トンあたり下は数十万円から上は3億円ちかいものまで。

日本原子力研究開発機構といえば、1995年に発生した高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏出火災事故でその「隠ぺい体質」がたびたび批判された原子力村の一翼をになう組織だ。福島原発事故後も「焼け太り」よろしく、いけしゃあしゃあと国から年間数千億円にものぼる補助金を受け取り、官僚や電力会社役員の天下り先として健在である。

役員一覧を見れば「天下り」の実体と、原子力村のいやしい住人どもがいかに巧妙狡猾に税金を食い物にしているかがよくわかる。同機構にかぎらず、原子力がらみで設立された組織はすべて税金をむさぼり喰うためにのみつくられたと考えてよい。「寄付金」「会費」名目で支出されている巨額なカネが原子力村の中を還流するさまは目眩さえおぼえるほどである。

現在の福島第一原子力発電所にある放射性廃棄物の処理処分の費用を「料金表」をもとに単純計算してみると、100兆円をゆうに超える驚くべき数字が姿をあらわす。東京電力の損害賠償費用、補償費用をはるかに超える額になる勘定だ。海洋投棄された1万トン超の「低濃度の汚染水」を料金表どおりに処理処分したとすると3兆円である(「低濃度」というのは東京電力が自身に都合よく言っている大ウソで、原子炉やトレンチやピットやタービン建屋に存在する高濃度の汚染水より濃度が低いというにすぎず、実際は国の環境基準値の100倍を超える濃度というしろものである。本来、放射線管理区域内で厳重に保管しておくべきものを意図して垂れ流すなどというべらぼうな話があってたまるか。また、「国の環境基準値」とやらも大いに疑ってかからなければならない)。「汚染水」のほかにも水素爆発で破壊され吹き飛んだ配管、構造材の瓦礫、廃炉にともなって出る原子炉本体の処理処分にかかる費用、放出拡散した放射性物質の除染除去費用は別勘定である。

今後、政と財と官と学とメディアと裏街道のならず者どもは「金のなる木」に眼の色をかえて群がり、すさまじいまでの貪欲さでその利権を貪り、食い散らかすだろう。東北の地を飲み込んだどす黒い金属の塊のような洪水がもたらした以上の「地獄絵図」をわれわれは目にすることになる。「原子力発電」はつくるのも維持するのも、処理処分するのも、すべて利権のタネなのだ。そして、そのツケは総括原価方式というペテンまやかしによって巧妙狡猾に姿を変え、ついには「電気料金」と名を変えて、必ずわれわれにまわされる。

福島第一原子力発電所事故をめぐる「核のゴミ」はならず者どもにとってはまさにヨダレの出る「金のなる木」なのだ。アレバ社のしたたかきわまりもない女社長と大統領のサルコジがおっとり刀で駆けつけたのだって、この「金のなる木」が目当てだと思えば合点がいくというものだ。

保身と責任回避と組織防衛と利権の確保を旨とする小賢しい木っ端役人どもの悪知恵と、あさましい政治屋どものゴリ押しによって法整備され、システム化され、御用学者どもは愚にもつかぬ御託を並べて擁護し、メディアは「安全安心」を連呼して広告料をせしめ、経済的に不遇な自治体が「補助金」「交付金」「寄付金」「奨励金」という名の毒饅頭と引き換えに「不幸」を受け入れて庶民の「暮らしと人生」を人質に取るという構図は遅かれ早かれ完成するだろう。そのようにして、「国策」の名のもとに「核のゴミ」は大手を振って「なきもの」にされるのだ。

地下深く埋められるか、稀釈されて「海面土壌埋設」という名の海洋投棄か。あるいは一家に1トン汚染水か。「天罰」が下ってもこの国はなにも変わりはしなかったというお粗末である。いくぶんかのさびしさを感じながらひろうHの骨がセシウムやらプルトニウムやらストロンチウムやらに汚染されていないことを祈ろうと思う。ついでに「新しい人」の誕生も。
 
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# by enzo_morinari | 2014-08-08 15:36 | 沈黙ノート | Trackback

天国にアローハ! ── 陽は昇り、陽は沈み、陽はまた昇る。HAPA『NAMAHANA』

 
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人は生まれ、生き、死ぬ。人は愛し、別れ、それでもまた愛す。そして、陽は昇り、陽は沈み、陽はまた昇る。E-M-M


15年前。1999年夏の盛りの昼下がり。古い友人から1枚のCDが届いた。包みをあけるとカードが添えてあった。

Music of Heaven. ALOHA!/天国の音楽。アローハ!

なつかしい友人の陽気でひとなつこい笑顔が眼に浮かんだ。「HAPA/Namahana/Contemporary Hawaiian Music」とジャケットにあった。HAPA. 知らないミュージシャンだった。ジャケットの写真は美しい南国の花。さっそく、CDプレイヤーにセットし、オーディオ装置が暖まるのを待った。待っているあいだに、「HAPA」「Namahana」をキーワードにして検索したが、きわめて少ない情報しかえられなかった。インターネット黎明期、旧石器時代の出来事だ。

HAPAはオアフ出身のケリイ・ホオマル・カネアリイ (Kelii Homalu Kanealii)とニュージャージー出身のバリー・フラナガン(Barry Flanagan)のハワイアン・コンテンポラリーデュオである。ハワイアンとアメリカ本国出身者が半分ずつという意味と、二人の音楽性を半分ずつ足してできあがった音楽という意味をこめて、HAPA(半分)。いい名前だと思った。

デビューは1992年。1994年にハワイのグラミー賞といわれるナ・ホク・ハノハノ賞を受賞している。なお、『Namahana』はHAPAのラストアルバムで、アルバム完成後にHAPAは解散している。

「ALOHA」というハワイ語(ポリネシア語)には五つの意味がこめられている。すなわち、A(Akahai/やさしさと思いやり)、L(Lokahi/調和と融合)、O(Oluolu/よろこびをもって柔和に)、H(Haahaa/ひたすら謙虚に)、A(Ahonui/忍耐と我慢)である。ALOHAは吾輩の自戒の言葉でもある。

HAPAを知った1999年の夏から15年が経つ。そのあいだに、吾輩にも古い友人にも実に色々のことがあった。当然だ。15年という時間の経過は生まれた子供が中学生になり、区役所の新人の戸籍係、窓口担当が係長補佐くらいになる歳月である。新米の戸籍係だった若者は住民すべての誕生日と納税状況の詳細を把握しているかもしれない。色々のことのないほうがどうかしてる。

さて、アンプリファイアーがいい塩梅にあたたまってきたようだ。PLAYボタンを押す。一瞬の静寂、沈黙。透明感と温もりのある美しい声。衒いも気負いもないシンプルで豊かなギターの響きと音色。ALOHAそのもの。人間の営みをまるごと包み込むような深さと広さと豊かさの音楽。5曲目。『Pau 'Ole Ka 'I'ini』で目蓋が強く押される。しょっぱいものがこぼれかける。

泣くところか?
泣いていいのか?


「いいんだ。泣きたいときは泣きたいだけ泣けばいいんだ」という古い友人の言葉が、その人なつこい笑顔とともによみがえる。HAPAを吾輩に教え、『NAMAHANA』という天上天国の音楽を聴かせた古い友人はこの春の初めに死んだ。吾輩にとっては、惜しまれ、早すぎ、世界の一部が失われたような死だった。しかし、それはHAPAの音楽のように静かでおだやかであたたかい死でもあった。


夏までは生きたいね。思う存分波乗りをしたあと、強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフト・サイドでよく冷えたビールを飲みながら、HAPAの『Pau 'Ole Ka 'I'ini』を聴きたいんだ。そして、これまで我慢してきた一生分の涙を流したい。


死の2週間前、横浜市大病院の奇妙に白いベッドの上で、見るに忍びないほど痩せ細った古い友人は言って笑い、それからすごくさびしそうな顔をした。末期の肝臓がんだった。

古い友人の願いはかなわなかった。かなうはずもなかった。願いがかなうはずもないことを一番知っているのは彼自身だったろう。

願いをかなえられなかった古い友人のかわりに、彼の誕生日である8月26日には、強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフト・サイドでHAPAを聴こう。HAPAの『Pau 'Ole Ka 'I'ini』を。繰り返し繰り返し。風に吹かれ、波を眺め、そして、古い友人が流せなかった分の涙も流そう。

気持ちのいい風が吹けばいい。いい波が立てばいい。涙が天国で友が飲みほすよく冷えたビールに注がれればいい。友にも『Pau 'Ole Ka 'I'ini』が届けばいい。


HAPA
 
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# by enzo_morinari | 2014-08-03 13:19 | 天国にアローハ! | Trackback

虹の領分 ── Love Sick

 
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ジカングスリが効かない失われし恋の病もある。恋の数だけある。星の数ほどある。処方箋は虹の領分に属する。E-M-M


Love Sick - LGYankees (Feat. 中村舞子)

 
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# by enzo_morinari | 2014-08-01 08:04 | 虹の領分 | Trackback

ソバージュネコメガエルの実存の最先端#4 ジャングル・ブギー

 
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風が強くなり、冷たくなって、とうとう雨が降りだす。雨粒がソバージュネコメガエルの顔に立てつづけにあたる。ソバージュネコメガエルはからだをぷるぷるっと震わせる。眼を半分ほど開けて横目でじろりと私を睨む。そして、おもむろに口を開き、ややくぐもったような声で「ジェーエイチダブリュエイチ」とつぶやいた。

ジェーエイチダブリュエイチ? なんだ? JHWH? 暗号か? 神聖四文字か? 神のことか? 幻聴か? 福音か? 啓示か? 呪文か? それとも、なにかの前触れか? なぜカエルがしゃべる? 原因はまたきゅうりなのか? きゅうりといえば河童だ。カエルではない。

私が不審さ満載で見ていると、ソバージュネコメガエルは今度は明瞭に「La Pensée sauvage」と言った。「ジェーエイチダブリュエイチ」のときよりも大きな声で。

試しに「野生の思考」と言ってみる。ソバージュネコメガエルは胸を張り、即座に「クロード・レヴィ=ストロース」と答えた。とてもいい発音だった。ネイティヴと言ってもいいくらいだ。特に、ストロースの「ロース」のところがいい。「Tristes tropiques」と私が言うと、「悲しき熱帯。でも、Tropiques の発音が悪いです」とソバージュネコメガエルは気難しいフランス語のフェメ教師のようにぴしゃりと言った。

「驚いたな。わたしの言うことがわかるんだね?」
「はい。言うことだけではなく考えていることも」
「またまた驚いた」
「ぼくも驚いてます。ぼくの言うことがわかる人間に会うのはあなたで3人目です」

風と雨足が強くなる。寒いくらいだ。

「寒くないかい?」
「すごく寒いです」
「だろうね。たしかきみは寒さにすごく弱いんだろう?」
「はい。半分砂漠のようなところで育ちましたから」
「ぼくの家にくるかい?」
「うーん。どうしようかな」
「ぼくの家は冷たい雨と強い風の日のパンタグリュエリヨン草の葉っぱの上より居心地はずっといいはずだよ。保証する」
「いじめない?」
「いじめないよ。きっとたいせつにする」
「へびはいない?」
「いない。へびは大嫌いだ」
「人間のこどもは?」
「いない。人間のこどももあまり好きじゃない。いるのはぼくとポルコロッソと奥さんだけ」
「奥さんはどんなひと?」
「まちがいなく宇宙で一番やさしくてファンキーでファニーで豊かで心の広いひとだよ。美人だし。1回死んで生き返ってるし」
「ほんと?」
「うん。ほんと」
「ぼくのこと、好きになってくれるかな?」
「きっとなるさ。ぼくの奥さんはカエルが大好物なんだ」
「ぼく、食べられちゃうの?」
「冗談だよ」
「わかってますって。虹子さんがカエルを食べたりするひとじゃないことくらいわかります。虹子さんが大のきゅうり好きだってことも」

そこで初めてソバージュネコメガエルは笑った。胸の奥に100W電球が灯ったようなあたたかな笑顔だ。

「どうして虹子ちゃんの名前がわかったんだろう? それにきゅうりのことも」
「さっき言ったでしょう? ぼくはあなたの考えていることがわかるって。あなたの脳みその中にダイブしたんですよ」
「ああ、なるほど」
「ちょっと酸っぱかった」
「え?!」
「あなたの脳みそ。遠くのほうで酢豆腐さんがエピキュア・チーズを肴に般若湯で湯浴みしながら寿手練経を唱えてるみたい」
「わけがわからないけど、とにかくすごく酸っぱくて臭そうだ」
「問題はあなたなんです。あなたはとても不安定だから」
「うーん。たしかに。でも、きみにはかならずやさしくする。誓うよ」
「心変わりしない?」
「しない」
「約束ですよ」
「約束だ」
「誓ってください」
「何に誓えばいい?」
「宇宙を支配する巨大な意志の力に」
「誓います」
「ちゃんと言葉にしてください!」
「わたしは宇宙を支配する巨大な意志の力に誓って彼をたいせつにします! やさしくもします!」
「ちゃんとごはんもくれる?」
「宇宙を支配する巨大な意志の力に誓ってごはんもあげます!」
「じゃあ行きます」

私はソバージュネコメガエルをそっとつまみ上げ、左の手のひらの上にのせた。少しひんやりとしていたがソバージュネコメガエルの命の輝きのようなものが手のひらを通し、腕を伝い、全身に広がってゆくように感じられた。

ポルコロッソがうれしそうに尻尾をふり、何度も吠える。風がやみ、雨があがり、雲の切れ間から幾筋もの光が射しはじめる。壊れ物を扱うようにソバージュネコメガエルを手のひらにのせ、虹子の待つ家に急いだ。遠くから Kool & the Gang の『Jungle Boogie』のリフが聴こえてきた。そのさらに遠くで笠置シヅ子が「ウワオ ワオワオ ウワオ ワオワオ」と吠えていた。

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Jungle Boogie (1973) - Kool and the Gang
 
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# by enzo_morinari | 2014-07-30 09:48 | ソバージュネコメガエルの実存 | Trackback

レッド・テープをぶった切れ! ── 救国のテロリスト、殺戮のロジック、ふたつの堆積物が交差する場所

 
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虚偽が罷りとおる時代に "真実を語ること" は革命的行為である。G-O


「俺はメッセンジャーだ。救国のメッセンジャーなんだ」

夜明け前。東京/霞が関。救国のテロリスト/役人首狩り族の王は潮見坂の頂上から財務省と外務省の薄汚れた庁舎を見下ろしながら独りごち、迷彩服の上から生き物のようにうねる巨大なアルチザン・チタニウム・ダガーを撫でる。哲の馬 Philosocycle による日々のトレーニングできれいに脂肪の殺げた躯体は精神と直結し、ひと振りの白刃のように研ぎ澄まされている。

アルチザン・チタニウム・ダガーの冷厳冷徹な「殺戮のロジック」はタフな戦闘服の生地を通しても伝わってくる。首都高速を行き交う車の走行音は救国のテロリスト/役人首狩り族の王の耳には一切入らない。

ひとしきりアルチザン・チタニウム・ダガーの「殺戮のロジック」を味わってから、救国のテロリスト/役人首狩り族の王は首からぶら下がっているドゥ・マゴ、二体の中国人形を握りしめる。

二体の中国人形。ふたつの病い。あるいはふたつの堆積物が交差する場所。

「俺のメッセージは必ず届く。俺のメッセージは手加減なし容赦なしだ。俺のメッセージは木っ端役人どもにとっては "死のメッセージ" だ。メッセージを届けたあとは遠く遥かに霞む幻視の海へ漕ぎ出す」

メッセージをドロップオフする刻限が間近に迫っている。

「殺人、殺人予備、殺人教唆、殺人幇助、内乱、内乱予備、内乱陰謀、内乱幇助、特定秘密保護法違反、破壊活動防止法違反、組織犯罪処罰法違反、脅迫、銃刀法違反。罪状はいったいいくつつくかな。今からたのしみだ。捕まれば当然に極刑、死刑がお待ちかねだが、こちらが失うのは自分の命だけだ」

南麻布の官舎を出たマークのピックアップされた生首が潮見坂の街路樹に晒されるまで、あと18時間。
 
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# by enzo_morinari | 2014-07-26 04:53 | レッド・テープをぶった切れ! | Trackback