崩壊する時間世界は四方をギミックファルスバルス山系に包囲された巨大な虚構の廃虚都市である。住人は貌と時間と魂を奪われている。奪ったのは宇宙を支配する巨大な意志の力だ。4月の魚が好物の5月うさぎのスズキラパン・ニッサンマーチ・ゴーン・ダメと海ワニに背中の皮をひん剥かれた白うさぎのトバー・イナバウアー(樹海男)は崩壊する時間世界の番人である。ブルーヘブンの森の植生に変化の兆しがあった日の朝、世界は水銀好きのアズマッドアズハッターのように震えだした。ショウナンエンゴサクの王国にエンゾエンゴサクが出現し、猛烈に勢力を伸ばしはじめたのだ。部屋の北向きの壁、漆黒のモノリス・ウォールに描いたペーパー・ムーンに崩壊する時間男は腰かけて”It’s only a Paper Moon”を口ずさんでいた。膝の上には両切りのキャメルをふかすテータム・オニールをのせている。
「どこから入ったんだ?」
「私はだれでもなくどこにもいない者なので、いつでもどこにでも好きなときに現れることができる。それが崩壊する時間男/Ruins Manの宿命だ。」
崩壊する時間男は早口でまくしたててから、”It’s only a Paper Moon”のつづきを歌い始めた。
翌日の午後、ピーター・ラビットがやってきてファニー・ファンキー・バニーのお茶の会をやっているときも崩壊する時間男はモノリス・ウォールのペーパー・ムーンのへりに座って”It’s only a Paper Moon”を歌いつづけていた。ときどき、崩壊する時間男は私とピーター・ラビットのほうを物欲しそうな目でみたが、それだけだった。
声をかけ、一緒にお茶の会に加わるように誘ったが崩壊する時間男はとてもゆっくり首を横にふった。ふった拍子に崩壊する時間男の頭がとれてテーブルのほうに転がってきて、ピーター・ラビットの足元でとまった。ピーター・ラビットは頑丈な上に敏捷な後ろ脚で崩壊する時間男の頭を思いきり蹴飛ばした。
崩壊する時間男の頭は美しい放物線を描いたあと、機械仕掛けのような正確な動きで転がって一旦宙空に上昇し、上昇したときとおなじ軌道で下降してから崩壊する時間男の首の元の位置に戻った。合体するとき、シャキキキーンというソリッドな音がした。
崩壊する時間男の頭からはきれいさっぱり顔が消えていた。のっぺらぼうだ。ピーター・ラビットは腹をかかえ、両耳をパタパタさせながら大声で笑った。
ひどいやつだ。ひどいうえに失礼きわまりない。だれだって顔が消えたら悲しいし、苦しくさえあるというのに。そして、そのことがのちのち、ピーター・ラビットにおそろしい災厄をもたらす結果になるのだが、ピーター・ラビットはまったく気づいていなかった。
不機嫌そうなノックの音がして、ドアをあけるとウサギのくせにドブネズミのようにずぶ濡れになったベンジャミン・バニーが呆然と立っていた。ベンジャミン・バニーの顔は半分消えかかっていた。ブルーヘブンの森のはずれから闇に溶けるようなチェシャ猫の笑い声が聞こえてきた。帽子屋が首を吊るどすんという音も。どうやら、世界はどうかしてしまったようだった。そのとき、崩壊する時間男がペーパー・ムーンから勢いよく飛びおりて威厳に満ちた声で言った。それは宣言とも聞こえた。
「これから貌と時間と魂を取りもどしにいく。出発だ。」
ショウナンシマスジエナガが外敵を察知したときの「ジュエルリリー」「チュイリリー」という警戒発声がひときわ大きく聴こえた。遠くで泡の弾ける音と遠い太鼓が連打される地響きのような音も。
Cardiocrinum cordatum, Cardiocrinum cordatum, Cardiocrinum cordatum, Casu Marzu, Casu Modde, Casu Cundídu, Formaggio Marcioという呪文呪言を唱えながら乳母の姥百合婆も姿をあらわした。
世界は本当にどうかしてしまったらしかった。Point of no return. もう、引き返すことはできない。
RUIN/廃虚 (An animated short set in a post-apocalyptic universe.)It’s Only a Paper Moon - Ella FitzgeraldWhite Rabbit - George Benson (White Rabbit/1971)Point of No Return - CHEMISTRY (2001)You Go Your Way - CHEMISTRY (The Way We Are/2001)