工事終わればそれっきり お払い箱のおれたちさ Nobby Yassy Okka Bayassy
東心斎橋にあるBarのCodeでああでもないこうでもないアーダコーダウーダウーダと飲んでいた。いまやっている仕事が終わればまたプーターロ・デイズに逆戻りだ。相方のキサーマはノブノブ・ダイゴダイゴでお話にならない。「後醍醐天皇は生きて、死んで、また生きる。Go Die Go. Die Go Die. すなわち、千鳥足。醍醐、ノブる。」と言われてモナー。まったく。
腹立ちまぎれに、岡林信康の『山谷ブルース』の「お払い箱のおれたちさ」を「お払いバー・コードのおれたちさ」と小声で歌って海原はるか(立ち位置右/ボケ担当)を遥かに超え、竹村健一(蓋然性京都大学文学部英文科卒/フルブライト奨学金先輩/マーシャル・マクルーハンの「メディアはメッセージ/マッサージである」という主張を大誤解して、ヤタラメターラ原発事故無責任男ハルンキンボ班目元原子力安全委員会委員長の左耳に熱い吐息を吹きかけながら「マダラメー♪」と息も絶え絶えハゲもほどほどに按摩をするのがアタマにバー・コード。東京神楽坂の料亭「グーテンベルクの銀河系」に多額のツケあり。ほかにも残債務莫大。「ハゲ・カルチャーの大司祭」としてメディアへの再露出/リブレイクを画策するも大滑り。ほとんどツルツルなだけに)をだいたい屋根裏部屋に閉じこめてしまうくらいの自頭のバー・コード禿げをみせびらかした。すると、ベルモット・グリーンのニッカーボッカー・ズボンを穿いたマルティーニ・エ・ロッシ生き写しの50がらみのバーテンダーが「世間恨んでなんになりますか」と囁くように歌って、カクテル・グラスとBeefeater London Ginのボトルを私の前に滑らせた。牛喰いの貌はいつもより凄みがきいているように思えた。
ニッカーボッカー・ズボンを穿いたマルティーニ・エ・ロッシにクリソツのバーテンダーはベルモットのボトルを逆さにして「À bout de souffle! Here’s is looking at you, Kids!」とJump Shot技法を織り交ぜたマルセイバタサンド・サント=ブーヴ・マルセイユ訛りで叫びながら上下にジャン・ポール・ベルモンド+ハンフリー・ボガート風に軽くふり、ベルモットが沁みたコルクでグラスの淵をさっと拭いてからBeefeater London Ginをグラスにそそいだ。カクテル・グラスにはすぐにきれいな霜がついた。
しばらくマティーニを眺め、ウィンストン・チャーチルとアーネスト・ヘミングウェイとクラーク・ゲーブルとジョン・ウェインとチャールトン・ヘストンのことを考えてからグラスを手に取って飲もうとしたとき、マルティーニ・エ・ロッシにクリソツのバーテンダーは私を制して言った。
「少々、お待ちを。」
マルティーニ・エ・ロッシにクリソツのバーテンダーはベルモットをショット・グラスに少し注いでから口に含んだ。そして、私に向かってベルモットの香りのする息を吹きかけた。いい香りだった。そして、マティーニを飲んだ。
そんなようなことを3度つづけ、気分もいくぶんかよくなったので帰ることにした。
「チェックを。」
「ありがとうございます。またのお越しを。どうか、お払い箱になりませんように。」
「うん。お払い箱のおれたちだけど、払いはバー・コードで。」
時代はすっかりスッカラカンにMindlessになってしまったが、Cashlessはわるくない。
山谷ブルース 岡林信康 (私を断罪せよ/1969)