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真言の音楽#22 ライ・クーダーはタバコ何本分待ったのか? Buena Vista Social Club

 
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名もなき者たちが起こした奇跡はライ・クーダーの一人旅から始まった。 E-M-M


荒野にいるときより都会にいるときのほうが孤独を感じるロンサム・カーボーイのライ・クーダーにとって、ハバーナは「帰りたい街、帰れない街」でもあったか。ライ・クーダーはタバコ何本分待ったのか? ウォーレン・オーツの首を探し出し、持ち帰ることはできたのか? それらの問いについて考えながら聴くのは『Buena Vista Social Club』こそがふさわしい。人生は考えているよりもずっとシンプルにできている。
1996年当時のBuena Vista Social Clubの主要なオリジナル・メンバーのほとんどはすでにして鬼籍に名を連ねている。いつの時代も「奇跡」は足が速い。
のちに制作される同名の映画は『Paris, Texas』『ベルリン/天使の詩』のヴィム・ヴェンダースが監督している。映画も必見である。人生は考えているよりもずっとシンプルで、思っていたよりもはるかに景色がいい。


Buena Vista Social Club - Buena Vista Social Club (1996)

Data
Released: September 16, 1997
Recorded: March 1996
Genre: Latin, Son, Cubano, Bolero, Guajira, Salsa, Rumba
Length: 60:00
Label: World Circuit, Nonesuch
Producer: Ry Cooder

Track listing
1. "Chan Chan" – 4:16
2. "De camino a la vereda" – 5:03
3. "El cuarto de Tula" – 7:27
4. "Pueblo nuevo" – 6:05
5. "Dos gardenias" – 3:02
6. "¿Y tú qué has hecho?" – 3:13
7. "Veinte años" – 3:29
8. "El carretero" – 3:28
9. "Candela" – 5:27
10. "Amor de loca juventud" – 3:21
11. "Orgullecida" – 3:18
12. "Murmullo" – 3:50
13. "Buena Vista Social Club" – 4:50
14. "La bayamesa" – 2:54

Members/Personnel
Ry Cooder (guitar) 1947 - Present
Juan de Marcos González (vocals) 1954 - Present
Ibrahim Ferrer (vocals) 1927 - 2005
Rubén González (piano) 1919 - 2003
Pío Leyva (vocals) 1917 - 2006
Manuel "Puntillita" Licea (vocals) 1921 - 2000
Orlando "Cachaito" López (bass) 1933 - 2009
Manuel "Guajiro" Mirabal (trumpet) 1933 - Present
Eliades Ochoa (guitar) 1946 - Present
Omara Portuondo (guitar) 1930 - Present
Compay Segundo (vocals, guitar) 1907 - 2003
Barbarito Torres (lute) 1956 - Present
Amadito Valdés (percussion)
Joachim Cooder (percussion) 1978 - Present

Buena Vista Social Club

Chan Chan/Songwriters: Repilado Munoz, Maximo Francisco
De Alto Cedro voy para Marcane
Llego a Cueto voy para Mayari
(Repeat x3)

El cariño que te tengo
Yo no lo puedo negar
Se me sale la babita
Yo no lo puedo evitar

Cuando Juanica y Chan Chan
En el mar cernian arena
Como sacudia el 'jibe'
A Chan Chan le daba pena

Limpia el camino de pajas
Que yo me quiero sentar
En aquel tronco que veo
Y asi no puedo llegar

De Alto Cedro voy para Marcane
Llego a Cueto voy para Mayari
(Repeat x3)

(Instrumental solo)

De Alto Cedro voy para Marcane
Llego a Cueto voy para Mayari
(Repeat x2)

De Alto Cedro voy para Marcane
Llego a Cueto voy (slowly) para Mayari


(English)
From Alto Cedro, I go to Marcan
I arrive in Cueto, and then I go towards Mayar.

The love I have for you
is something I cannot deny
I drool all over
I cannot help it.

When Juanica and Chan Chan
sifted sand at the beach

Chan Chan felt sorry/shame

Clean the path of straw
cause I want to sit down
on that tree trunk I see
and that way I'm never going to arrive

From Alto Cedro, I go to Marcan
I arrive in Cueto, and then I go towards Mayar.


アルト・セドロを出発したらマカネへ行き
クエトに着いたら次はマヤリーに向かう

おまえへの想いをおれは捨てきれない
所かまわずおまえが欲しくてしかたない

ファニカとチャンチャンが浜辺の砂をふるいにかけてたら
女の子がオッパイをゆさゆさと揺らすのでチャンチャンは恥ずかしくて顔を染めた

木陰でひと休みしたいから道端の麦わらをどけてくれよ
こんなことだからいつまで経ってもどこにもたどり着けないんだ

アルト・セドロを出発したらマカネへ行き
クエトに着いたら次はマヤリーに向かう
 
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by enzo_morinari | 2013-07-31 01:54 | 真言の音楽 | Trackback

ゆるゆる王国#4 軽やかな絶望と3種類のサラダと坂本慎太郎のうた

 
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 昏睡の季節、紡錘形の静寂が支配する家における軽やかな絶望と3種類のサラダと坂本慎太郎のうた

 遠い空から降ってくるっていう幸せってやつがあたいにわかるまで
 あたいタバコやめないわ プカプカ プカプカプカ
Z-K-Z


 午前中にサフラン摘みをした日の昼餐は、由良デリコが「パウル・クレーの食卓」と呼ぶホンジュラス・マホガニーの8角形のテーブルで行われる。パウル・クレーの食卓に並ぶのは決まってサフラン・ライスとチキンのグリーンカレーとサラダだ。きょうのサラダは3種類。
 フルーツトマトとリコッタチーズを野菜の森で覆い隠したサラダ。
 ルッコラとザワークラフトとリンゴと胡桃とサヴォワ地方のコンテチーズと野生のスミレのサラダ。
 ローズマリーで燻したハムとサラダ菜と湯がいたブロッコリーとチェリートマトと黒オリーヴとパルメザンチーズの薄切りにアイオリソースがかかったサラダ。
 サラダだけでお腹がいっぱいになってしまうが、パウル・クレーの食卓に並んだものはひとかけらたりとも残すことはゆるされない。残したりすれば由良デリコの一閃によって鼻か耳たぶか指先が切り落とされることになる。まだしばらくは五体満足でいたいのでどれほど苦しくてもパウル・クレーの食卓に並んだものはすべて食べつくす。由良デリコは特にサラダに関して異様なほどのこだわりと執着を持っているので、毎回、サラダはとても手のこんだものが作られる。量も並大抵ではない。サラダボウルに山盛り。しかも、きょうのように何種類も。今までで一番多かったのは42種類だ。
 孤独なオートバイにまたがり、月の滴をなめながらときどき考える。いったい死ぬまでにどれくらいの量の、何種類のサラダを食べることになるんだろうと。もちろん、答えは出ない。これもひとつの確かな絶望だ。軽やかな絶望をたのしむために坂本慎太郎の『傷とともに踊る』と『まともがわからない』を交互に聴く。それで少しは絶望のダンスのステップは軽やかさを増す。素晴らしいことだ。 食事を終えた由良デリコは『プカプカ』を口ずさみながら、涼しい顔でタバコを吹かしている。モクモク共和国のラパタータ・マニョーリア大統領を虎の門のJTビルから突き落としたことなど知らぬげに。
 
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by enzo_morinari | 2013-07-30 20:47 | ゆるゆる王国 | Trackback

ゆるゆる王国#3 モクモク共和国の逆襲

 
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 そんなわけで、出会ったその日に私と由良デリコはゆらゆらゆるゆるとシコシコすることになったわけだが、問題がなかったわけではない。由良デリコはトヨバーバの妹のユバーバの怒りと呪いを受けて右眼を名無しの眼無しに奪われていて、隻眼の真っ最中なのだ。
 由良デリコはゆらゆらしているようにみえて、その実、精神はいつも研ぎ澄まされている。ジレットとフェザーとシックが束になってかかっても敵わないほどだ。不用意に由良デリコに触れようものなら指先はすっぱりと切り落とされてしまう。由良デリコはこの現象を「象限ナイフ」と呼んでいるが、象限ナイフによって切り裂かれた傷口からはスライム色の液体がゆらゆらと滲み出てくる。この滲出はとどまることがない。内部、実体、実質がすべて外部に滲みきって露わになるまで。スライム・ジュースは微量ずつしか滲出しないので内部、実体、実質が外部に出きってしまうまでには何十年もかかる。スライム・ジュースがそこそこおいしいのでお愉しみがないわけではないが、傷口を持つ者はきわめて緩慢な死を常に現前に突きつけられた生を生きる困難を抱えつづけることを思えばよろこんでばかりはいられないのもまた事実だ。実際、由良デリコの一閃によって受けた傷が元で猛烈な勢いで脱毛し、消耗し、ついには吉岡ミノールとキダ・ミノールのアイノコにされた者は少なからずいて、彼らは一様にヅラヅラしく物事をズラしまくり、テレビ受像機の位置をズラしまくり、国境線さえズラしまくり、赤坂とお台場をズラしてTBSとフジの視聴率戦争を煙りと鬘に巻き、オヅラトモアキも脱毛もとい脱帽するほどのヅラ猛者になる。
 そのような次第で、由良デリコの神経はいつも、つねに研ぎ澄まされていて、視野視界が半分になった分、聴覚聴力は常人をはるかに超える能力を持つに至っている。しかも、精神神経がぴりぴりと張りつめているので、外部、他者、世界が発する片言隻句を聞き逃すまいとして意識を集中させるものだから、それに応じるかたちで残った隻眼がギロギロと前後左右上下に蠢く。異様な姿だ。
 南蛮伴天連寺の門前の小僧から和泉屋染物店の番頭にまで昇りつめた木下杢太郎が地獄の地下一尺にある穀倉で独立宣言し、誕生したモクモク共和国のラパタータ・マニョーリア大統領がモクモクプカプカさせて禁煙ルームに乱入してきたときも、由良デリコの神経はアスピリン錠を100錠まとめて飲んだのと同レベルのピリピリ具合であり、しかも、前の晩の私とのゆらゆらゆるゆる苦しみ遊びがうまくまぐわえなかったこともあって至極不機嫌だった。由良デリコの大一閃によって国力を半分ほどに殺がれていたモクモク共和国大統領であるラパタータ・マニョーリア女史としては、なんとしても雪辱を果たすと同時に由良デリコに一矢を報おうと虎視眈々、たんたんたぬきのキンタマだった。風が吹く。風がないのにブラブラでも風が吹く。
 
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by enzo_morinari | 2013-07-30 11:03 | ゆるゆる王国 | Trackback

ゆるゆる王国#2 由良デリコとS-F-Pのマキ・サエグーサのエンターザドラゴン

 
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 鼻行類ウォッチングのために訪れた東京都庭園美術館で偶然知り合ったアール・ヌーヴォーデコンストリュクシオン・コンセプシオンが急死して3日目。アール・ヌーヴォーデコンストリュクシオン・コンセプシオンの臼歯を形見としてもらったはいいけれども、その使い道に意識の底部がゆるゆるした。そのような生煮えの意識状況を打開するために青い心の所有者、いつかの代々木のいつかの甲本のベロべろべろを1時間ほど鑑賞してからリンダリンダ・マネーロンダリングすることにした。一人ではアレでソレでコレでメンソーレでメンソールでレーゾンデートルが危うくなってしまいそうなので、由良デリコを誘った。
 由良デリコはいつもゆらゆらしている。ゆらゆらしているけれどもゆるくはない。アスコの具合はキリキリコリコリゴリゴリキュキュである。由良デリコは裸の王様の直系血族だが、そのことは内緒にしたいらしい。由良デリコの口ぐせは Aha! All We Want! だ。

 由良デリコと初めて会ったのは代々木のルースBというシケて難破寸前のライヴハウスだった。その日のライヴはニック100万発分の憎っきゆらゆら帝国とわがゆるゆる王国との異化するタコスバンド天国合戦の最終日であって、由良デリコは隣りの席でひとりぼっちの咳をしながら乳首の席替えと隻眼の洗浄のためのサイケデリックなフラワートラベリンバンダナを頭に巻き、S-F-Pのマキ・サエグーサと一緒にゆらゆらとスインギーにジグリーシマリングスウェイしていた。タテノリともヨコノリともハコノリともフジワラノリカノリともアサクサノリともホリコシノリともちがうエキセントリックなノリ方だった。由良デリコの不思議で風変わりなユラユラノリノリに見蕩れていると、由良デリコと一緒に揺れていたS-F-Pのマキ・サエグーサがマーサー・ガーサー風な笑みを浮かべながらラ王ラオス語で言った。
「ねえねえ、新わらしべシステムにいっちょ噛みしてみない?」
「いいけど、なにかいいことあんの? その新わらしべシステムにいっちょ噛みすると」
「あるあるどころの騒ぎじゃないよ!」
「きみとメイクラヴできるとか?」
「それムリムリ! あたしには穴という穴がないから。ないというより、歌う犬どものための弦楽四重奏好きの宇宙を支配する巨大な意志の力によって封印されちゃってるんだ。あんたは好みのタイプだし、頭もよさそうな上唇と鼻腔をしてるからヤリヤリしたいのは山々なんだけどね。でもさ、ヤリヤリなんかより、もっとイケイケでハフュッフェンで偽物ボブでトヨバーバなことがいっぱいお待ちかねだよ、新わらしべシステムやると」
「オーケイ。じゃあ、大橋巨泉の分と石坂の兵ちゃんの分とシコりに向かっている途中に権田原でジコる前のビトー・タケーシの分も併せて頼むよ。いくら?」
「イクラ? 鮭はカンケーしてねーし。っつーか、ゼニカネかかんねーし」
「なにそれ? タダってこと?」
「そうだよ。新わらしべシステムは精神の空洞を埋めるための道徳律の領域に属することなんだ。早い話が心がけ。わかる?」
「うーん。生長の家とか奉仕団とかインナートリップとかとはちがいがあるわけ?」
「ちがうに決まってるジャン! ジャーン! ポリンスキー♪ ポリンスキー♪ 三枝形のヒミツはね。教えてあげないよ! ジャン!」
「えっ?」
「えってなにが?」
「いや、オチはどこにあるのかなと思って」
「オチ? ジャンがオチじゃん」
「ジャンがオチって言われてもな」
「じゃあ、これでおじゃんね。火焔太鼓の時間だから」
「めちゃくちゃだなあ」
 マキ・サエグーサは火焔太鼓を担いで舞台に駆け上がってしまった。ゆらゆら帝国とゆるゆる王国が壮絶なゆらゆらゆるゆるバトルの最中だというのに。由良デリコは我関せず不条理ゆえに吾信ずとばかりにゆらゆらとスインギーにジグリーシマリングスウェイしている。
 
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by enzo_morinari | 2013-07-30 04:36 | ゆるゆる王国 | Trackback

テンギャン・クマグス、漱石と鴎外の「沈黙合戦」を一蹴。そして、縄文革命へ

 
アカエイと淫する南方熊楠翁のガマン汁の元は粘菌である。

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すでに我が国馬関辺では、アカエイの大きなのを捕えて砂上に置くと、その肛門がふわふわと呼吸に連れて動くところへ、漁夫が夢中になって抱きつき、これに婬し、終わるとまた他の男を呼び、喜びを分かつのは、一件上の社会主義とでも言うことができ、どうせ売って食ってしまうものなので、姦し殺したところで何の損にもならない。情欲さえそれで済めば一同大満足で、別に仲間以外の人に見せるのでもないので、何の猥褻罪も構成しない。かえってこの近所の郡長殿が、年にも恥じず、鮎川から来た下女に夜這いし、細君がカタツムリの角を怒らせ、下女は村へ帰っても、若衆連中が相手にしてくれないなどに比べれば、はるかに罪のない話である。 南方熊楠『人魚の話』

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さて、古今東西に並ぶ者なき「森羅万象の巨魁」「知の大巨人」である南方熊楠翁の記憶力、博覧強記ぶりにはほとほとあいた口が塞がらぬ吾輩である。

ある小春日和、武蔵野の小春おばさんの家の縁側で日向ぼっこがてらに『和漢三才図会』の綴じを繕っていた南方熊楠翁が突然、「きみきみ。近頃、中沢新一とかいう小僧がバッハバッハと喧しいようだが、あれはいったいぜんたいどういう料簡なのだ?」と言い、「耳にたいそう小癪なので、行ってどうにかしてきてくれまいかね?」と吾輩を促した。

「先生がどうしてもと仰るのであれば、わたくしとしてはその中沢新一とかいう小僧を野うさぎと一緒に煮るなり、野生野蛮焼きするなり、チベットまで蹴り飛ばすなりいたしますが、どういたしましょうか?」
「どうしてもというほどでもないのだがね。小癪に障るていどなのだがね」
「ではこうしましょうよ、先生。先生秘伝の粘菌汁の大元を少しくわたくしに分けていただけますまいか? ちょいとこのごろ、アレのほうの塩梅がいまいち潤いに欠けておりますもので」
「きみきみ。それはまた随分と難儀なことを申し向けてくるじゃないかよ。吾輩も寄る年波でアッチもコッチもガタが来ているところへもってきて、昨今の愚劣愚鈍な土地開発土地改良によって粘菌どももめっきり数が減っているのだよ。よって、粘菌汁の手持ちは吾輩の分しかない」
「うーん」
「ではこうしようじゃないかよ。アカエイのいいのをつらまえて、きみに極上極楽の思いをする秘法を伝授しようじゃないか」
「ええええええっ! あの湯ぼぼ酒まらを凌ぐとも言われるアカエイボボリコをですか!」
「そうさ」
「是非是非にお願いいたしますよ、先生!」
「よし。わかった。ではさっそくアカエイをばとっつかまえにいこうではないかよ」

こうして、南方熊楠翁と吾輩はアカエイ獲りの仕度に取りかかった。

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「クマグス曼荼羅」発、『河内のオッサンの唄』着

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クマグス曼荼羅、秋艸堂の結界を破る。千曲川のスケッチブックに綴られる海上の道と遠野の里の物語。そして、河内のオッサンの唄


「秋艸堂で釣竿一式借りることにしよう」

クマグス先生は言うが早いかダットサンを上回る脱兎の勢いで走り出した。吾輩もあとにしたがった。クマグス先生の俊足はつとに知られている。和歌山県陸上競技連盟の公式記録には若きクマグス先生が百メートルを10秒代前半で走ったとある。まさに天狗である。実際のところ、クマグス先生は正真正銘の天狗なのであるが。正確には「先祖がえり」の一例である。

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明治通りでスカした舶来車やらRV車どもを蹴散らしながら疾走し、学習院を横目に雑司ヶ谷の墓場際の秋艸堂に到着するなり、クマグス先生は大音声を発した。

「會津はいるか! 八一はおらんのか!」

中からはなにも声がしない。門は固く閉ざされている。と、クマグス先生は右の指先で虚空に梵字をいくつか切り、クマグス曼荼羅を出現させた。それからおもむろにクマグス曼荼羅を口にくわえ、一瞬気配を消したと思うそのすぐ先に一気呵成に「八一の結界」を破る。門は木っ端のように軽々と開いた。

「罷り通る!」

クマグス先生が結界を越えて一歩足を踏み入れた途端に、秋艸堂の庭の樹々がわさわさと喜びの声をあげた。

會津八一はいなかった。あるいはどこかに潜んでいるのかもしれないが姿はみえない。家の者もいない。クマグス先生はさっさと着物を脱いで褌一丁になると大広間の畳の上に大の字になった。そして、すぐに大鼾をかきはじめる。吾輩は手持ち無沙汰に會津八一の蔵書の中からカネになりそうなのを見繕ってさっさと懐におさめた。そして、吾輩もパンツ一丁になり、クマグス先生の横に寝転んだ。

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ひとつどきも過ぎた頃か。クマグス先生と吾輩の枕元にとんぼ眼鏡をかけた末生りがこれ見よがしに千曲川の瀬音を響かせながら立っている。

「先生、先生。島崎の野郎が来ましたぜ」
「ん? なに? だれが来たって?」
「島崎ですよ。島崎のハルキンボです」
「あ。ハルキンボめ! ここで会ったが百年目と思え!」

クマグス先生が怒鳴る。震え上がるハルキンボの末生り瓢箪のような肩越しにコケシとホトケさまを足したような風情、たたずまいの柳田國男が満面の笑みを浮かべて大黒柱に抱きついているのがみえる。

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「やいやい、ハルキ! ハルキンボ! おまえ、柳田のひとがいいのをいいことに椰子の実を盗みやがったな?」
「あ。それは、そ、そ、それは ── 」
「ソもラもシもあるか! ファドはポルトガルのブルーズだ! おぼえとけ! 姪っ子と乳繰り合うような下衆外道には椰子の実を盗むくらいはどうということもなかろうけれども、おまえのインチキマヤカシ銀流しは先刻お見通しだ。いったいうすらの女子をどれほどもいてこましたのだ?」
「そ、そ、それは、それは、百と八人ほど」
「きさま! ヤルにこと欠いて煩悩の数だけ天津摩羅命、天照眞良建雄命をおっ勃ておったか! ハルキンボ! ここに八一がいようものなら、おまえただではすまんぞ!」

「天下御免の會津八一である! 會津八一を知らんか!」と大音声を発して入ってきたのは秋艸道人、會津八一であった。

「あ。會津。どうしておまえがここにいる?」と南方熊楠翁やや拍子抜けした様子でたずねた。
「ここはおれんちだ。おれんちにおれがいてなにが悪い。なにか奇矯か? そんなことより、きょうこそはお弟子にしていただくのである!」
「おまえ、いちいち大音声を発せんでも聴こえるから」
「声のでかいのは地である! 天下御免の會津八一である! 會津八一を知らんか!」
「だれもきいてないから。おまえが會津八一であるのはここにいる全員知ってるから」
「秋の日は義淵が深きまなぶたにさし傾けり人の絶え間を」
「聴いてないから!」
「一、ふかくこの生を愛すべし一、かへりみて己をしるべし一、学芸を以て性を養ふべし一、日々新面目あるべしいまよりは天の獅子座のかがやきを大人のまなこと観つつ励まむ」

會津八一は鬼の形相で絶叫をつづける。そのそばから島崎ハルキンボこと島崎藤村が歌いだす。

「まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり」
「黙れ! スケコマシ!」
「君がさやけき目のいろも 君くれないのくちびるも 君がみどりの黒髪も またいつか見ん この別れ」
クマグス先生が怒鳴ってもハルキンボはやめない。今度は柳田國男が呪文じみた言葉を吐き出しはじめた。
「ナニャドヤラナニャドヤラナニャドヤラ ナニャドナサレテナニャドヤラナニャドヤレ ナサレデ ノーオ ナニャドヤレナニャドヤラヨー ナニャド ナサレテ サーエナニャド ヤラヨーナニャド ナサレテ ナニャドヤラ ナニャド」
「おまえたち! いいかげんにしろ!]

だれもやめない。

「よおし。おまえたちがそうなら吾輩だって」
南方熊楠翁は言うなり、『ラーマーヤナ』第6巻の「ユッダ・カーンダ」をブラーフミー語で吟じ始めるではないか。こうなっては吾輩も負けてはいられない。深呼吸し、息を整え、愛は思うまま歌った。

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「オイ、ワレ男っちゅうもんわな、酒の一升も飲んじゃってさ、競馬もやっちゃってさ、その為にさ思いっ切り働くんじゃいワレ。てやんでべら坊めやんけ。やんけやんけやんけやんけそやんけワレ。ワレワレワレそやんけ。やんけやんけやんけやんけそやんけワレ。ワレワレワレそやんけ。河内のおっさんの唄。河内のおっさんの唄!」

秋艸堂が一瞬にして静まりかえり、八つの射るような眼差しが吾輩の土手っ腹を轟々と貫いた。秋艸堂の幽けき庭から、マタ・ハリよろしく間諜仰せつかった落窪クソ婆の渋り腹より糞が絞り出されるごぼごぼというおぞましい音が聴こえてきた。

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クマグス先生、島崎藤村の右頬のシミの謂れについて語る。

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クマグス先生のげにも恐ろしき博覧強記、統合力の一端を象徴する話がある。何十年かぶりに故郷に帰還したクマグス先生は飲み屋で地元の者と会った。クマグス先生はそこである娘の「狐憑き」について地元の長老からなにくれと相談を受ける。

クマグス先生は娘の家系を遡りつつ、狐憑き娘の一族の縁故由来の種々について縷々延々と述べたあと、「そのような次第なので娘に狐が憑くのは致し方ない」と結論する。その娘とクマグス先生が直接に知り合いだったわけではないし、その娘とその家系について事前に特段の調査、追跡をしていたわけでもない。

クマグス先生の狐憑き娘の家系にかかる話はまことに微に入り細に入っており、その一族のある法事の席の膳にならんだ菜の品目、饗された酒の銘柄、当日の天候、風向きというような当の一族の者でさえ知らぬかおぼえていないことまでをも網羅するものであった。このようなところからも熊楠翁の桁外れの強記ぶりが知られる。天狗にしてみればどうということのない些末事にすぎないのではあるが。ちなみに吾輩のこれまでの言説中にたびたび登場する「冬眠を忘れた熊」とは南方熊楠翁のことである。

さて、クマグス先生、會津八一、島崎藤村、柳田國男、そして吾輩によるてんでばらばらな変則五重唱が一段落し、一同がこれまたてんでばらばらに自家撞着についての反省に耽っているコヒーレントな時間を破ったのは最前より十歳ほども若返ったクマグス先生その人であった。若返りはクマグス先生お得意の「天狗の術」のひとつである。クマグス先生は島崎ハルキンボをぐいと睨みつけて言った。

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「ハルキンボよ。おまえの右の頬の大きなシミの謂れを教えてやろうかい?」
「は、は、はひぃ! 是非にお願い申します」
「かわりと言っちゃあなんだが、麻布笄町の若菜を吾輩によこせよ」
「え、え、ええええ! そ、そ、そんなあ! 若菜はあたくしの命でございますよ、先生」
「吾輩に命を差し出す名誉を土産に冥土へ旅立つがいいさ。冥土への旅立ちの前にアキバのメイド喫茶くらいは連れていってやろうさ」
「……。」
「おまえは先年の春の盛り、正確には五月一日、メーデーの夕刻、姪っ子の若菜の家で若菜とたっぷり御懇ろに及んだのちの帰りの道すがら、ノダフジの枝のひとくれを手折って自宅に持ち帰ったな?」
「な、な、な、なんと! なしてそのことを知っておられますか!」
「吾輩は天下御免天下無双の南方熊楠である! 南方熊楠を知らんか!」
「それはおれの専売だから!」

傍で事態の成り行きをじっと聴いていた會津八一が口を挟むがクマグス先生も島崎ハルキンボも相手にしない。會津八一は「黙す。」とだけ言って、実際、シベリアの永久凍土のように深々と沈黙した。それを見届けたクマグス先生が口を開く。

「ハルキンボよ。おまえの右頬の醜悪なるシミはおまえが手折ったノダフジの精の仕業だ」
「じぇじぇ! じぇじぇじぇのじぇ!」
「きさま! 朝の連ドラぱくりすぎてるから!」
「ゲゲ! ゲゲゲのゲ!」
「それもだから!」

床の間の脇の小さなテレビ受像機から泉ピン子の嘘くさいインチキ付け刃の山形弁による台詞回しが聴こえてきた。泉ピン子の傲岸不遜で耳が腐るような声に虫酸が走り、腑のすべてが煮えくりかえる。思えば、銀山温泉にはいまもポンコツ・スーパーマーケット誕生前史となった話にまつわる土産の品々が埃を被って並んでいる。売れればひとつあたり何十円かが橋田壽賀子と石井ふく子の薄汚れた懐に入る仕組みだ。

橋田壽賀子、石井ふく子一味のやることは茄子事ヤル事脱税事、常に陳腐でまやかしで退屈である。渡る世間はみんなで渡ればこわくもないような甘ちゃん世界であり、鬼の居ぬ間に命の洗濯どころか「オサレなランチ」と「豪華豪勢ステキステキのディナー」の大行列、グロテスクなエゴイズムと愚にもつかぬ「認知欲求」と「親和欲求」にまみれた鬼ごっこばかりである。

頓知協会も顔色なし、『スコブル滑稽面白半分新聞』の腕っこき記者がそのうちそのカラクリを嗅ぎつけて「威武に屈せず富貴に淫せず、ユスリもやらずハッタリもせず、天下独特の肝癪を経とし、色気を緯とす。過激にして愛嬌あり」とばかりに宮武外骨、森鳴燕蔵以下の反骨土性っ骨モッコスイゴッソウジョッパリの面々が駆けつけるのは必定である。そんな重大局面を知ってか知らずか、島崎ハルキンボの末成りボンクラヘッポコスカタンは美醜の戯けごとに御執心の様子である。

「クマグス先生、いったいこのシミを消すにはどうしたらばようござんしょうか?」
「そうだな。まず手始めに姪っ子の若菜を吾輩によこせ」
「またそれでござんすかい?」
「おうよ。それでござんすよ」
「手始めのあとはどうなりましょうか?」
「そいつは漱石と鴎外と芥川に相談だ。岩波のポンコツ茂雄にもな」

漱石山房の御一統様と帝国陸軍メディカル・ギャングスターズの一団の足音が文豪然と近づいてくる。

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漱石と鴎外の「沈黙合戦」を一蹴。テンギャン・クマグスここにあり!

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履き古した軍靴の行進のような腹にこたえる地鳴りを響かせて到着するなり、漱石山房の御一統様と鴎外を首領首魁とする帝国陸軍メディカル・ギャングスターズの面々は秋艸堂の幽けき庭で対峙した。漱石と鴎外の両陣営の総大将による直接対決、「沈黙合戦」「黙殺合戦」が始まるのだ。

漱石、鴎外ともに独自の軍配を固く握りしめている。漱石は「個人主義」というカーライル博物館色の軍配を。鴎外は「闘う家長」という大黒柱色の軍配を。その場にいる者の全員が息をのんで事態の推移を見守る中、この極上至極の緊張、威厳をぶち壊したのは「闘わない課長」の月亭可朝だった。

闘わない課長・月亭可朝は性懲りもなく「可朝は七年間不倫してきてその結果~ 警察に御用やで~ 『嘆きのボイン』も今は昔のことやで〜 だれも『嘆きのボイン』なんか知らへんで〜 ウケへんで〜」と歌うも、だれもぴくりともしない。唯一、例外的に、帝国陸軍メディカル・ギャングスターズの特務曹長、北里柴三郎が土筆ヶ岡養生園で秘密裡に開発された細菌兵器を月亭可朝に投げつける素振りをみせた。鴎外が北里柴三郎を制した。

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「コッホ先生が泣くぞ。今度はノーベル医学賞を獲れるように塩梅するからここはこらえなさい。余は石見人、森林太郎である」
「吾輩は神経衰弱の個人主義者である」

やや斜に構えて事の成り行きを見守っていた漱石が言った。横では久米正雄がチビた赤エンピツを舐め舐め、競馬ブックと競馬エイトと優馬の競馬新聞三紙を微苦笑しながら睨みつけていた。生意気にも根岸競馬場場長と目黒競馬場場長の二人をお供に従えている。そうかと思えば、菊池寛の鈍牛野郎は銭勘定に余念がない様子だ。岩波のボンクラ茂雄はいがぐり頭を恒藤恭に瀧川幸辰直伝の「構成要件充足違法性阻却自由皆無人格的責任硬め麺柔らかめ固め」によって締めつけられている。百鬼園・芥川龍之介はと言えば地獄から蜘蛛の糸を遮二無二強欲に躙り登ってきたアソコガ・カンジタ犍陀多のような形相で河童然と牛に繋がれている。

「芥川、なんだその態は?」

大白牛車のフェイクものを牽くべこ牛よろしく馬銜を禍福は糾える縄のごとくに繋がれた芥川に向かって、慈悲観世音菩薩のような悲しいお顔でクマグス先生はたずねられた。

「テンギャン先生、僕の透明な歯車と侏儒の言葉とに彩られた或る阿呆な人生には牛になる事がどうしても必要だったのです。そんなことより、芋粥を喰わせてください。羅生門際の藪の中で獲れた山芋の粥を。そうでないと、僕の悲しいことにはエボナイト棒でオールナイト・ニッポン百叩きの刑がお待ちかねなのです。どうか、僕のいつかの遠い日の夏の木登りのときに地べたに堕ちて折れちまった鼻高々の鼻をさらにさらにへし折ってください」
「承知したぞ、芥川。そのかわり、おまえが嫌悪し、憎悪した字の下手糞な女子どもの始末はどうつけるのだ?」
「テンギャン先生、その件は芋粥を食しながら」
「そうか。そうだな。それがいいな」

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クマグス先生は再び虚空に右の指先で梵字を切り、羅生門際の藪の中で獲れた山芋を百と八本、鍋、薪ざっぽうふた抱え、椀と箸の一揃えを出現させた。一同から「おお」という感嘆の声が上がったが、クマグス先生は意にも介さず、次にいまだ沈黙合戦中の漱石と鴎外に一瞥を加えてから二人に向かってふた息の息吹を吹きかけた。

漱石と鴎外は瞬時に寒山と拾得の置物に変わってしまった。そして、「そこになおっておれ。業突く張り強情っ張り偏屈爺どもめが!」とクマグス先生は吐き捨てた。クマグス先生が吐き捨てたものからは大瀬崎のお社の古代の神々たちの息吹とおなじ山梔子の匂いがした。さらにクマグス先生は言い放った。

「ハルキンボを除けば、ここにいる御仁はみな縄文人である。今日ただいまよりわれらは縄文革命を起こす。異議ありやなしや?」

一瞬の静寂沈黙ののち、ハルキンボ島崎を除いた全員が「異議なし! 縄文革命弥栄!」と会津八一もかくやとでもいうべき大音声で賛意を示した。ハルキンボ島崎だけが多崎つくるの青なり瓢箪のような尻を撫でながら小刻みに震え、ナイーヴなロースハムの蔕をちろちろと苔の生えた舌先で舐めていた。記念すべき縄文革命の始まりだった。

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by enzo_morinari | 2013-07-30 02:51 | クマグス・デイズ | Trackback

ゆるゆる王国#1 ぼくらはきょうもゆるゆるに空っぽです。

 
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 昼すぎ、暴走半島小湊からハコノリノリノリで意気揚々と遠征してきた勝海舟烈士が秘書の宍戸留美に申し付けて準備万端させた宍戸錠の失われた頬っぺたを机がわりに江戸城のオケツ会場の片隅でしたためた勝恵子の不倫の子の親権にかかる渾身真剣献身的な和解案である「カツレツ案」に基づいて管内の関内駅前にある勘内ビルヂングの館内放送で勝烈庵が戦艦三笠の艦内に出店する旨のゆるゆるアナウンスが流れたので、取るものもとりあえず偵察に向かったところが、三笠公園事務所にて勝烈庵の一件を問い合わせても「わかんない。わかんない。おれは稚内の出だからなんでもかんでもわかんない」の一点張り。一張羅のISSAY MIYAKEのカツレツ色のだっさいスーツを着た三笠公園事務所おやじのあまりにもなゆるゆるゆらゆらぶりにイライラしていたら、坂本慎太郎がむきだしのメイナード・ファーガソンを脇に抱えて戦艦三笠艦内に突入していった。

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 仕方ないので三笠公園脇の三笠会館別館の入口に聳え立つ全自動洗濯機付き自動販売機でキリン本搾りチューハイのカツレツ味を飲んだ。飲んだ途端に頭がゆるゆるゆらゆらしてきたので、その事態にあえて抵抗しないことに決めてなんとなく夢見心地にゆらゆらゆるゆる揺れながら歩いてやさしい動物たちといっしょに美しい語尾ライター妖精学校へ行ってきますです。

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 当分はまだ生きていると思います。こんなわたしはきっとスプートニクの恋人にふさわしい仮定された有機交流電灯のひとつの青い照明ひとつきりで宇宙を旅するひとりぼっちの人工衛星になることはできないんでしょう。だからカラダのために宝缶チューハイにあしたの朝こそ言ってやろうと思います。「おはよう。まだやろう。もっとやろう。ばかやろう」って。では、彼女のサソリに食いつかれたいたずら小僧の発光体を頼りに行ってきます。ゆるゆる。酩酊。迷彩。低迷。加納典明のバカカバチンドン屋おまえのカーちゃんデーベーソー。ムツゴロウの歯茎はノグチゴロー。

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by enzo_morinari | 2013-07-29 21:10 | ゆるゆる王国 | Trackback

異世界レストラン#2 多世界解釈とマントル芝海老のパスタとタイム・ダイバー

 
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異世界レストランのテーブルにはもう一人の自分が座っている。 E-M-M


チネリちゃんとエヴェレットくんと多世界解釈とマントル芝海老のパスタとタイム・ダイバー
非局所性と局所性をめぐる光速度の応酬を経て、青山1丁目交差点HONDA青山2丁目伝説ビルとグレングールド・ベルトの右腕の二局間に分かれ、リーマン幾何学平面上の直線距離にして12700kmを隔てて対峙していたチネリちゃんとエヴェレットくんの同在性あるいは非在性を根拠とした議論は羽田沖で獲れた芝海老の腰のひと振りによって木っ端微塵にされてしまった。もっとも、F-1, 2, 3のダダ漏れ特売ストロンチウム・アーンド・プルトニウムに曝露された影響による芝海老のうちの1匹のオリオン右腕の変異が局所泡を発生させたのがチネリちゃんとエヴェレットくんの議論崩壊、破綻の直接の原因である。

二人のテッラ級の恋物語も同時に終焉を迎えるかと思われたが、プロフェッサー・スティーヴン・ウィリアム・ホーキングCBEが太陽系第3軌道を周回する回転楕円体を担保にマントル芝海老を主たる食材としたパスタの制作をリストランテ・テッラのオーナー・シェフ、ピエール・ルイ・モーペルテュイに依頼したことによって、事態は一応の収束に向けて動きだした。

チネリちゃんとエヴェレットくんの和解和睦のテーブルに並んだリストランテ・テッラの午後の最後のマントル芝海老のパスタはモホロヴィチッチ不連続麺を軽々と突き破り、マントル対流さえもしのぐおどろおどろしき態は瞠目に値する出来映えである。味つけは酸素とケイ素が主体で、以下アルミニウム・鉄・カルシウム・ナトリウム・カリウム・マグネシウムなどの金属元素が含まれる。このほかには微量だが砒素やニッケルも用いられている。マントル芝海老のパスタが放つ香りは地表から上空約100kmまでの範囲に及ぶ。それがこれだ。

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食後、「多世界解釈」をめぐって議論は再燃し、思わぬ人物/存在の登場を見ることとなる。その人物/存在からのメッセージがこれだ。

私はタイム・ダイバーだ。2036年から来た。「APPLE Lisa 4200」を手に入れるためだ。タイム・ダイビングに使用したのは Model-CHGELG420 Gravity Distortion Time Displacement Unit である。2034年にヨーロッパ素粒子物理学研究所が開発に成功し、Hyundai General Electric & LG Company が実用化した重力制御装置だ。Model-CHGELG420 Gravity Distortion Time Displacement Unit は重力場を形成する。重力場を作りだす技術は「量子異常による対称性の破れ」の研究の過程でヒッグス粒子とグラヴィトンが発見されたことによって確立された。

タイム・ダイビング中は上昇するエレベーターに乗っているような感覚が継続する。装置が加速するにつれて周囲の光が屈曲し、紫外線が爆発的に放射される。次第に暗くなり、完全な闇の世界が訪れる。設定した「時空間」に転移すると景色は元に戻り、タイム・ダイビングは完了する。出力最大で10年間分の時空間転移をするのに1時間かかる。タイム・ダイビングが可能な範囲は前後約60年だ。それ以上の過去や未来に時空間転移しようとすると、世界線のずれが大きくなりすぎてまったく異なる世界に時空間転移してしまう。そこは我々が知る歴史とは異なった歴史を持つ世界だ。

60年以内の時空間転移であっても世界線にわずかなずれが生じることは避けられず、タイム・ダイバーは「限りなく似通った並行世界」に時空間転移することになる。銀河系も太陽系も高速度で宇宙空間を移動しているから、タイム・ダイビングが成功したとしても、そこに地球はなく、宇宙空間に投げ出されてしまう可能性がある。この問題は技術的にもっとも困難な部分だ。現在地における重力の正確な測定を行うことによって地球上での空間座標を特定し、この問題に対処している。タイム・ダイビング中、可変重力ロックンロール機能によって空間座標は一定に保たれ、プルトニウム時計の発信周波数を基にエラー修正プロトコルを用いて制御する。可変重力ロックンロール機能の動作限界は60年間である。

エヴェレットの「多世界解釈」はほぼ正しい。エヴェレットの多世界解釈における「世界」は時間の異なる別の世界線上にあり、無限に存在する。異なる世界線を移動するのがタイム・ダイビングだ。過去を訪れたタイム・ダイバーが自分の親を殺しても、自分がいた世界とは別の世界の親を殺したことになるのでタイム・ダイバーは消滅しない。「親殺しのタイム・パラドックス」は起こらないということだ。同様に、異なる世界線の自分を殺しても世界線が分岐するだけである。タイム・ダイビングを行うことに起因して世界線が分岐するのか、あるいはタイム・ダイビングをする以前からその世界線は存在していたのかという問題は私のいた世界でも議論になっている。

帰還の際は往路で収集した重力の測定データを基に時空間を遡らなければならない。潮汐力が地球の重力に影響を与えているため、帰還するタイミングは一年に2回しかない。しかし、まったく同一の世界へ帰還できるわけではない。誤差は非常に小さいものの、そこは「よく似た別の世界」であることに変わりない。 世界線は無限に存在し、そのどれかにピン・ポイントで時空間転移する方法が見つかっていないためだ。ピン・ポイントの時空間転移は光速を超えないかぎり不可能である。アインシュタインの呪縛から逃れることはできていないのだ。もっとも、確率的には低いが、自分の望む世界にたどりつく余地はある。世界線のずれがない世界(同一の時間軸上にある世界)に帰還したタイム・ダイバーは少数だが存在する。

APPLE Lisa 4200 の入手があなた方の世界に来た目的である。APPLE Lisa 4200 にはマニュアルにはないコンピュータ言語の翻訳機能がある。イースター・エッグの一種だ。私の使命は2年後に迫っている「2038年問題」に対応することであり、過去から受け継いだコンピュータ・プログラムをデバッグするために、どうしても APPLE Lisa 4200 が必要なのだ。どうか記憶士であるあなた方の力を貸して欲しい。


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by enzo_morinari | 2013-07-29 17:21 | 異世界レストラン | Trackback

幾千億の朝、幾千億の波。そして、幾千億の太陽#2 七里ガ浜甘夏納豆売り

 
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波を待っていた。七里ケ浜駐車場前の幅40メートルのサーフポイントで。そこだけまともな波の立つ場所で。海の中で海藻どもがゆらゆらとダンスしていた。びっしりと海藻がへばりついた大きな岩がいくつも海底に転がっていた。いまにも動きだして踏みつぶされそうに思えた。巨岩どもは薄笑いを浮かべてこちらの様子を観察分析し、手ぐすね引いて隙をうかがっているみたいだった。

私は17歳、高校2年生だった。学校が終わると掃除当番も補習もすっぽかして七里ガ浜の山の上にある食堂に直行した。預けてあるサーフボードを受け取るためだ。その食堂こそがアロハ髭デブおやじの店、『珊瑚礁』だ。

低気圧が近づいていい波が入る日は学校をサボるか、1時限目か2時限目には早退した。ずいぶんと親戚の叔父さんや叔母さんには死んでもらった。いないはずの兄弟姉妹を交通事故や不慮の事故に遭わせたことは数知れない。担任も心えたもので、「兄弟と親戚がたくさんいて賑やかでいいな」と皮肉を言うくらいで、それ以上追及されることはなかった。閻魔帳にもズル休みズル早退のことを書き込んだりせずにすませてくれた。

その日は茅ヶ崎の老舗のサーフショップを通じて特注したライトニング・ボルトのサーフボードが出来上がってくる日だった。当然、親戚の叔母さんには死んでもらった。ズル休みだ。朝から京浜東北線と東海道線を乗り継いで茅ヶ崎に向かった。

サーフボードは予想以上の出来栄えだった。トリプル・フィン。リーシュ・ホールなし。いま思えば斬新だ。革新、革命とさえ言いうる。ジェリー・ロペスの派手でアクロバティックなライディングがもてはやされていたサーフィン新石器時代だ。あの時代にトリプル・フィンのサーフボードに乗っていた波乗り野郎は世界に10人もいなかったはずだ。私のオーダー・シートを見るサーフ・ショップのオーナーもしきりに首を傾げていた。

「トリプル・フィン? なにこれ?」
「フィンがみっつ」
「やってくれるかな。かなり複雑だ。強度と剛性の問題もあるし」
「なんとかやってもらってよ。波乗りの神様のお告げなんだ。”トリプル・フィンの板を作れ。祈れ。そして稲村ケ崎の伝説の大波に乗れ。”って」
「ベース・カラーはピュアブラック?」
「漆黒。真っ黒けっけってこと」

オーナーは呆れ顔だ。

「で、稲妻はピュアホワイト」
「そう。純白。真っ白けっけ」

そこでオーナーはやっと笑った。「真っ黒けっけと真っ白けっけ」

「そう。まさにおれのこと」
「よく言うよ。時間はきっちりもらうよ。この商売をはじめて20年になるけど、こんな複雑なオーダー・シートはみたことない。ボルトのシェイパー、ビルダーも目を丸くするぜ。やつらはきっと言うはずだ。”オー! マイ・ガッド! ディスオーダーだ! ディザスターだ!”」
「災厄って? それならいっそういい。ざまあみろだ。先っぽの角度と底のベルヌーイ・ラインの本数を増やして、形状ももっと複雑にしてやろうかな」
「おいおい。かんべんしてくれよ、樽くん」
「へへへ」


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サーフボードは完成するまでに3ヶ月かかった。ちょうど今頃、太平洋高気圧がデカいツラをして日本列島に張り出し、期末試験の結果は幸運にも学年で1番で、おまけに七里ケ浜駐車場レフトサイドでバッテリー上がりを起こしたターコイズ・ブルーの1955年式フォルクスワーゲン・カルマンギヤ/type14の脇で困り果てていた女子大生をレスキューしたのがきっかけで、その女子大生とステディな間柄になっていた。女子大生は慶応の仏文科の3年生だった。5歳歳上。グレース・ケリーと仁科明子を足してカイエンヌ・ペッパーをふりかけたようなクール・ビューティだった。

とにかく春先からずっとツイていた。街中での「肉体言語闘争」、早い話がストリート・ファイトは連戦連勝。京急金沢八景の駅前でYTCのポンコツヘッポコスカタン5人を相手に完勝した一戦はのちのち、横浜南部エリアの不良少年どもに長く語り継がれる「伝説」となった。

横浜駅西口で朝鮮学校の生徒とすれちがうと向うから道をあけるほどだった。私の武勇とクレイジーぶりを聞きつけた腕に覚えのあるやつが、次々に戦いを挑んできたが、私は彼らをことごとく完膚なきまでに粉砕殲滅した。私が勝ちつづけることができたのは、「失うものなどなにもない」と覚悟を決めていたからだと思われる。失うものがある者は、どこかで「手加減」をし、手を抜くが、私はちがった。手加減なし、容赦なし。対戦相手が死んでもかまわないとさえ考えて戦いに臨んでいた。素手ゴロならだれにも負けないとさえ思った。内藤のジュンちゃんことカシアス内藤に横浜中華街の「レッドシューズ」でコテンパンに叩きのめされるまでは。

ツイていたのは肉体言語闘争、ストリート・ファイトだけではなかった。宝くじで1000万円当たった。GINZA NOWの勝ち抜き腕相撲で42人抜きした。最後はバズーカ牛島という横須賀工業高校の番長に負けた。その後、バズーカ牛島とは親友になったが、先頃、肝臓がんで死んでしまった。男にも女にもよくモテた。まさに選り取り見取り。乾く暇なし。オバケのパー券をばらまいてシコタマ儲けた。とにかくツイていた。ツキまくっていた。マブダチのヨシノ・コージが殺されるまでは。だが、それはまた別の話だ。

サーフボードを砂浜に突き刺すとモノリスみたいに見えた。太陽の位置、陽の光があたる加減や強さのちがいで白く見えることもあった。あるいは透明にも。ブラック・ライトニング・ボルト。あるいはホワイト・ライトニング・ボルト。存在の耐えられない透明な波乗り板。真っ黒けっけで真っ白けっけ。数々の矛盾を孕みつつ世界に確かに存在し、生きている私にはぴったりのサーフボードだった。

何人かのサーファーがやってきてはああでもないこうでもないと私のサーフボードについて話し、当然、彼らには「答え」も「結論」も、それらに類することも見つからずに去っていった。

「おまえらごときにわかるわけねえよ」

内心鼻高々の私は心の中でそうつぶやいた。プロ・サーファーのヨシノ・コージも私のサーフボードの噂を聞きつけてやってきた。ヨシノ・コージは天才肌の波乗り野郎だった。私ともけっこう仲がよくて、七里ガ浜のヨシノ・コージの家のウッドデッキで何回かイケナイ・ルージュ・マジック・スモクをやったこともあった。

ヨシノ・コージは体質的にイケナイ・ルージュ・マジック・スモクが利きやすいようで、すぐにオーバードーズになった。オーバードーズ状態になるとヨシノ・コージはかならず「乗ってけ乗ってけ乗ってけサーフィン♪ 波に波に波に乗れ乗れ♪」を歌いながら完全オリジナル振り付けの波乗りダンスを踊った。それは見ものと言ってもいいくらいに見事な波乗りダンスだった。ヨシノ・コージの波乗りダンスの評判を聞きつけた史上最高の波乗り野郎、エルヴィン・ルドルフ・ヨーゼフ・アレクサンダー・シュレディンガーが哲学猫のデンケン・フォン・エクスペリメントと箱猫のシックスボックス・キャットと境界線上の猫のサウスオブボーダー・キャットを連れて見学にやってくるほどだった。

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七里ケ浜駐車場前の幅40メートルほどのサーフポイントは波の力と気圧と風向きと潮の条件が整うとすばらしい波が立った。ただし、条件が整うことは滅多になかった。宝くじに当たるよりは確率が高いことはまちがいなかったが。その日も膝クラスのしょぼくれた波ばかりが七里ガ浜の浜を洗っていた。

「きょうはあきらめろ。待ってもいい波はこない」

すぐうしろから嗄れてドスのきいた声がした。珊瑚礁のアロハ髭デブおやじだった。

「それにこんなチャラチャラした板は七里の波に合わない。稲村ジェーンにもな」
「そういうもんかなあ」
「そういうもんだ。おまえは波乗りを始めて何年になるんだ? 2年か? 3年か?」
「3年半」
「そうか。ということはヨチヨチ歩きの時代は終了したんだな? そろそろ、本物の板に乗る時期だ」
「本物の板ってどんなのだよ」
「ロングボード。9フィート7インチ」
「化けもんじゃんかよ」
「そうだ。稲村の化け物クラスの波を乗りこなすにはこっちも化け物を用意しないとな」
「なるほど」
「おまえが波乗りをやる目的はなんだ?」
「おもしろい。気持ちいい。ほかにあるのかよ。波乗りやる理由が」
「大事なのは目的だ。目的と行動。これが人間を作りあげる。目標目的が明確でなければえられる結果はゴミ同然だ」
「哲学だな」
「哲学じゃない。知恵だ。知恵と経験。そして目的。わかるな?」
「うん」
「いい子だ。褒美におれの板をやる。9フィート7インチのロングボードを。伝説のボード・シェイパー、トパンガ・ケイヨンロードの渾身の傑作ボードを」
「冗談だよな?」
「おれは冗談とマッポと腐った牛乳が大きらいだ」
「奇跡だ」
「奇跡なんかじゃない。事実だ。そして、好意」
「おれのことが好きってこと?」
「まあな。早い話がそういうことだ。おまえは筋がいい。人間の筋が。人生を生きることの筋が」
「なんだか、ちょっとうれしいな」
「そして、次の稲村ジェーン、伝説の水曜日の大波に乗れるやつがいるとすればおまえだと思うからだ」
「稲村ジェーン。伝説の水曜日の大波」
「そうだ。だから、今から本物のサーフボードで本物の波に乗る訓練をしておくんだ」
「オーケイ。本物のサーフボードで本物の波に乗るんだな。わかった。熱いぜ、おやじ」
「ついでと言っちゃあなんだが、七里ガ浜甘夏納豆売りをしてきてくれ」
「なんだよ! バーターだったのかよ!」
「ただで手に入るものにロクなものはない。おぼえとけ」

私は渋々重さが10キロ近くもある青いクーラーボックスを肩からぶら下げてビーチを歩きはじめた。クーラーボックスの中身はアロハ髭デブおやじ特製のアイスキャンディーだ。パイナップル味とマンゴー味とレモン味とミント味とライム味。「七里ガ浜甘夏納豆売り」は稲村ヶ崎から七里ガ浜の果てまでを5回往復する。

「アイスキャンディーいかがっすかー。パイナップル味とマンゴー味とレモン味とミント味とライム味とマンコ味とチンコ味のアイスキャンディーいかがっすかー。七里ガ浜甘夏納豆売り特製のアイスキャンディーはいかがっすかー。七里ガ浜ロコのロコモーティヴなアイスキャンディーはいかがっすかー」

肩に食い込むクーラーボックスのベルトは痛いし、砂に足が取られて歩きにくいし、真夏の果実が一瞬にして蒸発してしまうくらい太陽は情け容赦もなく熱いし、喉は乾くし、なんの脈絡もなく慶応ガールが達するときの喘ぎ声が頭の中で繰り返し聴こえて激しく勃起するしで、その日の「七里ガ浜甘夏納豆売り」は実に散々だった。

稲村ヶ崎から七里ガ浜の果てまでを5往復して売れたアイスキャンディーはミント味とライム味が3本ずつ。「マンコ味とチンコ味のくれ」と言ってきた唐獅子牡丹の刺青をみせびらかすチンピラには鳩尾に膝蹴りを入れてやった。唐獅子牡丹野郎と一緒にいた腐ったキャベツのような珍妙きわまりもない線彫りの刺青を右の太ももに入れた痩せっぽちはひと睨みで5メートルくらい吹っ飛んだ。二人とも、以後はまっとうな社会的適合者になったはずだ。特に唐獅子牡丹野郎は生涯に渡って鳩尾に痛みを感じつづけ、唐獅子牡丹に別れを告げてから満願寺唐辛子売りとして浅草あたりの露天商組合の古株として生きていることが予想された。

ワルはおれにまかせときゃいいだよ、チンピラくん。まったくどこまでも世界はバカバカしさと徒労と腰のすわらない愚か者で出来あがっているものだと強く思われた。10キロ近くもある青いクーラーボックスを肩からぶら下げて。夏の陽に灼きつくされながら。

仲間内ではいつからか、誰いうともなくこの「苦行」「拷問」「磔刑」を「七里ガ浜甘夏納豆売り」と呼んでいた。イエスだってブッダだって孔子先生だってこの苦行には根を上げたはずだ。それくらいきつかった。夏も太陽も海も冥王星の周回軌道の外まで蹴り飛ばしてしまいたかった。The End of The Worldが来たってかまわないとすら思った。「Why does my heart go on beating? Why do these eyes of mine cry?」と口に出すと、少しだけ楽になった。肩に食い込むアイスキャンディーの重さはちっとも変わらなかったが。それが世界を成り立たせている「仕組み」の一端だ。

無性に高中正義の『伊豆甘夏納豆売り』を聴きながらキンキンに冷えた7UPを飲み、甘夏味のかき氷が食べたかった。だがそれは、「七里ガ浜甘夏納豆売り」をしているときには、ブラジリアの空からスモッグが消えて、「ブラジルの青い空」が見えることを望むくらい馬鹿げていた。実際、あの頃、七里ガ浜周辺で日々起こっていたことどもはどれもこれもどうしようもなく、救いがたいほどに馬鹿げていたが、そのことに気づいていたのは私とアロハ髭デブおやじだけだった。

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by enzo_morinari | 2013-07-28 18:34 | 幾千億の朝、幾千億の波 | Trackback

幾千億の朝、幾千億の波。そして、幾千億の太陽#1 あれは幻の波だったのか?

 
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あれから10年も忘れられたBIG WAVE 遠くに揺れてるあの日の夢 K-K-K


40年近くが経ったいまでも思う。「あれは幻の波だったのか?」と。そして、「伝説の水曜日の大波を待ちつづけながら生きた日々は夢だったのではないか?」とも。いや。あれは幻でも夢でもない。実際にあったことだ。伝説の水曜日の大波も伝説の水曜日の大波を待ちつづけながら生きた日々も。伝説の水曜日の大波が押し寄せる轟々という音ははっきりと耳に残っているし、伝説の水曜日の大波を待ちつづけながら生きた日々に起きたことどもはこの拳と眼と肌と、そしてなによりも心の中にくっきりと残っている。焼印、烙印のように。いくら時間が経っても癒されぬ痛みさえともなって。それを感傷と呼びたければ呼ぶがいい。どうとでも好きなように解釈するがいい。なんと言われようと思われようと痛くも痒くもない。探られる腹は贅肉の鎧で覆われている。腹の中身はいつからかサヨリもびっくりして背びれをおっ立てるほどの真っ黒黒助だ。心はとっくのとうに石ころ同然、転がせばコロコロカラカラと乾いた音がする。

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幾千億の波と幾千億の太陽と幾千億の星と幾千億の朝の話だ。波乗りと波乗り野郎どもと湘南の話でもある。タフでクールでヴァイオレンスでハードボイルド・ワンダーランドだ。村上春樹? それってうめえのか? ダシはきいているか? 歯ごたえはどうなんだ? 村上春樹とやらがハルキンボ・ムラカーミのことなら、やつはササキマキ色のベントレーの後部座席にふんぞり返った揚げ句に、株と素人だかカブトシローだか相手に株価操作を喰らわして兜町界隈でお尋ね者になったのをこれ幸いと株価を乱高下させ、最期はカフカ海岸で腰抜けのくせに図体だけはでかい大波にさらわれちまって、いまは行方不明だ。悪いがよそを当たってくれ。係じゃない。完璧な文章の話も完璧な絶望の話も出てこない。鼠やら羊やら双子の姉妹やら色きちがいどもも出てこない。巡礼だのナイーヴなロースハムなんぞ知ったこっちゃない。
登場するのは異形ベイビーのおれ様と元牛乳屋の七里ガ浜珊瑚礁のアロハ髭デブおやじと伝説の水曜日の大波、人呼んで稲村ジェーンとそれらにかかわる人々だ。酒の話はテンコ盛りだ。どいつもこいつも大酒飲みばかりだからな。食いものの話もシコタマあるぜ。なんせ、アロハ髭デブおやじは洋食屋の偏屈店主だからな。それと音楽。そして、当然女。そして、いくつかの不思議。感傷は少しだけあるが、手にあまるほどではない。悲しみもいくつかあるが、泣くほどのことではない。第一、他人様に見せるほどの量の涙はもう一滴だって残っちゃいない。最後のダイヤモンドの一滴はとっておきだ。秘密の場所に隠してある。江ノ島と稲村ヶ崎と渚ホテルを結んだ三角形のどこかにな。三角形の内側か外側か。そいつは教えられないね。死んだアロハ髭でぶおやじとの約束だ。

幾千億の朝を迎え、幾千億の波を超えてもなお、われわれが求める本物の波をわれわれはこの手につかめずにいる。だが、この話はそこから始まる。終りがあるかどうかはわからない。間に合うかどうかさえ。間に合えばいいが。いつかは伝説の水曜日の大波をはるかにしのぐ本物の波に会えればいいが。そして、アロハ髭でぶおやじに届けばいいが。

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*珊瑚礁のアロハ髭デブおやじよ。おれはあんたがくたばった齢をとうにすぎ、いまや偏屈乱暴狼藉爺さんまっしぐらだ。2000年にあんたが死んで以来、おれは七里ガ浜にも稲村ヶ崎にも背を向けてきたが、13年を経て、おれは帰ってきた。あんたの七里ガ浜に。あんたといっしょに稲村ジェーンに乗った稲村ヶ崎に。笑ってくれ。そして、少しだけ微笑んでくれ。そして、例のくしゃくしゃの笑顔を一瞬でもいいから見せてくれ。そして、あの頃とおなじドスのきいた嗄れ声を聴かせてくれ。そして、ベランメエ調で説教し、あの頃のように「馬鹿野郎!」と怒鳴ってくれ。
あんたが手塩にかけた珊瑚礁は海店も山店も安泰だ。若衆たちはどいつもこいつも礼儀正しく、元気溌剌オロナミンC百年分だから安心しな。ただし、1日3食限定の「海老みそカレー」がメニューから消えたのはどうしても納得いかねえぞ。なんとかしてくれよ。おれ様はと言えば、大好物の「ビーフサラダ」が、いまではひと皿平らげるのもやっとこさっとこという体たらくさ。あの頃は3つも4つも喰えたのにな。寄る年波ってこったな。笑ってくれ。
お頼みひとつだ。おれが海に入るときはいい波を立たせてくれ。波乗りの神サマに取り合ってさ。豊葦原瑞穂国、東海の小島の磯に初めてロングボードを持ち込んだあんたがそれくらいしたって、バチは当たるまい。ただし!「バッチグー!」なんぞと抜かしやがったら、ピュアブラック&ホワイトのライトニング・ボルト仕込みの稲妻アッパーでブットバース!

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by enzo_morinari | 2013-07-28 09:44 | 幾千億の朝、幾千億の波 | Trackback

湘南の散歩者の夢想#2 わが夏、ぼくを呼ぶ声

 
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 一瞬の夏、テロルの決算。そして、永遠の夏のこどもたち。


 夜明け前、降りそそぐ星々のさんざめきのような蜩の呼び声に目覚めた。夏の盛りだというのに。いつもならすぐにスキーター・デイヴィスの『The End of The World』をリピートでかけて、世界の始まり/世界の終りを夢想しつつ1日の始まりにふさわしいだけの溜息をつき、嘆息をつき、「やれやれ」と思い、意識の覚醒を待つのだが、きょうにかぎってはちがった。蜩の呼び声にしばらく耳を傾けた。それは世界の終りを告げているようにも感じられた。
 PCを起動し、メールをチェックする。天神祭ガールのマーチャノワからメールが届いていた。メールは「強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフトサイドで夏の始まりのための祝杯をあげませんか?」という実に魅力的なオファーで始まっていた。いまは天神祭の地で慎ましやかな暮らしを営んでいるマーチャノワだが、元々は茅ヶ崎生まれの茅ヶ崎育ち。正真正銘の湘南ガールである。「大船は鎌倉市だけど湘南じゃない」というのがマーチャノワの口ぐせだ。そのあとで、決まってマーチャノワはつづける。

「本物の湘南ピープルは自分が湘南に住んでいるなんて決して口にしない。だって、湘南に生まれて湘南で生きて湘南で死んでゆくんだから。それがあたりまえのことなんだから。それでいいんだから。取り立てて言うほどのことじゃない。訊かれてもいないのに茅ヶ崎に住んでるだの地元は鎌倉だの言うやつは救いようのないバカで田舎者よ。湘南、特に鎌倉くらい排他的な街はない。京都以上よ。わたしは鎌倉は大っきらいだけどね。鎌倉って聞いただけで虫酸が走っちゃう」

 夏の盛りを迎え、湘南の血が騒いだのでもあるか? 早速、返信した。
「委細承知。吾輩は葉山、逗子の海沿いを経由して、材木座海岸、由比ヶ浜、稲村ヶ崎の波打ち際を歩いてゆく。強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフトサイドに立っていたまえ。そして、まばたきひとつせずに海を凝視していろ。吾輩は七里ガ浜の幅40メートルほどのサーフポイントから浜辺に上がる。頭にはクビレヅタ、海ブドウをドレッドヘアのようにかぶっているはずだ。その異形を見ていろ。海ブドウをかぶって海から巨神兵の凱旋のごとくに七里ガ浜の浜にあがる吾輩を。それがわれわれの湘南の夏の始まりを告げる開幕ベルがわりだ。七里ガ浜駐車場前のセブン-イレブンでビールとクラッシュアイスを調達して、よく冷やしておくこと。ときどきは江ノ島の島影と勝手者のシンドバッドの胸騒ぎの腰つきに一瞥をくれてやれ。くれぐれも、きみの得意技である2000トンの雨のための雨乞いはしてはならない。2000トンの雨のための雨乞いをするのはこの夏が終わるころ、湘南の夏に別れを告げるときだ」

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 灼けつくすような湘南の陽の光を全身に浴びながらひたすら波打ち際に歩みを進める。材木座海岸、由比ケ浜で引潮の時間帯にあたり、渚が30メートルほども後退していた。由比ヶ浜の西の外れに人影はほとんどない。夏の盛りであっても、それが由比ヶ浜のひとつのまぎれもなき姿である。
 一旦、134号線の海沿いにルートをとる。心地よい弧を描き、適度なアップダウンを繰り返しながら、よく整備された遊歩道をゆく。途中、数々の風雨によってやつれたベンチに座り、相模湾を一望する。背後を行き交う車の走行音と潮騒だけがある。さらに歩みを進める。ゆるやかな勾配の果てに稲村ヶ崎の岩肌が迫りくる。
 稲村ヶ崎の古戦場でいにしえの古つわものどもに一瞥をくれてやるが、古つわものどもは黙して語らない。今は昔の「七里ガ浜駐車場合戦」を忘れたか。稲村ヶ崎の岩礁のごつごつとした感触を足裏に感じながら岬をひと巡りし、再び波打ち際を歩く。江ノ島の島影が湘南の夏の高熱の中で揺れている。小動岬は夏の陽盛りを浴びて蒸発寸前だ。珊瑚礁海店の屋根の一部が見えはじめる。強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフトサイドも揺れている。波打ち際を越境し、入水する。泳ぐ。ひたすら泳ぐ。途中、予想どおりに海ブドウのひと房が頭部にのる。いい兆候だ。いままでも、こうして湘南の夏の始まりを迎えてきた。これからも、生きているかぎりずっとだ。
 ビートのピッチをやや落とす。その分、パドリングのぺースを上げる。海水は浮力がある分、水をつかみにくいから、このやり方が正しい。真水のプールでしか泳いだことのない野生と野蛮を失ったひ弱な都市生活者には解きえないドリルだ。
 息つぎのときに強い南風が吹きつける七里ケ浜駐車場レフトサイドに目をやる。マーチャノワがちぎれるほどに手を振っている。白い腕を。ターコイズ・ブルーのリボンのついた帽子を。
 浜辺に向かう。水中から巨神兵は凱旋する。波打ち際を再度、越境する。真夏の越境者。いい物語の開き方だ。マーチャノワからよく冷えたビールを受け取り、プルリングを一気に引き上げる。世界の果てで弾ける運命の泡のような音。かくして、僕らの2013年、湘南の夏は始まる。

*珊瑚礁のアロハ髭デブおやじよ。おれはあんたがくたばった齢をとうにすぎ、いまや偏屈乱暴狼藉爺さんまっしぐらだ。2000年にあんたが死んで以来、おれは七里ガ浜にも稲村ヶ崎にも背を向けてきたが、13年を経て、おれは帰ってきた。あんたの七里ガ浜に。あんたといっしょに稲村ジェーンに乗った稲村ヶ崎に。笑ってくれ。そして、少しだけ微笑んでくれ。そして、例のくしゃくしゃの笑顔を一瞬でもいいから見せてくれ。そして、あの頃とおなじドスのきいた嗄れ声を聴かせてくれ。そして、ベランメエ調で説教し、あの頃のように「馬鹿野郎!」と怒鳴ってくれ。
 あんたが手塩にかけた珊瑚礁は海店も山店も安泰だ。若衆たちはどいつもこいつも礼儀正しく、元気溌剌オロナミンC百年分だから安心しな。ただし、1日3食限定の「海老みそカレー」がメニューから消えたのはどうしても納得いかねえぞ。なんとかしてくれよ。おれ様はと言えば、大好物の「ビーフサラダ」が、いまではひと皿平らげるのもやっとこさっとこという体たらくさ。あの頃は3つも4つも喰えたのにな。寄る年波ってこったな。笑ってくれ。
 お頼みひとつだ。おれが海に入るときはいい波を立たせてくれ。波乗りの神サマに取り合ってさ。豊葦原瑞穂国、東海の小島の磯に初めてロングボードを持ち込んだあんたがそれくらいしたって、バチは当たるまい。ただし!「バッチグー!」なんぞと抜かしやがったら、ピュアブラック&ホワイトのライトニング・ボルト仕込みの稲妻アッパーでブットバース!


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by enzo_morinari | 2013-07-27 07:55 | 湘南の散歩者の夢想 | Trackback